美少女に寄りかかって寝られた翌日、俺はいつも通り大学へ向かうため駅のホームにいた。
今日は早い時間帯から講義があるので、仕方なく早起きしたのだがなんだかいつもより駅が混んでいる気がする。
いくら東京都内の駅といえども、この時間は普段こんなに人がいないはず。
『――駅でのドアの不良における車両点検の影響で、約8分ほどの遅延が生じております。お急ぎのところ――』
聴こえてきたアナウンスにゆっくりと鼻で息を抜く。この乗客の多さは遅延のせいらしい。
仕方ないこととはいえうんざりする。これじゃあ少し早く家を出た意味がないじゃないか。
朝の重い空気に辟易しながら待つ。数分ほど経過したところでようやく電車が到着した。
車内は乗客でいっぱいだ。しかしここ逃してもどうせ次の列車も混んでるだろう。
俺は人の波に流されるように動き、どうにか電車に乗り込む。
しっかり満員電車だ。東京はリモートワークがどんどん進んでいるなんて話は嘘だったのか。
身体が動かせない窮屈さに目をつぶって耐える。幸い大学の最寄り駅はそれほど遠くはない。少しの辛抱だ。
そうやって次の駅に着いたところで、少しだけ人が降りる。
だが降りた以上の人が乗ってきて、車内の密度が上がっていく。
「すいませーん、降りまーす」
後ろから聴こえてきた声に俺は目をあける。動くよりも前に人の流れに押され、強制的に移動させられてしまう。
ドアから離れたところにいたスーツ姿の男性が小刻みに会釈しながら人の波を抜けていく。乗ってくる人達とすれ違いになったところで、俺はなんの気なしにドアへ視線をやる。
車内の色の殆どがスーツの黒で埋め尽くされていく中、その色だけが急に目に留まった。
ハイウエストのベルトとボタンが一つの真っ白なブレザーに、対照的な真っ黒のブラウス。白いラインが入ったボウタイ。スカートは少し変わったデザインで、ひざ下までの黒のプリーツスカートなのだが、右足側にブレザーと同じ真っ白な生地が重なっている。
白と、微かに覗く黒。一度見たら中々忘れられない印象的な制服だ。
だが、俺にとっては変わったデザインの制服よりも、その瞳に憶えがあった。
オレンジ色に輝く大きな瞳。間違いない。昨日俺に寄りかかって寝ていた美少女だ。
ここら辺の子だったのか。いやまぁ帰りの電車で遭遇している時点でそうかもしれないとは思ったが、まさかこんなにも早く再会するなんて。
べつになにか話したわけでもないのになんだか気まずくて、俺はなるべく彼女の方を見ないように視線をあげる。と思ったら、あろうことか向こうから俺に近づいてきた。
朝の車内において女子高生の行く手を阻むものなど存在しない。少しでも触れようものなら痴漢扱いされてしょっ引かれてしまう。ゆえに女子高生の周りに人はいない。
美少女の周囲は半歩分ほどの空間があり、一度も止まることなく俺の目の前までやってきた。
必死に目を合わせないようにしてバッグを肩にかけ直し、吊革を両手で掴む。
やがて電車のドアが閉まる。ゆっくりと車両が動き出し、美少女の周りは相変わらず半歩分の空間があって誰も近づこうとはしない。
無論俺もだ。心を無にして吊革にすがる。
カーブで少しだけ列車が揺れる。いつものことではあるが、乗客達が無言で揺れ動く。
当然俺の前にいる女子高生も揺れ動いた。足を一歩前に出し、さらに接近してくる。
というか、ほとんどくっついていた。しっかり触れているのだ。主に胸が。
中づり広告の下品な見出しを眺めながら俺は心と体を出来る限り切り離した。
これはカバン。女子高生の通学カバンがお腹の上あたりに当たっているだけ。固い皮の感触だ。決してむにゅっと柔らかい胸の感触なんかではない。
あと数駅の辛抱だ。それまでこの蕩けるような柔らかさに――じゃなくてカバン、かったい石みたいな感触に耐えればいいだけ。
まるで蜘蛛の糸のように両手で吊革を掴み、目をつぶって息を吐く。
落ち着いて対処すれば問題ない。そう、落ち着いて――なんか重いんだが。
さっきの少しくっついてきたときはまた違う。しっかりと感知できる重み。
おそるおそる目を開けて胸元へ視線をやると、女子高生がその柔らかそうなほっぺを俺の胸元に当てて、目をつぶっていた。
もしかして寝ているのだろうか。満員電車で、それも立ったまま。
チラッと黒目だけを動かすと、美少女のつむじが見える。信じられないことに彼女は片手で通学用のカバンを持ち、もう片方の手で俺の上着の裾を掴んでいるのだ。
そして頬をくっつけて寝ている。少し小首を傾げて覗き込むと、昨日と同じで目を閉じて寝息を立てている。
なんつー胆力だ。およそ常識というものが欠如してるとしか思えない。
周囲からは奇異の視線を向けられている。そりゃそうだ。俺だって困る。
変な女子高生にわが身を布団代わりにされながら時が過ぎるのをただ待つ。2つほど駅を通過して3つ目の駅に着いたところで、俺は信じられないものを見た。
なんと、電車の外にこの美少女と同じ制服を着た女の子たちがいるのだ。これがどこの高校だか知らないが、明らかに最寄り駅はここのはず。
だというのに美少女は眠ったままだ。それどころかさっきよりも深い眠りに落ちているようで、口の端によだれが見えた。
このままでは俺の上着によだれがかかる。女子高生の、それも美少女のよだれならご褒美だろなんて嘯く奴もいるが、残念ながら俺はそんな趣味嗜好は持ち合わせていない。
よだれは普通に嫌だ。プルプルと震えながらギギギと首を動かすが、周りは助けてくれない。
変な女子高生に捕まった哀れな若者として、生温かい視線を向けられるだけだった。