表示設定
表示設定
目次 目次




例大祭

ー/ー



 気が付けばもう一学期の期末テストが目前で、その向こうには濃い青の夏が迫っていた。

「あ、来た来た」
 ガラガラと職員室の扉が閉まる音がすると、階段の下で待機していた南緒がほくそ笑む。
 まもなく。
 ほとんど無音に近いしなやかな足音がして、1階の下駄箱前にその人が姿を現した。この瞬間を待っていたのだ。

「せんせーっ」
 すかさず南緒が駆け寄る。その後ろで、盟子はどんな顔をすればいいのやら困っていた。嬉しそうな?面倒くさそうな?それとも無表情?
 何にしたって、南緒に無理やり付き合わされているだけということはもう守谷に知られているのだ。
「帰るのぉ!?」
「帰りまぁす」
「あー先生それカッコいい!」
 今日はオフホワイトのワイシャツを腕まくりして、下は黒のチノパンスタイル。南緒は守谷の色んな反応を分析しているらしく、最近はとにかく褒めて上げまくる作戦で攻めてるらしい。
 ニコニコしながらも足を止める気のなさそうな守谷にくっついていく南緒。

「偶然だね! 私たちも帰りなんだぁ」

 偶然なわけがない。
 テスト前で部活停止になっている今日、守谷が私用で早退するのは事前にリサーチ済み。
 こういう時、南緒はいつも盟子を巻き込む。美術部員の子がメインであって私は単なる付き添いでーす、みたいな顔をして。

 そんなこんなで守谷と並んで3人で校門を出る形になったわけだけれど、ひたすら南緒が喋り続けている。
 昼下がり。照り付ける陽射しは容赦なく、アスファルトから立ち昇る熱気に茹りそうだ。

「玲峰センセ、今日のブラの色何でしょう!?」
「黒?」
「えーもしかして見えちゃった?」

 いい加減守谷が怒り出すんじゃないかと盟子はハラハラしっぱなしだ。

「見えてないよー」
「嘘だぁ、見たでしょ? じゃあ下は何色だと思う?」
「んー、上とお揃いとかー?」
「あたり! 確かめてみる? 見たい?」
「あはは! 別にそーいうの困ってないでーす」

 しかし女子高生の下ネタごときには動じない大人の余裕。

「それより大丈夫? 梅崎さん熱中症?」
 押し黙っている盟子を気にして、守谷が声をかけてきた。
 最近では朋さんと同じように梅ちゃん呼ばわりしてくるのに、学校だと白々しく梅崎さんと呼ばれるのが何だか変。
「あ、平気です」
「先生バス来たよ!」
 本当は盟子も南緒も自転車通学なのだ。
 でも今日は守谷に合わせて無理やりバスに乗せられてしまった。



 南緒の家はバスの終点である京桜線の駅より4つ手前なのに、守谷がいるからという理由でちゃっかり終点まで一緒にくっついてきた。
  
「先生京桜線でしょ? どっち方面?」
 どこ住んでるの?と南緒はガンガン攻めていく。
 盟子はもう気が気じゃない。守谷の家が南緒に知れたら大変なことになる。風雅堂カフェに乗り込んでくるかもしれないのだ。

 「うっそーそこ盟子のバイト先じゃん!?」から始まって「私もここでバイトする!」とか言い出したりしたら。
 更に、
 「今は募集してないから」と朋さんが断れば、「じゃあ私が入るから盟子がやめて」だとか……
 あり得ない話じゃないから怖い。

「ねぇねぇ、玲峰先生んち遊びに行きたーい! なぁ盟子!」
「あ……うん……」
 まさか知ってるだなんて言えない。
「ダメよー、絵描きの家なんてきったないんだから。恥ずかしいもん」
「じゃあ絵見せてよ!」
「うふふ、今度ねー」

 しかし高度なはぐらかしスキルにより、家バレは何とか防がれた。
 で、「ちょっと用事あるから帰るねー」という守谷の一言で、ようやく解散になった。
 
 盟子の家は線路を超えた少し先だ。駅の地下通路を守谷と並んで歩く。
 南緒に振り回されてうんざりしている同士、妙な連帯感があった。

「南緒が色々とすみません。あれってもうセクハラですよね……」
「平気平気、ああいう子慣れてるの。梅ちゃんも大変だねぇ」
 守谷ははたはたと白いシャツの胸元に風を通しながら笑った。ふわりと清涼なベルガモットの香りが漂う。

「……それじゃ、失礼します」
「あ、ねえねえ待って、初田神社ってこっちで合ってる?」
 軽く礼をして別れようとした時、守谷が突然そんなことを言いだした。
「え、初田神社、ですか?」

 初田神社。
 それは盟子の家のごく近くにある由緒ある神社で、このあたりの鎮守社になる。
 神社とかお寺とか、そういう純和風なものとはおおよそ無縁そうな守谷からそんな言葉を聞くのは変な感じだ。

「こっちですよ。うちのすぐ近くなんです」
「あ、家近いの? よかったら途中まで連れてって? 今日は例大祭でしょ。ちょっと見たいものがあるの」
「はぁ、わかりました……」
 そういえば今日は初田神社の例大祭(年に一度の重要な祭典)だ。
 それにしたって神社の例大祭で玲峰先生が「見たいもの」って一体……。
 そんなお洒落でスタイリッシュなものあったかな。

 それよりも意外だったのは、ここから僅か数分であるとしても、守谷にささやかな同行を頼まれたことだ。

 だって、てっきり嫌われていると思っていたのに。



次のエピソードへ進む 誰にも言わないで


みんなのリアクション

 気が付けばもう一学期の期末テストが目前で、その向こうには濃い青の夏が迫っていた。
「あ、来た来た」
 ガラガラと職員室の扉が閉まる音がすると、階段の下で待機していた南緒がほくそ笑む。
 まもなく。
 ほとんど無音に近いしなやかな足音がして、1階の下駄箱前にその人が姿を現した。この瞬間を待っていたのだ。
「せんせーっ」
 すかさず南緒が駆け寄る。その後ろで、盟子はどんな顔をすればいいのやら困っていた。嬉しそうな?面倒くさそうな?それとも無表情?
 何にしたって、南緒に無理やり付き合わされているだけということはもう守谷に知られているのだ。
「帰るのぉ!?」
「帰りまぁす」
「あー先生それカッコいい!」
 今日はオフホワイトのワイシャツを腕まくりして、下は黒のチノパンスタイル。南緒は守谷の色んな反応を分析しているらしく、最近はとにかく褒めて上げまくる作戦で攻めてるらしい。
 ニコニコしながらも足を止める気のなさそうな守谷にくっついていく南緒。
「偶然だね! 私たちも帰りなんだぁ」
 偶然なわけがない。
 テスト前で部活停止になっている今日、守谷が私用で早退するのは事前にリサーチ済み。
 こういう時、南緒はいつも盟子を巻き込む。美術部員の子がメインであって私は単なる付き添いでーす、みたいな顔をして。
 そんなこんなで守谷と並んで3人で校門を出る形になったわけだけれど、ひたすら南緒が喋り続けている。
 昼下がり。照り付ける陽射しは容赦なく、アスファルトから立ち昇る熱気に茹りそうだ。
「玲峰センセ、今日のブラの色何でしょう!?」
「黒?」
「えーもしかして見えちゃった?」
 いい加減守谷が怒り出すんじゃないかと盟子はハラハラしっぱなしだ。
「見えてないよー」
「嘘だぁ、見たでしょ? じゃあ下は何色だと思う?」
「んー、上とお揃いとかー?」
「あたり! 確かめてみる? 見たい?」
「あはは! 別にそーいうの困ってないでーす」
 しかし女子高生の下ネタごときには動じない大人の余裕。
「それより大丈夫? 梅崎さん熱中症?」
 押し黙っている盟子を気にして、守谷が声をかけてきた。
 最近では朋さんと同じように梅ちゃん呼ばわりしてくるのに、学校だと白々しく梅崎さんと呼ばれるのが何だか変。
「あ、平気です」
「先生バス来たよ!」
 本当は盟子も南緒も自転車通学なのだ。
 でも今日は守谷に合わせて無理やりバスに乗せられてしまった。
 南緒の家はバスの終点である京桜線の駅より4つ手前なのに、守谷がいるからという理由でちゃっかり終点まで一緒にくっついてきた。
「先生京桜線でしょ? どっち方面?」
 どこ住んでるの?と南緒はガンガン攻めていく。
 盟子はもう気が気じゃない。守谷の家が南緒に知れたら大変なことになる。風雅堂カフェに乗り込んでくるかもしれないのだ。
 「うっそーそこ盟子のバイト先じゃん!?」から始まって「私もここでバイトする!」とか言い出したりしたら。
 更に、
 「今は募集してないから」と朋さんが断れば、「じゃあ私が入るから盟子がやめて」だとか……
 あり得ない話じゃないから怖い。
「ねぇねぇ、玲峰先生んち遊びに行きたーい! なぁ盟子!」
「あ……うん……」
 まさか知ってるだなんて言えない。
「ダメよー、絵描きの家なんてきったないんだから。恥ずかしいもん」
「じゃあ絵見せてよ!」
「うふふ、今度ねー」
 しかし高度なはぐらかしスキルにより、家バレは何とか防がれた。
 で、「ちょっと用事あるから帰るねー」という守谷の一言で、ようやく解散になった。
 盟子の家は線路を超えた少し先だ。駅の地下通路を守谷と並んで歩く。
 南緒に振り回されてうんざりしている同士、妙な連帯感があった。
「南緒が色々とすみません。あれってもうセクハラですよね……」
「平気平気、ああいう子慣れてるの。梅ちゃんも大変だねぇ」
 守谷ははたはたと白いシャツの胸元に風を通しながら笑った。ふわりと清涼なベルガモットの香りが漂う。
「……それじゃ、失礼します」
「あ、ねえねえ待って、初田神社ってこっちで合ってる?」
 軽く礼をして別れようとした時、守谷が突然そんなことを言いだした。
「え、初田神社、ですか?」
 初田神社。
 それは盟子の家のごく近くにある由緒ある神社で、このあたりの鎮守社になる。
 神社とかお寺とか、そういう純和風なものとはおおよそ無縁そうな守谷からそんな言葉を聞くのは変な感じだ。
「こっちですよ。うちのすぐ近くなんです」
「あ、家近いの? よかったら途中まで連れてって? 今日は例大祭でしょ。ちょっと見たいものがあるの」
「はぁ、わかりました……」
 そういえば今日は初田神社の例大祭(年に一度の重要な祭典)だ。
 それにしたって神社の例大祭で玲峰先生が「見たいもの」って一体……。
 そんなお洒落でスタイリッシュなものあったかな。
 それよりも意外だったのは、ここから僅か数分であるとしても、守谷にささやかな同行を頼まれたことだ。
 だって、てっきり嫌われていると思っていたのに。