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I love アイ

ー/ー



 最近、家のポストに出所不明の手紙が入るようになった。

 独身男性で一人暮らし、別に友好関係に難ありではないが、わざわざ今の時代に手紙でやり取りをすることもないだろう。

 けれど、そこにあるのは確かに手紙だった。それも、

 週に一回のペースで入ってくるそれを見て、俺は同じような反応を見せていた。

「はぁ……」

 朝、土曜の休日一発目にこれを見ると、とてもじゃないがモチベーションを無くす。相手には失礼かもしれないが、普通の反応じゃないだろうか。

 なんせ差出人も、相手の住所も分からないのだから。思い当たる節も無い俺にとっては、ただただ不気味でしかなかった。

 なにより、一年程前に彼女を亡くしている俺にとってそれは、とても気分を向上させるものにはなり得なかった。

 そろそろ心の傷も癒えそうだと言うのに、これでは傷口が広がるばかりである。

 どうしたものやら。

 手紙の内容はシンプルなもので、こう書かれていた。

「あなたのことが好きです。仕事をする姿や優しい性格、男性ながらに日々メイクを欠かさない努力に惚れました。よろしければ何か、お返事をください」

 パッと見た時、職場の相手だと思った。けど、別に職場で女性との関わりは無いし、何より仕事の日にメイクはしていなかった。

 確かにメイクはするが、それはプライベートの休日の時だけだ。

 だから、余計に俺は困り果てていた。この手紙の差出人は、一体誰なのだろうと。

 俺は頭を掻きむしり、どうしたものかと悩んだ。なぜ休日にこんなことで悩まされなければならないのだろう。

 第一、住所も書いてないのにどこに手紙を出せと言うのだろうか。だから、俺は手紙が来ても返事をした事はない。それに、したくない。

 もしかしたらストーカーという可能性もあるからだ。

 そんな相手に返事をするだけ無駄だ。今までもこれからも、俺は返事をするつもりは無い。

 俺は自分の手紙を捨てて自分のメイク用の机に戻り、いつも通りメイクを始めようとした。今日は午後から友人と遊ぶ予定だ。

 だが、そこで非常事態に気がつく。

「あれ、化粧水きれてんじゃん。しゃーない、買いに行くか」

 化粧する為の必須アイテムと呼べるものが底を尽きていた。仕方が無いので、俺は気分転換ついでに外へ買い物に出ることにする。



 翌週。

「……またか」

 俺は、ポストに入っていた手紙を手に取ると、そのまま中身を確認せずにゴミ箱へと放り投げた。

 きっとストーカーだ。やはり思い当たる節がない。

 職場での俺を知っていて、プライベートでの俺も知っている。その両方を知っているのはつまり、俺をしてるっていうことだ。

 誰かにストーカーをされる心当たりも無いが、可能性としてはそれしかない。

 俺はそう決めると、すぐにベランダの鍵を閉めてカーテンも閉めた。一体どこから見ているのかは分からないが、とりあえずこれでいいだろう。



 翌週。

 頭が重い。二日酔いだ。昨日は確かに飲みすぎた。くそ、あのクソ上司め、何で残業中に次の仕事を頼んでくるんだよ。死ねよ。

 珍しくイラついて酒を飲んだ代償がこれか。くっそ、しかも今日はどうせ手紙がある日だ。あんのかな、あるよな、あるんだろうなぁ。

 俺はガンガンと響く頭を抱えながら、ポストを見た。……あるなぁ。

 もうそれを取る気力もなく、あることを確認だけすると、グラスに水を注いで一気飲みした。そしてすぐにベッドで横になる。

 ああ、いてぇ。手紙は今度の俺が何とかする。

 横になって気がついたが、どうやら昨日の俺はカーテンを閉め忘れているようだ。まぁいい、今はこの日光が心地良い。

 うだうだ考えていると、俺はすぐに眠りについた。



 翌週。

 驚いたことに、今日は手紙が二通届いていた。いやしかも、なんと俺の机の上に。恐らく片方は前回の手紙で、もう片方が新しいものだろう。

 俺はそれを見た瞬間、驚いて目の前の机をちゃぶ台返しの如く蹴飛ばしてしまった。

 いつもの淡い緑色の便箋で、折り目部分にはハートのシールが貼ってある。

 俺はすぐに周囲の施錠を確認した。ベランダに玄関のドアなど、様々な所を確認して回った。

 けれど、どこにも異常は無い。

 どういう事だ? 間違いなくこの部屋は異常だ。でも、異常が何一つ見当たらない。

「……」

 俺は少し考えて、これは向こうからの一種の警告だと、そう読み取った。

 完全なる施錠の中、机の上に()えて置いておくことで、いつでもこの部屋に入れることを示してきたのだろう。

 ……読まないと、死ぬ。そう思った。

 少し手紙を取るのに躊躇(ちゅうちょ)した。が、十秒も経たない内に俺はその封を勢いよく開け、中の紙を目を閉じながら取り出してみた。

 見ると、そこにはいつも通りの一枚の小さな紙切れがある。

 深呼吸をして、とりあえず読んでみた。一文字一文字丁寧に、読み落とさないように。

 ……。

 …………。

 驚いた。

 いや、待て。これは本当のことなのか。

 俺はその手紙に書かれていた文に驚きを隠せなかった。だが信じきれずに、もう一通の手紙の方も手早く取り出し読んでみる。

 ……まさか。

 ああいや、けど確かに、それなら納得がいく。道理で。

 だがどうしたものか、これに返事をするのは中々に……ううむ、難しいぞ。まぁ時間はある。今週いっぱい、全力で考えよう。

 そして、応えよう。



 翌週。

 朝起きると、俺は廊下で寝ていた。昨日はいつも通り布団で寝たはずだが、まぁ予想はしていた。

「はは、まぁそうだろうな」

 自分の部屋を覗いてみると、やはり乱雑に荒らされている。布団はぐちゃぐちゃだし、机はひっくり返ってるし、すごいティッシュが使われているし、まぁでも逆に言えばそれだけだ。

 見ると、化粧机は綺麗な状態だった。そしてそこの鏡の前には、一通の手紙が置いてある。

 いつも通りの淡い緑色の便箋だが、違う箇所が一点あった。

「……シールが無い」

 そう、いつもは貼ってあった赤いハートのシールが無かったのだ。これはつまり、そういうことだろう。

 開けて内容も読んでみた。

 書いてある文字はいつもより短く、シンプルなものだった。

「ありがとう。ごめんなさい。さようなら。お元気で」

 ああ、きっとこれでよかったのだろう。

 こちらこそ、好きになってくれてありがとう。



 最近、好きな人に手紙を書いている。

 内容はシンプルなもので、あなたを好きだということと、どこが好きかというものだ。後は手紙だから当然、返事を求めてもいる。

 彼は仕事人で男らしく、女性にも優しい紳士、しかもプライベートの時にはメイクも怠らない努力家だ。欠点なんて無いように思える。

 私は、そんな彼に恋をした。

 でも、返事は来ない。それもそのはずだが、かといって私の住所や名前を明かす訳にもいかなかった。

 どうすればいいのか悩みはしたが、書き続ければいつかは伝わると信じて、私は自分の想いを手紙に残している。

 さて、今日も手紙を書く時間だ。

 ああ、でもその前に化粧をしなければ。

 彼に会う訳ではないが、好きな人に手紙を書く時くらいお洒落をしようと決めたのだ。

 私は化粧机に向かうと、いつものようにメイクをし始めた。んー、化粧水が底を尽きそうだな。



 翌々週。

 どうやら今回は手紙を開けてすらいないらしい。まぁ仕方ない気もするし、内容が変わっている訳でもないからいいのだけれど。

 ただ、それだと手紙を書く意味も無いように思える。でも、書かなきゃ何も始まらない。

 そうだ、私は手紙を書かなきゃならない。

 そう心を決めて、私はいつも通り手紙を書き始めた。淡い緑色の便箋に、ハートのシールを貼り付けて。

 そういえば、今日は珍しくカーテンが閉めてある。いつもは開けているのに。

 忘れていたのだろうか。

 なんだか空気も悪いような気がしてならなかったため、私は特に何も考えずにカーテンとベランダの窓を開けて換気を行った。

 それを終えると、窓を閉める。カーテンは……まぁいつもは開けているしいいだろう。



 翌週。

 うーん、なんだかすごく気分が良い。珍しく酔っているようだ。

 もしかしたら初めてこんなに酔ったかもしれない。うーん、視界がふわふわする。

 手紙、書けるかなー。こんなに酔ってたら汚くなっちゃうなー。そんなに飲んだのかな、嫌なことでもあったのかな。

 誰か相談できる人も居ないのかな。私なら相談に乗れるのに。

 うーん、そうだ。この際全部言ってしまおう。そうすれば彼も、私を頼ってくれるようになるかもしれない。

 方法は……わからないけど、へへ。

 私は酔ったままメイクを終えると、いつもとは少し内容の異なる手紙を書いた。今日は少し字が汚い。

 内容はこんな感じだ。

「今日は、ほうこくがあります。実は私は、あなた自身なのです。信じられないかもしれませんが、落ち着いて読んでください。きっかけは私にも分かりませんが、ある日私は、とつぜんあなたの心の中に生まれました。分かりやすく言えば二重人格です。年齢はあなたと同じですが、私は女で、日々見つめているあなたのことが好きになりました。どうやら思っていることや声などは分からないようですが、ある程度のことは意識を通して分かるようです。例えば、何をしているかなど。もしよければ、交換日記のようなものでも構いません、私と話をしてくれませんか? 受け入れられないかもしれませんが、お返事があれば幸いです」

 いつもよりも長めの文章を書き終えると、私はふらふらとした足取りで玄関の郵便受け部分に入れておく。

 うーん、読んでくれるかな。読んで欲しいな。まぁ、読まれなければ書き続ければいいか。

 いつも、そうしてきたのだから。

 私はお酒の作用もあってか、その後すぐに眠りについた。



 翌週。

 やらかしてしまった。

 先週の記憶ははっきりとある。私は酔った勢いで全てのことを伝える手紙を書いた。少なくともまだ書かないと決めていたのに。

 ただ幸いにも中身は読まれていなかった。

 どういう経緯で手紙を読まなかったのかは分からないが、手紙は郵便受けに入ったままだった。

 そのままバレないうちに処分しようかとも思ったが、やはり止めておくことにする。

 手紙を書いたのは私だ。どうにせよいつか向き合わないといけない問題だし、もうこのタイミングで明かすことにしよう。

 そう決めて私は、すぐさまペンを握りいつものように手紙を書いた。

 内容はこうだ。

「すみません、先週は酔った? 勢いで手紙を書いていました。けれど、書かれてあることは事実で、私の想いも本気です。お返事、待っています」

 私はペンを置いて深呼吸をすると、眠りにつく。

 ただ上手くいくことを願って。



 翌週。

 初めて、返事が届いていた。

 机の上に一通、便箋には入れずに一枚の手紙が置いてあった。

 私は高揚する心を抑えながらも、不安でドキドキしながらそれを読んだ。

 そして、泣いてしまった。

 ……手紙にはこう書かれている。

「今までの状況からもなんとなく、今回のことは受け入れることができました。まずは、俺のことを好きになってくれてありがとうございます。ただ、お返事はすることはできません。私は、一年ほど前に彼女を亡くしています。あなたが手紙に使うような、淡い緑色が好きな女性でした。彼女のことは今でも忘れられません。だから、不安定な精神状態のままあなたと向き合うのは、あなたにも、今は亡き彼女にも失礼だと思います。だから、すみませんが今はあなたの気持ちにお応えすることは叶いません。すみません。でも、好きになってくれてありがとうございます」

 どうすればいいかも分からずに、ただ部屋の中を動き回ってティッシュで顔を覆い尽くした。

 最初から、叶わない恋だったんだ。

 でも、仕方のないことなんだろう。

 一時間ほど泣いて私は割り切ることにした。

 うん、そうだ、精一杯彼を見守ることにしよう。それが好きな人への最低限の礼儀であり、彼女のことがあっても私と向き合おうとしてくれた彼への感謝の意だ。

 そう決めると私は、震える手で手紙を書き、ハートのシールは貼らずに淡い緑色の便箋に入れることにした。

 ただシンプルに、感謝の意を込めて。

「ありがとう。ごめんなさい。さようなら。お元気で」

 一年に及ぶ、私の初恋だった。


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 最近、家のポストに出所不明の手紙が入るようになった。
 独身男性で一人暮らし、別に友好関係に難ありではないが、わざわざ今の時代に手紙でやり取りをすることもないだろう。
 けれど、そこにあるのは確かに手紙だった。それも、《《ラブレター》》。
 週に一回のペースで入ってくるそれを見て、俺は同じような反応を見せていた。
「はぁ……」
 朝、土曜の休日一発目にこれを見ると、とてもじゃないがモチベーションを無くす。相手には失礼かもしれないが、普通の反応じゃないだろうか。
 なんせ差出人も、相手の住所も分からないのだから。思い当たる節も無い俺にとっては、ただただ不気味でしかなかった。
 なにより、一年程前に彼女を亡くしている俺にとってそれは、とても気分を向上させるものにはなり得なかった。
 そろそろ心の傷も癒えそうだと言うのに、これでは傷口が広がるばかりである。
 どうしたものやら。
 手紙の内容はシンプルなもので、こう書かれていた。
「あなたのことが好きです。仕事をする姿や優しい性格、男性ながらに日々メイクを欠かさない努力に惚れました。よろしければ何か、お返事をください」
 パッと見た時、職場の相手だと思った。けど、別に職場で女性との関わりは無いし、何より仕事の日にメイクはしていなかった。
 確かにメイクはするが、それはプライベートの休日の時だけだ。
 だから、余計に俺は困り果てていた。この手紙の差出人は、一体誰なのだろうと。
 俺は頭を掻きむしり、どうしたものかと悩んだ。なぜ休日にこんなことで悩まされなければならないのだろう。
 第一、住所も書いてないのにどこに手紙を出せと言うのだろうか。だから、俺は手紙が来ても返事をした事はない。それに、したくない。
 もしかしたらストーカーという可能性もあるからだ。
 そんな相手に返事をするだけ無駄だ。今までもこれからも、俺は返事をするつもりは無い。
 俺は自分の手紙を捨てて自分のメイク用の机に戻り、いつも通りメイクを始めようとした。今日は午後から友人と遊ぶ予定だ。
 だが、そこで非常事態に気がつく。
「あれ、化粧水きれてんじゃん。しゃーない、買いに行くか」
 化粧する為の必須アイテムと呼べるものが底を尽きていた。仕方が無いので、俺は気分転換ついでに外へ買い物に出ることにする。
 翌週。
「……またか」
 俺は、ポストに入っていた手紙を手に取ると、そのまま中身を確認せずにゴミ箱へと放り投げた。
 きっとストーカーだ。やはり思い当たる節がない。
 職場での俺を知っていて、プライベートでの俺も知っている。その両方を知っているのはつまり、俺を《《監視》》してるっていうことだ。
 誰かにストーカーをされる心当たりも無いが、可能性としてはそれしかない。
 俺はそう決めると、すぐにベランダの鍵を閉めてカーテンも閉めた。一体どこから見ているのかは分からないが、とりあえずこれでいいだろう。
 翌週。
 頭が重い。二日酔いだ。昨日は確かに飲みすぎた。くそ、あのクソ上司め、何で残業中に次の仕事を頼んでくるんだよ。死ねよ。
 珍しくイラついて酒を飲んだ代償がこれか。くっそ、しかも今日はどうせ手紙がある日だ。あんのかな、あるよな、あるんだろうなぁ。
 俺はガンガンと響く頭を抱えながら、ポストを見た。……あるなぁ。
 もうそれを取る気力もなく、あることを確認だけすると、グラスに水を注いで一気飲みした。そしてすぐにベッドで横になる。
 ああ、いてぇ。手紙は今度の俺が何とかする。
 横になって気がついたが、どうやら昨日の俺はカーテンを閉め忘れているようだ。まぁいい、今はこの日光が心地良い。
 うだうだ考えていると、俺はすぐに眠りについた。
 翌週。
 驚いたことに、今日は手紙が二通届いていた。いやしかも、なんと俺の机の上に。恐らく片方は前回の手紙で、もう片方が新しいものだろう。
 俺はそれを見た瞬間、驚いて目の前の机をちゃぶ台返しの如く蹴飛ばしてしまった。
 いつもの淡い緑色の便箋で、折り目部分にはハートのシールが貼ってある。
 俺はすぐに周囲の施錠を確認した。ベランダに玄関のドアなど、様々な所を確認して回った。
 けれど、どこにも異常は無い。
 どういう事だ? 間違いなくこの部屋は異常だ。でも、異常が何一つ見当たらない。
「……」
 俺は少し考えて、これは向こうからの一種の警告だと、そう読み取った。
 完全なる施錠の中、机の上に|敢《あ》えて置いておくことで、いつでもこの部屋に入れることを示してきたのだろう。
 ……読まないと、死ぬ。そう思った。
 少し手紙を取るのに|躊躇《ちゅうちょ》した。が、十秒も経たない内に俺はその封を勢いよく開け、中の紙を目を閉じながら取り出してみた。
 見ると、そこにはいつも通りの一枚の小さな紙切れがある。
 深呼吸をして、とりあえず読んでみた。一文字一文字丁寧に、読み落とさないように。
 ……。
 …………。
 驚いた。
 いや、待て。これは本当のことなのか。
 俺はその手紙に書かれていた文に驚きを隠せなかった。だが信じきれずに、もう一通の手紙の方も手早く取り出し読んでみる。
 ……まさか。
 ああいや、けど確かに、それなら納得がいく。道理で。
 だがどうしたものか、これに返事をするのは中々に……ううむ、難しいぞ。まぁ時間はある。今週いっぱい、全力で考えよう。
 そして、応えよう。
 翌週。
 朝起きると、俺は廊下で寝ていた。昨日はいつも通り布団で寝たはずだが、まぁ予想はしていた。
「はは、まぁそうだろうな」
 自分の部屋を覗いてみると、やはり乱雑に荒らされている。布団はぐちゃぐちゃだし、机はひっくり返ってるし、すごいティッシュが使われているし、まぁでも逆に言えばそれだけだ。
 見ると、化粧机は綺麗な状態だった。そしてそこの鏡の前には、一通の手紙が置いてある。
 いつも通りの淡い緑色の便箋だが、違う箇所が一点あった。
「……シールが無い」
 そう、いつもは貼ってあった赤いハートのシールが無かったのだ。これはつまり、そういうことだろう。
 開けて内容も読んでみた。
 書いてある文字はいつもより短く、シンプルなものだった。
「ありがとう。ごめんなさい。さようなら。お元気で」
 ああ、きっとこれでよかったのだろう。
 こちらこそ、好きになってくれてありがとう。
 最近、好きな人に手紙を書いている。
 内容はシンプルなもので、あなたを好きだということと、どこが好きかというものだ。後は手紙だから当然、返事を求めてもいる。
 彼は仕事人で男らしく、女性にも優しい紳士、しかもプライベートの時にはメイクも怠らない努力家だ。欠点なんて無いように思える。
 私は、そんな彼に恋をした。
 でも、返事は来ない。それもそのはずだが、かといって私の住所や名前を明かす訳にもいかなかった。
 どうすればいいのか悩みはしたが、書き続ければいつかは伝わると信じて、私は自分の想いを手紙に残している。
 さて、今日も手紙を書く時間だ。
 ああ、でもその前に化粧をしなければ。
 彼に会う訳ではないが、好きな人に手紙を書く時くらいお洒落をしようと決めたのだ。
 私は化粧机に向かうと、いつものようにメイクをし始めた。んー、化粧水が底を尽きそうだな。
 翌々週。
 どうやら今回は手紙を開けてすらいないらしい。まぁ仕方ない気もするし、内容が変わっている訳でもないからいいのだけれど。
 ただ、それだと手紙を書く意味も無いように思える。でも、書かなきゃ何も始まらない。
 そうだ、私は手紙を書かなきゃならない。
 そう心を決めて、私はいつも通り手紙を書き始めた。淡い緑色の便箋に、ハートのシールを貼り付けて。
 そういえば、今日は珍しくカーテンが閉めてある。いつもは開けているのに。
 忘れていたのだろうか。
 なんだか空気も悪いような気がしてならなかったため、私は特に何も考えずにカーテンとベランダの窓を開けて換気を行った。
 それを終えると、窓を閉める。カーテンは……まぁいつもは開けているしいいだろう。
 翌週。
 うーん、なんだかすごく気分が良い。珍しく酔っているようだ。
 もしかしたら初めてこんなに酔ったかもしれない。うーん、視界がふわふわする。
 手紙、書けるかなー。こんなに酔ってたら汚くなっちゃうなー。そんなに飲んだのかな、嫌なことでもあったのかな。
 誰か相談できる人も居ないのかな。私なら相談に乗れるのに。
 うーん、そうだ。この際全部言ってしまおう。そうすれば彼も、私を頼ってくれるようになるかもしれない。
 方法は……わからないけど、へへ。
 私は酔ったままメイクを終えると、いつもとは少し内容の異なる手紙を書いた。今日は少し字が汚い。
 内容はこんな感じだ。
「今日は、ほうこくがあります。実は私は、あなた自身なのです。信じられないかもしれませんが、落ち着いて読んでください。きっかけは私にも分かりませんが、ある日私は、とつぜんあなたの心の中に生まれました。分かりやすく言えば二重人格です。年齢はあなたと同じですが、私は女で、日々見つめているあなたのことが好きになりました。どうやら思っていることや声などは分からないようですが、ある程度のことは意識を通して分かるようです。例えば、何をしているかなど。もしよければ、交換日記のようなものでも構いません、私と話をしてくれませんか? 受け入れられないかもしれませんが、お返事があれば幸いです」
 いつもよりも長めの文章を書き終えると、私はふらふらとした足取りで玄関の郵便受け部分に入れておく。
 うーん、読んでくれるかな。読んで欲しいな。まぁ、読まれなければ書き続ければいいか。
 いつも、そうしてきたのだから。
 私はお酒の作用もあってか、その後すぐに眠りについた。
 翌週。
 やらかしてしまった。
 先週の記憶ははっきりとある。私は酔った勢いで全てのことを伝える手紙を書いた。少なくともまだ書かないと決めていたのに。
 ただ幸いにも中身は読まれていなかった。
 どういう経緯で手紙を読まなかったのかは分からないが、手紙は郵便受けに入ったままだった。
 そのままバレないうちに処分しようかとも思ったが、やはり止めておくことにする。
 手紙を書いたのは私だ。どうにせよいつか向き合わないといけない問題だし、もうこのタイミングで明かすことにしよう。
 そう決めて私は、すぐさまペンを握りいつものように手紙を書いた。
 内容はこうだ。
「すみません、先週は酔った? 勢いで手紙を書いていました。けれど、書かれてあることは事実で、私の想いも本気です。お返事、待っています」
 私はペンを置いて深呼吸をすると、眠りにつく。
 ただ上手くいくことを願って。
 翌週。
 初めて、返事が届いていた。
 机の上に一通、便箋には入れずに一枚の手紙が置いてあった。
 私は高揚する心を抑えながらも、不安でドキドキしながらそれを読んだ。
 そして、泣いてしまった。
 ……手紙にはこう書かれている。
「今までの状況からもなんとなく、今回のことは受け入れることができました。まずは、俺のことを好きになってくれてありがとうございます。ただ、お返事はすることはできません。私は、一年ほど前に彼女を亡くしています。あなたが手紙に使うような、淡い緑色が好きな女性でした。彼女のことは今でも忘れられません。だから、不安定な精神状態のままあなたと向き合うのは、あなたにも、今は亡き彼女にも失礼だと思います。だから、すみませんが今はあなたの気持ちにお応えすることは叶いません。すみません。でも、好きになってくれてありがとうございます」
 どうすればいいかも分からずに、ただ部屋の中を動き回ってティッシュで顔を覆い尽くした。
 最初から、叶わない恋だったんだ。
 でも、仕方のないことなんだろう。
 一時間ほど泣いて私は割り切ることにした。
 うん、そうだ、精一杯彼を見守ることにしよう。それが好きな人への最低限の礼儀であり、彼女のことがあっても私と向き合おうとしてくれた彼への感謝の意だ。
 そう決めると私は、震える手で手紙を書き、ハートのシールは貼らずに淡い緑色の便箋に入れることにした。
 ただシンプルに、感謝の意を込めて。
「ありがとう。ごめんなさい。さようなら。お元気で」
 一年に及ぶ、私の初恋だった。