勝った、勝ったんだ、僕は。
そんな喜びを噛み締める暇もなく、発射した時の勢いで僕の体は後方へと吹き飛んだ。そんなの考えてもいなかったから受け身の体勢なんてとれやしなかったが、僕の体が先に地面に叩きつけられたことでパラメラにはそれほど衝撃は無かったように見える。
急いで体を起き上がらせて赤目のやつの方を見ると、まだ赤目の顔は炎に包まれていた。
「あぁぁああ、あぁぁくそおおおおあついいいいぃぃぃいいい!!」
周りが見えていないんだろうが、熱さに悶えるようにして周辺の木々やフェンス、壁にぶつかりながら自分の顔を手でひたすら覆ったり擦ったりしている。
気の毒だと思うかもしれないが、僕的には妥当な制裁だ。人の家族を食べようだなんて考えたこいつの、妥当な罰だ。
「|付与《エンチャント》|水《ウォーター》! |付与《エンチャント》 |水《ウォーター》! |水《ウォーター》! くそなんでだ!」
赤目は必死に水の魔法陣を組もうとするが、組んだ瞬間に魔法陣にはヒビが入り、先程の僕と同じように|悉《ことごと》く割れていった。割れると今度は、炎の時のような黒煙ではなく、雀の涙程度の水が零れる。
さっきから僕が炎の付与魔法ばっか連続で使って炎の精霊が寄ってくるもんだから、その熱を嫌って水の精霊達が避難していったんだ。実際、周囲に水の精霊の姿はほとんど見当たらない。
けど相手はそんなこと考えられる状況じゃないから、パニックになってるんだ。可哀想にな。
「おーいテトラー! 大丈夫かーい!?」
後ろから聞きなれた声が聞こえたから振り返ってみると、そこには息切れしそうになりながら僕の方へ走ってくるトキメラの姿が、そこにはあった。
「やーーっときた、もー遅いよトキメラー」
安堵からか、僕は全身の力が抜けたようにトキメラの名を呼んだ。
「ごめんごめん。見た感じ、パラメラは見つかったみたいだね、よかった」
トキメラは、僕の腕の中でうずくまっているパラメラを見て安心したようだった。
「うん、今は眠ってる」
まぁ、実際は気絶しているんだろうけども。とりあえずはそういう解釈でいいだろう。息はあるし、間違ってはいない。
ただ、パラメラよりも気にかけるべきものが今は他にいる。
「ところで、目の前で燃えてるそこの人は一体? 消してあげた方がいい?」
トキメラもそれに気がついたようだった。そう、パラメラを誘拐しやがった赤目の野郎だ。
「いや……」
そこまで言いかけると、好都合か不都合か、向こうから口を挟んできてくれた。それも火で少し焦げている人差し指を僕に向けながら。
「テトラ! 確かにそう呼ばれてたな今、テトラ、テトラか、覚えたぞ。この炎の恨み、そしてそのパラメラとかいうやつの恨み、いつか必ず晴らしてやるからな、覚えとけよ!」
かませキャラのような捨て台詞を残すと、赤目のそいつは僕たちの方に背を向けて反対方向へと走り出して行った。熱くて仕方ないのか、負けた屈辱からか元からなのか、その逃げ足は速く、何回か瞬きをしている間に見失ってしまった。
だが背を向けて逃げようとした際、首にかけていたものがはっきりと見えた。まるでペットが名札を首輪に付けているように、赤目もワインレッドの首輪にそれを付けていたのだ。
|ヴ《・》|ェ《・》|ル《・》|ベ《・》|ッ《・》|ド《・》、確かにそう書かれていた。金色の名札に黒色の文字で刻まれていたそれは、炎をバックにして夕陽明かりに照らされてよく見えた。
恐らく赤目のやつの名前なのだろう。なんでその名前なのか、なんで首輪のように付けているのかは分からないが、ヴェルベッドというのが赤目の名前に違いない。
そして慌てて動いた拍子に、ヴェルベッドは一つ物を落としていった。
「えっと……」
トキメラは状況がうまく飲み込めず混乱しているようだった。まぁそれは当然だ、僕が逆の立場でも混乱するだろう。
「後で説明するよ、それより一旦パラメラを預かってもらえない?」
「ああ、いいよ。ほい」
僕が慎重にパラメラを手渡すと、トキメラは両手で下から抱えるようにしてパラメラを抱えた。僕はそれを確認し、ヴェルベッドが落としたそれを拾いに行く。
その物というのは。
「それ、どうするつもりだい?」
「んー、ちょっと持って帰ってみようかな。何となく、記念に」
ナイフだった。
黒いドクロの滑り止めテープが取っ手部分に巻き付けられていて、お世辞にも趣味が良いとは言えない。ただ、見たところまだ新品ぽいし、初めて魔法が使えた&魔法を使って初勝利した記念で拾っておこうかなと思ったのだ。
「まーそりゃ、血とか付いてないなら別にいいけどさ」
「なら決まり」
さて、目的も果たせたし、そろそろ外出禁止時刻も来るから帰ろうかと思ったところで僕の体は一気に鉛のように重くなっていった。
直感でわかった。溜まっていた疲労が全身を襲ってきたのだと。パラメラが出ていったことによる精神的疲労とヴェルベッドとの戦闘による肉体的疲労、両方が襲ってきたのだ。
トキメラが来たことにより、ギリギリ保てていた緊張の糸も解け、疲れが解放された訳だ。|瞼《まぶた》は重力が何倍にもなったかのように、足は鉄球でも付けられたかのように、腕は海流の流れに反って振っているかのように重くなっていく。
気がつけば、一瞬だけ瞬きをしている内に、前の方に見えていた夕陽は僕の後頭部方向にあって。気がつけば足をつけていたはずの地面が目の前、鼻の先まで来ていた。
あ、倒れる。
そこまで分かりきったと同時に、トキメラが僕の名前を叫んでいるのが分かった。
「へぇー、ヴェルヴェット、ね」
トキメラは、ミルクティーをカップに注ぎながらそんな反応を示した。
目が覚めた時、既に時刻は十時を回っていた。お腹も別段空いていなかったため僕は、お風呂だけ済ませてトキメラと一緒にミルクティーを飲んで寝ることにしたのだ。
事の一部始終を説明する。ヴェルヴェットのこと、そしてそいつがパラメラを誘拐して食べようとしていたこと、僕が魔法を使えたこと、大まかに分ければこの三つだ。その全てに対してトキメラは、興味深そうな驚きを見せた。
「見たことも聞いたことも会ったことも無いやつだったよ。間違いなく人食ってる、そんな目してた」
「はは、まさか。けど今日の一件で君に恨みは持ってるだろうね、最後にそんなこと言ってたし」
トキメラは、ミルクティーを注いだカップ二つをテーブルの上に置くと、すぐに自分のミルクティーを口に含んだ。
その匂いを嗅いだのか雰囲気で分かったのか、机の下からパラメラがひょっこりを顔を覗かせる。ぴょんぴょこ飛び跳ねて前足をかけようとしては落ちていく、そんな様を繰り返しながらパラメラはミルクティーを眺めていた。
「あーはいはい、パラメラはこっちね」
そんなパラメラの様子を見てトキメラがパラメラ用のモンスターフードを机の下に用意した。パラメラはすぐさまがっつく。
「もしかしたらその内復讐にきたりしてね」
僕は笑いながら冗談まじりにそう言った。優雅に香りを楽しみ、ただ談笑しているかのようにミルクティーを口に含もうとする。
「あー、有り得るだろうね」
「……まじ?」
僕は、ミルクティーを飲もうとしていた手を止め、カップをそっと机の上に戻した。睨む……という感じではないのだが、なんだかこう、心の底を見透かされているような目つきでサラッと言われたものだから、不覚にもドキッとしてしまった。
「そのヴェルベッドってやつにとっては、パラメラはただの食料なんだろ? けれどそこがミソでね、たかが食料、されど食料さ。食べ物の恨みは怖いぞテトラ」
「けどたかが一回獲物捕らえるチャンス逃したからって」
「それに、君は制服を見られたんだろ?」
「あっ、あー……」
苦笑いで乗り切ろうとしたのが、完全にまずい思考が頭を過ぎり笑えなくなってきた。そうか、特定できるものは揃っているのか。
「ちょっとまずいかもね。……ま、そんな話は一旦おいといてだ」
「何?」
場の空気を一変させるように、声のトーンを変えながらトキメラは手を叩いた。表情も少し穏やかになる。
「学校、どうする?」
「……」
トキメラのこの発言は、決して学校を辞めるだとか、行かないだとかの提案ではない。どちらかと言えば進むべき道、進路の話だ。
第一イルミナ魔法学校では、卒業の仕方が二種類ある。一つは、六年間の課程を修了すること。もう一つは、基本的な魔法、つまり付与魔法が扱えるようになった段階で仮卒業とし、冒険者として国の外に出て偉業を達成すること。
魔法学校に通う者の多くは、国に仕える騎士か旅する冒険者のどちらかを目指す。二つある卒業方法は、いわば六年間基礎から応用までびっしり学ぶ騎士コースか、基礎を学んでからは独学で冒険していく冒険者コースとも言えるのだ。
もちろん過程を修了してから冒険に出る人も居るが……。さて、僕はどうしようか。
数日後、僕は幾つかの書類を持って第一イルミナ魔法学校の事務課へと顔を出していた。
「えーっと、テトラ・ハイドルド十五歳、うん、確かに書類は揃っているね。間違いもないみたい」
「じゃあこれで……!」
淡々と書類の確認作業をこなしていく事務員さんとは反対に、僕は心を躍らせていることを隠そうともしない顔で応えた。
「そうだね、仮ではあるけど、とりあえず卒業おめでとう」
心做しか、事務員の人も微笑んでいるように思えた。そう、僕は仮卒業して冒険者となる道を選んだのだ。元々ペイン&マジックに憧れていた身として冒険者を目指すつもりだったし、ヴェルベッドに身バレしているのなら仮卒業するのは一石二鳥だ。
この選択をするのにさほど時間は必要としなかった。
「ありがとうございます」
すると事務員の人は、手元の引き出しから白い小さな箱を取り出した。開けると、中には赤いクッションと、その上に転移ペンダントと呼ばれる、小粒な紫色の結晶が先に付いたペンダントが置かれている。
そのペンダントと、後ろの方に山積みにされていた手帳を手にして、僕の方に差し出してきた。見ると、冒険手帳の方には八桁の数字が下の方に薄く彫られている。
「じゃあこれ、卒業祝いの冒険手帳と転移ペンダントね」
「ああ、どうも」
「この手帳は、イルミナ出身の冒険者であることを示す証です。絶対に無くさないでくださいね。それと、冒険には死が付き物です。危機に陥った時や|学校《ここ》が恋しくなった時、ふとした時でも構いません。何かあった時はこのペンダントに祈れば、|最《・》|大《・》|で《・》|十《・》|回《・》だけ、このイルミナにワープすることができます」
早速冒険手帳をポケットの中に入れ、転移ペンダントを首にかける。冒険者として仮卒業した人達の死亡や行方不明情報が絶えないために施された案がこのペンダントだ。
実際、これはありがたい。特に一人で旅立つ僕にとっては一級品の品物だ。
「ご丁寧にありがとうございます。じゃあこれでいつでも冒険に出ていいんですよね?」
「ええ、|ギ《・》|ル《・》|ド《・》の方にはこちらから今テトラさんに渡した冒険手帳のナンバーを登録しておくので、お好きな時にお好きなように冒険に出てもらって構いませんよ」
「わかりました、ありがとうございます」
僕は事務員さんとの会話を一通り終えると、学校を後にし、自分の家へと戻った。冒険者として仮卒業する場合、卒業式のようなものはない。あくまで、偉業を達成して戻ってきた時に卒業となるのだ。
まぁ、実際その卒業の手続きを面倒くさがらずにきちんとやった人達は少ないのだけれど。
別に卒業の手続きをしなくても特にこれといった支障は無い。ただ形として仮卒業、卒業という方式になっているだけだ。僕は……どっちになるだろうな。
「ただいまー」
「お、おかえりー、どうだった?」
玄関をくぐると、分かっていたかのようにトキメラがヌルりと顔を出してきた。今日は休館日らしい。
それに続いて、パラメラもトキメラの足元から顔を出した。ふわふわとした毛並みを宿すしっぽをぶんぶんと振っているのが分かる。
「無事に終わったよ」
「ならよかった。それで? もう出ちゃうのかい?」
「うん、そのつもり。早いに越したことはないしね」
僕は家に足を上げることなく、玄関に置いていたバックパックを背負ってそう言った。そう、昨日の内に準備は終わらせておいたのだ。
もちろん! 中には一冊のみだけどペイン&マジックが入っているぞ!
トキメラは少し寂しそうな顔をしてこちらを見た。だがそれ以上に、パラメラは振っていたしっぽを床に落とし、落ち着きの無い様子を見せながらより一層寂しそうな表情をしていた。
「そうか、わかった。ペンダントは貰っているんだろう? 何かあったらすぐに帰ってくるんだよ」
「わかってる。……それじゃ」
戸を開ける前、一呼吸置いて振り返り、別れの言葉を呟いた。
「いってらっしゃい」
トキメラの言葉を背に受けながら、僕は外の青空を視界に入れる。しかしその瞬間、右足が引っ張られる感触がした。見ると、パラメラが右足の裾を口で引っ張っている。
「あこらこらパラメラ、引っ張るんじゃないの」
「あはは、パラメラは寂しがるだろうね」
何度か足を前後に振るも、パラメラは一向に離す気配を見せなかった。それどころかより一層しがみついてくるようにも思える。
「あーそうだテトラ、いっそのことだ。パラメラも連れて行ってみてはどうだい」
「えっ!?」
トキメラの提案を聞いて僕とパラメラは硬直した。そして徐々に動き出す。僕はすっと足を下ろしトキメラを見つめるように、パラメラは言葉を理解しているかの如くぴょんぴょんと跳ね回るように。
「え、しょ、正気?」
僕はトキメラに再度確認した。
「正気さ」
その目を見る限り、どうやら本気らしい。
「考えてもみれば、ヴェルベッドにパラメラのことは知られている訳だろ。それに僕だって図書館の仕事があるからパラメラをずっと見ていられる訳じゃない。図書館にパラメラは連れて行ってあげられないしね」
「まぁ確かに」
僕が少し納得した感じを見せると、トキメラは、真剣に閃いた、そんな説明の似合う表情を魅せる。壁に肘をつき、人差し指を僕に向けて次の言葉を得意げに言い始めた。
「となれば、君の冒険にパラメラを連れて行ってあげた方が、お互いのためじゃないか? テトラだって、正直一人は寂しいだろう?」
「……っ、それは……まぁ」
少しだけ顔を背けて、恥ずかしがるようにぼそっと呟いた。
けれどそれは事実だし、実際みんな同じ状況なら寂しいことだろう。憧れた冒険者になれるとはいえ、慣れ親しんだ仲間や故郷から離れるというのは。
「なら決まりだ。よしテトラ、パラメラ、二人とも行ってらっしゃい」
「ちょ、まだ決まったわけじゃばばばふぁ」
強引なトキメラの後押しのおかげか否か、僕が言葉を言い終える前にパラメラが僕の顔面に飛びついてきた。口の中鼻の中をパラメラの毛がくすぐってくる、こしょばい……。
僕は急いでパラメラを顔面から引き離し、そしてその顔を見つめてしまった。見つめてしまったのだ。うるうるとした瞳、連れて行ってくれと言わんばかりの眼差しを僕に向けられている。
「ほら、パラメラはもうその気みたいだよ。どうする?」
「ぐっ、う、うーん」
少しだけ考えてみる。
確かに、パラメラをこのままイルミナの家に残しておくのは少し不安があった。ヴェルベッドの件に、トキメラが不在の間の面倒、そしてごく稀だが逃げ出した経歴もある。
……確かに、僕が冒険に連れて行って面倒を見てあげた方がいいかもしれない。ご飯がモンスターの肉になることもあるだろうから、そこが心配だが、自分で面倒を見る分不安は解消される。
……もう一度だけ、パラメラの目を見た。
きら……きら、きらきら。ぱちぱちぱち。
だめだ、可愛すぎる。可愛すぎて、放ってはおけない! そういうことにしておく!
「わかった、仕方ないから連れて行くよ」
「はは、素直じゃないなー。そんなにがっつり抱きしめちゃって」
無意識か故意か、その真相は何故か僕自身にも分からないが、僕の腕はがっしりとパラメラをホールドしていた。その様子を見て、トキメラは親のような微笑みを見せる。
「いいでしょ別に。それじゃ、今度こそ本当に」
「うん、またいつかね」
僕は赤子を乗せるように片腕でパラメラを抱えながら、先程と同じように手を振った。徐々にトキメラの方に背中を向け、青空へ向かって前進するように、振り返っていた顔を前へと向ける。
敢えて、「行ってきます」とは言葉に出さなかった。心の中で思うだけで留めておいた。その言葉を発してしまったら、戻って来れないような気がしたからだ。
ただその代わり、パラメラがトキメラに合図を送った。僕と同じように手を上げ、僕と違いトキメラに「行ってきます」と合図を送る。
その合図は、とても可愛らしい合図だった。
「きゅっ」