天界に出かけたジンは、15分ほどでヤンを連れて戻って来た。
「こら、ジン。そんなところを掴んだら歩きにくいではないか」
ヤンは、ジンに首根っこを押さえられ、ぼやきながら歩いている。
「うるさい。お前が逃げようとするからだ」
ヤンを捕まえたままそう言い放ったジンは、左手に一升瓶をぶら下げている。
「ヤンを連れてきたぞ」
ジンはテラスに入ると、ようやくヤンを解放した。
「やれやれ」
ヤンは首をこきこきと左右に動かし、ひとつ息をついた。そして、ユージの存在に気が付くと、
「や、ユージまで来ていたのか」
目を丸くした。
「ヤンさん。お久し振りです」
ユージはぺこりと頭を下げた。
「ヤン。今日は折角だからユージを囲んで酒盛りしようと思ってな」
と、ジンはテーブルの上に持参した一升瓶を置いた。
それを見たクワンが目を輝かせた。
「お、ジムルグの酒じゃないか。どうしたんだね?」
「ついこないだイシュタルが来て、土産に置いて行ったものだ。どうせ吞むなら旨い酒がいいだろ?」
「おお、正に仰る通りだ――ところでユージ君。酒はいける口かね?」
「え、まあ、普通には」
ユージは無難に答えたつもりだった。
「普通か。クワン、一升で足りると思うか?」
「心許ないな。後でうちにある酒を持ってくるとしよう」
ユージの回答を受けて、ジンとクワンが不穏な意見のすり合わせをしている。
(え、ジンさん達の普通って、俺が知ってる普通と違うみたいなんだけど)
目をぱちぱちさせているユージに、
「ユージ、気をつけろよ。ジンはうわばみで、クワンは底なしだからな」
と、ヤンがそっと教えてくれた。
そこへ。
保温ポットとお菓子の入った木製のボウルを持った、七分袖のシャツにデニムのスカートといった出で立ちの少女がテラスに現れた。
「お父様、お待たせしてごめんなさい。ご所望のものをお持ちしました。珈琲とお菓子です」
鈴の鳴るような美しい声だ。
(お父様?クワンさん、娘さんがいるんだ)
何気なくその少女の姿を見たユージは、思わずどきりとした。
(……うわ、この子、めちゃくちゃ可愛い)
すらりと伸びた手足。華奢な身体。結い上げた栗色の長い髪。優しい光をたたえたルビーのような赤い瞳。好みの差こそあれ、誰もが美少女と判定すると断言出来るほどの美貌。年の頃は13、4歳といったところだろうか。
「ありがとう、アルファ。そこのテーブルの上に置いてくれたまえ」
「はい」
アルファと呼ばれた少女は父の言いつけに従った。
(アルファとは変わった名前だな)
と、ユージは思ったが、口に出さずに置いた。
「ヤン小父様、ジン小父様。ようこそお越し下さいました」
アルファの挨拶に、二人の「小父様」は笑顔で応じた。
「おお、アルファ。久しぶりだな」
「アルファ。君も元気そうで何よりだ」
続いて、アルファはユージに視線を移した。少し不思議そうに彼女の瞳が動いた。
「ユージ君。娘のアルファだ。――アルファ、こちらはユージ君といって、私の弟弟子だ」
クワンに紹介され、ユージとアルファはお互いにぺこりと頭を下げた。そして、
「お父様。お父様の弟ということは、こちらの方もユージ小父様、とお呼びするのですか?」
アルファは小首を傾げてそんなことを聞いてきた。
「いや、ユージ君はまだ若いから、どちらかというとお兄さんだな」
「わかりました。では、次回からユージお兄様とお呼びしますね」
アルファはユージに向けてにっこりと微笑んだ。
(お、お兄様って)
美少女に笑顔でそんなことを言われたユージは何だかこそばゆくなって、ただ頷くしかなかった。
「ところでお父様。お酒があるようなので、晩御飯はおつまみ中心でいいですか?」
「そうだな。お前も呑むか?」
クワンが娘に向けてとんでもないことを言い出した。
「あの、クワンさん。アルファちゃん、まだ未成年ですよね?」
思わず声を上げたユージに、アルファはうふふ、と笑った。
「ユージお兄様。私は立派な大人ですので、どうぞご心配なく」
「え、そ、そうなの?」
「アルファは見た目がこうだからな。ユージ君が驚くのも無理はない」
クワンはヤンに珈琲を勧めながら、したり顔で頷いた。
(どう見ても大人には見えないけど、そうなんだ)
ほんのり顔を赤らめたユージをよそに、クワンは娘に指示を出す。
「ではアルファ。美味いつまみを頼む。それから、酒も用意してくれ。お前も呑むとなると、これだけでは到底足りないからな」
どうやら、底なしの娘もまた底なしのようだ。
「わかりました。早速準備しますね」
アルファは頷くと、いそいそとテラスを後にした。