初デート!
ー/ー 雄眞との約束の日は、朝からうっすらと霧雨だった。
白い空からとめどなく降りてくる雨に世界が霞んでいる、あまりにも自分の心とリンクしすぎな天気だった。
「意外と混んでないな。雨だからか」
かなりの混雑を予想していたサルバドール・ダリの展覧会は、けれど思ったよりもすいていた。
らしくなく髪の毛を立ててきた雄眞が、そっと盟子の背中をエスコートする。
「ね、早く行こう!」
その手が背中に触れた瞬間、盟子は慌てて歩調を速めた。
「待てよ」
雄眞は並んで歩きたがる。
その襟元に、お世辞にも似合っているとは言えないシルバーのチョーカーが揺れていた。モノトーンのフェイクレイヤードのカットソーもあまり雰囲気と合っていなくて、直視に堪えない。
新しい服を買っておしゃれをしてきたのだろうということは理解してる。でも、初デートで頑張ってみました的な背伸び感が痛い。なぜか盟子が辛い。
普通の綿シャツでいつもの小林雄眞で十分だったのに。その方が好きなのに。
――その服、玲峰先生が着たら決まってただろうな。
ふとそんなことを考えてしまった。
ど派手な原色のシャツでも萌え袖のニットでもオーバーサイズのパーカーでもオーソドックスなジャケットでも。
先生は何を着ても決まって見えるから。
「何ぼーっとしてんだよ、行くぞ」
「あ、うん、ごめん」
荷物を入れるロッカーのカギを、盟子は慌てて引き抜いた。
*
どうやら雄眞とは絵画鑑賞のスタイルが違うみたいだ。
盟子はすいているところにさっと行って順不同に見て行くのだけれど、雄眞は是が非でも二人並んで順路通りに進みたいらしい。
絵を鑑賞するというよりは、彼女と寄り添って順路を制覇することに全精力を注いでいるというか。雄眞の視線が絵そのものに向かっている時間はごく短い。
そして二人のやり方が違う場合、どちらかが合わせないといけない。
合わせるのは当然、盟子の方だ。
見たい作品に集中しようとすると、先へ進もうとせっつかれる。かと思えば手を繋がれそうになり、さりげなく次に進むふりで逃げる。
何だかもう見るどころじゃなくて疲れてしまって、盟子は一席しかないベンチの空きを見つけて腰かけた。2つあいていると隣に座られてしまうから。
ずっと横に張り付いていた雄眞がトイレへと立つと、ようやく酸素を吸えた気がした。やたらと肩が凝っている。伸びをして首をぐるっと回す。
この先どうしよう……なんてぼんやり考えていると。
ふと、盟子の視界の隅を派手派手しいターコイズブルーが横切った。
見間違い、かな?
隣の展示室に消えたその色を追って、盟子は立ち上がる。
それ以上探さない方が良いのではと思うのについ探してしまう。
あ、いた。見えた。
鮮やかなターコイズブルーの背中が絵に向かって、離れて、近づいて、凝視している。すっと伸びた白い首筋に既視感がある。
横顔を見た瞬間、心臓が飛び跳ねた。
間違いない。あれは……
玲峰先生。
そう確信すると同時に、盟子はくるりと背を向けた。隠れるようにして身を縮める。心臓が暴れて痛いほどだ。
やめてよ! どうして先生がこんなところにいるの!?
そう思ってしまった後で慌てて否定する。
いやいやいや。
もともと守谷からもらったチケットでこの展覧会に来ているのだから、彼がいたっておかしくないのだ。期間内の日曜日、鉢合わせする可能性は十分にあった。
だからこんなに心臓をバクバクさせなくたって、会ったら普通に挨拶すればいいだけなのに。それだけのことなのに。
一人だったら盟子は多分そうしていただろう。けれど雄眞と一緒にいるところを見られたくない。何故だか。
——どうしようどうしよう。
もうまもなく雄眞が戻ってくる。具合が悪いことにして帰ろうか。
向こうの動向を気にして、盟子はちらちらと隣の展示室を伺った。
すると守谷の肩に親し気に手をかけている女の子が見えた。
ぱっつんとした前髪にピンクベージュのストレートロングヘア。床につきそうに長いブラックのサロペット。その子は守谷の耳元に何かを囁くと、二人してくすくすと笑い合っている。
彼女、かな……
お似合いだな。
白い空からとめどなく降りてくる雨に世界が霞んでいる、あまりにも自分の心とリンクしすぎな天気だった。
「意外と混んでないな。雨だからか」
かなりの混雑を予想していたサルバドール・ダリの展覧会は、けれど思ったよりもすいていた。
らしくなく髪の毛を立ててきた雄眞が、そっと盟子の背中をエスコートする。
「ね、早く行こう!」
その手が背中に触れた瞬間、盟子は慌てて歩調を速めた。
「待てよ」
雄眞は並んで歩きたがる。
その襟元に、お世辞にも似合っているとは言えないシルバーのチョーカーが揺れていた。モノトーンのフェイクレイヤードのカットソーもあまり雰囲気と合っていなくて、直視に堪えない。
新しい服を買っておしゃれをしてきたのだろうということは理解してる。でも、初デートで頑張ってみました的な背伸び感が痛い。なぜか盟子が辛い。
普通の綿シャツでいつもの小林雄眞で十分だったのに。その方が好きなのに。
――その服、玲峰先生が着たら決まってただろうな。
ふとそんなことを考えてしまった。
ど派手な原色のシャツでも萌え袖のニットでもオーバーサイズのパーカーでもオーソドックスなジャケットでも。
先生は何を着ても決まって見えるから。
「何ぼーっとしてんだよ、行くぞ」
「あ、うん、ごめん」
荷物を入れるロッカーのカギを、盟子は慌てて引き抜いた。
*
どうやら雄眞とは絵画鑑賞のスタイルが違うみたいだ。
盟子はすいているところにさっと行って順不同に見て行くのだけれど、雄眞は是が非でも二人並んで順路通りに進みたいらしい。
絵を鑑賞するというよりは、彼女と寄り添って順路を制覇することに全精力を注いでいるというか。雄眞の視線が絵そのものに向かっている時間はごく短い。
そして二人のやり方が違う場合、どちらかが合わせないといけない。
合わせるのは当然、盟子の方だ。
見たい作品に集中しようとすると、先へ進もうとせっつかれる。かと思えば手を繋がれそうになり、さりげなく次に進むふりで逃げる。
何だかもう見るどころじゃなくて疲れてしまって、盟子は一席しかないベンチの空きを見つけて腰かけた。2つあいていると隣に座られてしまうから。
ずっと横に張り付いていた雄眞がトイレへと立つと、ようやく酸素を吸えた気がした。やたらと肩が凝っている。伸びをして首をぐるっと回す。
この先どうしよう……なんてぼんやり考えていると。
ふと、盟子の視界の隅を派手派手しいターコイズブルーが横切った。
見間違い、かな?
隣の展示室に消えたその色を追って、盟子は立ち上がる。
それ以上探さない方が良いのではと思うのについ探してしまう。
あ、いた。見えた。
鮮やかなターコイズブルーの背中が絵に向かって、離れて、近づいて、凝視している。すっと伸びた白い首筋に既視感がある。
横顔を見た瞬間、心臓が飛び跳ねた。
間違いない。あれは……
玲峰先生。
そう確信すると同時に、盟子はくるりと背を向けた。隠れるようにして身を縮める。心臓が暴れて痛いほどだ。
やめてよ! どうして先生がこんなところにいるの!?
そう思ってしまった後で慌てて否定する。
いやいやいや。
もともと守谷からもらったチケットでこの展覧会に来ているのだから、彼がいたっておかしくないのだ。期間内の日曜日、鉢合わせする可能性は十分にあった。
だからこんなに心臓をバクバクさせなくたって、会ったら普通に挨拶すればいいだけなのに。それだけのことなのに。
一人だったら盟子は多分そうしていただろう。けれど雄眞と一緒にいるところを見られたくない。何故だか。
——どうしようどうしよう。
もうまもなく雄眞が戻ってくる。具合が悪いことにして帰ろうか。
向こうの動向を気にして、盟子はちらちらと隣の展示室を伺った。
すると守谷の肩に親し気に手をかけている女の子が見えた。
ぱっつんとした前髪にピンクベージュのストレートロングヘア。床につきそうに長いブラックのサロペット。その子は守谷の耳元に何かを囁くと、二人してくすくすと笑い合っている。
彼女、かな……
お似合いだな。
そうか先生の恋愛対象は女性だったんだ、なんて。
スタイリッシュでラブラブなカップルに訳もなく気後れしてしまう。自分はと言えば、似合わないおしゃれを決め込んだ雄眞との時間が嫌で嫌で持て余しているというのに。
「大丈夫?」
気付けば雄眞が戻ってきていて、怪訝そうにのぞき込んできている。
「あ、うん、私もちょっとお手洗い行ってくるから」
盟子は慌ててその場を離れた。
冷や汗が滲んでいる。雄眞が絶対に追って来れない場所である女子トイレに駆け込むと、深いため息をついた。
——あーもう心底帰りたい。今何時だろう。
リュックからスマホを取り出す。
と、そこで盟子は気づいた。たった今誰かからの着信があったことに。
「朋さん?」
アルバイト先の店長の朋さんだ。見れば、何件かのメッセージも入っている。
『梅ちゃん、急でごめんなさい。今日4時くらいから入れますか? 可能ならもっと早くでも』
読んでいくと、どうも今日出勤予定だったアルバイトの主婦が出られなくなってしまったので、できたら入ってほしいという内容だった。
何というベストタイミングだろう。あーもう朋さん大好き。
盟子はすぐに折り返す。
「もしもし梅ちゃん? ごめんねぇ、今日中島さんが通しで入ってくれる予定だったんだけど、お子さん熱出したとかで出られなくなっちゃって」
スタイリッシュでラブラブなカップルに訳もなく気後れしてしまう。自分はと言えば、似合わないおしゃれを決め込んだ雄眞との時間が嫌で嫌で持て余しているというのに。
「大丈夫?」
気付けば雄眞が戻ってきていて、怪訝そうにのぞき込んできている。
「あ、うん、私もちょっとお手洗い行ってくるから」
盟子は慌ててその場を離れた。
冷や汗が滲んでいる。雄眞が絶対に追って来れない場所である女子トイレに駆け込むと、深いため息をついた。
——あーもう心底帰りたい。今何時だろう。
リュックからスマホを取り出す。
と、そこで盟子は気づいた。たった今誰かからの着信があったことに。
「朋さん?」
アルバイト先の店長の朋さんだ。見れば、何件かのメッセージも入っている。
『梅ちゃん、急でごめんなさい。今日4時くらいから入れますか? 可能ならもっと早くでも』
読んでいくと、どうも今日出勤予定だったアルバイトの主婦が出られなくなってしまったので、できたら入ってほしいという内容だった。
何というベストタイミングだろう。あーもう朋さん大好き。
盟子はすぐに折り返す。
「もしもし梅ちゃん? ごめんねぇ、今日中島さんが通しで入ってくれる予定だったんだけど、お子さん熱出したとかで出られなくなっちゃって」
ひどく恐縮している朋さんに「大丈夫です」をたぶん20回くらい言って切った後、急に世界が晴れ晴れとして感じられた。
しかし。
戻ってきた雄眞に事情を説明して早めに切り上げたいことを伝えると、迷惑そうに眉を顰められたのは予想外だった。
「はぁ!? そんなの断れよ! 知ったことじゃねーだろ」
「……行くって言っちゃったの、もう」
雄眞の顔からみるみる表情が消えていく。完全に機嫌を損ねたみたいだ。
「あ、あのね、とりあえずここ出て何か食べに行かない? まだ少し時間あるから」
「……」
「小林は何がいい?」
もはや何を尋ねても「別に」「何でも」としか返してこない。そしてわざとらしい横目の威圧。そこから別れるまでの1時間ほどが、まるで拷問のように感じられた。
こんな時「そりゃしょうがないよな」と笑ってくれるのが小林雄眞だと思っていたのに、男って解らない。
「好き」って、「付き合う」って、一体何だろう。
今盟子の頭の中をぐるぐる回っているその問いの答えを、小林雄眞と一緒に見つけられる気がしなかった。
しかし。
戻ってきた雄眞に事情を説明して早めに切り上げたいことを伝えると、迷惑そうに眉を顰められたのは予想外だった。
「はぁ!? そんなの断れよ! 知ったことじゃねーだろ」
「……行くって言っちゃったの、もう」
雄眞の顔からみるみる表情が消えていく。完全に機嫌を損ねたみたいだ。
「あ、あのね、とりあえずここ出て何か食べに行かない? まだ少し時間あるから」
「……」
「小林は何がいい?」
もはや何を尋ねても「別に」「何でも」としか返してこない。そしてわざとらしい横目の威圧。そこから別れるまでの1時間ほどが、まるで拷問のように感じられた。
こんな時「そりゃしょうがないよな」と笑ってくれるのが小林雄眞だと思っていたのに、男って解らない。
「好き」って、「付き合う」って、一体何だろう。
今盟子の頭の中をぐるぐる回っているその問いの答えを、小林雄眞と一緒に見つけられる気がしなかった。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
雄眞との約束の日は、朝からうっすらと霧雨だった。
白い空からとめどなく降りてくる雨に世界が霞んでいる、あまりにも自分の心とリンクしすぎな天気だった。
白い空からとめどなく降りてくる雨に世界が霞んでいる、あまりにも自分の心とリンクしすぎな天気だった。
「意外と混んでないな。雨だからか」
かなりの混雑を予想していたサルバドール・ダリの展覧会は、けれど思ったよりもすいていた。
らしくなく髪の毛を立ててきた雄眞が、そっと盟子の背中をエスコートする。
「ね、早く行こう!」
その手が背中に触れた瞬間、盟子は慌てて歩調を速めた。
「待てよ」
雄眞は並んで歩きたがる。
その襟元に、お世辞にも似合っているとは言えないシルバーのチョーカーが揺れていた。モノトーンのフェイクレイヤードのカットソーもあまり雰囲気と合っていなくて、直視に堪えない。
新しい服を買っておしゃれをしてきたのだろうということは理解してる。でも、初デートで頑張ってみました的な背伸び感が痛い。なぜか盟子が辛い。
普通の綿シャツでいつもの小林雄眞で十分だったのに。その方が好きなのに。
らしくなく髪の毛を立ててきた雄眞が、そっと盟子の背中をエスコートする。
「ね、早く行こう!」
その手が背中に触れた瞬間、盟子は慌てて歩調を速めた。
「待てよ」
雄眞は並んで歩きたがる。
その襟元に、お世辞にも似合っているとは言えないシルバーのチョーカーが揺れていた。モノトーンのフェイクレイヤードのカットソーもあまり雰囲気と合っていなくて、直視に堪えない。
新しい服を買っておしゃれをしてきたのだろうということは理解してる。でも、初デートで頑張ってみました的な背伸び感が痛い。なぜか盟子が辛い。
普通の綿シャツでいつもの小林雄眞で十分だったのに。その方が好きなのに。
――その服、玲峰先生が着たら決まってただろうな。
ふとそんなことを考えてしまった。
ど派手な原色のシャツでも萌え袖のニットでもオーバーサイズのパーカーでもオーソドックスなジャケットでも。
先生は何を着ても決まって見えるから。
ど派手な原色のシャツでも萌え袖のニットでもオーバーサイズのパーカーでもオーソドックスなジャケットでも。
先生は何を着ても決まって見えるから。
「何ぼーっとしてんだよ、行くぞ」
「あ、うん、ごめん」
「あ、うん、ごめん」
荷物を入れるロッカーのカギを、盟子は慌てて引き抜いた。
*
どうやら雄眞とは絵画鑑賞のスタイルが違うみたいだ。
盟子はすいているところにさっと行って順不同に見て行くのだけれど、雄眞は是が非でも二人並んで順路通りに進みたいらしい。
絵を鑑賞するというよりは、彼女と寄り添って順路を制覇することに全精力を注いでいるというか。雄眞の視線が絵そのものに向かっている時間はごく短い。
そして二人のやり方が違う場合、どちらかが合わせないといけない。
合わせるのは当然、盟子の方だ。
見たい作品に集中しようとすると、先へ進もうとせっつかれる。かと思えば手を繋がれそうになり、さりげなく次に進むふりで逃げる。
何だかもう見るどころじゃなくて疲れてしまって、盟子は一席しかないベンチの空きを見つけて腰かけた。2つあいていると隣に座られてしまうから。
盟子はすいているところにさっと行って順不同に見て行くのだけれど、雄眞は是が非でも二人並んで順路通りに進みたいらしい。
絵を鑑賞するというよりは、彼女と寄り添って順路を制覇することに全精力を注いでいるというか。雄眞の視線が絵そのものに向かっている時間はごく短い。
そして二人のやり方が違う場合、どちらかが合わせないといけない。
合わせるのは当然、盟子の方だ。
見たい作品に集中しようとすると、先へ進もうとせっつかれる。かと思えば手を繋がれそうになり、さりげなく次に進むふりで逃げる。
何だかもう見るどころじゃなくて疲れてしまって、盟子は一席しかないベンチの空きを見つけて腰かけた。2つあいていると隣に座られてしまうから。
ずっと横に張り付いていた雄眞がトイレへと立つと、ようやく酸素を吸えた気がした。やたらと肩が凝っている。伸びをして首をぐるっと回す。
この先どうしよう……なんてぼんやり考えていると。
ふと、盟子の視界の隅を派手派手しいターコイズブルーが横切った。
この先どうしよう……なんてぼんやり考えていると。
ふと、盟子の視界の隅を派手派手しいターコイズブルーが横切った。
見間違い、かな?
隣の展示室に消えたその色を追って、盟子は立ち上がる。
それ以上探さない方が良いのではと思うのについ探してしまう。
あ、いた。見えた。
鮮やかなターコイズブルーの背中が絵に向かって、離れて、近づいて、凝視している。すっと伸びた白い首筋に既視感がある。
横顔を見た瞬間、心臓が飛び跳ねた。
間違いない。あれは……
隣の展示室に消えたその色を追って、盟子は立ち上がる。
それ以上探さない方が良いのではと思うのについ探してしまう。
あ、いた。見えた。
鮮やかなターコイズブルーの背中が絵に向かって、離れて、近づいて、凝視している。すっと伸びた白い首筋に既視感がある。
横顔を見た瞬間、心臓が飛び跳ねた。
間違いない。あれは……
玲峰先生。
そう確信すると同時に、盟子はくるりと背を向けた。隠れるようにして身を縮める。心臓が暴れて痛いほどだ。
やめてよ! どうして先生がこんなところにいるの!?
そう思ってしまった後で慌てて否定する。
いやいやいや。
もともと守谷からもらったチケットでこの展覧会に来ているのだから、彼がいたっておかしくないのだ。期間内の日曜日、鉢合わせする可能性は十分にあった。
だからこんなに心臓をバクバクさせなくたって、会ったら普通に挨拶すればいいだけなのに。それだけのことなのに。
一人だったら盟子は多分そうしていただろう。けれど雄眞と一緒にいるところを見られたくない。何故だか。
やめてよ! どうして先生がこんなところにいるの!?
そう思ってしまった後で慌てて否定する。
いやいやいや。
もともと守谷からもらったチケットでこの展覧会に来ているのだから、彼がいたっておかしくないのだ。期間内の日曜日、鉢合わせする可能性は十分にあった。
だからこんなに心臓をバクバクさせなくたって、会ったら普通に挨拶すればいいだけなのに。それだけのことなのに。
一人だったら盟子は多分そうしていただろう。けれど雄眞と一緒にいるところを見られたくない。何故だか。
——どうしようどうしよう。
もうまもなく雄眞が戻ってくる。具合が悪いことにして帰ろうか。
向こうの動向を気にして、盟子はちらちらと隣の展示室を伺った。
すると守谷の肩に親し気に手をかけている女の子が見えた。
ぱっつんとした前髪にピンクベージュのストレートロングヘア。床につきそうに長いブラックのサロペット。その子は守谷の耳元に何かを囁くと、二人してくすくすと笑い合っている。
すると守谷の肩に親し気に手をかけている女の子が見えた。
ぱっつんとした前髪にピンクベージュのストレートロングヘア。床につきそうに長いブラックのサロペット。その子は守谷の耳元に何かを囁くと、二人してくすくすと笑い合っている。
彼女、かな……
お似合いだな。
そうか先生の恋愛対象は女性だったんだ、なんて。
スタイリッシュでラブラブなカップルに訳もなく気後れしてしまう。自分はと言えば、似合わないおしゃれを決め込んだ雄眞との時間が嫌で嫌で持て余しているというのに。
スタイリッシュでラブラブなカップルに訳もなく気後れしてしまう。自分はと言えば、似合わないおしゃれを決め込んだ雄眞との時間が嫌で嫌で持て余しているというのに。
「大丈夫?」
気付けば雄眞が戻ってきていて、怪訝そうにのぞき込んできている。
「あ、うん、私もちょっとお手洗い行ってくるから」
盟子は慌ててその場を離れた。
冷や汗が滲んでいる。雄眞が絶対に追って来れない場所である女子トイレに駆け込むと、深いため息をついた。
気付けば雄眞が戻ってきていて、怪訝そうにのぞき込んできている。
「あ、うん、私もちょっとお手洗い行ってくるから」
盟子は慌ててその場を離れた。
冷や汗が滲んでいる。雄眞が絶対に追って来れない場所である女子トイレに駆け込むと、深いため息をついた。
——あーもう心底帰りたい。今何時だろう。
リュックからスマホを取り出す。
と、そこで盟子は気づいた。たった今誰かからの着信があったことに。
と、そこで盟子は気づいた。たった今誰かからの着信があったことに。
「朋さん?」
アルバイト先の店長の朋さんだ。見れば、何件かのメッセージも入っている。
『梅ちゃん、急でごめんなさい。今日4時くらいから入れますか? 可能ならもっと早くでも』
読んでいくと、どうも今日出勤予定だったアルバイトの主婦が出られなくなってしまったので、できたら入ってほしいという内容だった。
何というベストタイミングだろう。あーもう朋さん大好き。
盟子はすぐに折り返す。
盟子はすぐに折り返す。
「もしもし梅ちゃん? ごめんねぇ、今日中島さんが通しで入ってくれる予定だったんだけど、お子さん熱出したとかで出られなくなっちゃって」
ひどく恐縮している朋さんに「大丈夫です」をたぶん20回くらい言って切った後、急に世界が晴れ晴れとして感じられた。
しかし。
戻ってきた雄眞に事情を説明して早めに切り上げたいことを伝えると、迷惑そうに眉を顰められたのは予想外だった。
戻ってきた雄眞に事情を説明して早めに切り上げたいことを伝えると、迷惑そうに眉を顰められたのは予想外だった。
「はぁ!? そんなの断れよ! 知ったことじゃねーだろ」
「……行くって言っちゃったの、もう」
雄眞の顔からみるみる表情が消えていく。完全に機嫌を損ねたみたいだ。
「……行くって言っちゃったの、もう」
雄眞の顔からみるみる表情が消えていく。完全に機嫌を損ねたみたいだ。
「あ、あのね、とりあえずここ出て何か食べに行かない? まだ少し時間あるから」
「……」
「小林は何がいい?」
「……」
「小林は何がいい?」
もはや何を尋ねても「別に」「何でも」としか返してこない。そしてわざとらしい横目の威圧。そこから別れるまでの1時間ほどが、まるで拷問のように感じられた。
こんな時「そりゃしょうがないよな」と笑ってくれるのが小林雄眞だと思っていたのに、男って解らない。
こんな時「そりゃしょうがないよな」と笑ってくれるのが小林雄眞だと思っていたのに、男って解らない。
「好き」って、「付き合う」って、一体何だろう。
今盟子の頭の中をぐるぐる回っているその問いの答えを、小林雄眞と一緒に見つけられる気がしなかった。