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1-5・これ以上付き合っていられない。

ー/ー



 同じ轍を踏むわけにはいかない。俺は大学の最寄り駅に着くと同時に動いた。
 まず俺を布団にしている美少女を引き剥がす。肩を掴んで押して、相手が目覚める前にそそくさと電車を降りる。
 上着に垂れたよだれはどこかで拭かなければ。心なしか乗車待ちの人に避けられているような気がするが、仮に本当だとしてもどうにもならない。
 とにかく今はここから離れなければ。
「あの! 待ってください! 待って!」
 後ろから声が聴こえてくる。やれやれ、ただでさえ遅延している電車内でトラブルなんて大変だな。まぁ電車を降りた俺には関係のない話だ。
「待って! ちょっと待って!」
 まだ聴こえる。なんだ随分揉めてるみたいだな。しかも声が近い。そばでなにかあったのか。
 なにもこんな朝から騒がなくてもいいのに。トラブルに巻き込まれないうちに離れなければ。
 ていうかさっさとこのよだれをどうにか――
「待ってって! 言ってるじゃないですか!」
 グイっと左肩にかけたバッグを引っ張られた。
 驚いて振り向くとそこには真っ白な制服を着たさっきの美少女が立っていて、頬に汗を掻きながらオレンジ色の瞳で俺を見上げている。
 突然の出来事に俺は目を丸くして固まってしまう。対する美少女はパッとバッグから手を離し、サッサと身なりを整え、また俺を見つめてきた。
「あの、私さっき、寝ちゃってました?」
 美少女が疑惑の表情を浮かべて訊ねてくる。本当に寝てたのかみたいなトーンに俺は内心ほくそ笑みながらも、困惑した感じで答える。
「え、えぇまぁ。そうですね、寝てましたけど」
「……き、昨日隣にいた人ですよね? あのときも私、寝てましたか?」
 いたというかそっちが勝手に座ってきたんだ。心の中で反論しながらも、俺は「寝てましたよ」と簡潔に答える。
 すると今度は彼女が目を真ん丸にして驚き、小さな手で口を覆った。
「なんで、今までこんなこと……別に疲れてるわけじゃ……寝てはいなかったけど、でも――」
「あのー申し訳ないんだけど」
 ブツブツとなにか言っている美少女へ俺は少し強気に口をはさむ。
 彼女はハッとして思考を中断し、俺を見上げた。
「ハンカチとかティッシュとか、ないですか? これ」
 クイックイッと上着を掴んでよだれが付着した部分を見せつける。
 最初はなんのことか分からなかった彼女だが、やがて自分が粗相をしたことに気付き、見る見るうちに顔を赤くした。
「え? うそ、それって……わ、わたし……わたしの、その……」
「拭くもの、貸してくれると助かるんですけど」
「ご、ごめんなさい! 私がやります!」
 美少女がブレザーのポケットからハンカチを取り出す。駅のホームのど真ん中で俺の上着を掴み、それはもうゴシゴシとよだれを拭く。
 まぁまぁ面倒な目に遭ったんだ。これくらいの意地悪許してくれてもいいだろう。
 ひとまずよだれの跡は消えたが、彼女の羞恥心は消えないだろう。やることはやらせてもらったので、俺は一歩後ろへ下がり「どうも」とだけ言った。
「じゃあ俺はこれで、大学があるんで」
「あっ、待ってください。まだちょっと聞きたいことが」
「すいません、遅刻するんで。すいませんね」
 これ以上付き合っていられない。俺はそそくさと離れて人ごみに紛れ、美少女から離れる。
 まだ聞きたいことがなんて言ってたがどうせロクなことじゃないだろう。
「電車の時間、変えなきゃダメかもな……」
 歩を進めながら呟く。
 妙なトラブルもあったが、この時間ならなんとか講義に間に合いそうだ。


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 同じ轍を踏むわけにはいかない。俺は大学の最寄り駅に着くと同時に動いた。
 まず俺を布団にしている美少女を引き剥がす。肩を掴んで押して、相手が目覚める前にそそくさと電車を降りる。
 上着に垂れたよだれはどこかで拭かなければ。心なしか乗車待ちの人に避けられているような気がするが、仮に本当だとしてもどうにもならない。
 とにかく今はここから離れなければ。
「あの! 待ってください! 待って!」
 後ろから声が聴こえてくる。やれやれ、ただでさえ遅延している電車内でトラブルなんて大変だな。まぁ電車を降りた俺には関係のない話だ。
「待って! ちょっと待って!」
 まだ聴こえる。なんだ随分揉めてるみたいだな。しかも声が近い。そばでなにかあったのか。
 なにもこんな朝から騒がなくてもいいのに。トラブルに巻き込まれないうちに離れなければ。
 ていうかさっさとこのよだれをどうにか――
「待ってって! 言ってるじゃないですか!」
 グイっと左肩にかけたバッグを引っ張られた。
 驚いて振り向くとそこには真っ白な制服を着たさっきの美少女が立っていて、頬に汗を掻きながらオレンジ色の瞳で俺を見上げている。
 突然の出来事に俺は目を丸くして固まってしまう。対する美少女はパッとバッグから手を離し、サッサと身なりを整え、また俺を見つめてきた。
「あの、私さっき、寝ちゃってました?」
 美少女が疑惑の表情を浮かべて訊ねてくる。本当に寝てたのかみたいなトーンに俺は内心ほくそ笑みながらも、困惑した感じで答える。
「え、えぇまぁ。そうですね、寝てましたけど」
「……き、昨日隣にいた人ですよね? あのときも私、寝てましたか?」
 いたというかそっちが勝手に座ってきたんだ。心の中で反論しながらも、俺は「寝てましたよ」と簡潔に答える。
 すると今度は彼女が目を真ん丸にして驚き、小さな手で口を覆った。
「なんで、今までこんなこと……別に疲れてるわけじゃ……寝てはいなかったけど、でも――」
「あのー申し訳ないんだけど」
 ブツブツとなにか言っている美少女へ俺は少し強気に口をはさむ。
 彼女はハッとして思考を中断し、俺を見上げた。
「ハンカチとかティッシュとか、ないですか? これ」
 クイックイッと上着を掴んでよだれが付着した部分を見せつける。
 最初はなんのことか分からなかった彼女だが、やがて自分が粗相をしたことに気付き、見る見るうちに顔を赤くした。
「え? うそ、それって……わ、わたし……わたしの、その……」
「拭くもの、貸してくれると助かるんですけど」
「ご、ごめんなさい! 私がやります!」
 美少女がブレザーのポケットからハンカチを取り出す。駅のホームのど真ん中で俺の上着を掴み、それはもうゴシゴシとよだれを拭く。
 まぁまぁ面倒な目に遭ったんだ。これくらいの意地悪許してくれてもいいだろう。
 ひとまずよだれの跡は消えたが、彼女の羞恥心は消えないだろう。やることはやらせてもらったので、俺は一歩後ろへ下がり「どうも」とだけ言った。
「じゃあ俺はこれで、大学があるんで」
「あっ、待ってください。まだちょっと聞きたいことが」
「すいません、遅刻するんで。すいませんね」
 これ以上付き合っていられない。俺はそそくさと離れて人ごみに紛れ、美少女から離れる。
 まだ聞きたいことがなんて言ってたがどうせロクなことじゃないだろう。
「電車の時間、変えなきゃダメかもな……」
 歩を進めながら呟く。
 妙なトラブルもあったが、この時間ならなんとか講義に間に合いそうだ。