表示設定
表示設定
目次 目次




1-6・どちらかといえば関わりたくないというのが本音だ。

ー/ー



「なるほどなー電車で女子高生によだれをなー……」
 昼休み。俺は高校の頃からの友人である白井宗志(しらいそうし)に事の顛末を話した。
 半年ほど付き合ってた彼女にフラれたとこから始まり、ついさっきのよだれのくだりまで。面白いというか変な話なので誰かに話さずにはいられなかったのだ。
「俺も信じられないけどあったんだよ。ほらここによだれを拭った跡が」
「……サコッシュ、お前フラれたからってそんな変な角度での現実逃避は良くないぞ」
「現実逃避じゃないわ! マジでホントの話なんだって!」
 全く信じられていなかった。ちなみにサコッシュは宗志しか使っていない俺のあだ名。
「お前落ち込むにしてももっと健全なやり方にしろよ。やけ食いするとか、熱出すとかさ」
「夢見てるわけじゃない! 本当にあったんだよ!」
「どうせそのよだれもお前が寝落ちしたときのやつだろ。女子高生が立ったまま寝てきて挙句の果てによだれて。お前トークの才能ゼロだな」
「いやいや、違うって! 本当に――」
「もういい! いいんだよ! 自分を追い詰めるな! サコッシュ、お前は悪くない!」
「違う違う! そっちじゃない! そっちだと本当におかしくなったみたいになるから!」
「よぉし! 今度飯でも奢るよ。なんか美味いもん食おう!」
「違うんだって! あーもう、こうなったら言えば言うほどだよ……」
 既に宗志は真面目に聞くモードじゃなくなっている。俺は信じてもらうのを早々に諦め、講義室の椅子の背もたれに寄りかかりため息を吐く。
 まぁ宗志が疑うのも無理はない。俺だって他人がこんな話をしてたらおかしくなったと思う。
「それで、その美少女って女子高生だったんだろ? どこの子なんだよ」
 スマホで次のスケジュールを確認していると、宗志が話を戻してきた。
 口ではああ言っているが、まるっきり信じていないわけじゃないらしい。
「どこの子って、そんなの分かるわけないだろ」
「でも変わった制服だったんだろ? 写真とか撮ってないのか?」
「撮れるわけないだろ……でもそうだな、こう、真っ白なブレザーでさ――」
 制服の特徴を伝えてみる。すると宗志は腕を組んで目をつぶり、考え始めた。
「んーここら辺の高校で、そのデザインってなると……おっ、あそこじゃないか?」
 思い当たるとこがあったようで、宗志がスマホを操作して画面を見せてくる。学校のホームページだろうか、確かにそこには全く同じ制服を着た女子高生が2人ほど映っている。
「あぁ……ここだよここ。えっと、私立……聖ホイップル女子学院? すげー名前だな」
「中高一貫のお嬢様学校だよ。偏差値はまぁまぁだけどかわいい子が多いって評判だな」
 なんでそんなこと知ってるんだと思うが、宗志は温和な顔立ちの割には女の子に手を出すのが早い奴だ。どうせ前の彼女の妹とか、もしくは前の彼女がそこの学校の生徒だったとか、そういうやつだろう。
「この前アプリで会った女の子がホプ女の教師でさ、年上ですげぇ金払いよくて。私立だからなのか分からんが結構給料良いみたいだぜ、あの学校」
「その情報を知って俺になんの益があるんだ……」
「それもそうだ。で、その美少女、顔以外はどうだったの?」
「顔以外? あぁ、そういうことな」
「そりゃ気になるよ。別に狙う狙わないの話じゃなくてさ。ていうか何年生だったの?」
「分かんないよそんなの。多分……1年生か2年生くらいじゃないか」
「他には? 身長……はアレか。お前より全然ちっちゃいのか。えっとじゃあ、あれ、胸は?」
 聞かれると思った。20代前半の健全な野郎なら気になるのはそこしかない。
 俺は答えあぐねながらもついさっきのことを思い出す。
 満員電車の中で彼女が距離を詰めてくる。お腹の上辺りで感じたあの柔らかくて弾力のある感触。俺に寄りかかって寝ていた時もずっと感じていたアレ。
「まぁ、擬音で表現するとこう……むにぃって感じだったな」
「犯罪じゃねぇかこいつ」
「お前が聞いたんだろ!」
 思わず大声を出してしまう。宗志は「いやいやいや」なんて言いながら自嘲した。
「まぁでも、女子高生はやめたほうがいいよ。そりゃカラダは極上だけど、それ以上にバカだし、世間知らずだし、絶対こじれるぞ」
「経験則ってやつか?」
 俺が訊き返すと宗志は腕と足を組んでふふんと笑う。
 相変わらずの友人の遊び人っぷりに嘆息する。そもそも俺は別にあの子を狙ってるなんて話はしていないというのに。
 どちらかといえば関わりたくないというのが本音だ。確かに可愛いし、年下だし、胸もその、大きいみたいだけど、でもなんかあの子は良くない気がする。
 真っ白な制服とオレンジ色の瞳。どこかミステリアスな雰囲気を出しながらも、深入りするのは良くないと思ってしまう。
「そういえば、サコッシュ。七葉ちゃんの課題どこまで進んだ?」
 今朝の出来事を反芻していると、宗志が机に身を乗り出して訊いてきた。
 七葉ちゃんというのは英文学の徒町七葉(あだまちななは)准教授のことだ。毎回知らん作者の知らん短編集を持ってきて、こっからここまで邦訳しろと課題を出してくる。
 彼女にはおよそ人の心というものがない。男女関わらず、これまで『人に気に入られる才能』のみで人生を楽勝してきた者達も、七葉ちゃんの前では等しくひとつの記号となってしまう。
 まぁ課題さえしっかりやっていれば単位を貰えるし、もっと言えば内容が間違っていたり、拙かったとしても提出した時点である程度の評価はもらえるので、そんなに気難しい人ではないと俺は思っている。
「あぁ、あれならもう終わらせたよ」
「マジで!? もう!? 提出来週の火曜までだろ!?」
「まぁ今回は範囲そんな広くなかったし」
 思ったよりも少なかったよと答えると、宗志は机に両手をついてグッと頭を下げた。
「500円でどうっすか先生」
「安い、800円」
「550円」
「刻むな、700円」
「うーん……650円」
「……680円」
「……分かった。680円で手を打とう」
「こっちのセリフだ」
 ドライブに入れておいたデータを探す。登録してるコミュニティにデータをアップロードして、これを見た学友たちが680円でダウンロードするということだ。
 俺の邦訳したレポートは評判がいいみたいで、最初は宗志にしか見せていなかったのだが、いつの間にか英米語コースの知らん学生からも求められるようになった。
 タダ働きするのも癪だったので、こうして値段を設定しているというわけだ。
 これが結構いい小遣い稼ぎになる。まぁこれだけで生活とかは流石にできないが。
「あぁ、あとさ、サコッシュ」
 価格設定をしていると宗志が少し声のトーンを落としてきた。
 なにか大事な話だろうか。俺はスマホの操作を中断して顔を向ける。
「この前先輩に言われてさ、サコッシュのこと」
「……あぁ」
 なんとなく次の言葉を察してしまう。おそらくテニス部の先輩のことだろう。
 そして宗志のどことなく気まずい表情。この流れは多分、勧誘だ。
「その、来月にさ、他校との交流試合というか、合同練習があるんだよ。そのときお前にも参加してほしいって話なんだけど」
「宗志、俺はもう」
「分かってる。先輩にそう言われたけど、俺の方から断っておいたって話だから」
 俺の返事を遮って、宗志が掌を突き出す。
 宗志とは高校からの仲だ。当然俺がテニスから離れた理由も知っている。そしておいそれと簡単には復帰できないこともまた理解してくれている。
 普段は飄々としていてつかみどころのないやつだが、根っこのところではシンプルに優しいやつだ。なんだかんだで頼りにしている。本人に言うと調子に乗るので絶対に言わないが。


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「なるほどなー電車で女子高生によだれをなー……」
 昼休み。俺は高校の頃からの友人である|白井宗志《しらいそうし》に事の顛末を話した。
 半年ほど付き合ってた彼女にフラれたとこから始まり、ついさっきのよだれのくだりまで。面白いというか変な話なので誰かに話さずにはいられなかったのだ。
「俺も信じられないけどあったんだよ。ほらここによだれを拭った跡が」
「……サコッシュ、お前フラれたからってそんな変な角度での現実逃避は良くないぞ」
「現実逃避じゃないわ! マジでホントの話なんだって!」
 全く信じられていなかった。ちなみにサコッシュは宗志しか使っていない俺のあだ名。
「お前落ち込むにしてももっと健全なやり方にしろよ。やけ食いするとか、熱出すとかさ」
「夢見てるわけじゃない! 本当にあったんだよ!」
「どうせそのよだれもお前が寝落ちしたときのやつだろ。女子高生が立ったまま寝てきて挙句の果てによだれて。お前トークの才能ゼロだな」
「いやいや、違うって! 本当に――」
「もういい! いいんだよ! 自分を追い詰めるな! サコッシュ、お前は悪くない!」
「違う違う! そっちじゃない! そっちだと本当におかしくなったみたいになるから!」
「よぉし! 今度飯でも奢るよ。なんか美味いもん食おう!」
「違うんだって! あーもう、こうなったら言えば言うほどだよ……」
 既に宗志は真面目に聞くモードじゃなくなっている。俺は信じてもらうのを早々に諦め、講義室の椅子の背もたれに寄りかかりため息を吐く。
 まぁ宗志が疑うのも無理はない。俺だって他人がこんな話をしてたらおかしくなったと思う。
「それで、その美少女って女子高生だったんだろ? どこの子なんだよ」
 スマホで次のスケジュールを確認していると、宗志が話を戻してきた。
 口ではああ言っているが、まるっきり信じていないわけじゃないらしい。
「どこの子って、そんなの分かるわけないだろ」
「でも変わった制服だったんだろ? 写真とか撮ってないのか?」
「撮れるわけないだろ……でもそうだな、こう、真っ白なブレザーでさ――」
 制服の特徴を伝えてみる。すると宗志は腕を組んで目をつぶり、考え始めた。
「んーここら辺の高校で、そのデザインってなると……おっ、あそこじゃないか?」
 思い当たるとこがあったようで、宗志がスマホを操作して画面を見せてくる。学校のホームページだろうか、確かにそこには全く同じ制服を着た女子高生が2人ほど映っている。
「あぁ……ここだよここ。えっと、私立……聖ホイップル女子学院? すげー名前だな」
「中高一貫のお嬢様学校だよ。偏差値はまぁまぁだけどかわいい子が多いって評判だな」
 なんでそんなこと知ってるんだと思うが、宗志は温和な顔立ちの割には女の子に手を出すのが早い奴だ。どうせ前の彼女の妹とか、もしくは前の彼女がそこの学校の生徒だったとか、そういうやつだろう。
「この前アプリで会った女の子がホプ女の教師でさ、年上ですげぇ金払いよくて。私立だからなのか分からんが結構給料良いみたいだぜ、あの学校」
「その情報を知って俺になんの益があるんだ……」
「それもそうだ。で、その美少女、顔以外はどうだったの?」
「顔以外? あぁ、そういうことな」
「そりゃ気になるよ。別に狙う狙わないの話じゃなくてさ。ていうか何年生だったの?」
「分かんないよそんなの。多分……1年生か2年生くらいじゃないか」
「他には? 身長……はアレか。お前より全然ちっちゃいのか。えっとじゃあ、あれ、胸は?」
 聞かれると思った。20代前半の健全な野郎なら気になるのはそこしかない。
 俺は答えあぐねながらもついさっきのことを思い出す。
 満員電車の中で彼女が距離を詰めてくる。お腹の上辺りで感じたあの柔らかくて弾力のある感触。俺に寄りかかって寝ていた時もずっと感じていたアレ。
「まぁ、擬音で表現するとこう……むにぃって感じだったな」
「犯罪じゃねぇかこいつ」
「お前が聞いたんだろ!」
 思わず大声を出してしまう。宗志は「いやいやいや」なんて言いながら自嘲した。
「まぁでも、女子高生はやめたほうがいいよ。そりゃカラダは極上だけど、それ以上にバカだし、世間知らずだし、絶対こじれるぞ」
「経験則ってやつか?」
 俺が訊き返すと宗志は腕と足を組んでふふんと笑う。
 相変わらずの友人の遊び人っぷりに嘆息する。そもそも俺は別にあの子を狙ってるなんて話はしていないというのに。
 どちらかといえば関わりたくないというのが本音だ。確かに可愛いし、年下だし、胸もその、大きいみたいだけど、でもなんかあの子は良くない気がする。
 真っ白な制服とオレンジ色の瞳。どこかミステリアスな雰囲気を出しながらも、深入りするのは良くないと思ってしまう。
「そういえば、サコッシュ。七葉ちゃんの課題どこまで進んだ?」
 今朝の出来事を反芻していると、宗志が机に身を乗り出して訊いてきた。
 七葉ちゃんというのは英文学の|徒町七葉《あだまちななは》准教授のことだ。毎回知らん作者の知らん短編集を持ってきて、こっからここまで邦訳しろと課題を出してくる。
 彼女にはおよそ人の心というものがない。男女関わらず、これまで『人に気に入られる才能』のみで人生を楽勝してきた者達も、七葉ちゃんの前では等しくひとつの記号となってしまう。
 まぁ課題さえしっかりやっていれば単位を貰えるし、もっと言えば内容が間違っていたり、拙かったとしても提出した時点である程度の評価はもらえるので、そんなに気難しい人ではないと俺は思っている。
「あぁ、あれならもう終わらせたよ」
「マジで!? もう!? 提出来週の火曜までだろ!?」
「まぁ今回は範囲そんな広くなかったし」
 思ったよりも少なかったよと答えると、宗志は机に両手をついてグッと頭を下げた。
「500円でどうっすか先生」
「安い、800円」
「550円」
「刻むな、700円」
「うーん……650円」
「……680円」
「……分かった。680円で手を打とう」
「こっちのセリフだ」
 ドライブに入れておいたデータを探す。登録してるコミュニティにデータをアップロードして、これを見た学友たちが680円でダウンロードするということだ。
 俺の邦訳したレポートは評判がいいみたいで、最初は宗志にしか見せていなかったのだが、いつの間にか英米語コースの知らん学生からも求められるようになった。
 タダ働きするのも癪だったので、こうして値段を設定しているというわけだ。
 これが結構いい小遣い稼ぎになる。まぁこれだけで生活とかは流石にできないが。
「あぁ、あとさ、サコッシュ」
 価格設定をしていると宗志が少し声のトーンを落としてきた。
 なにか大事な話だろうか。俺はスマホの操作を中断して顔を向ける。
「この前先輩に言われてさ、サコッシュのこと」
「……あぁ」
 なんとなく次の言葉を察してしまう。おそらくテニス部の先輩のことだろう。
 そして宗志のどことなく気まずい表情。この流れは多分、勧誘だ。
「その、来月にさ、他校との交流試合というか、合同練習があるんだよ。そのときお前にも参加してほしいって話なんだけど」
「宗志、俺はもう」
「分かってる。先輩にそう言われたけど、俺の方から断っておいたって話だから」
 俺の返事を遮って、宗志が掌を突き出す。
 宗志とは高校からの仲だ。当然俺がテニスから離れた理由も知っている。そしておいそれと簡単には復帰できないこともまた理解してくれている。
 普段は飄々としていてつかみどころのないやつだが、根っこのところではシンプルに優しいやつだ。なんだかんだで頼りにしている。本人に言うと調子に乗るので絶対に言わないが。