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第一頁 物語の火蓋は切られた

ー/ー



 異世界書物、異世界で起こった波乱万丈の物語が記されたそれは、僕にとって宝物だ。

 毎日毎日、異世界書物と出会ったあの日から僕は、その中でも特にお気に入りのそれを読み返していた。

 家に置かれた何十とある書物の内ただ一冊、街の大きな図書館にある何千何万とある書物の内ただ一冊、僕が何百と読み返したことのある書物はただそれだけだった。

 だから今日も僕は、つまらない授業にそっぽを向いて、教科書を読むふりをしながら愛読書を目で撫でていた。

 特に今日は念入りに。なぜなら今日の四限目の授業は……。

「次、テトラ」

「はい!」

 最も愛読している異世界書物をクラスのみんなに発表・紹介する時間だからだ。

 僕は、名前が呼ばれると一冊の異世界書物を抱きしめながら即座に席を立ち、教室の最奥にある教卓へと向かって足早に歩みを進めた。そして定位置につくと、先生の合図を待たずして大きく息を吸い込み、満面の笑みで次の第一声を発した。

「僕の紹介する異世界書物は、ペイン&マジックです!」



 放課後になると、僕はここ、魔法大国イルミナの中心部に位置する大きな図書館へと訪れた。ここは僕にとっての()()()が詰め込まれた場所であり、()だ。

「ただいま、トキメラ」

 僕が名前を呼ぶと、この図書館の司書兼僕の育ての親であるトキメラは、浮遊魔法を用いて徐々に僕の方へと降りてきた。図書館の天井近く、およそ高さ二十メートルほどのあるところから僕の方目掛けて一直線に。

 手元には返品されたらしき異世界書物を抱えている。恐らく商品の整理中なのだろう。

「ああ、おかえりテトラ、何か新作の異世界書物でも持ち帰るかい?」

「大丈夫、今日はペイマジを二十回は読み返すつもりだから」

「お、もしかして今日の発表上手く行ったのかい?」

 トキメラはその圧倒的な数に驚くことなく、図書館内を浮遊している、指先に乗るほどの大きさの小さな光の球、通称精霊と呼ばれるそれを撫でながら僕の言葉に反応する。

 もちろん、えくぼに温かみのある赤を浮かべるほどの満面の笑みで返した。

「うん!」

「ははは、ならよかった。それだったら先に家に帰って読書しておいで」

「え、けど図書館の手伝いはいいの?」

 普段は放課後、図書館の閉まる十八時まではトキメラの手伝いをするのが僕の日課だった。

「今日はそんなに忙しくないし、別にいいよ。パラメラも家で待ってるし、早く帰ってあげな」

「ふーん、わかった。じゃあ先帰っとくよ、じゃあね、トキメラ」

「うん、また」

 そう言って手を振りながら外へと向かい駆けていくと、それに合わせてトキメラも僕に手を振ってきた。心做しか色鮮やかに光る精霊達も手を振っているように見える。

 僕の家は、この図書館の正面にあり、徒歩一分で着けるような距離にある。中にはパラメラというペットがおり、トキメラと共に僕はこの家で暮らしているのだ。

 家のドアを開けた途端、中からパラメラが僕に向かって飛びついてきた。丸っこい耳にツンとした鼻先、くりくりとした目、赤ん坊くらいの大きさでふわふわとした黒毛を身にまとったそれは、僕の一日の疲れを一気に吹き飛ばしてくれた。

 異世界書物で見たオオカミのような尻尾が僕の膝小僧をくすぐり、なんだかとてもくすぐったい。

「ははは、なんだよパラメラ、そんなに寂しかったのか? よしよし、またペイマジ読み聞かせてやるからな」

 パラメラは、僕の愛読する異世界書物であるペイン&マジック、略してペイマジの読み聞かせをしてやると尻尾を大きく振りながら喜んで聞き入るのだ。

 パラメラのご飯だけ傍に置いてから、僕はいつもの読み聞かせの体勢に入った。リビングにある柔らかい座布団の上に寝っ転がり、手にはペイマジ、傍にはパラメラが居る。まさに完璧と言える体勢だ。

「よし、じゃあ読むぞパラメラ。異世界書物〜ペイン&マジック〜」

 そう言うとパラメラは元気な声で鳴いた。僕とパラメラ、二人の……いや、一人と一匹の青い瞳は、ただ一点、ペイマジの世界を見つめていた。



 どれだけの時間が経っただろうか。重い(まぶた)と重い体、二つの気だるさを何とか払い除けて起き上がった後、視線の先には幾つかのものがあった。

 まずはペイマジ、真ん中あたりのページを開いたまま床に突っ伏している。次に時計、時刻は十八時半を指しており、読み聞かせを始めてから二時間ほど経過している。そしてパラメラのご飯、器は空になっている。最後に、親の顔より見てきた顔、いや、親の顔と言うべきか、とにかくそこには彼女が居た。

「おはようテトラ、随分と疲れてたみたいだね」

 トキメラだった。

 状況から察するに、僕はパラメラに読み聞かせをしている途中、疲れて寝落ちしてしまったのだろう。

「ああ、うん、おはよう」

 寝起きだと頭に霧がかかったようで、上手く頭が回らず言葉がダラダラと出てくる。

「ところでテトラ、パラメラがどこに居るか知ってるかい?」

 その言葉を聞いて僕はハッとした。

 ああそうだパラメラ、そういえば起きてから見てないな。きっと二階にでも上がったんじゃないだろうか。

 そう思い僕は、欠伸(あくび)をしながら口を開こうとしたが、トキメラがそれを遮った。

「家中どこ探しても見当たらなくてさ」

 その言葉を聞いた瞬間、僕の頭の中にかかっていた霧は土砂降りにでもあったかのように消え去っていった。

「え、どこにも?」

 僕が若干険しい顔つきで言うが、トキメラはひょうきんな顔で言った。

「うん、どこにも」

 少しばかり嫌な予感がしながらも、僕は冷静を保とうと落ち着いてゆっくりと立ち上がり、そのまま瞬きを早めながら家の中を見回していった。

 リビング、ベランダ、玄関、階段、二階。それらを一つ一つ調べていくうちに僕の鼓動は速くなつていき、足取りは芯を無くしていった。

 そして最後、僕の部屋を訪れた時にその嫌な予感は確信へと変化した。

「やっばい……」

 窓が開いていたのだ。

 夏風に吹かれたカーテンが僕を煽るようにしてなびいている。十年前、僕がまだ五歳の頃にも同じことがあった。あれから十年間、パラメラ単体で逃げ出すことなんてなかったから油断していたから、まさか今日になって逃げ出すとは思っていなかった。

 パラメラは小柄ながら、ジャンプ力は長けているし、それに見合った足腰の耐久力もある。そのため二階から飛び降りても怪我はしていないだろうが……。

「どうしよう……」

 十年前に逃げ出した時、()()()()があった。だから今回ももしかしたら、滅多に逃げ出さないパラメラが逃げ出すということはもしかしたら……なんて思考が頭の中をグルグルと巡る。

 考えるよりも先に足が動いた。

「ちょっテトラ! どこ行くのさ!」

「パラメラ探してくる!」

 階段を降りた先、トキメラが驚いた表情で僕の方を見てきたが、僕はそれに構わず目線を合わせないまま返答し、靴のかかとを踏んだ状態で外へと飛び出た。

 前に逃げ出した時は図書館近くにあるイルミナ中央公園に居た。今回もそこだろうか。

 他にあても特にないので、とりあえず僕はそこに向かって加速した。前にあった嫌なこと、僕はこの歳になっても未だに何の()()も使えないから、何かあった時はトキメラに頼らなくちゃならない。

 なら、トキメラと一緒に出てくるべきだったか? いや、とにかく見つける方が優先だ。トキメラのことだ、どうせ後から僕を追いかけてくるだろう。

 そうしてイルミナ中央公園がすぐ目の前に来たあたりで、視界の中に()()()()が入ってきた。

 僕はすぐさま立ち止まり、それを確認する。

 長髪でボサボサ頭、片目を隠した黒髪の男が、パラメラの首根っこを掴んで歩いていた。

 赤い目をしたそいつは、悪を象徴するようで、絵面としてはまさに、()()()()()()()()を狩る()()()()()()()()()のようだった。

 この世界に居るモンスターは大きく分けて二つに分類される。それがパラメラのような青い瞳をしたブルーモンスターと、赤い瞳をしたブラッドモンスターだ。

 簡単に言えばブルーモンスターは人間に懐き、人と共に生活を送るモンスターの総称で、ブラッドモンスターは人やブルーモンスターの血肉を求め襲いかかるモンスターの総称のことである。

「おいそこのお前! うちのパラメラに何してる!」

 僕はすぐさま声を荒らげて反応した。

 今日は十年前のあの日を戒めとした虚無の厄災(ヴァニタス)の日、午後八時以降の外出は原則禁止とされているため、この時間帯になると周囲には僕ら以外の人影は見当たらなくなってくる。

 だから、そいつはすぐに僕の声に気づき顔を上げた。

「何って……食うんだよ、これ」

 瞬間、僕の中の何かが恐怖を引き金にして勢いよく弾け飛んだ。

「ふざけるな!」

 僕はそいつの元からパラメラを取り戻そうとした。何の悪びれもなく、平気でパラメラを食うだのと発言をしたそいつのことが同じ人間としてありえなく感じて、憤りを覚えたのだ。

 だが、僕が伸ばした手は虚しくも空を掴み、パラメラの体には指一本も触れることが叶わなかった。

 くそっ! 避けられた! なら次は!

 そんなことを考える余裕はなかった。

「っ!?」

 間一髪、僕は突然出てきたそれを(かわ)すことができた。突っ込んでいく勢いは殺さず、見事なイナバウアーを披露しながらその一閃を回避したのだ。

 相手は、ナイフを持ち歩いていたのだった。

「正気なのか……?」

 睨みつけるようにして振り返る。その視線の先でそいつは、それを乱暴に振るった後、ナイフの先をパラメラの顔に向けた。人質を取るようにして。

 そいつは獲物を咥える肉食動物のようにしてパラメラを掴んだまま、不気味で余裕な表情を見せる。僕はそれを見てこれ以上ないくらいにドン引きした。

「……りするな」

「なに?」

 相手の言ったことが上手く聞き取れず、前のめりになって聞き返す。向こうもこっちを向き直すと、僕はその目に驚いた。

「横取りするな!」

 驚いた。こいつはパラメラを横取りされると思っているのだ。その目に宿っているのは僕に対する敵意であることに違いはないが、そこに悪意は潜んでいなかった。

 あくまで赤目はパラメラを食べるのは人として当然の行為であると認識していて、僕が嘘をついてパラメラを横取りしようとしている()しくは僕がパラメラをブクブクと太らせて食い散らかそうとしている食いしん坊なハイエナだと勘違いしているのだ。

「これは俺の獲物だ! 奪おうとするなら、斬る!」

 赤目は襲うとか加害してやるとかそういう感情で動いているんじゃなく、あくまで正当防衛を行おうとしている。まるで無人島でサバイバル生活を送っている中、生死を彷徨(さまよ)って得た肉を奪われんとしている孤独なハンターのように、自分が被害者でいる気でいる。

 ダメだ、こいつとは話が合わない。価値観が異なりすぎている。

「奪おうとするならっていうか……」

 見た感じパラメラは気絶している。となると僕自身の手で取り返さないとならないのは必至だろう。

 ……僕が何とかしなくちゃならない。

「取り返すよ……!」

 そう言うと僕は、右手のひらを前に突き出し、その肘あたりを内から左手で支えるポーズをとった。この右手から何かが出てきそうな構え、俗に言う魔法を撃つ構えだ。

「その構え、魔法でも撃つつもりか? 」

「ああ、盛大にかますつもりさ」

 あえて属性は指定しなかった。なぜって? そんなことをすれば、僕が魔法を撃てないことがバレてしまうからだ。

 僕が今、ブラフを貼っていることがばれてしまうからだ。

 これで向こうが引けば儲けものだが、どうだろうか。

「確かにその制服、第一イルミナ魔法学校の制服だな。……いいね、興味しかない、撃ってこいよ」

 ダメだ、ブラフなんて効きそうにない。こうなったら……。

「ところで何の魔法を使うんだ? まず、なんの付与(エンチャント)を使うんだ? お前が得意な魔法は、なんだ?」

 余裕綽々といった表情、僕の魔法なんて屁でもないといった感じで、煽るようにして僕に質問を投げかけてくる。

「あーそれね、大分迷ったんだけど……あんた程度にはそんなの! 必要ない!」

 僕はそう言い放つと、右手から何も付与(エンチャント)をしていない魔力の塊を赤目に向かって放った。通称魔力弾、これなら魔法が使えない僕でも使える戦闘用の技だ。

 僕ら人間を含む生物には皆、共通して必ず体内に魔力が流れている。その量には個人差があるものの、魔力は生きるための活動エネルギーとして欠かせないため、多かれ少なかれ必ずあるものだ。

 魔力弾は、その魔力をそのまま、体の内から外へと飛ばすものである。付与(エンチャント)()()()()()等の複雑な行程を必要としないため、ただ発射するだけの魔力弾だったらほとんどの人が使える。

 僕も、魔法の扱いが下手なだけで魔力は人並みにある方だから魔力弾は撃てるのだ。ただ、速さや大きさ、そしてそれらを掛け合わせて生まれる威力も人並みで、連発できるまでの間も人並みだから、決定打にはならないというのが、この局面でのまずいところである。

「ただの魔力弾か……はは」

 放たれた弾は薄く青い輝きを放ちながら、よく言えば螺旋状に、悪く言えば軸がブレブレな状態でガタガタと空中を突き進んでいき、赤目の胸元へと飛んでいく。

 コントロールが上手くいっていないが、パラメラにはぶつからないはずだ。それにこいつは、パラメラを食うと言っていた。自ら進んで食料を床に叩きつけるやつがいないように、自ら魔力弾に食料をぶつけにいくやつもいないだろう。

 ……いける!

「だが!」

 瞬間、風向きが変わった。いや、魔力弾の向きが変わったとかではない。戦闘の流れが変わった。それも、嫌な方へと。

 赤目は手に持つナイフを腰下から斜め上へと斬り上げ始めた。タイミングから見てその目標地点は、間違いなく魔力弾がぶつかる瞬間、魔力弾そのものだ。

「この程度の魔力弾、どうってことない!」

 ナイフは魔力弾の下円部分に衝突した。すると魔力弾は、ナイフの軌道に沿うようにして、ナイフの刃の上をズルズルと、左から右へと流れるようにして斜め上の方向へと弾き飛ばされていく。

「くっ!!」

 飛ばされた弾は近くに立っていた木にぶつかり、そのまま破裂して空気の流れへと同化した。

「大口を叩く割にはヘナチョコな魔力弾じゃないか。いいか? 魔力弾っていうのは、こう撃つんだよ!」

 赤目はナイフを腰にしまい、僕の方へと向かって右手のひらを突き出すと、暗く豪快な目つきで僕を睨んできた。そしてその周囲には、段々と薄緑色の精霊たち、風の精霊と呼ばれている者たちが集まっていく。

 まさかこいつ!

付与(エンチャント)(ウィンド)!」

 赤目が叫ぶと、赤目の右手の前に深緑色をした模様が現れた。円の中に十字の星型が映し出された()()()と呼ばれる模様は、次第に腕と重なるようにして二つ三つと増えていく。そして魔法陣はやがて小さくなっていき、腕と重なる瞬間、魔法陣は消え去り、赤目の右腕が一瞬だけ緑色に光り輝いた。

 付与(エンチャント)、別名付与魔法とも呼ばれているそれは、体内の魔力に属性を付与するものである。魔法によっては発動条件として風属性を付与していないといけないもの等も多数存在するため、付与(エンチャント)なしでは魔法は扱えたと言えない。全ての魔法の基礎となるもの、それが付与(エンチャント)だ。

 ただ、種族による違いはあるのかもしれないが、少なくとも人間は自分単独で付与(エンチャント)は使えない。そのため付与魔法を使う際は必ず、属性を司る精霊達に力を貸してもらっている。だから風の付与(エンチャント)をしよとした赤目の周りには先程、風の精霊達が集まってきていたのだ。

「くらえ魔力弾!」

 赤目の右手から、僕と同じように魔力弾が放たれる。

 そして、体内の魔力に属性を付与するということはつまり、体内の魔力を外へと飛ばす魔力弾にもその属性は付与されるということになるわけだ。

 ……魔力弾の形状、大きさや速さは恐らく僕と大差ない。これなら避けられるか?

 反応が遅れながらも僕は、じりりと右足を動かし始めた。

 いやしかし、やはり僕の魔力弾とは明らかに違う点が一つある。それは、放たれた魔力弾が無属性ではなく風属性であるということだ。

 初め、乱気流を弾にしたような様だったその魔力弾は、空気抵抗を受けて次第に遅くなっていくのではなく、むしろその逆で、周囲の空気・風をどんどん(まと)って大きくなっていき、加速していった。

 ダメだ、避けきれない!

 そう感じて防御の姿勢に入ろうとした時には時既に遅く、風の魔力弾は僕に直撃した。その衝撃で僕の身体は後方へと吹き飛ぶ。

「ごあっ!!」

 すぐさま体勢を立て直すも、負傷した箇所はズキズキと痛み、幾つか擦り傷もできていた。完全に立ち上がるまではいかず、片膝を着く感じで赤目の方を向き直る。

 そいつは、真顔で僕を見つめていた。

「その様子だと、まともに食らったな。どうだ? 立てるか? なんならもう一発撃っとこうか?」

 赤目は右手を(かざ)しながら近づいてくる。

 どうする? 一か八かでやってみるか? ……いや、それしかない。

 僕はダメ元で、周囲に炎の精霊が居ることを確認してからその構えに入った。右手は地面に着けたままで、赤目がやってみせたようにそれを唱えてみる。

付与(エンチャント)

「お、遂に本気を出すのか? ふぅん、待っててやるよ」

(ファイア)

 静かに唱えると、僕の右手と地面の狭間から、濃い赤色の魔法陣が形成される。付与魔法は、この魔法陣を通じて精霊達に魔力を少量分け与える代わりに、精霊から属性を付与してもらうものだ。

 だから、僕の苦手なこの魔法陣形成がうまくいかないことには、付与魔法も失敗に終わってしまう。

 徐々に体の中の魔力が炎に染められていくのが、体の熱の上がり具合から分かる。体の芯から火が灯されていくような感覚、これを維持出来ればいいのだが……。

 しかし、そう考えている間にも魔法陣の形状は歪に変形していき、やがてヒビが入り始める。

 ……ダメだ、維持できない。

「ぶはっ、げほっげほっ」

 魔法陣が八つの破片となって空中に消え去っていくと同時に、魔法陣があった場所からは黒煙が巻き起こった。そして、僕の口からも何かを焦がした時のような黒い煙が少量吐き出される。

 体内の魔力は無属性にもどっていき、段々と体を伝う熱も下がっていく。

「……」

 その様子を、赤目はただじっと見ていた。

「は、っはははははははは!! なんだお前、付与(エンチャント)すらマトモに使えないのか! ああそうか、学生は学生でも、本当に魔法見習いなんだなお前 」

 そしてその沈黙を破ったのも、赤目自身だった。

 優等生が劣等生をバカにするように、こいつは僕をバカにしてきた。赤目の笑い声は、人の居ないこのT字路に響いていく。パラメラを持った左手で腹を押さえ、右手で僕を指さす。

 くっそ、やっぱりダメか……。

「なるほどさっきのはブラフか、ブラフにしては微妙だったから分からなかったよ。戦いなれてない証拠だな」

 それでも、こいつを倒すならやるしかない……!

 僕は赤目の方を無視して、ただただ自分の右手に集中した。魔法陣形成魔法陣形成魔法陣形成、付与(エンチャント)付与(エンチャント)付与(エンチャント)、僕は何度も何度も炎の付与魔法を発動しようとして、何度も何度も辺りに黒煙を撒き散らしていった。

「必死だな、そんなにお前もこいつが食いたいのか。まぁ俺も、獲物を横取りされないために必死だけどな! 学生だってんなら、魔法の指導してやるよ!」

 赤目の右手では、先程と同じような風の魔力弾が形成され始めていく。

 このままではこっちが何かするより先に魔力弾を撃ち込まれてしまう。

 くそっ、もっとだ、もっともっと!!

 まるで爆発でも起きたかのように黒煙が立ち上がっていく。すごい速度で付与魔法を発動させている証拠だ。だが、どれも失敗に終わっていて一つも成功していない証拠でもある。

「そこで野垂れ死んどけ」

 そうこうしている内に、魔力弾は放たれた。

 弾が僕の方へと向かって加速しながら肥大化しているのが何となく分かるが、それでも僕はチャレンジを続けた。

 発動、失敗、発動、失敗、発動、失敗、発動、失敗、発動、失敗。

 そうしている内にいつの間にか、僕の姿は()()()()()()()()()

「っ!?」

 弾が煙の中を突き進み、僕へ直撃したかと思われた後、弾は徐々に風と同化していき、煙は魔力弾の風圧によって霧散した。そして、結果が(あら)わとなる。

 それを見て赤目は驚いているようだった。なぜならば煙が晴れた先、僕が元いた場所であるそこには、()()()()()()()()()()()()

「しまった、煙幕代わりか!」

 そう、煙幕だ。正直付与(エンチャント)が成功するなんて初めから思っちゃいない。最終的に狙っていたのは、少量の黒煙を利用したこの煙幕だ。

 しかも偶然か必然か、赤目の放った魔力弾が風属性だったこともあり煙は霧散し、僕が歩いたルートを示す黒煙も跡形も無く消え去った。これで赤目は僕のことを見失った。赤目のやつに、隙ができたのだ。

 魔法が使えないなら使えないで、失敗だらけなら失敗だらけで、方法はいくらでもある。これが僕にとってのその方法だ。

「くそ、どこだ! どこにいやがる!」

「ここだ!」

「なにっ!?」

 僕が居たのはそう、木の上である。先程僕の魔力弾が衝突した木の上、ここなら赤目の死角から一気に近づけると踏んだ。

 赤目が僕の声に気づいて振り返った先、僕は木の上から颯爽(さっそう)と登場し、一点目掛けて飛びついた。驚きで一瞬硬直していたそいつから引き剥がすのは、そう難しいことではなかった。

 僕は、パラメラを取り返したのだ。

 僕はパラメラの体をこれ以上ないくらいに抱きしめる。自分も苦しくなるくらいに。まだパラメラは起きていないようだから、起きたらまた抱きしめることにしよう。

 ただ、この後は少々怪我をしつつもパラメラを庇いながら着地し、そのまま逃げればいいと思っていたのだが、僕も詰めが甘かったようで、そう上手くはいきそうになかった。

 横を見ると、赤目は魔力弾を僕に向かって撃つ構えに入っていた。まだ体の向き的に撃てはしないだろうが、僕がパラメラを庇いながら着地して無事に逃げられるような余裕もない。万事休すだ。

「こんの泥棒やろうがぁ!」

 確かにこいつは隙を見せた。だというのにこの反応速度だ。これはもはや執念に近いものだろう。こいつにとってパラメラは、それほどまでに執着できる獲物なのだろうか、余程腹でも空いてたのだろうか。その真意は定かでは無いが、その執着心故にここまで動いてるのは事実だ。

 トキメラもまだ来ていない。パラメラも起きていない。周囲には他の人影も見当たらない。

 やっぱり、僕はダメなやつだ。僕一人じゃ何もできない。一番大切なパラメラでさえも守ることができない。

 ごめんよパラメラ……ならせめて、少しでもダメージを押さえられるように。

 そう思い、僕はパラメラの体を赤目から覆い隠すようにして抱きしめ、うずくまろうとした。

 ……。

 …………。

 ………………。

 いや、本当にそれでいいのか?

 虚無の厄災(ヴァニタス)があってから、僕はもう絶対に何も失いたくないと、失ったりしないと心に誓った。パラメラとトキメラは今の僕にとって一番大切な家族だ、その一人すらも守れないなんて、それでいいのか?

 いや、よくない!!

 被害を最小限になんて考えちゃダメだ、被害を出さないようにするんだ。僕は、絶対にパラメラを守る。たとえ僕の身が滅ぼうとも、絶対に。

 僕は、パラメラを抱える手を右手だけに変えて、赤目に対抗するような形で左手を(かざ)した。

 勝負は一発。ここでのミスは本当に許されない。

 思い出すんだ、さっきまでのチャレンジで何がどうダメだったのか。

 付与(エンチャント)(ファイア)は、体内の魔力を炎属性に染めるため、体の芯から発火するような感覚に襲われる。

 ならその感覚を少しでも掴むために、パラメラの体の熱を肌で感じるのはどうだ?もちろんただ触れるだけじゃなく、心臓を鷲掴みにするように、顔全体をパラメラの胸に埋め、耳でその熱の流れを聞くんだ。

 内からも外からも熱を感じて、その感覚に慣れる。

 魔法陣の維持は? そうだ、目の前のこいつを見本にすればいい、魔力のコントロールは体内で行わなくちゃいけないから結局この土壇場で掴まなくちゃならないけど、それを掴みやすくするための工夫やタイミングは真似できるはずだ。

 こんな間近で実践の魔法を見られることなんて滅多にないのだから、いい経験値になる。

付与(エンチャント)(ウィンド)

 魔法陣の大きさは? 取り込む精霊の量は? 一つ目の魔法陣を形成してから次の魔法陣を形成するまでの間は?

 いや、まだ足りない、もっとだ、もっと見なくちゃ。

 魔法陣に送り込んでいる魔力の量は? 加減は? その速さは? 一定の量を送り続けているのか? それとも波があるか? 体のどこに力を込めている? どこを見ている? 魔法陣? 手? あるいは見ていないのか?

 たったこれだけの情報を一度見ただけじゃ完璧な模倣はできないし、完璧な魔法も使えない。でも、それでもこの、窮地を脱することのできる程度の魔法は使えるはずだ。どれだけ不格好であろうが少なくとも、見よう見まね程度には。

 呼吸のタイミングも同じにしろ、全部真似するんだ、技を盗むようにして。

 すー、はー、スー、ハー。

 こうしている内に、何だか妙に暑くなってきた。まだ魔法陣も発動していないというのに。いくら近いからといって、パラメラがそんなに熱かったか?

 ……いや、違う。

 一瞬、自分の目を疑った。なぜなら、僕の左手、今まさに魔法陣を形成しようとしていたはずのその手のひらには、既に魔法陣が形成されていたのだから。

 色は濃い赤、炎の精霊達もそれに群がって炎属性を供給してくれている。

 信じられない、僕は無意識のうちに魔法陣を形成していたのだ。僕の体には熱がこもっていて、もう魔法陣を増やしていい段階に到達していた。

 なんというか、自分自身が炎そのものになったような感覚だった。

 ……。

 ……は、へへ。

 ……いける。

 僕の中で、そんな確信が生まれた。

付与(エンチャント)!」

 今日一の大きな声で叫ぶと、一気に視界が開けたのが分かった。別の言い方をすれば、余裕が生まれた。

 一つだった魔法陣は、二つ三つと凄まじい速さで数を増やし、僕の次の言葉を待たずして腕にはめ込むように収縮していった。

 不思議だった。パラメラを何としてでも守らなければならない状況、だというのに、なぜか僕は険しい顔をしている様子もなく、切羽詰まった雰囲気を漂わせていることもなかった。

 自分が初めて魔法を使えるかもしれないというこの状況に、不思議と高揚感を覚えていたのだ。不格好であることは目に見えているが、一体どんな形で、どんな風に飛んでいき、どのくらいの威力なのか。それが気になって仕方なかった。

 そう、僕はこの状況を、楽しんでいたのである。

 最後、僕は自身に似合わないような豪快な笑みを浮かべて次の言葉を言い放った。

(ファイア)!!」

 瞬間、赤目が魔力弾を放つよりも先に、火炎によって形成された僕の魔力弾がヤツの顔目掛けて発射された。

 一秒と経たずに赤目の顔に直撃すると、ヤツの顔はすぐさま炎に包み込まれ、赤目の顔全体を焼き尽くしていった。

 そんな状況だから赤目もたまったもんじゃなく、魔力弾を放つのを途中で止める。自分の顔を炎から守るため覆うので必死なようだった。

 歴史的瞬間だった。

 僕、テトラ・ハイドルドは、勝ったのだ。正真正銘、魔法を使って、初勝利を収めたのである。


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「ただいま、トキメラ」
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 手元には返品されたらしき異世界書物を抱えている。恐らく商品の整理中なのだろう。
「ああ、おかえりテトラ、何か新作の異世界書物でも持ち帰るかい?」
「大丈夫、今日はペイマジを二十回は読み返すつもりだから」
「お、もしかして今日の発表上手く行ったのかい?」
 トキメラはその圧倒的な数に驚くことなく、図書館内を浮遊している、指先に乗るほどの大きさの小さな光の球、通称精霊と呼ばれるそれを撫でながら僕の言葉に反応する。
 もちろん、えくぼに温かみのある赤を浮かべるほどの満面の笑みで返した。
「うん!」
「ははは、ならよかった。それだったら先に家に帰って読書しておいで」
「え、けど図書館の手伝いはいいの?」
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「今日はそんなに忙しくないし、別にいいよ。パラメラも家で待ってるし、早く帰ってあげな」
「ふーん、わかった。じゃあ先帰っとくよ、じゃあね、トキメラ」
「うん、また」
 そう言って手を振りながら外へと向かい駆けていくと、それに合わせてトキメラも僕に手を振ってきた。心做しか色鮮やかに光る精霊達も手を振っているように見える。
 僕の家は、この図書館の正面にあり、徒歩一分で着けるような距離にある。中にはパラメラというペットがおり、トキメラと共に僕はこの家で暮らしているのだ。
 家のドアを開けた途端、中からパラメラが僕に向かって飛びついてきた。丸っこい耳にツンとした鼻先、くりくりとした目、赤ん坊くらいの大きさでふわふわとした黒毛を身にまとったそれは、僕の一日の疲れを一気に吹き飛ばしてくれた。
 異世界書物で見たオオカミのような尻尾が僕の膝小僧をくすぐり、なんだかとてもくすぐったい。
「ははは、なんだよパラメラ、そんなに寂しかったのか? よしよし、またペイマジ読み聞かせてやるからな」
 パラメラは、僕の愛読する異世界書物であるペイン&マジック、略してペイマジの読み聞かせをしてやると尻尾を大きく振りながら喜んで聞き入るのだ。
 パラメラのご飯だけ傍に置いてから、僕はいつもの読み聞かせの体勢に入った。リビングにある柔らかい座布団の上に寝っ転がり、手にはペイマジ、傍にはパラメラが居る。まさに完璧と言える体勢だ。
「よし、じゃあ読むぞパラメラ。異世界書物〜ペイン&マジック〜」
 そう言うとパラメラは元気な声で鳴いた。僕とパラメラ、二人の……いや、一人と一匹の青い瞳は、ただ一点、ペイマジの世界を見つめていた。
 どれだけの時間が経っただろうか。重い|瞼《まぶた》と重い体、二つの気だるさを何とか払い除けて起き上がった後、視線の先には幾つかのものがあった。
 まずはペイマジ、真ん中あたりのページを開いたまま床に突っ伏している。次に時計、時刻は十八時半を指しており、読み聞かせを始めてから二時間ほど経過している。そしてパラメラのご飯、器は空になっている。最後に、親の顔より見てきた顔、いや、親の顔と言うべきか、とにかくそこには彼女が居た。
「おはようテトラ、随分と疲れてたみたいだね」
 トキメラだった。
 状況から察するに、僕はパラメラに読み聞かせをしている途中、疲れて寝落ちしてしまったのだろう。
「ああ、うん、おはよう」
 寝起きだと頭に霧がかかったようで、上手く頭が回らず言葉がダラダラと出てくる。
「ところでテトラ、パラメラがどこに居るか知ってるかい?」
 その言葉を聞いて僕はハッとした。
 ああそうだパラメラ、そういえば起きてから見てないな。きっと二階にでも上がったんじゃないだろうか。
 そう思い僕は、|欠伸《あくび》をしながら口を開こうとしたが、トキメラがそれを遮った。
「家中どこ探しても見当たらなくてさ」
 その言葉を聞いた瞬間、僕の頭の中にかかっていた霧は土砂降りにでもあったかのように消え去っていった。
「え、どこにも?」
 僕が若干険しい顔つきで言うが、トキメラはひょうきんな顔で言った。
「うん、どこにも」
 少しばかり嫌な予感がしながらも、僕は冷静を保とうと落ち着いてゆっくりと立ち上がり、そのまま瞬きを早めながら家の中を見回していった。
 リビング、ベランダ、玄関、階段、二階。それらを一つ一つ調べていくうちに僕の鼓動は速くなつていき、足取りは芯を無くしていった。
 そして最後、僕の部屋を訪れた時にその嫌な予感は確信へと変化した。
「やっばい……」
 窓が開いていたのだ。
 夏風に吹かれたカーテンが僕を煽るようにしてなびいている。十年前、僕がまだ五歳の頃にも同じことがあった。あれから十年間、パラメラ単体で逃げ出すことなんてなかったから油断していたから、まさか今日になって逃げ出すとは思っていなかった。
 パラメラは小柄ながら、ジャンプ力は長けているし、それに見合った足腰の耐久力もある。そのため二階から飛び降りても怪我はしていないだろうが……。
「どうしよう……」
 十年前に逃げ出した時、|嫌《・》|な《・》|こ《・》|と《・》があった。だから今回ももしかしたら、滅多に逃げ出さないパラメラが逃げ出すということはもしかしたら……なんて思考が頭の中をグルグルと巡る。
 考えるよりも先に足が動いた。
「ちょっテトラ! どこ行くのさ!」
「パラメラ探してくる!」
 階段を降りた先、トキメラが驚いた表情で僕の方を見てきたが、僕はそれに構わず目線を合わせないまま返答し、靴のかかとを踏んだ状態で外へと飛び出た。
 前に逃げ出した時は図書館近くにあるイルミナ中央公園に居た。今回もそこだろうか。
 他にあても特にないので、とりあえず僕はそこに向かって加速した。前にあった嫌なこと、僕はこの歳になっても未だに何の|魔《・》|法《・》も使えないから、何かあった時はトキメラに頼らなくちゃならない。
 なら、トキメラと一緒に出てくるべきだったか? いや、とにかく見つける方が優先だ。トキメラのことだ、どうせ後から僕を追いかけてくるだろう。
 そうしてイルミナ中央公園がすぐ目の前に来たあたりで、視界の中に|嫌《・》|な《・》|も《・》|の《・》が入ってきた。
 僕はすぐさま立ち止まり、それを確認する。
 長髪でボサボサ頭、片目を隠した黒髪の男が、パラメラの首根っこを掴んで歩いていた。
 赤い目をしたそいつは、悪を象徴するようで、絵面としてはまさに、|ブ《・》|ル《・》|ー《・》|モ《・》|ン《・》|ス《・》|タ《・》|ー《・》を狩る|ブ《・》|ラ《・》|ッ《・》|ド《・》|モ《・》|ン《・》|ス《・》|タ《・》|ー《・》のようだった。
 この世界に居るモンスターは大きく分けて二つに分類される。それがパラメラのような青い瞳をしたブルーモンスターと、赤い瞳をしたブラッドモンスターだ。
 簡単に言えばブルーモンスターは人間に懐き、人と共に生活を送るモンスターの総称で、ブラッドモンスターは人やブルーモンスターの血肉を求め襲いかかるモンスターの総称のことである。
「おいそこのお前! うちのパラメラに何してる!」
 僕はすぐさま声を荒らげて反応した。
 今日は十年前のあの日を戒めとした|虚無の厄災《ヴァニタス》の日、午後八時以降の外出は原則禁止とされているため、この時間帯になると周囲には僕ら以外の人影は見当たらなくなってくる。
 だから、そいつはすぐに僕の声に気づき顔を上げた。
「何って……食うんだよ、これ」
 瞬間、僕の中の何かが恐怖を引き金にして勢いよく弾け飛んだ。
「ふざけるな!」
 僕はそいつの元からパラメラを取り戻そうとした。何の悪びれもなく、平気でパラメラを食うだのと発言をしたそいつのことが同じ人間としてありえなく感じて、憤りを覚えたのだ。
 だが、僕が伸ばした手は虚しくも空を掴み、パラメラの体には指一本も触れることが叶わなかった。
 くそっ! 避けられた! なら次は!
 そんなことを考える余裕はなかった。
「っ!?」
 間一髪、僕は突然出てきたそれを|躱《かわ》すことができた。突っ込んでいく勢いは殺さず、見事なイナバウアーを披露しながらその一閃を回避したのだ。
 相手は、ナイフを持ち歩いていたのだった。
「正気なのか……?」
 睨みつけるようにして振り返る。その視線の先でそいつは、それを乱暴に振るった後、ナイフの先をパラメラの顔に向けた。人質を取るようにして。
 そいつは獲物を咥える肉食動物のようにしてパラメラを掴んだまま、不気味で余裕な表情を見せる。僕はそれを見てこれ以上ないくらいにドン引きした。
「……りするな」
「なに?」
 相手の言ったことが上手く聞き取れず、前のめりになって聞き返す。向こうもこっちを向き直すと、僕はその目に驚いた。
「横取りするな!」
 驚いた。こいつはパラメラを横取りされると思っているのだ。その目に宿っているのは僕に対する敵意であることに違いはないが、そこに悪意は潜んでいなかった。
 あくまで赤目はパラメラを食べるのは人として当然の行為であると認識していて、僕が嘘をついてパラメラを横取りしようとしている|若《も》しくは僕がパラメラをブクブクと太らせて食い散らかそうとしている食いしん坊なハイエナだと勘違いしているのだ。
「これは俺の獲物だ! 奪おうとするなら、斬る!」
 赤目は襲うとか加害してやるとかそういう感情で動いているんじゃなく、あくまで正当防衛を行おうとしている。まるで無人島でサバイバル生活を送っている中、生死を|彷徨《さまよ》って得た肉を奪われんとしている孤独なハンターのように、自分が被害者でいる気でいる。
 ダメだ、こいつとは話が合わない。価値観が異なりすぎている。
「奪おうとするならっていうか……」
 見た感じパラメラは気絶している。となると僕自身の手で取り返さないとならないのは必至だろう。
 ……僕が何とかしなくちゃならない。
「取り返すよ……!」
 そう言うと僕は、右手のひらを前に突き出し、その肘あたりを内から左手で支えるポーズをとった。この右手から何かが出てきそうな構え、俗に言う魔法を撃つ構えだ。
「その構え、魔法でも撃つつもりか? 」
「ああ、盛大にかますつもりさ」
 あえて属性は指定しなかった。なぜって? そんなことをすれば、僕が魔法を撃てないことがバレてしまうからだ。
 僕が今、ブラフを貼っていることがばれてしまうからだ。
 これで向こうが引けば儲けものだが、どうだろうか。
「確かにその制服、第一イルミナ魔法学校の制服だな。……いいね、興味しかない、撃ってこいよ」
 ダメだ、ブラフなんて効きそうにない。こうなったら……。
「ところで何の魔法を使うんだ? まず、なんの|付与《エンチャント》を使うんだ? お前が得意な魔法は、なんだ?」
 余裕綽々といった表情、僕の魔法なんて屁でもないといった感じで、煽るようにして僕に質問を投げかけてくる。
「あーそれね、大分迷ったんだけど……あんた程度にはそんなの! 必要ない!」
 僕はそう言い放つと、右手から何も|付与《エンチャント》をしていない魔力の塊を赤目に向かって放った。通称魔力弾、これなら魔法が使えない僕でも使える戦闘用の技だ。
 僕ら人間を含む生物には皆、共通して必ず体内に魔力が流れている。その量には個人差があるものの、魔力は生きるための活動エネルギーとして欠かせないため、多かれ少なかれ必ずあるものだ。
 魔力弾は、その魔力をそのまま、体の内から外へと飛ばすものである。|付与《エンチャント》や|詠《・》|唱《・》、|魔《・》|法《・》|陣《・》等の複雑な行程を必要としないため、ただ発射するだけの魔力弾だったらほとんどの人が使える。
 僕も、魔法の扱いが下手なだけで魔力は人並みにある方だから魔力弾は撃てるのだ。ただ、速さや大きさ、そしてそれらを掛け合わせて生まれる威力も人並みで、連発できるまでの間も人並みだから、決定打にはならないというのが、この局面でのまずいところである。
「ただの魔力弾か……はは」
 放たれた弾は薄く青い輝きを放ちながら、よく言えば螺旋状に、悪く言えば軸がブレブレな状態でガタガタと空中を突き進んでいき、赤目の胸元へと飛んでいく。
 コントロールが上手くいっていないが、パラメラにはぶつからないはずだ。それにこいつは、パラメラを食うと言っていた。自ら進んで食料を床に叩きつけるやつがいないように、自ら魔力弾に食料をぶつけにいくやつもいないだろう。
 ……いける!
「だが!」
 瞬間、風向きが変わった。いや、魔力弾の向きが変わったとかではない。戦闘の流れが変わった。それも、嫌な方へと。
 赤目は手に持つナイフを腰下から斜め上へと斬り上げ始めた。タイミングから見てその目標地点は、間違いなく魔力弾がぶつかる瞬間、魔力弾そのものだ。
「この程度の魔力弾、どうってことない!」
 ナイフは魔力弾の下円部分に衝突した。すると魔力弾は、ナイフの軌道に沿うようにして、ナイフの刃の上をズルズルと、左から右へと流れるようにして斜め上の方向へと弾き飛ばされていく。
「くっ!!」
 飛ばされた弾は近くに立っていた木にぶつかり、そのまま破裂して空気の流れへと同化した。
「大口を叩く割にはヘナチョコな魔力弾じゃないか。いいか? 魔力弾っていうのは、こう撃つんだよ!」
 赤目はナイフを腰にしまい、僕の方へと向かって右手のひらを突き出すと、暗く豪快な目つきで僕を睨んできた。そしてその周囲には、段々と薄緑色の精霊たち、風の精霊と呼ばれている者たちが集まっていく。
 まさかこいつ!
「|付与《エンチャント》、|風《ウィンド》!」
 赤目が叫ぶと、赤目の右手の前に深緑色をした模様が現れた。円の中に十字の星型が映し出された|魔《・》|法《・》|陣《・》と呼ばれる模様は、次第に腕と重なるようにして二つ三つと増えていく。そして魔法陣はやがて小さくなっていき、腕と重なる瞬間、魔法陣は消え去り、赤目の右腕が一瞬だけ緑色に光り輝いた。
 |付与《エンチャント》、別名付与魔法とも呼ばれているそれは、体内の魔力に属性を付与するものである。魔法によっては発動条件として風属性を付与していないといけないもの等も多数存在するため、|付与《エンチャント》なしでは魔法は扱えたと言えない。全ての魔法の基礎となるもの、それが|付与《エンチャント》だ。
 ただ、種族による違いはあるのかもしれないが、少なくとも人間は自分単独で|付与《エンチャント》は使えない。そのため付与魔法を使う際は必ず、属性を司る精霊達に力を貸してもらっている。だから風の|付与《エンチャント》をしよとした赤目の周りには先程、風の精霊達が集まってきていたのだ。
「くらえ魔力弾!」
 赤目の右手から、僕と同じように魔力弾が放たれる。
 そして、体内の魔力に属性を付与するということはつまり、体内の魔力を外へと飛ばす魔力弾にもその属性は付与されるということになるわけだ。
 ……魔力弾の形状、大きさや速さは恐らく僕と大差ない。これなら避けられるか?
 反応が遅れながらも僕は、じりりと右足を動かし始めた。
 いやしかし、やはり僕の魔力弾とは明らかに違う点が一つある。それは、放たれた魔力弾が無属性ではなく風属性であるということだ。
 初め、乱気流を弾にしたような様だったその魔力弾は、空気抵抗を受けて次第に遅くなっていくのではなく、むしろその逆で、周囲の空気・風をどんどん|纏《まと》って大きくなっていき、加速していった。
 ダメだ、避けきれない!
 そう感じて防御の姿勢に入ろうとした時には時既に遅く、風の魔力弾は僕に直撃した。その衝撃で僕の身体は後方へと吹き飛ぶ。
「ごあっ!!」
 すぐさま体勢を立て直すも、負傷した箇所はズキズキと痛み、幾つか擦り傷もできていた。完全に立ち上がるまではいかず、片膝を着く感じで赤目の方を向き直る。
 そいつは、真顔で僕を見つめていた。
「その様子だと、まともに食らったな。どうだ? 立てるか? なんならもう一発撃っとこうか?」
 赤目は右手を|翳《かざ》しながら近づいてくる。
 どうする? 一か八かでやってみるか? ……いや、それしかない。
 僕はダメ元で、周囲に炎の精霊が居ることを確認してからその構えに入った。右手は地面に着けたままで、赤目がやってみせたようにそれを唱えてみる。
「|付与《エンチャント》」
「お、遂に本気を出すのか? ふぅん、待っててやるよ」
「|炎《ファイア》」
 静かに唱えると、僕の右手と地面の狭間から、濃い赤色の魔法陣が形成される。付与魔法は、この魔法陣を通じて精霊達に魔力を少量分け与える代わりに、精霊から属性を付与してもらうものだ。
 だから、僕の苦手なこの魔法陣形成がうまくいかないことには、付与魔法も失敗に終わってしまう。
 徐々に体の中の魔力が炎に染められていくのが、体の熱の上がり具合から分かる。体の芯から火が灯されていくような感覚、これを維持出来ればいいのだが……。
 しかし、そう考えている間にも魔法陣の形状は歪に変形していき、やがてヒビが入り始める。
 ……ダメだ、維持できない。
「ぶはっ、げほっげほっ」
 魔法陣が八つの破片となって空中に消え去っていくと同時に、魔法陣があった場所からは黒煙が巻き起こった。そして、僕の口からも何かを焦がした時のような黒い煙が少量吐き出される。
 体内の魔力は無属性にもどっていき、段々と体を伝う熱も下がっていく。
「……」
 その様子を、赤目はただじっと見ていた。
「は、っはははははははは!! なんだお前、|付与《エンチャント》すらマトモに使えないのか! ああそうか、学生は学生でも、本当に魔法見習いなんだなお前 」
 そしてその沈黙を破ったのも、赤目自身だった。
 優等生が劣等生をバカにするように、こいつは僕をバカにしてきた。赤目の笑い声は、人の居ないこのT字路に響いていく。パラメラを持った左手で腹を押さえ、右手で僕を指さす。
 くっそ、やっぱりダメか……。
「なるほどさっきのはブラフか、ブラフにしては微妙だったから分からなかったよ。戦いなれてない証拠だな」
 それでも、こいつを倒すならやるしかない……!
 僕は赤目の方を無視して、ただただ自分の右手に集中した。魔法陣形成魔法陣形成魔法陣形成、|付与《エンチャント》|付与《エンチャント》|付与《エンチャント》、僕は何度も何度も炎の付与魔法を発動しようとして、何度も何度も辺りに黒煙を撒き散らしていった。
「必死だな、そんなにお前もこいつが食いたいのか。まぁ俺も、獲物を横取りされないために必死だけどな! 学生だってんなら、魔法の指導してやるよ!」
 赤目の右手では、先程と同じような風の魔力弾が形成され始めていく。
 このままではこっちが何かするより先に魔力弾を撃ち込まれてしまう。
 くそっ、もっとだ、もっともっと!!
 まるで爆発でも起きたかのように黒煙が立ち上がっていく。すごい速度で付与魔法を発動させている証拠だ。だが、どれも失敗に終わっていて一つも成功していない証拠でもある。
「そこで野垂れ死んどけ」
 そうこうしている内に、魔力弾は放たれた。
 弾が僕の方へと向かって加速しながら肥大化しているのが何となく分かるが、それでも僕はチャレンジを続けた。
 発動、失敗、発動、失敗、発動、失敗、発動、失敗、発動、失敗。
 そうしている内にいつの間にか、僕の姿は|黒《・》|煙《・》|の《・》|中《・》|に《・》|隠《・》|さ《・》|れ《・》|た《・》。
「っ!?」
 弾が煙の中を突き進み、僕へ直撃したかと思われた後、弾は徐々に風と同化していき、煙は魔力弾の風圧によって霧散した。そして、結果が|露《あら》わとなる。
 それを見て赤目は驚いているようだった。なぜならば煙が晴れた先、僕が元いた場所であるそこには、|僕《・》|が《・》|居《・》|な《・》|か《・》|っ《・》|た《・》|か《・》|ら《・》|で《・》|あ《・》|る《・》。
「しまった、煙幕代わりか!」
 そう、煙幕だ。正直|付与《エンチャント》が成功するなんて初めから思っちゃいない。最終的に狙っていたのは、少量の黒煙を利用したこの煙幕だ。
 しかも偶然か必然か、赤目の放った魔力弾が風属性だったこともあり煙は霧散し、僕が歩いたルートを示す黒煙も跡形も無く消え去った。これで赤目は僕のことを見失った。赤目のやつに、隙ができたのだ。
 魔法が使えないなら使えないで、失敗だらけなら失敗だらけで、方法はいくらでもある。これが僕にとってのその方法だ。
「くそ、どこだ! どこにいやがる!」
「ここだ!」
「なにっ!?」
 僕が居たのはそう、木の上である。先程僕の魔力弾が衝突した木の上、ここなら赤目の死角から一気に近づけると踏んだ。
 赤目が僕の声に気づいて振り返った先、僕は木の上から|颯爽《さっそう》と登場し、一点目掛けて飛びついた。驚きで一瞬硬直していたそいつから引き剥がすのは、そう難しいことではなかった。
 僕は、パラメラを取り返したのだ。
 僕はパラメラの体をこれ以上ないくらいに抱きしめる。自分も苦しくなるくらいに。まだパラメラは起きていないようだから、起きたらまた抱きしめることにしよう。
 ただ、この後は少々怪我をしつつもパラメラを庇いながら着地し、そのまま逃げればいいと思っていたのだが、僕も詰めが甘かったようで、そう上手くはいきそうになかった。
 横を見ると、赤目は魔力弾を僕に向かって撃つ構えに入っていた。まだ体の向き的に撃てはしないだろうが、僕がパラメラを庇いながら着地して無事に逃げられるような余裕もない。万事休すだ。
「こんの泥棒やろうがぁ!」
 確かにこいつは隙を見せた。だというのにこの反応速度だ。これはもはや執念に近いものだろう。こいつにとってパラメラは、それほどまでに執着できる獲物なのだろうか、余程腹でも空いてたのだろうか。その真意は定かでは無いが、その執着心故にここまで動いてるのは事実だ。
 トキメラもまだ来ていない。パラメラも起きていない。周囲には他の人影も見当たらない。
 やっぱり、僕はダメなやつだ。僕一人じゃ何もできない。一番大切なパラメラでさえも守ることができない。
 ごめんよパラメラ……ならせめて、少しでもダメージを押さえられるように。
 そう思い、僕はパラメラの体を赤目から覆い隠すようにして抱きしめ、うずくまろうとした。
 ……。
 …………。
 ………………。
 いや、本当にそれでいいのか?
 |虚無の厄災《ヴァニタス》があってから、僕はもう絶対に何も失いたくないと、失ったりしないと心に誓った。パラメラとトキメラは今の僕にとって一番大切な家族だ、その一人すらも守れないなんて、それでいいのか?
 いや、よくない!!
 被害を最小限になんて考えちゃダメだ、被害を出さないようにするんだ。僕は、絶対にパラメラを守る。たとえ僕の身が滅ぼうとも、絶対に。
 僕は、パラメラを抱える手を右手だけに変えて、赤目に対抗するような形で左手を|翳《かざ》した。
 勝負は一発。ここでのミスは本当に許されない。
 思い出すんだ、さっきまでのチャレンジで何がどうダメだったのか。
 |付与《エンチャント》|炎《ファイア》は、体内の魔力を炎属性に染めるため、体の芯から発火するような感覚に襲われる。
 ならその感覚を少しでも掴むために、パラメラの体の熱を肌で感じるのはどうだ?もちろんただ触れるだけじゃなく、心臓を鷲掴みにするように、顔全体をパラメラの胸に埋め、耳でその熱の流れを聞くんだ。
 内からも外からも熱を感じて、その感覚に慣れる。
 魔法陣の維持は? そうだ、目の前のこいつを見本にすればいい、魔力のコントロールは体内で行わなくちゃいけないから結局この土壇場で掴まなくちゃならないけど、それを掴みやすくするための工夫やタイミングは真似できるはずだ。
 こんな間近で実践の魔法を見られることなんて滅多にないのだから、いい経験値になる。
「|付与《エンチャント》、|風《ウィンド》」
 魔法陣の大きさは? 取り込む精霊の量は? 一つ目の魔法陣を形成してから次の魔法陣を形成するまでの間は?
 いや、まだ足りない、もっとだ、もっと見なくちゃ。
 魔法陣に送り込んでいる魔力の量は? 加減は? その速さは? 一定の量を送り続けているのか? それとも波があるか? 体のどこに力を込めている? どこを見ている? 魔法陣? 手? あるいは見ていないのか?
 たったこれだけの情報を一度見ただけじゃ完璧な模倣はできないし、完璧な魔法も使えない。でも、それでもこの、窮地を脱することのできる程度の魔法は使えるはずだ。どれだけ不格好であろうが少なくとも、見よう見まね程度には。
 呼吸のタイミングも同じにしろ、全部真似するんだ、技を盗むようにして。
 すー、はー、スー、ハー。
 こうしている内に、何だか妙に暑くなってきた。まだ魔法陣も発動していないというのに。いくら近いからといって、パラメラがそんなに熱かったか?
 ……いや、違う。
 一瞬、自分の目を疑った。なぜなら、僕の左手、今まさに魔法陣を形成しようとしていたはずのその手のひらには、既に魔法陣が形成されていたのだから。
 色は濃い赤、炎の精霊達もそれに群がって炎属性を供給してくれている。
 信じられない、僕は無意識のうちに魔法陣を形成していたのだ。僕の体には熱がこもっていて、もう魔法陣を増やしていい段階に到達していた。
 なんというか、自分自身が炎そのものになったような感覚だった。
 ……。
 ……は、へへ。
 ……いける。
 僕の中で、そんな確信が生まれた。
「|付与《エンチャント》!」
 今日一の大きな声で叫ぶと、一気に視界が開けたのが分かった。別の言い方をすれば、余裕が生まれた。
 一つだった魔法陣は、二つ三つと凄まじい速さで数を増やし、僕の次の言葉を待たずして腕にはめ込むように収縮していった。
 不思議だった。パラメラを何としてでも守らなければならない状況、だというのに、なぜか僕は険しい顔をしている様子もなく、切羽詰まった雰囲気を漂わせていることもなかった。
 自分が初めて魔法を使えるかもしれないというこの状況に、不思議と高揚感を覚えていたのだ。不格好であることは目に見えているが、一体どんな形で、どんな風に飛んでいき、どのくらいの威力なのか。それが気になって仕方なかった。
 そう、僕はこの状況を、楽しんでいたのである。
 最後、僕は自身に似合わないような豪快な笑みを浮かべて次の言葉を言い放った。
「|炎《ファイア》!!」
 瞬間、赤目が魔力弾を放つよりも先に、火炎によって形成された僕の魔力弾がヤツの顔目掛けて発射された。
 一秒と経たずに赤目の顔に直撃すると、ヤツの顔はすぐさま炎に包み込まれ、赤目の顔全体を焼き尽くしていった。
 そんな状況だから赤目もたまったもんじゃなく、魔力弾を放つのを途中で止める。自分の顔を炎から守るため覆うので必死なようだった。
 歴史的瞬間だった。
 僕、テトラ・ハイドルドは、勝ったのだ。正真正銘、魔法を使って、初勝利を収めたのである。