風雅堂カフェ
ー/ー 空がとても高くて、何でもできるしどこへでも行けるような気がする、中間テストが終わった日は。
……とか思いつつ、日常に流されるんだよなぁ。
……とか思いつつ、日常に流されるんだよなぁ。
なんて自分の行動力のなさを残念に思いながら、盟子は人の波に乗って改札を出た。駅は帰宅時間帯の活気に満ちていた。
灯り始めた町の光は、まるで夕闇に散りばめられた宝石。見慣れているはずなのに知らない街角に立っているみたいな気分にさせてくれる。
5月とはいえ夕暮れ時は少し肌寒かった。
にぎやかな駅前広場の方角ではなく、ひっそりとした東口へと盟子は抜ける。そうして線路沿いを少し歩いてから、小さな個人店がまばらに並ぶ、商店街とも言えないような路地へと曲がった。そこの一角にある二階建ての小さな白い建物が目的地だ。
通りに面した入り口の扉は重厚で、レトロ調なランプについ目が吸い寄せられる。その奥にどんな魅惑の世界が隠されているんだろう?と。ランプの下に揺れるマグカップ型の看板は珈琲処の目印だ。
扉の横には木製のスタンドが立ててあって、「風雅堂カフェ・ギャラリー」という飾り書体の白い文字が躍っていた。その右下に「本日の営業は19時半までとさせていただきます」の手書きの張り紙が。
え?19時半まで?
その張り紙に一瞬目を止めた盟子は、けれど魅惑の扉はスルーして建物の脇にまわる。二階に上がる階段の奥に目立たないドアがある。
「おはようございまーす」
ここは従業員専用の出入り口なのだ。おはようの時間ではないけれど、アルバイト特有の挨拶をしながらキッチンへ顔を見せる。
「はい、おはようございます」
店長の朋さんがにこにこと丸いひげ面を綻ばせた。ぱりっとまっ白いワイシャツはお洒落なのに、黒いギャルソンエプロンの上にはみ出たお腹が乗っかっているのが誠に残念……ではなく癒される。頭に王冠を載せて赤いローブを着せたら、きっと絵本に出てくる王様になるはず。
灯り始めた町の光は、まるで夕闇に散りばめられた宝石。見慣れているはずなのに知らない街角に立っているみたいな気分にさせてくれる。
5月とはいえ夕暮れ時は少し肌寒かった。
にぎやかな駅前広場の方角ではなく、ひっそりとした東口へと盟子は抜ける。そうして線路沿いを少し歩いてから、小さな個人店がまばらに並ぶ、商店街とも言えないような路地へと曲がった。そこの一角にある二階建ての小さな白い建物が目的地だ。
通りに面した入り口の扉は重厚で、レトロ調なランプについ目が吸い寄せられる。その奥にどんな魅惑の世界が隠されているんだろう?と。ランプの下に揺れるマグカップ型の看板は珈琲処の目印だ。
扉の横には木製のスタンドが立ててあって、「風雅堂カフェ・ギャラリー」という飾り書体の白い文字が躍っていた。その右下に「本日の営業は19時半までとさせていただきます」の手書きの張り紙が。
え?19時半まで?
その張り紙に一瞬目を止めた盟子は、けれど魅惑の扉はスルーして建物の脇にまわる。二階に上がる階段の奥に目立たないドアがある。
「おはようございまーす」
ここは従業員専用の出入り口なのだ。おはようの時間ではないけれど、アルバイト特有の挨拶をしながらキッチンへ顔を見せる。
「はい、おはようございます」
店長の朋さんがにこにこと丸いひげ面を綻ばせた。ぱりっとまっ白いワイシャツはお洒落なのに、黒いギャルソンエプロンの上にはみ出たお腹が乗っかっているのが誠に残念……ではなく癒される。頭に王冠を載せて赤いローブを着せたら、きっと絵本に出てくる王様になるはず。
ここは1年前から盟子がアルバイトをしている隠れ家喫茶だ。
「あのう、入り口に19時半までって紙が貼ってあったんですけど」
「あ、言ってなかったね。今日、展示の入れ替えをするの。梅ちゃんにも手伝ってもらうからねー」
「え、楽しみ!」
店はギャラリーも兼ねていて、中に展示している絵を時々入れ替える。今までは抽象画が飾ってあったけれど、次に来るのはどんな絵だろう。
入り口のレトロなランプのスイッチを入れ、この店の売りでもある、店内から眺められる小さな中庭のランタンを点ける。
すると程よくもっさりしたハーブの茂みと無造作に置かれたガーデンベンチが魔法世界のように浮かび上がる。この時間帯から夜間モードに切り替えるのだ。
そうこうするうちに、17時から入るもう一人のアルバイトの市来花がやって来た。
おっとりした女子大生に擬態した毒舌の人。けれど盟子には優しくて面倒見も良くて、「お姉ちゃんがいたら」という夢を見させてくれる。ここのアルバイトが大好きで、できることならテスト期間中も来ていたいくらいだ。
制服である白のワイシャツとギャルソンエプロンに着替えると、さくさくと客を捌く。この時間に来店するのは仕事帰りの一服に寄る常連ばかりで、注文を取るなんていう野暮なことはしない。
「ちょっと本店の方に行ってくるねー」
19時過ぎ。
朋さんが奥の事務室から顔を出した。
実はこう見えて朋さん、駅前大通りに店舗を構えるテイクアウト専門洋菓子店「風雅堂」の店長も兼ねている。
駅前店が本店、ここは風雅堂のケーキを提供する喫茶店だ。
とは言えバリバリのやり手だったのは先代で、カフェを開業したのも朋さんの父親。社長」と呼ばれており、引退したもののまだまだ経営に関わっているらしい。盟子にとっては、時々店に来ては差し入れを配ってくれたりする優しいお爺ちゃんなのだけれど。
「あの、朋さん、展示の入れ替えは……?」
「あのう、入り口に19時半までって紙が貼ってあったんですけど」
「あ、言ってなかったね。今日、展示の入れ替えをするの。梅ちゃんにも手伝ってもらうからねー」
「え、楽しみ!」
店はギャラリーも兼ねていて、中に展示している絵を時々入れ替える。今までは抽象画が飾ってあったけれど、次に来るのはどんな絵だろう。
入り口のレトロなランプのスイッチを入れ、この店の売りでもある、店内から眺められる小さな中庭のランタンを点ける。
すると程よくもっさりしたハーブの茂みと無造作に置かれたガーデンベンチが魔法世界のように浮かび上がる。この時間帯から夜間モードに切り替えるのだ。
そうこうするうちに、17時から入るもう一人のアルバイトの市来花がやって来た。
おっとりした女子大生に擬態した毒舌の人。けれど盟子には優しくて面倒見も良くて、「お姉ちゃんがいたら」という夢を見させてくれる。ここのアルバイトが大好きで、できることならテスト期間中も来ていたいくらいだ。
制服である白のワイシャツとギャルソンエプロンに着替えると、さくさくと客を捌く。この時間に来店するのは仕事帰りの一服に寄る常連ばかりで、注文を取るなんていう野暮なことはしない。
「ちょっと本店の方に行ってくるねー」
19時過ぎ。
朋さんが奥の事務室から顔を出した。
実はこう見えて朋さん、駅前大通りに店舗を構えるテイクアウト専門洋菓子店「風雅堂」の店長も兼ねている。
駅前店が本店、ここは風雅堂のケーキを提供する喫茶店だ。
とは言えバリバリのやり手だったのは先代で、カフェを開業したのも朋さんの父親。社長」と呼ばれており、引退したもののまだまだ経営に関わっているらしい。盟子にとっては、時々店に来ては差し入れを配ってくれたりする優しいお爺ちゃんなのだけれど。
「あの、朋さん、展示の入れ替えは……?」
出かけようとする朋さんを引き留める。
「あ、すみません、店長今いないんですけ……」
言いかけて固まった。
2階の物置きスペースから降りてくる階段に、四角いキャンバスを抱えて佇んでいる人がいる。
「も、りやせんせい……!?」
真っ赤なパーカートレーナーと黒のスキニーパンツ。
「ああそうそう! 画家の人が絵を運んでくるから、コーヒーでも出してあげてね」
あまりにラフな託され方に、盟子と市来花は顔を見合わせた。そういうのって一応店長がきちんと応接しなくていいのだろうか。
しかし最後にくっついた「あ、だいじょぶ、僕の友人だから」という言葉を信じることにした。
*
「朋さん、ゆるゆるなんだよねぇ」
サーバーに残ったコーヒーをカップに移しながら、花が苦笑した。
なーんにも段取りを説明せずに出て行ってしまった。
普段、店は20時にオーダーストップして20時半には閉店する。掃除や片付けを終えて21時前には仕事が終わる算段だけれど、今日は19時半……つまり一時間早く店を閉めるというから前倒しで片付けを進めていく。
19時20分。
最後のお客さんが出ていくと、盟子は外にクローズの看板を出した。
「花さん、画家の人来るのにシャッター下ろしちゃっていいですかねぇ」
「あ、たぶん裏から来ると思うよ」
「ホールの掃除はどうします? 入れ替えの後にするのかな?」
大体にして、入り口は開けておくだとか掃除は入れ替えの後でいいとか、そういう指示が一切ない。画家の人が何時に来るかも聞いていない。
それだけ信頼されているという見方もできるし、そういうところがいかにも朋さんらしいのだけれど。
「いつも通り椅子をテーブルに上げて、脇に寄せとこっか。絵がどのくらい大きいかも解らないしね」
「ここの壁に飾るくらいならそんなに大きくはないですよね」
「トイレ掃除は済ませちゃお」
花の指示のもと掃除を進めていると、45分頃になって「こんばんわぁ」と裏の方から男性の声が聞こえた。件の画家がやってきたらしい。
あまりにラフな託され方に、盟子と市来花は顔を見合わせた。そういうのって一応店長がきちんと応接しなくていいのだろうか。
しかし最後にくっついた「あ、だいじょぶ、僕の友人だから」という言葉を信じることにした。
*
「朋さん、ゆるゆるなんだよねぇ」
サーバーに残ったコーヒーをカップに移しながら、花が苦笑した。
なーんにも段取りを説明せずに出て行ってしまった。
普段、店は20時にオーダーストップして20時半には閉店する。掃除や片付けを終えて21時前には仕事が終わる算段だけれど、今日は19時半……つまり一時間早く店を閉めるというから前倒しで片付けを進めていく。
19時20分。
最後のお客さんが出ていくと、盟子は外にクローズの看板を出した。
「花さん、画家の人来るのにシャッター下ろしちゃっていいですかねぇ」
「あ、たぶん裏から来ると思うよ」
「ホールの掃除はどうします? 入れ替えの後にするのかな?」
大体にして、入り口は開けておくだとか掃除は入れ替えの後でいいとか、そういう指示が一切ない。画家の人が何時に来るかも聞いていない。
それだけ信頼されているという見方もできるし、そういうところがいかにも朋さんらしいのだけれど。
「いつも通り椅子をテーブルに上げて、脇に寄せとこっか。絵がどのくらい大きいかも解らないしね」
「ここの壁に飾るくらいならそんなに大きくはないですよね」
「トイレ掃除は済ませちゃお」
花の指示のもと掃除を進めていると、45分頃になって「こんばんわぁ」と裏の方から男性の声が聞こえた。件の画家がやってきたらしい。
「絵の搬入してもいいですかぁ?」
「あ、来た!」
画家ってどんな感じなんだろう。きっと顎ひげと口ひげをたくわえた気さくで人柄の良さそうな50代くらいのおじさん……というのを勝手に予想していた盟子は、そのおじさんを迎え入れるべくうきうきと裏口に周る。
けれど画家のおじさんはいつのまにやら勝手に店内に入ってきていたのだ。
「あ、来た!」
画家ってどんな感じなんだろう。きっと顎ひげと口ひげをたくわえた気さくで人柄の良さそうな50代くらいのおじさん……というのを勝手に予想していた盟子は、そのおじさんを迎え入れるべくうきうきと裏口に周る。
けれど画家のおじさんはいつのまにやら勝手に店内に入ってきていたのだ。
「あ、すみません、店長今いないんですけ……」
言いかけて固まった。
2階の物置きスペースから降りてくる階段に、四角いキャンバスを抱えて佇んでいる人がいる。
「も、りやせんせい……!?」
真っ赤なパーカートレーナーと黒のスキニーパンツ。
緩いウェーブヘアの隙間からちらりと片耳だけのピアスを光らせているその人も、盟子を認識してぎょっとしている。
おそらく朋さんの言う「画家の人」であろうその人は、紛れもなく秋羽台高校の美術教師、守谷玲峰だった。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
空がとても高くて、何でもできるしどこへでも行けるような気がする、中間テストが終わった日は。
……とか思いつつ、日常に流されるんだよなぁ。 なんて自分の行動力のなさを残念に思いながら、盟子は人の波に乗って改札を出た。駅は帰宅時間帯の活気に満ちていた。
灯り始めた町の光は、まるで夕闇に散りばめられた宝石。見慣れているはずなのに知らない街角に立っているみたいな気分にさせてくれる。
……とか思いつつ、日常に流されるんだよなぁ。 なんて自分の行動力のなさを残念に思いながら、盟子は人の波に乗って改札を出た。駅は帰宅時間帯の活気に満ちていた。
灯り始めた町の光は、まるで夕闇に散りばめられた宝石。見慣れているはずなのに知らない街角に立っているみたいな気分にさせてくれる。
5月とはいえ夕暮れ時は少し肌寒かった。
にぎやかな駅前広場の方角ではなく、ひっそりとした東口へと盟子は抜ける。そうして線路沿いを少し歩いてから、小さな個人店がまばらに並ぶ、商店街とも言えないような路地へと曲がった。そこの一角にある二階建ての小さな白い建物が目的地だ。
にぎやかな駅前広場の方角ではなく、ひっそりとした東口へと盟子は抜ける。そうして線路沿いを少し歩いてから、小さな個人店がまばらに並ぶ、商店街とも言えないような路地へと曲がった。そこの一角にある二階建ての小さな白い建物が目的地だ。
通りに面した入り口の扉は重厚で、レトロ調なランプについ目が吸い寄せられる。その奥にどんな魅惑の世界が隠されているんだろう?と。ランプの下に揺れるマグカップ型の看板は珈琲処の目印だ。
扉の横には木製のスタンドが立ててあって、「風雅堂カフェ・ギャラリー」という飾り書体の白い文字が躍っていた。その右下に「本日の営業は19時半までとさせていただきます」の手書きの張り紙が。
扉の横には木製のスタンドが立ててあって、「風雅堂カフェ・ギャラリー」という飾り書体の白い文字が躍っていた。その右下に「本日の営業は19時半までとさせていただきます」の手書きの張り紙が。
え?19時半まで?
その張り紙に一瞬目を止めた盟子は、けれど魅惑の扉はスルーして建物の脇にまわる。二階に上がる階段の奥に目立たないドアがある。
その張り紙に一瞬目を止めた盟子は、けれど魅惑の扉はスルーして建物の脇にまわる。二階に上がる階段の奥に目立たないドアがある。
「おはようございまーす」
ここは従業員専用の出入り口なのだ。おはようの時間ではないけれど、アルバイト特有の挨拶をしながらキッチンへ顔を見せる。
ここは従業員専用の出入り口なのだ。おはようの時間ではないけれど、アルバイト特有の挨拶をしながらキッチンへ顔を見せる。
「はい、おはようございます」
店長の朋さんがにこにこと丸いひげ面を綻ばせた。ぱりっとまっ白いワイシャツはお洒落なのに、黒いギャルソンエプロンの上にはみ出たお腹が乗っかっているのが誠に残念……ではなく癒される。頭に王冠を載せて赤いローブを着せたら、きっと絵本に出てくる王様になるはず。
店長の朋さんがにこにこと丸いひげ面を綻ばせた。ぱりっとまっ白いワイシャツはお洒落なのに、黒いギャルソンエプロンの上にはみ出たお腹が乗っかっているのが誠に残念……ではなく癒される。頭に王冠を載せて赤いローブを着せたら、きっと絵本に出てくる王様になるはず。
ここは1年前から盟子がアルバイトをしている隠れ家喫茶だ。
「あのう、入り口に19時半までって紙が貼ってあったんですけど」
「あ、言ってなかったね。今日、展示の入れ替えをするの。梅ちゃんにも手伝ってもらうからねー」
「え、楽しみ!」
「あ、言ってなかったね。今日、展示の入れ替えをするの。梅ちゃんにも手伝ってもらうからねー」
「え、楽しみ!」
店はギャラリーも兼ねていて、中に展示している絵を時々入れ替える。今までは抽象画が飾ってあったけれど、次に来るのはどんな絵だろう。
入り口のレトロなランプのスイッチを入れ、この店の売りでもある、店内から眺められる小さな中庭のランタンを点ける。
すると程よくもっさりしたハーブの茂みと無造作に置かれたガーデンベンチが魔法世界のように浮かび上がる。この時間帯から夜間モードに切り替えるのだ。
すると程よくもっさりしたハーブの茂みと無造作に置かれたガーデンベンチが魔法世界のように浮かび上がる。この時間帯から夜間モードに切り替えるのだ。
そうこうするうちに、17時から入るもう一人のアルバイトの|市来花《いちきはな》がやって来た。
おっとりした女子大生に擬態した毒舌の人。けれど盟子には優しくて面倒見も良くて、「お姉ちゃんがいたら」という夢を見させてくれる。ここのアルバイトが大好きで、できることならテスト期間中も来ていたいくらいだ。
おっとりした女子大生に擬態した毒舌の人。けれど盟子には優しくて面倒見も良くて、「お姉ちゃんがいたら」という夢を見させてくれる。ここのアルバイトが大好きで、できることならテスト期間中も来ていたいくらいだ。
制服である白のワイシャツとギャルソンエプロンに着替えると、さくさくと客を捌く。この時間に来店するのは仕事帰りの一服に寄る常連ばかりで、注文を取るなんていう野暮なことはしない。
「ちょっと本店の方に行ってくるねー」
19時過ぎ。
朋さんが奥の事務室から顔を出した。
実はこう見えて朋さん、駅前大通りに店舗を構えるテイクアウト専門洋菓子店「風雅堂」の店長も兼ねている。
駅前店が本店、ここは風雅堂のケーキを提供する喫茶店だ。
とは言えバリバリのやり手だったのは先代で、カフェを開業したのも朋さんの父親。社長」と呼ばれており、引退したもののまだまだ経営に関わっているらしい。盟子にとっては、時々店に来ては差し入れを配ってくれたりする優しいお爺ちゃんなのだけれど。
19時過ぎ。
朋さんが奥の事務室から顔を出した。
実はこう見えて朋さん、駅前大通りに店舗を構えるテイクアウト専門洋菓子店「風雅堂」の店長も兼ねている。
駅前店が本店、ここは風雅堂のケーキを提供する喫茶店だ。
とは言えバリバリのやり手だったのは先代で、カフェを開業したのも朋さんの父親。社長」と呼ばれており、引退したもののまだまだ経営に関わっているらしい。盟子にとっては、時々店に来ては差し入れを配ってくれたりする優しいお爺ちゃんなのだけれど。
「あの、朋さん、展示の入れ替えは……?」
出かけようとする朋さんを引き留める。
「ああそうそう! 画家の人が絵を運んでくるから、コーヒーでも出してあげてね」
あまりにラフな託され方に、盟子と市来花は顔を見合わせた。そういうのって一応店長がきちんと応接しなくていいのだろうか。
しかし最後にくっついた「あ、だいじょぶ、僕の友人だから」という言葉を信じることにした。
「ああそうそう! 画家の人が絵を運んでくるから、コーヒーでも出してあげてね」
あまりにラフな託され方に、盟子と市来花は顔を見合わせた。そういうのって一応店長がきちんと応接しなくていいのだろうか。
しかし最後にくっついた「あ、だいじょぶ、僕の友人だから」という言葉を信じることにした。
*
「朋さん、ゆるゆるなんだよねぇ」
サーバーに残ったコーヒーをカップに移しながら、花が苦笑した。
なーんにも段取りを説明せずに出て行ってしまった。
サーバーに残ったコーヒーをカップに移しながら、花が苦笑した。
なーんにも段取りを説明せずに出て行ってしまった。
普段、店は20時にオーダーストップして20時半には閉店する。掃除や片付けを終えて21時前には仕事が終わる算段だけれど、今日は19時半……つまり一時間早く店を閉めるというから前倒しで片付けを進めていく。
19時20分。
最後のお客さんが出ていくと、盟子は外にクローズの看板を出した。
「花さん、画家の人来るのにシャッター下ろしちゃっていいですかねぇ」
「あ、たぶん裏から来ると思うよ」
「ホールの掃除はどうします? 入れ替えの後にするのかな?」
最後のお客さんが出ていくと、盟子は外にクローズの看板を出した。
「花さん、画家の人来るのにシャッター下ろしちゃっていいですかねぇ」
「あ、たぶん裏から来ると思うよ」
「ホールの掃除はどうします? 入れ替えの後にするのかな?」
大体にして、入り口は開けておくだとか掃除は入れ替えの後でいいとか、そういう指示が一切ない。画家の人が何時に来るかも聞いていない。
それだけ信頼されているという見方もできるし、そういうところがいかにも朋さんらしいのだけれど。
それだけ信頼されているという見方もできるし、そういうところがいかにも朋さんらしいのだけれど。
「いつも通り椅子をテーブルに上げて、脇に寄せとこっか。絵がどのくらい大きいかも解らないしね」
「ここの壁に飾るくらいならそんなに大きくはないですよね」
「トイレ掃除は済ませちゃお」
「ここの壁に飾るくらいならそんなに大きくはないですよね」
「トイレ掃除は済ませちゃお」
花の指示のもと掃除を進めていると、45分頃になって「こんばんわぁ」と裏の方から男性の声が聞こえた。件の画家がやってきたらしい。
「絵の搬入してもいいですかぁ?」
「あ、来た!」
画家ってどんな感じなんだろう。きっと顎ひげと口ひげをたくわえた気さくで人柄の良さそうな50代くらいのおじさん……というのを勝手に予想していた盟子は、そのおじさんを迎え入れるべくうきうきと裏口に周る。
けれど画家のおじさんはいつのまにやら勝手に店内に入ってきていたのだ。
「あ、来た!」
画家ってどんな感じなんだろう。きっと顎ひげと口ひげをたくわえた気さくで人柄の良さそうな50代くらいのおじさん……というのを勝手に予想していた盟子は、そのおじさんを迎え入れるべくうきうきと裏口に周る。
けれど画家のおじさんはいつのまにやら勝手に店内に入ってきていたのだ。
「あ、すみません、店長今いないんですけ……」
言いかけて固まった。
2階の物置きスペースから降りてくる階段に、四角いキャンバスを抱えて佇んでいる人がいる。
言いかけて固まった。
2階の物置きスペースから降りてくる階段に、四角いキャンバスを抱えて佇んでいる人がいる。
「も、りやせんせい……!?」
真っ赤なパーカートレーナーと黒のスキニーパンツ。
緩いウェーブヘアの隙間からちらりと片耳だけのピアスを光らせているその人も、盟子を認識してぎょっとしている。
おそらく朋さんの言う「画家の人」であろうその人は、紛れもなく秋羽台高校の美術教師、守谷玲峰だった。