11
ー/ー
「き、桔平くん」
「動くな!」
思わず駆け寄ろうとすると、桔平くんが珍しく大きな声を出す。
「破片……落ちてる」
床を見ると、割れた絵皿の破片が、そこかしこに飛び散っている。危ない。桔平くんが制止してくれなかったら、足の裏を切っちゃうところだった。
急いで玄関へ戻って、シューズボックスに入れているスリッパを履いた。そしてもう1足のスリッパを持って、桔平くんに駆け寄る。
「桔平くん、履いて」
黙ったままスリッパを履く桔平くん。なんだか、目の焦点が合っていないように見える。
血が出ているところを確認すると、右前腕の内側が5cmぐらい切れていた。幸いそこまで深くなくて、出血も大量ではない。ひとまず患部にハンカチを当てて、圧迫した。
「腕、心臓より上げてね」
「……ごめん……」
私の顔を見ずに、桔平くんがぽつりと言った。
「オレ……もう描けねぇ……」
弱々しい声に、胸が痛む。どうしてこうなったかは聞かなかった。顔色も悪いし、きっと寝ていないんだろうな。
「……家に帰ろう? ここじゃ、手当できないから」
アトリエを片付けるのは、あとにしよう。いまはとにかく、落ち着かせてあげたい。
桔平くんの腕を押さえたまま家に帰ったけれど、その間、桔平くんはひと言も発しなかった。消毒するときも、少し顔をしかめるだけ。すごく沁みるはずなのに、声を出す気力もなくしてしまったのかもしれない。傷の手当を終えたあとは、ベッドへ潜り込んでしまった。
この状態で桔平くんをひとりにするわけにはいかないし、アトリエの掃除は明日以降考えよう。今日と明日、バイトが休みでラッキーだったな。
桔平くんの様子を見つつ洗濯物を干していると、スマホの着信音が聞こえた。桔平くんのスマホだ。
当の本人はベッドに潜ったまま、動く様子はない。ベランダから部屋へ入って、ベッド脇に置いているスマホの画面を確認してみた。
「桔平くん、スミレさんからだよ」
社用携帯だから、仕事の話のはず。だけど、桔平くんは布団を被って顔を出さない。大切な用事かもしれないから、私が代わりに応答することにした。
「もしもし、愛茉です……」
「あら、桔平は?」
「えっと……ちょっと席を外してて……」
「そう、じゃあいいわ。特に急ぎの用があったわけじゃなくて、進捗を聞きたかっただけだから」
「あ、あの……そのことなんですけど……」
「いまさら『できません』は通らないわよ。分かっているとは思うけど」
どうしてこの人は、私が言いたいことをすぐに察知するのかな。電話を通しても感じる有無を言わせない圧力に、思わず押し黙ってしまった。
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「動くな!」
思わず駆け寄ろうとすると、桔平くんが珍しく大きな声を出す。
「破片……落ちてる」
床を見ると、割れた絵皿の破片が、そこかしこに飛び散っている。危ない。桔平くんが制止してくれなかったら、足の裏を切っちゃうところだった。
急いで玄関へ戻って、シューズボックスに入れているスリッパを履いた。そしてもう1足のスリッパを持って、桔平くんに駆け寄る。
「桔平くん、履いて」
黙ったままスリッパを履く桔平くん。なんだか、目の焦点が合っていないように見える。
血が出ているところを確認すると、右前腕の内側が5cmぐらい切れていた。幸いそこまで深くなくて、出血も大量ではない。ひとまず患部にハンカチを当てて、圧迫した。
「腕、心臓より上げてね」
「……ごめん……」
私の顔を見ずに、桔平くんがぽつりと言った。
「オレ……もう描けねぇ……」
弱々しい声に、胸が痛む。どうしてこうなったかは聞かなかった。顔色も悪いし、きっと寝ていないんだろうな。
「……家に帰ろう? ここじゃ、手当できないから」
アトリエを片付けるのは、あとにしよう。いまはとにかく、落ち着かせてあげたい。
桔平くんの腕を押さえたまま家に帰ったけれど、その間、桔平くんはひと言も発しなかった。消毒するときも、少し顔をしかめるだけ。すごく沁みるはずなのに、声を出す気力もなくしてしまったのかもしれない。傷の手当を終えたあとは、ベッドへ潜り込んでしまった。
この状態で桔平くんをひとりにするわけにはいかないし、アトリエの掃除は明日以降考えよう。今日と明日、バイトが休みでラッキーだったな。
桔平くんの様子を見つつ洗濯物を干していると、スマホの着信音が聞こえた。桔平くんのスマホだ。
当の本人はベッドに潜ったまま、動く様子はない。ベランダから部屋へ入って、ベッド脇に置いているスマホの画面を確認してみた。
「桔平くん、スミレさんからだよ」
社用携帯だから、仕事の話のはず。だけど、桔平くんは布団を被って顔を出さない。大切な用事かもしれないから、私が代わりに応答することにした。
「もしもし、愛茉です……」
「あら、桔平は?」
「えっと……ちょっと席を外してて……」
「そう、じゃあいいわ。特に急ぎの用があったわけじゃなくて、進捗を聞きたかっただけだから」
「あ、あの……そのことなんですけど……」
「いまさら『できません』は通らないわよ。分かっているとは思うけど」
どうしてこの人は、私が言いたいことをすぐに察知するのかな。電話を通しても感じる有無を言わせない圧力に、思わず押し黙ってしまった。