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第三頁 初陣

ー/ー



 国の外に出るため、門の所まで来ると、僕はひどく緊張した様子を見せた。空は快晴、一点の雲すら弾け飛ばすような色を見せる。

 皆がこの気温と蛇の胴体のように長い行列による暑さで汗をかいているのとは逆に、僕は緊張で冷や汗をかいていた。これから冒険に出るというワクワク感もそうだが、何より緊張の引き金となっていたのは……。

 で、出られるよね……?

 パラメラのことだった。というか、パラメラ含めブルーモンスターを連れて冒険に出ていいのかという問題だった。何も考えずに流れと勢いに任せて来たが、これでダメと言われれば中々に恥ずかしいぞ。

「商人ナンバー28、荷物も問題無さそうだな。行っていいぞ。次」

 今日門番を担当しているのは、中々に威厳のありそうな騎士の人だった。名前こそ知らないが、恐らく騎士の中でもそれなりに偉い人なのだろう。

 おどおどしながら待っていると、やがて自分の番が回ってきた。

「次、外に出る目的は?」

「えと、冒険ですね」

 パラメラを腕の中に抱えながら答えた。それにしても首が痛くなるほどに背が高いなこの人。

「なるほど。では、冒険手帳を見せてもらえるかな。それと名前、所属していた学校の方を」

「名前はテトラ・ハイドルド、所属していた学校は第一イルミナ魔法学校です」

 僕はそう言いながら、ポケットに突っ込んでいた冒険手帳を門番の人に見せ、渡した。

「ふむ、少々待ちたまえ」

 そう言うと門番の人は手帳を受け取り、手元に置かれていた分厚い紙束の上を人差し指でなぞっていった。恐らく、登録済みの情報かの確認、そして軽い本人確認のための名前と所属学校の照合をしているのだろう。

 数秒もしないうちに門番の人の指は止まり、数秒ほど時間が経過した。そして、丁寧に分厚い紙の束を所定の位置に戻すと、預けていた手帳を僕の方に差し出してきた。

「テトラ・ハイドルド、確かに今朝登録を完了しているな。行っていいぞ」

 よかった。特にパラメラのことは何も言われなかった。

「ありがとうございます」

 僕は冒険手帳を受け取り、またポケットの中に突っ込んだ。

 安堵(あんど)しながら一歩ずつ、ゆっくりと歩みを進めていく。トンネルのように続く壁に囲まれた一本道、一分も歩けばそこから先は待ち望んだ外の世界だ。

 気を引き締めるように、また緊張をほぐすように、パラメラを抱える腕の位置を変え、深呼吸した。

「ああ少し待ちたまえ」

「ひゃいっ!」

 と思ったが、先程の門番から声を掛けられる。威圧的な態度をとられている訳ではないのに、どことなく圧力を感じるのは、この人に貫禄があるからだろう。

 なぜ呼び止められたのだろうか。やはりパラメラを連れていることが問題だったのだろうか。真相は分からないが、僕は後ろから心臓を矢で射抜かれたような反応を示して振り返った。

 無意識に、パラメラを覆うようにして体を丸め込む。

「な、なんでしょう」

 門番の人は先程の分厚い紙の塊をトントンと机に叩きつけ、下に落としていた視線を僕の方に向けてきた。そして一秒か二秒ほど、僕にとっては十数秒にも感じられる無言の間をおいて、門番の人は口を開いたのだ。

 一気に高まった緊張は、糸となって僕がスムーズに呼吸するのを阻む。

 ……ごくり。

「冒険には死が付き物だ。だが、いざとなれば私、イルミナ騎士団所属のアールフレッドが駆けつけよう。安心して進むといい」

「あ、ああ、はい。えと、それじゃあ」

「うむ」

 なんだ、ただの粋な計らいか。僕は一気に溜め息を吐いた。勢いでしゃがみ込むと、腕の中からもふもふとしたものが外に出たがっているのが分かった。

「あれ、出たいの? いいよ、じゃあ歩こっか」

 そう言いながら腕を離していた。宙を駆けるように脚をバタバタとさせてパラメラが飛び出ていく。しばらく抱き抱えていたから歩きたくなったようだ。

 それにしてもアールフレッドか、確かイルミナ騎士団の副団長を務めている人だ。副団長が門番を務めているってことは、何かトラブルでもあったのかもしれない。

 まぁそれはさておき、僕は目の前に広がるその光景に圧倒された。蛇行しながらアーチを描くような足取りで跳ね回るパラメラの足も、その景色を前にしては立ち止まるしかないようだった。

「わぁっはぁ!」

 澄んだ青空の下に広がるのは生き生きとした緑の大地、(しるべ)となる道から少し外れると、大きな湖なども見える。

 まだ周辺にはモンスターが見えないが、少し歩けば出てくることだろう。

「きゅっきゅっ」

 パラメラも僕と同じように、感嘆と喜びの声をあげた。さて、初めどこへ向かうかは既にトキメラと話し合って決めている。まずはそこに向かおう。

 他に居た商人や他の冒険者達が散らばり、各々のペースで進んでいく中、僕はパラメラに目配せをして一歩を踏み出した。まだまだ不安もあるが、パラメラが居ることやバックパックの重みがなんだかとても頼もしく思える。

「んじゃ行くよ、パラメラ。えーとまずは……」

 ポケットに畳んで入れておいた地図を広げたイルミナ王国周辺の地形が簡潔に描かれている地図だ。行こうとしている所には目印を付けてある。その内、僕は星型の中に数字の一が書かれた目印に目をつけた。

 ここだ。

 イルミナ郊外にある小さな町ハバティ、そこにまずは向かう。ハバティでは演劇が有名で、よく異世界書物を題材とした演劇が開かれているのだ。

 異世界書物オタクでもある僕が、初めにハバティへ行こうとするのは必然だった。ただ道中、必ず森を抜けなければならない為、実質的にはその森が最初に訪れる場所となるだろう。

 その森ではちょうど初心者向けのモンスター達が出現するらしいから、ハバティへ向かう際の初戦闘には持ってこいだ。

「ハバティだ」

 すっと息を吸い、意気込んだ目で前方を見た。

 さぁ、歩きだそう。



 特に何の問題もなく森へ入ると、周囲からは人が消え、代わりに二メートルほどある木々がずらりと並ぶようになった。

 街と街の間にあるため道は整備されているが、生い茂る草むらや木の影からモンスターが出てくる可能性は大いにある。

「いやー森に入ると冒険してるって感じが少し出てくるよね。注意して進もっか、パラメラ」

「きゅきゅっ」

 ぐっと背伸びをして、腰に備えていた短剣を取り出した。いつ何が来てもいいよう備えておく、冒険初心者の心得の一つだ。

 そして十数歩程進むと、二時の方向、右斜め前方にある木陰がザワザワと音を出し始めた。……何かが来る
 そう察知した僕は、すぐさまにパラメラを包むように抱え、急いで後退しながらしゃがみ込んだ。

 葉が波を体現し、奥から手前へと押し寄せてくる。その波の正体であろう何かの特徴らしきものが、隙間からはみ出ているのが分かった。言葉通り、波のように浮き立つ紫色の液体、半透明の体の中に少量入っている気泡の数々……。なるほど、その正体が分かった。

 僕は立ち上がると、短剣を両手で持ち、少し腰を低くして構え、それが現れてくるであろう正面に戦闘に陣取った。

 慣れていないぎこちない構え方なのは自分がいちばん理解している。けれど、最初はそれでいい、これでいいはずだ。きっと皆同じような歩き方をしてきたはずだ。

 僕は目標から目を離さないまま、口を開く。

「ようやく初のバトルってわけか……ふふ。パラメラ、じっとしていてね」

 横目でちらりとパラメラを視界の端に捉えたが、見たところ蛇がとぐろを巻くようにうずぐり、しっぽを枕にして自分の顔を乗せていた。何を考えているのかは分からないが、怯えている訳ではなさそうだ。

 瞬間、目標は僕に飛びついてくると同時にその姿を顕にした。紫色の球体で液状の体質、ブラッドモンスターの特徴である赤目の代わりであろう赤い二つの斑点、そして口らしき器官は見えるが、それ以外には何も無い。その半透明な身体の中には、ちぎれた草花が浮遊していた。

 その見るからに毒々しい色からも分かる通り、こいつはポイズンスライムと呼ばれるモンスターだ。いきなり毒系のモンスターと出会ったのは少々不安だが……。

 ……周囲に炎の精霊達はそれなりに居るな。いける。

「来い! 付与(エンチャント)(ファイア)!」

 短剣は握ったまま、唱えた。すると赤色の魔法陣が僕の手元に出現し、腕輪をつける時のように魔法陣は僕の手をくぐり抜けていき、手首あたりで瞬時に縮小して消滅する。

 手元から循環して、体全体に炎の魔力が行き渡っていくのが分かる。

 順調だ。ここ数日の練習のおかげで、炎の付与魔法は人並みに安定した発動ができるようになった。他の付与魔法も、例えば水の付与魔法なら水辺など、対応した精霊が大量に居る場所でなら発動できるようになったのだ。

 それ以上の質を求めるなら、これからの冒険で経験とスキルを培っていくしかない。

 付与魔法の発動が終わり、左手をポイズンスライム目掛けて(かざ)す。短剣を握ったままその左腕を支え、魔力弾の発射準備を整えた。

「ぷぷるぴゅっぷぅ!」

 次の瞬間、ポイズンスライムは口から毒々しい色の液体を圧縮させた塊のようなものを吐き出してきた。間違いなく触れれば毒を受けることになるだろう。見た目的には毒の魔力弾と言ったところか。

 ポイズンスライムの毒は受けてもそれ程致命傷にはならないらしいけど、ハバティまではまだ距離があるし、できれば攻撃は回避したいところだ。

 ……うーん、位置が悪いな。

 後ろにはパラメラが居る。僕だけ避けるとパラメラに当たるだろうし、かと言ってパラメラを抱えて逃げようとするなら逃げ遅れるだろう。

 もう少し、森のモンスターくらいは対策しておけばよかったなと思う。けど、今更そんなことを言っても仕方ない……。なら……!

「……っ! くらえっ!」

 僕は炎の魔力弾を発射した。中心部に生まれた火種が発火し、瞬時に火炎の弾となる。風の波に揺られ炎の尾をなびかせながらポイズンスライムの毒球の方へと向かっていくのが見えた。

 衝突。同等の威力かと思われたそれらは、ぶつかった瞬間に一方が割れたガラス破片のように弾け飛ぶことで勝敗を分けた。

 勝ったのは僕の魔力弾の方だ。

「ぷっびゃぁぁあああ」

 ぶつかった衝撃で少々小さくなってしまったものの、そのままの勢いでポイズンスライムに命中した魔力弾は、スライムの全身を炎で包み込んだ。そのダメージでスライムは悲鳴のような鳴き声をあげながらその息を絶った。

 撃退される瞬間、スライムの体は弾け飛び、その体を構成する毒液を周辺に落とす。同時に消化途中だったであろう中の物もバタバタと音を立てながら落ちていった。断面が溶けている草花……そしてもう一つ。

「え、えっ! かっ勝った! ふふー……よしっ」

 僕は初勝利の喜びを噛み締めながら、沸騰しそうなほど高まるテンションを落ち着かせて静かにガッツポーズをとった。

 パラメラの方を見る。大丈夫そうだ。表情も特に問題ない。弾け飛んだ毒球やポイズンスライムの液体は周辺に飛び散っているものの、僕らの体にはかかっていないようだった。奇跡だな。

 僕はパラメラに向けてドヤ顔でピースサインを送った。パラメラはそれが何か分かっていないようだったが、お返しにしっぽを振ってくれた。

「さてと、そいや何か落としてたような」

 ポイズンスライムの中から落ちてきた物の中に、何か一つ気になるものがあったんだけど……あれ、これってもしかして。

 僕は、その気になる物の傍に行って気がつく。形状からして本なのは分かっていたのだがこれは……。

「い、異世界書物じゃんこれ……」

 こんな物まで食べるのかという驚きと共に、こんなところで異世界書物を見かけたことの喜びが湧き上がってきた。見たところ表紙の角部分しかまだ溶けていないため、つい先程食べたものなんだろう。

 字が読めそうだったから、僕は本をひっくり返してそのタイトルを読んでみた。

「えーと、毒の王子様か」

 ああ、この物語も読んだことがある。内容は確か……。


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次のエピソードへ進む 異世界書物~毒の王子様~


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 国の外に出るため、門の所まで来ると、僕はひどく緊張した様子を見せた。空は快晴、一点の雲すら弾け飛ばすような色を見せる。
 皆がこの気温と蛇の胴体のように長い行列による暑さで汗をかいているのとは逆に、僕は緊張で冷や汗をかいていた。これから冒険に出るというワクワク感もそうだが、何より緊張の引き金となっていたのは……。
 で、出られるよね……?
 パラメラのことだった。というか、パラメラ含めブルーモンスターを連れて冒険に出ていいのかという問題だった。何も考えずに流れと勢いに任せて来たが、これでダメと言われれば中々に恥ずかしいぞ。
「商人ナンバー28、荷物も問題無さそうだな。行っていいぞ。次」
 今日門番を担当しているのは、中々に威厳のありそうな騎士の人だった。名前こそ知らないが、恐らく騎士の中でもそれなりに偉い人なのだろう。
 おどおどしながら待っていると、やがて自分の番が回ってきた。
「次、外に出る目的は?」
「えと、冒険ですね」
 パラメラを腕の中に抱えながら答えた。それにしても首が痛くなるほどに背が高いなこの人。
「なるほど。では、冒険手帳を見せてもらえるかな。それと名前、所属していた学校の方を」
「名前はテトラ・ハイドルド、所属していた学校は第一イルミナ魔法学校です」
 僕はそう言いながら、ポケットに突っ込んでいた冒険手帳を門番の人に見せ、渡した。
「ふむ、少々待ちたまえ」
 そう言うと門番の人は手帳を受け取り、手元に置かれていた分厚い紙束の上を人差し指でなぞっていった。恐らく、登録済みの情報かの確認、そして軽い本人確認のための名前と所属学校の照合をしているのだろう。
 数秒もしないうちに門番の人の指は止まり、数秒ほど時間が経過した。そして、丁寧に分厚い紙の束を所定の位置に戻すと、預けていた手帳を僕の方に差し出してきた。
「テトラ・ハイドルド、確かに今朝登録を完了しているな。行っていいぞ」
 よかった。特にパラメラのことは何も言われなかった。
「ありがとうございます」
 僕は冒険手帳を受け取り、またポケットの中に突っ込んだ。
 |安堵《あんど》しながら一歩ずつ、ゆっくりと歩みを進めていく。トンネルのように続く壁に囲まれた一本道、一分も歩けばそこから先は待ち望んだ外の世界だ。
 気を引き締めるように、また緊張をほぐすように、パラメラを抱える腕の位置を変え、深呼吸した。
「ああ少し待ちたまえ」
「ひゃいっ!」
 と思ったが、先程の門番から声を掛けられる。威圧的な態度をとられている訳ではないのに、どことなく圧力を感じるのは、この人に貫禄があるからだろう。
 なぜ呼び止められたのだろうか。やはりパラメラを連れていることが問題だったのだろうか。真相は分からないが、僕は後ろから心臓を矢で射抜かれたような反応を示して振り返った。
 無意識に、パラメラを覆うようにして体を丸め込む。
「な、なんでしょう」
 門番の人は先程の分厚い紙の塊をトントンと机に叩きつけ、下に落としていた視線を僕の方に向けてきた。そして一秒か二秒ほど、僕にとっては十数秒にも感じられる無言の間をおいて、門番の人は口を開いたのだ。
 一気に高まった緊張は、糸となって僕がスムーズに呼吸するのを阻む。
 ……ごくり。
「冒険には死が付き物だ。だが、いざとなれば私、イルミナ騎士団所属のアールフレッドが駆けつけよう。安心して進むといい」
「あ、ああ、はい。えと、それじゃあ」
「うむ」
 なんだ、ただの粋な計らいか。僕は一気に溜め息を吐いた。勢いでしゃがみ込むと、腕の中からもふもふとしたものが外に出たがっているのが分かった。
「あれ、出たいの? いいよ、じゃあ歩こっか」
 そう言いながら腕を離していた。宙を駆けるように脚をバタバタとさせてパラメラが飛び出ていく。しばらく抱き抱えていたから歩きたくなったようだ。
 それにしてもアールフレッドか、確かイルミナ騎士団の副団長を務めている人だ。副団長が門番を務めているってことは、何かトラブルでもあったのかもしれない。
 まぁそれはさておき、僕は目の前に広がるその光景に圧倒された。蛇行しながらアーチを描くような足取りで跳ね回るパラメラの足も、その景色を前にしては立ち止まるしかないようだった。
「わぁっはぁ!」
 澄んだ青空の下に広がるのは生き生きとした緑の大地、|導《しるべ》となる道から少し外れると、大きな湖なども見える。
 まだ周辺にはモンスターが見えないが、少し歩けば出てくることだろう。
「きゅっきゅっ」
 パラメラも僕と同じように、感嘆と喜びの声をあげた。さて、初めどこへ向かうかは既にトキメラと話し合って決めている。まずはそこに向かおう。
 他に居た商人や他の冒険者達が散らばり、各々のペースで進んでいく中、僕はパラメラに目配せをして一歩を踏み出した。まだまだ不安もあるが、パラメラが居ることやバックパックの重みがなんだかとても頼もしく思える。
「んじゃ行くよ、パラメラ。えーとまずは……」
 ポケットに畳んで入れておいた地図を広げたイルミナ王国周辺の地形が簡潔に描かれている地図だ。行こうとしている所には目印を付けてある。その内、僕は星型の中に数字の一が書かれた目印に目をつけた。
 ここだ。
 イルミナ郊外にある小さな町ハバティ、そこにまずは向かう。ハバティでは演劇が有名で、よく異世界書物を題材とした演劇が開かれているのだ。
 異世界書物オタクでもある僕が、初めにハバティへ行こうとするのは必然だった。ただ道中、必ず森を抜けなければならない為、実質的にはその森が最初に訪れる場所となるだろう。
 その森ではちょうど初心者向けのモンスター達が出現するらしいから、ハバティへ向かう際の初戦闘には持ってこいだ。
「ハバティだ」
 すっと息を吸い、意気込んだ目で前方を見た。
 さぁ、歩きだそう。
 特に何の問題もなく森へ入ると、周囲からは人が消え、代わりに二メートルほどある木々がずらりと並ぶようになった。
 街と街の間にあるため道は整備されているが、生い茂る草むらや木の影からモンスターが出てくる可能性は大いにある。
「いやー森に入ると冒険してるって感じが少し出てくるよね。注意して進もっか、パラメラ」
「きゅきゅっ」
 ぐっと背伸びをして、腰に備えていた短剣を取り出した。いつ何が来てもいいよう備えておく、冒険初心者の心得の一つだ。
 そして十数歩程進むと、二時の方向、右斜め前方にある木陰がザワザワと音を出し始めた。……何かが来る
 そう察知した僕は、すぐさまにパラメラを包むように抱え、急いで後退しながらしゃがみ込んだ。
 葉が波を体現し、奥から手前へと押し寄せてくる。その波の正体であろう何かの特徴らしきものが、隙間からはみ出ているのが分かった。言葉通り、波のように浮き立つ紫色の液体、半透明の体の中に少量入っている気泡の数々……。なるほど、その正体が分かった。
 僕は立ち上がると、短剣を両手で持ち、少し腰を低くして構え、それが現れてくるであろう正面に戦闘に陣取った。
 慣れていないぎこちない構え方なのは自分がいちばん理解している。けれど、最初はそれでいい、これでいいはずだ。きっと皆同じような歩き方をしてきたはずだ。
 僕は目標から目を離さないまま、口を開く。
「ようやく初のバトルってわけか……ふふ。パラメラ、じっとしていてね」
 横目でちらりとパラメラを視界の端に捉えたが、見たところ蛇がとぐろを巻くようにうずぐり、しっぽを枕にして自分の顔を乗せていた。何を考えているのかは分からないが、怯えている訳ではなさそうだ。
 瞬間、目標は僕に飛びついてくると同時にその姿を顕にした。紫色の球体で液状の体質、ブラッドモンスターの特徴である赤目の代わりであろう赤い二つの斑点、そして口らしき器官は見えるが、それ以外には何も無い。その半透明な身体の中には、ちぎれた草花が浮遊していた。
 その見るからに毒々しい色からも分かる通り、こいつはポイズンスライムと呼ばれるモンスターだ。いきなり毒系のモンスターと出会ったのは少々不安だが……。
 ……周囲に炎の精霊達はそれなりに居るな。いける。
「来い! |付与《エンチャント》|炎《ファイア》!」
 短剣は握ったまま、唱えた。すると赤色の魔法陣が僕の手元に出現し、腕輪をつける時のように魔法陣は僕の手をくぐり抜けていき、手首あたりで瞬時に縮小して消滅する。
 手元から循環して、体全体に炎の魔力が行き渡っていくのが分かる。
 順調だ。ここ数日の練習のおかげで、炎の付与魔法は人並みに安定した発動ができるようになった。他の付与魔法も、例えば水の付与魔法なら水辺など、対応した精霊が大量に居る場所でなら発動できるようになったのだ。
 それ以上の質を求めるなら、これからの冒険で経験とスキルを培っていくしかない。
 付与魔法の発動が終わり、左手をポイズンスライム目掛けて|翳《かざ》す。短剣を握ったままその左腕を支え、魔力弾の発射準備を整えた。
「ぷぷるぴゅっぷぅ!」
 次の瞬間、ポイズンスライムは口から毒々しい色の液体を圧縮させた塊のようなものを吐き出してきた。間違いなく触れれば毒を受けることになるだろう。見た目的には毒の魔力弾と言ったところか。
 ポイズンスライムの毒は受けてもそれ程致命傷にはならないらしいけど、ハバティまではまだ距離があるし、できれば攻撃は回避したいところだ。
 ……うーん、位置が悪いな。
 後ろにはパラメラが居る。僕だけ避けるとパラメラに当たるだろうし、かと言ってパラメラを抱えて逃げようとするなら逃げ遅れるだろう。
 もう少し、森のモンスターくらいは対策しておけばよかったなと思う。けど、今更そんなことを言っても仕方ない……。なら……!
「……っ! くらえっ!」
 僕は炎の魔力弾を発射した。中心部に生まれた火種が発火し、瞬時に火炎の弾となる。風の波に揺られ炎の尾をなびかせながらポイズンスライムの毒球の方へと向かっていくのが見えた。
 衝突。同等の威力かと思われたそれらは、ぶつかった瞬間に一方が割れたガラス破片のように弾け飛ぶことで勝敗を分けた。
 勝ったのは僕の魔力弾の方だ。
「ぷっびゃぁぁあああ」
 ぶつかった衝撃で少々小さくなってしまったものの、そのままの勢いでポイズンスライムに命中した魔力弾は、スライムの全身を炎で包み込んだ。そのダメージでスライムは悲鳴のような鳴き声をあげながらその息を絶った。
 撃退される瞬間、スライムの体は弾け飛び、その体を構成する毒液を周辺に落とす。同時に消化途中だったであろう中の物もバタバタと音を立てながら落ちていった。断面が溶けている草花……そしてもう一つ。
「え、えっ! かっ勝った! ふふー……よしっ」
 僕は初勝利の喜びを噛み締めながら、沸騰しそうなほど高まるテンションを落ち着かせて静かにガッツポーズをとった。
 パラメラの方を見る。大丈夫そうだ。表情も特に問題ない。弾け飛んだ毒球やポイズンスライムの液体は周辺に飛び散っているものの、僕らの体にはかかっていないようだった。奇跡だな。
 僕はパラメラに向けてドヤ顔でピースサインを送った。パラメラはそれが何か分かっていないようだったが、お返しにしっぽを振ってくれた。
「さてと、そいや何か落としてたような」
 ポイズンスライムの中から落ちてきた物の中に、何か一つ気になるものがあったんだけど……あれ、これってもしかして。
 僕は、その気になる物の傍に行って気がつく。形状からして本なのは分かっていたのだがこれは……。
「い、異世界書物じゃんこれ……」
 こんな物まで食べるのかという驚きと共に、こんなところで異世界書物を見かけたことの喜びが湧き上がってきた。見たところ表紙の角部分しかまだ溶けていないため、つい先程食べたものなんだろう。
 字が読めそうだったから、僕は本をひっくり返してそのタイトルを読んでみた。
「えーと、毒の王子様か」
 ああ、この物語も読んだことがある。内容は確か……。