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資料……?

ー/ー



「そう言えば資料が届いたの。机に置いといたから」

 金曜日の夕方。
 帰宅して制服を脱いでいるところへ、キッチンから甘辛い煮物の匂いに乗って母の声が届いた。
「資料?」
 勉強机の上に目をやれば、得体のしれない封筒が盟子の机のど真ん中で存在感を放っている。これが資料というやつだろうか。
 母が既に目を通したらしく口が開いてる。
「中、ちょっと見てごらんよ。色々書いてあるから」
 
 母はせっかちで、何でも自分のペースで物事を進めたがる人だ。
 見てごらんというのは、言葉上はあくまでも勧めている体だけれど、「見なさいよ」という強要のニュアンスで相違ない。たぶん夕食の頃には盟子がその資料とやらを見たという前提で話が勝手に進められていくのだ。
「資料って、何の資料?」
「いいから、見ればわかるわよ」

 そう言われても全然心当たりがない。
 ちらりと中を覗き込んだところへ、わざわざ料理の手をとめて母がやって来た。
小林さん(・・・・)が紹介してくれたのよ。いとこのお姉さんが美大なんですって」
 封筒から引き出したそれは、どうやら予備校の資料のようだった。

 鈴城(すずき)芸術アカデミー、と言うらしい。
 いわゆる「画塾」と言って、美大入試の実技試験に向けてデッサンを始めデザインや彫刻、油絵などの実技を指導してくれる、美大受験に特化した予備校のようだ。

 紹介してくれた「小林さん」とは、同級生の小林雄眞の親のこと。
 親の転勤でここに引っ越してきたのは、盟子がまだ小学生の低学年だった頃。
 その際、このあたりの地主一族であり顔の広い小林家に色々とお世話になった。小林家の次男である雄眞と盟子が同い年だったこともあって、それ以来付き合いが続いている。最近は南緒がやたらと盟子と雄眞をくっつけたがるけれど、家族ぐるみの友達という以上のものはない。

 そして今回も、雄眞の親が世話を焼いてくれたということらしい。

「えーと」
 それでどうして、雄眞の親が盟子に美大の予備校なんか勧めてくれたりするのだろうか。色々意味が解らない。
 怪訝に思いながら電気をつけて資料をパラパラとめくると、白い胸像のデッサンがいくつも載っていた。同じような年齢の子が描いたとは到底思えないような緻密な筆致と立体感が衝撃的だ。
「へぇ、うまいんだなぁ」
 素直にそう思う。
 鉛筆でこれを描くのかと思ったら、下に小さく「ブルータス、木炭」と書いてある。
 ブルータスというのがどうもこの胸像の名前で、木炭で描いたということらしい。画材すら良く知らないけれど、とても上手いことだけは理解できる。
 できる、けれど。

……この時点では、盟子はまだ知る由もなかった。

 この資料の裏に、誰のどんな思惑が蠢いているのか、なんてこと。



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「そう言えば資料が届いたの。机に置いといたから」
 金曜日の夕方。 帰宅して制服を脱いでいるところへ、キッチンから甘辛い煮物の匂いに乗って母の声が届いた。
「資料?」
 勉強机の上に目をやれば、得体のしれない封筒が盟子の机のど真ん中で存在感を放っている。これが資料というやつだろうか。
 母が既に目を通したらしく口が開いてる。
「中、ちょっと見てごらんよ。色々書いてあるから」
 母はせっかちで、何でも自分のペースで物事を進めたがる人だ。
 見てごらんというのは、言葉上はあくまでも勧めている体だけれど、「見なさいよ」という強要のニュアンスで相違ない。たぶん夕食の頃には盟子がその資料とやらを見たという前提で話が勝手に進められていくのだ。
「資料って、何の資料?」
「いいから、見ればわかるわよ」
 そう言われても全然心当たりがない。
 ちらりと中を覗き込んだところへ、わざわざ料理の手をとめて母がやって来た。
「|小林さん《・・・・》が紹介してくれたのよ。いとこのお姉さんが美大なんですって」
 封筒から引き出したそれは、どうやら予備校の資料のようだった。
 |鈴城《すずき》芸術アカデミー、と言うらしい。
 いわゆる「画塾」と言って、美大入試の実技試験に向けてデッサンを始めデザインや彫刻、油絵などの実技を指導してくれる、美大受験に特化した予備校のようだ。
 紹介してくれた「小林さん」とは、同級生の小林雄眞の親のこと。
 親の転勤でここに引っ越してきたのは、盟子がまだ小学生の低学年だった頃。
 その際、このあたりの地主一族であり顔の広い小林家に色々とお世話になった。小林家の次男である雄眞と盟子が同い年だったこともあって、それ以来付き合いが続いている。最近は南緒がやたらと盟子と雄眞をくっつけたがるけれど、家族ぐるみの友達という以上のものはない。
 そして今回も、雄眞の親が世話を焼いてくれたということらしい。
「えーと」
 それでどうして、雄眞の親が盟子に美大の予備校なんか勧めてくれたりするのだろうか。色々意味が解らない。
 怪訝に思いながら電気をつけて資料をパラパラとめくると、白い胸像のデッサンがいくつも載っていた。同じような年齢の子が描いたとは到底思えないような緻密な筆致と立体感が衝撃的だ。
「へぇ、うまいんだなぁ」
 素直にそう思う。
 鉛筆でこれを描くのかと思ったら、下に小さく「ブルータス、木炭」と書いてある。
 ブルータスというのがどうもこの胸像の名前で、木炭で描いたということらしい。画材すら良く知らないけれど、とても上手いことだけは理解できる。
 できる、けれど。
……この時点では、盟子はまだ知る由もなかった。
 この資料の裏に、誰のどんな思惑が蠢いているのか、なんてこと。