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1-7・女子高生が顔を少し赤くして車内のど真ん中に立っていた。

ー/ー



 大学での講義も終わり、帰路へつくことにする。
 英文学の准教授である高町七葉ちゃんの課題を早めに終わらせたのは良かったのだが、どこかから俺がレポートを売っている情報が漏れたようで、七葉ちゃん本人から「そうやって安売りをするのは良くない」とお叱りを受けてしまった。
 レポート売ること自体はいいのか。なんて内心で思っていると、彼女からさらなる課題を押し付けられてしまった。話によると日本ではまだ未発表の海外小説らしい。
 長編ではないがそれなりの量の原稿だ。さらなる課題だとか言っていたが、ほぼ労働である。
 まぁ一応片付ければしっかりとした給金が出るらしいのでひとまずやってはみるが。
 問題はそこじゃない。課題を押し付けられたときに、七葉ちゃんから言われたことだ。
『佐古くんももう3年生なんだから。そろそろ卒業後のことを考えて動いた方がいいよ』
 俺の気持ちを慮ったうえで言ってくれたのだろう。それはまぁなんとなくわかる。
 そう、分かっているのだ。いつまでもフラフラしているわけにはいかないと。
 とはいえ自分からやりたいことがあるわけでもない。テニスを辞めてここの大学に入ったのはなにか見つけるためだったがそのなにかが今だ見つからない。
 それとも、やりたくないことでもやらなければならないのだろうか――
「み、見つけた!」
 ぼんやりと電車に乗っていると、どこかから声が聴こえてきた。
 知らんぷりをしても良かったが、さすがに今朝も聴いたから分かってしまう。
 これはどう考えても今朝の爆睡女子高生の声だ。
 とりあえず顔を向けると、女子高生が顔を少し赤くして車内のど真ん中に立っていた。
 俺の顔を見てオレンジ色の瞳を輝かせ、ずんずんと近づいてくる。
 そしてとうとう俺の目の前までやってきて、躊躇なく俺の手を握った。
「私、明日部美穂(あすべみほ)っていいます」
 突然の自己紹介。明日部美穂と名乗った美少女はずいっともう一歩踏み込んでくる。
 まだなにかあるのだろうか。一体なにが望みなのだろうか。ひとまず離れようと1歩後ろへと下がると、明日部美穂がぐいっと俺の手を引っ張った。
「あの、名前……」
「え? あっ、俺の?」
「はい、教えてください」
 ニコッと無邪気な笑みを浮かべる明日部美穂。教えていいのか。いくら相手は美少女とはいえこんな乱暴に距離を詰めてくる子に自分の名前を教えるだなんて危ない気がする。
 しかしこの状況、ヘタに逆らえば俺が危うい。なにせ相手は女子高生。彼女が手を握られたとか髪を触られたとか叫べばたとえそれが嘘でも俺という存在は社会的に抹殺されてしまう。
 ゆえにこんな電車内でヘタをうつわけにはいかない。俺はジッとこちらを覗き込んでくる彼女と目を合わせ、フッと笑って余裕の笑みを見せつけた。
「佐古日之太」
「佐古日之太さん……次の駅で降りましょう? お話したいことがあるんです」
 次の駅で降りろって、まるで痴漢で捕まったときみたいだ。美少女の誤解を招くセリフに、俺はどうにか笑みを維持しながらも首筋に汗を掻いた。


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 大学での講義も終わり、帰路へつくことにする。
 英文学の准教授である高町七葉ちゃんの課題を早めに終わらせたのは良かったのだが、どこかから俺がレポートを売っている情報が漏れたようで、七葉ちゃん本人から「そうやって安売りをするのは良くない」とお叱りを受けてしまった。
 レポート売ること自体はいいのか。なんて内心で思っていると、彼女からさらなる課題を押し付けられてしまった。話によると日本ではまだ未発表の海外小説らしい。
 長編ではないがそれなりの量の原稿だ。さらなる課題だとか言っていたが、ほぼ労働である。
 まぁ一応片付ければしっかりとした給金が出るらしいのでひとまずやってはみるが。
 問題はそこじゃない。課題を押し付けられたときに、七葉ちゃんから言われたことだ。
『佐古くんももう3年生なんだから。そろそろ卒業後のことを考えて動いた方がいいよ』
 俺の気持ちを慮ったうえで言ってくれたのだろう。それはまぁなんとなくわかる。
 そう、分かっているのだ。いつまでもフラフラしているわけにはいかないと。
 とはいえ自分からやりたいことがあるわけでもない。テニスを辞めてここの大学に入ったのはなにか見つけるためだったがそのなにかが今だ見つからない。
 それとも、やりたくないことでもやらなければならないのだろうか――
「み、見つけた!」
 ぼんやりと電車に乗っていると、どこかから声が聴こえてきた。
 知らんぷりをしても良かったが、さすがに今朝も聴いたから分かってしまう。
 これはどう考えても今朝の爆睡女子高生の声だ。
 とりあえず顔を向けると、女子高生が顔を少し赤くして車内のど真ん中に立っていた。
 俺の顔を見てオレンジ色の瞳を輝かせ、ずんずんと近づいてくる。
 そしてとうとう俺の目の前までやってきて、躊躇なく俺の手を握った。
「私、|明日部美穂《あすべみほ》っていいます」
 突然の自己紹介。明日部美穂と名乗った美少女はずいっともう一歩踏み込んでくる。
 まだなにかあるのだろうか。一体なにが望みなのだろうか。ひとまず離れようと1歩後ろへと下がると、明日部美穂がぐいっと俺の手を引っ張った。
「あの、名前……」
「え? あっ、俺の?」
「はい、教えてください」
 ニコッと無邪気な笑みを浮かべる明日部美穂。教えていいのか。いくら相手は美少女とはいえこんな乱暴に距離を詰めてくる子に自分の名前を教えるだなんて危ない気がする。
 しかしこの状況、ヘタに逆らえば俺が危うい。なにせ相手は女子高生。彼女が手を握られたとか髪を触られたとか叫べばたとえそれが嘘でも俺という存在は社会的に抹殺されてしまう。
 ゆえにこんな電車内でヘタをうつわけにはいかない。俺はジッとこちらを覗き込んでくる彼女と目を合わせ、フッと笑って余裕の笑みを見せつけた。
「佐古日之太」
「佐古日之太さん……次の駅で降りましょう? お話したいことがあるんです」
 次の駅で降りろって、まるで痴漢で捕まったときみたいだ。美少女の誤解を招くセリフに、俺はどうにか笑みを維持しながらも首筋に汗を掻いた。