春色の授業
ー/ー『守谷玲峰』
3時間目に美術室に入ると、まだ主のいない美術室の黒板にはそう書かれていた。
文字そのものはなんとか書体のように整って美しいのだ。けれど、アホかというほどに巨大なサイズで。
そして漢字の上にはご親切にも「もりや れいほう」とかなが振ってある。
チャイムが鳴ると、その名の持ち主が隣の準備室から登場する。
ドタバタ音をたてない足運びはやっぱり優雅だった。すっと伸びたうなじから背中にかけての曲線がとても美しい。つい見とれてしまう程に。
「こんにちわぁ」
かと思ったらばぁんと、黒板の巨大な名前の横に白い手が置かれ、艶やかなローズレッドの唇が妖しく弧を描いた。人を殺したようだと言われた爪はベージュかトップコートだけにしたようだ。
「はいみんな黒板見えてるね? 守谷玲峰でぇす。んーと、玲峰先生って呼んでくださいね、守谷って呼んでも返事しないから。苗字あんま好きじゃないの。ではではそーんな感じで一年間よろしくお願いしまーすぅ」
しーん。
なんだかよくわからないけれど有無を言わせない圧倒的なオーラに生徒たちは黙りこくった。
雑だ。新任の初回授業の挨拶にしては雑過ぎる。
しかも若いんだし、もうちょっと初々しく緊張してみせたらどうなんだって話だ。
結局のところ、盟子は美術を選択することになった。
芸術科目は他に音楽と書道があって、音楽にでもしようかと思っていたのだけれど、盟子を最大限利用したい南緒に押し切られた形だった。
守谷はと言えば今日は白いシャツに深いワインレッドのチノパンを合わせ、黒いシンプルなジャケットをひっかけたカリスマ美容師風スタイル。足元は若者っぽいスニーカー。
身だしなみのことで磯部女帝に叱られたせいかどうか、以降はややきれいめな格好に落ち着いている。けれどその洗練されたお洒落な出で立ちはやっぱり学校の先生っぽくないし、画材の匂いが染みついた美術室にはなじまない。
「やっだーみんな緊張しちゃってるー? もしかして」
極めつけはその口調。
誰も口にも顔にも出さないけれど、おそらく教室の全員が頭の中でそのことを考えているはず。この人は一体何者なのか、一年間、生徒としてどういう態度で臨むのが正解なのか。
生徒には生徒の出方というものがあるわけで。
「オネェさん?」
誰かが小声で言ったその言葉が静まり返った教室にやたらと響き渡ってしまい、ひぃぃ……と皆身を固くする。
沈黙が恐ろしい。いきなりブチ切れる先生だったとしたら。
しかし守谷は華麗に沈黙をスルーして、にこやかにプリントを配りだした。
3時間目に美術室に入ると、まだ主のいない美術室の黒板にはそう書かれていた。
文字そのものはなんとか書体のように整って美しいのだ。けれど、アホかというほどに巨大なサイズで。
そして漢字の上にはご親切にも「もりや れいほう」とかなが振ってある。
チャイムが鳴ると、その名の持ち主が隣の準備室から登場する。
ドタバタ音をたてない足運びはやっぱり優雅だった。すっと伸びたうなじから背中にかけての曲線がとても美しい。つい見とれてしまう程に。
「こんにちわぁ」
かと思ったらばぁんと、黒板の巨大な名前の横に白い手が置かれ、艶やかなローズレッドの唇が妖しく弧を描いた。人を殺したようだと言われた爪はベージュかトップコートだけにしたようだ。
「はいみんな黒板見えてるね? 守谷玲峰でぇす。んーと、玲峰先生って呼んでくださいね、守谷って呼んでも返事しないから。苗字あんま好きじゃないの。ではではそーんな感じで一年間よろしくお願いしまーすぅ」
しーん。
なんだかよくわからないけれど有無を言わせない圧倒的なオーラに生徒たちは黙りこくった。
雑だ。新任の初回授業の挨拶にしては雑過ぎる。
しかも若いんだし、もうちょっと初々しく緊張してみせたらどうなんだって話だ。
結局のところ、盟子は美術を選択することになった。
芸術科目は他に音楽と書道があって、音楽にでもしようかと思っていたのだけれど、盟子を最大限利用したい南緒に押し切られた形だった。
守谷はと言えば今日は白いシャツに深いワインレッドのチノパンを合わせ、黒いシンプルなジャケットをひっかけたカリスマ美容師風スタイル。足元は若者っぽいスニーカー。
身だしなみのことで磯部女帝に叱られたせいかどうか、以降はややきれいめな格好に落ち着いている。けれどその洗練されたお洒落な出で立ちはやっぱり学校の先生っぽくないし、画材の匂いが染みついた美術室にはなじまない。
「やっだーみんな緊張しちゃってるー? もしかして」
極めつけはその口調。
誰も口にも顔にも出さないけれど、おそらく教室の全員が頭の中でそのことを考えているはず。この人は一体何者なのか、一年間、生徒としてどういう態度で臨むのが正解なのか。
生徒には生徒の出方というものがあるわけで。
「オネェさん?」
誰かが小声で言ったその言葉が静まり返った教室にやたらと響き渡ってしまい、ひぃぃ……と皆身を固くする。
沈黙が恐ろしい。いきなりブチ切れる先生だったとしたら。
しかし守谷は華麗に沈黙をスルーして、にこやかにプリントを配りだした。
そうこうしているうちに課題の説明が始まる。喋り口は落ち着いてハスキーなアルト声。普通にしていたらそれなりにカッコいいのに、色々残念ではある。
「4月、5月にかけて、レタリングってゆーのをやりまーす」
プリントを説明する様は卒なく教師じみていて、話も真面目で、それが逆に妙だった。生徒たちもまだ厳戒態勢を解かず、黙りこくって一言一句を聞いている。発信されるすべての情報をもらさず受信しようとして。
「なーんかみんなおとなしいけどぉー、美術の授業なんですからぁ、楽しくやりましょね! 解んないことあったらじゃんじゃん聞いちゃってー」
生徒たちはそれとなく視線を交わし合う。思ったよりもラフで力の抜けた雰囲気に、少しずつ緊張も緩み始めてる。
配られた下書き用紙を前に、隣近所とあーでもないこーでもないと相談しながらアイデアを走らせていると、何となく美術の授業らしくなってはきた。
*
「玲峰センセ、何歳ですかぁ」
「うふふ、いくつに見えるぅ?」
頬杖をつく仕草が無駄に艶っぽい。
「24?」
「26?」
2時間続く美術の授業の休み時間に早速女子勢が守谷を取り囲んでいるのは、どうやら多少絡んでも大丈夫だという判定が降りたせいらしかった。そして女子たちの中心には当然ながら南緒が陣取っている。
「答えはぁ、今年で25になりまーす。皆よりちょーっとだけ年上ってカンジかなっ」
興味はないと思いながら会話が聞こえてしまう。25歳というのはここの高校では多分一番若いはずだ。
「玲峰先生って美大出身?」
「はーい。デザイン科でした!」
「うそ! じゃあ絵うまいんでしょ?」
「めっちゃうまいよー!」
「みせてみせて!」
「うふふ、今度ねー」
若いくせに大勢の女子に囲まれて平然と笑っているあたり、妙に手慣れている感がある。盟子の中で守谷に対して「軽い」「チャラい」という要素が更に付加された。
「玲峰先生、恋愛対象は男? 女?」
南緒の声が聞こえ、これにはさすがに盟子もドキッとせずにはいられない。
「4月、5月にかけて、レタリングってゆーのをやりまーす」
プリントを説明する様は卒なく教師じみていて、話も真面目で、それが逆に妙だった。生徒たちもまだ厳戒態勢を解かず、黙りこくって一言一句を聞いている。発信されるすべての情報をもらさず受信しようとして。
「なーんかみんなおとなしいけどぉー、美術の授業なんですからぁ、楽しくやりましょね! 解んないことあったらじゃんじゃん聞いちゃってー」
生徒たちはそれとなく視線を交わし合う。思ったよりもラフで力の抜けた雰囲気に、少しずつ緊張も緩み始めてる。
配られた下書き用紙を前に、隣近所とあーでもないこーでもないと相談しながらアイデアを走らせていると、何となく美術の授業らしくなってはきた。
*
「玲峰センセ、何歳ですかぁ」
「うふふ、いくつに見えるぅ?」
頬杖をつく仕草が無駄に艶っぽい。
「24?」
「26?」
2時間続く美術の授業の休み時間に早速女子勢が守谷を取り囲んでいるのは、どうやら多少絡んでも大丈夫だという判定が降りたせいらしかった。そして女子たちの中心には当然ながら南緒が陣取っている。
「答えはぁ、今年で25になりまーす。皆よりちょーっとだけ年上ってカンジかなっ」
興味はないと思いながら会話が聞こえてしまう。25歳というのはここの高校では多分一番若いはずだ。
「玲峰先生って美大出身?」
「はーい。デザイン科でした!」
「うそ! じゃあ絵うまいんでしょ?」
「めっちゃうまいよー!」
「みせてみせて!」
「うふふ、今度ねー」
若いくせに大勢の女子に囲まれて平然と笑っているあたり、妙に手慣れている感がある。盟子の中で守谷に対して「軽い」「チャラい」という要素が更に付加された。
「玲峰先生、恋愛対象は男? 女?」
南緒の声が聞こえ、これにはさすがに盟子もドキッとせずにはいられない。
そんな下世話なことを訊く南緒も南緒だけれど、そういうことを想起させる態度も問題だ。そうして、つい聞き耳を立ててしまう自分も。
「ひ・み・つ」
「えー気になる!」
「ご想像におまかせしちゃう」
南緒も大概だけれどかわし方も慣れたもの。こりゃ南緒が簡単に落とせるような相手ではないのかも……なんて考えが脳裏をよぎって、いやいや私ったら何を邪なこと考えてるんだろうと盟子は頭を振った。こんなに疲れる美術は初めてだ。
そのうちにチャイムがなって、皆わらわらと席について授業が再開された。
刻々と作業時間が流れていく。誰かが開けた窓から体育の授業の掛け声が聞こえている。
ひたすらに平穏だ。
高校二年の始まりはどうしようもなく凪いでいて、まるで春色の一枚の絵の中で時が静止したかのようだった。いつしかこの瞬間が過去になって懐かしく思い出される日が来ることには、まだ思いが及ばない。
カタン、と鉛筆が転がった。集中が途切れ、盟子は顔をあげた。生徒に助言をする守谷を遠目に観察する。左目の下に小さい泣き黒子があることに気付く。探るような盟子の視線を、守谷はまだ気付いてないみたいだ。
まっすぐ生徒に向かうその眼差しはチャラくも軽くもなく、見間違いでなければ意外にも誠実で優しそう、な気がした。
「ひ・み・つ」
「えー気になる!」
「ご想像におまかせしちゃう」
南緒も大概だけれどかわし方も慣れたもの。こりゃ南緒が簡単に落とせるような相手ではないのかも……なんて考えが脳裏をよぎって、いやいや私ったら何を邪なこと考えてるんだろうと盟子は頭を振った。こんなに疲れる美術は初めてだ。
そのうちにチャイムがなって、皆わらわらと席について授業が再開された。
刻々と作業時間が流れていく。誰かが開けた窓から体育の授業の掛け声が聞こえている。
ひたすらに平穏だ。
高校二年の始まりはどうしようもなく凪いでいて、まるで春色の一枚の絵の中で時が静止したかのようだった。いつしかこの瞬間が過去になって懐かしく思い出される日が来ることには、まだ思いが及ばない。
カタン、と鉛筆が転がった。集中が途切れ、盟子は顔をあげた。生徒に助言をする守谷を遠目に観察する。左目の下に小さい泣き黒子があることに気付く。探るような盟子の視線を、守谷はまだ気付いてないみたいだ。
まっすぐ生徒に向かうその眼差しはチャラくも軽くもなく、見間違いでなければ意外にも誠実で優しそう、な気がした。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
『守谷玲峰』
3時間目に美術室に入ると、まだ主のいない美術室の黒板にはそう書かれていた。
文字そのものはなんとか書体のように整って美しいのだ。けれど、アホかというほどに巨大なサイズで。
そして漢字の上にはご親切にも「もりや れいほう」とかなが振ってある。
文字そのものはなんとか書体のように整って美しいのだ。けれど、アホかというほどに巨大なサイズで。
そして漢字の上にはご親切にも「もりや れいほう」とかなが振ってある。
チャイムが鳴ると、その名の持ち主が隣の準備室から登場する。
ドタバタ音をたてない足運びはやっぱり優雅だった。すっと伸びたうなじから背中にかけての曲線がとても美しい。つい見とれてしまう程に。
ドタバタ音をたてない足運びはやっぱり優雅だった。すっと伸びたうなじから背中にかけての曲線がとても美しい。つい見とれてしまう程に。
「こんにちわぁ」
かと思ったらばぁんと、黒板の巨大な名前の横に白い手が置かれ、艶やかなローズレッドの唇が妖しく弧を描いた。人を殺したようだと言われた爪はベージュかトップコートだけにしたようだ。
「はいみんな黒板見えてるね? 守谷玲峰でぇす。んーと、玲峰先生って呼んでくださいね、守谷って呼んでも返事しないから。苗字あんま好きじゃないの。ではではそーんな感じで一年間よろしくお願いしまーすぅ」
しーん。
なんだかよくわからないけれど有無を言わせない圧倒的なオーラに生徒たちは黙りこくった。
雑だ。新任の初回授業の挨拶にしては雑過ぎる。
しかも若いんだし、もうちょっと初々しく緊張してみせたらどうなんだって話だ。
かと思ったらばぁんと、黒板の巨大な名前の横に白い手が置かれ、艶やかなローズレッドの唇が妖しく弧を描いた。人を殺したようだと言われた爪はベージュかトップコートだけにしたようだ。
「はいみんな黒板見えてるね? 守谷玲峰でぇす。んーと、玲峰先生って呼んでくださいね、守谷って呼んでも返事しないから。苗字あんま好きじゃないの。ではではそーんな感じで一年間よろしくお願いしまーすぅ」
しーん。
なんだかよくわからないけれど有無を言わせない圧倒的なオーラに生徒たちは黙りこくった。
雑だ。新任の初回授業の挨拶にしては雑過ぎる。
しかも若いんだし、もうちょっと初々しく緊張してみせたらどうなんだって話だ。
結局のところ、盟子は美術を選択することになった。
芸術科目は他に音楽と書道があって、音楽にでもしようかと思っていたのだけれど、盟子を最大限利用したい南緒に押し切られた形だった。
芸術科目は他に音楽と書道があって、音楽にでもしようかと思っていたのだけれど、盟子を最大限利用したい南緒に押し切られた形だった。
守谷はと言えば今日は白いシャツに深いワインレッドのチノパンを合わせ、黒いシンプルなジャケットをひっかけたカリスマ美容師風スタイル。足元は若者っぽいスニーカー。
身だしなみのことで磯部女帝に叱られたせいかどうか、以降はややきれいめな格好に落ち着いている。けれどその洗練されたお洒落な出で立ちはやっぱり学校の先生っぽくないし、画材の匂いが染みついた美術室にはなじまない。
身だしなみのことで磯部女帝に叱られたせいかどうか、以降はややきれいめな格好に落ち着いている。けれどその洗練されたお洒落な出で立ちはやっぱり学校の先生っぽくないし、画材の匂いが染みついた美術室にはなじまない。
「やっだーみんな緊張しちゃってるー? もしかして」
極めつけはその口調。
誰も口にも顔にも出さないけれど、おそらく教室の全員が頭の中でそのことを考えているはず。この人は一体何者なのか、一年間、生徒としてどういう態度で臨むのが正解なのか。
生徒には生徒の出方というものがあるわけで。
誰も口にも顔にも出さないけれど、おそらく教室の全員が頭の中でそのことを考えているはず。この人は一体何者なのか、一年間、生徒としてどういう態度で臨むのが正解なのか。
生徒には生徒の出方というものがあるわけで。
「オネェさん?」
誰かが小声で言ったその言葉が静まり返った教室にやたらと響き渡ってしまい、ひぃぃ……と皆身を固くする。
沈黙が恐ろしい。いきなりブチ切れる先生だったとしたら。
しかし守谷は華麗に沈黙をスルーして、にこやかにプリントを配りだした。 そうこうしているうちに課題の説明が始まる。喋り口は落ち着いてハスキーなアルト声。普通にしていたらそれなりにカッコいいのに、色々残念ではある。
誰かが小声で言ったその言葉が静まり返った教室にやたらと響き渡ってしまい、ひぃぃ……と皆身を固くする。
沈黙が恐ろしい。いきなりブチ切れる先生だったとしたら。
しかし守谷は華麗に沈黙をスルーして、にこやかにプリントを配りだした。 そうこうしているうちに課題の説明が始まる。喋り口は落ち着いてハスキーなアルト声。普通にしていたらそれなりにカッコいいのに、色々残念ではある。
「4月、5月にかけて、レタリングってゆーのをやりまーす」
プリントを説明する様は卒なく教師じみていて、話も真面目で、それが逆に妙だった。生徒たちもまだ厳戒態勢を解かず、黙りこくって一言一句を聞いている。発信されるすべての情報をもらさず受信しようとして。
プリントを説明する様は卒なく教師じみていて、話も真面目で、それが逆に妙だった。生徒たちもまだ厳戒態勢を解かず、黙りこくって一言一句を聞いている。発信されるすべての情報をもらさず受信しようとして。
「なーんかみんなおとなしいけどぉー、美術の授業なんですからぁ、楽しくやりましょね! 解んないことあったらじゃんじゃん聞いちゃってー」
生徒たちはそれとなく視線を交わし合う。思ったよりもラフで力の抜けた雰囲気に、少しずつ緊張も緩み始めてる。
配られた下書き用紙を前に、隣近所とあーでもないこーでもないと相談しながらアイデアを走らせていると、何となく美術の授業らしくなってはきた。
生徒たちはそれとなく視線を交わし合う。思ったよりもラフで力の抜けた雰囲気に、少しずつ緊張も緩み始めてる。
配られた下書き用紙を前に、隣近所とあーでもないこーでもないと相談しながらアイデアを走らせていると、何となく美術の授業らしくなってはきた。
*
「玲峰センセ、何歳ですかぁ」
「うふふ、いくつに見えるぅ?」
頬杖をつく仕草が無駄に艶っぽい。
「24?」
「26?」
「うふふ、いくつに見えるぅ?」
頬杖をつく仕草が無駄に艶っぽい。
「24?」
「26?」
2時間続く美術の授業の休み時間に早速女子勢が守谷を取り囲んでいるのは、どうやら多少絡んでも大丈夫だという判定が降りたせいらしかった。そして女子たちの中心には当然ながら南緒が陣取っている。
「答えはぁ、今年で25になりまーす。皆よりちょーっとだけ年上ってカンジかなっ」
興味はないと思いながら会話が聞こえてしまう。25歳というのはここの高校では多分一番若いはずだ。
興味はないと思いながら会話が聞こえてしまう。25歳というのはここの高校では多分一番若いはずだ。
「玲峰先生って美大出身?」
「はーい。デザイン科でした!」
「うそ! じゃあ絵うまいんでしょ?」
「めっちゃうまいよー!」
「みせてみせて!」
「うふふ、今度ねー」
若いくせに大勢の女子に囲まれて平然と笑っているあたり、妙に手慣れている感がある。盟子の中で守谷に対して「軽い」「チャラい」という要素が更に付加された。
「はーい。デザイン科でした!」
「うそ! じゃあ絵うまいんでしょ?」
「めっちゃうまいよー!」
「みせてみせて!」
「うふふ、今度ねー」
若いくせに大勢の女子に囲まれて平然と笑っているあたり、妙に手慣れている感がある。盟子の中で守谷に対して「軽い」「チャラい」という要素が更に付加された。
「玲峰先生、恋愛対象は男? 女?」
南緒の声が聞こえ、これにはさすがに盟子もドキッとせずにはいられない。
南緒の声が聞こえ、これにはさすがに盟子もドキッとせずにはいられない。
そんな下世話なことを訊く南緒も南緒だけれど、そういうことを想起させる態度も問題だ。そうして、つい聞き耳を立ててしまう自分も。
「ひ・み・つ」
「えー気になる!」
「ご想像におまかせしちゃう」
南緒も大概だけれどかわし方も慣れたもの。こりゃ南緒が簡単に落とせるような相手ではないのかも……なんて考えが脳裏をよぎって、いやいや私ったら何を邪なこと考えてるんだろうと盟子は頭を振った。こんなに疲れる美術は初めてだ。
「えー気になる!」
「ご想像におまかせしちゃう」
南緒も大概だけれどかわし方も慣れたもの。こりゃ南緒が簡単に落とせるような相手ではないのかも……なんて考えが脳裏をよぎって、いやいや私ったら何を邪なこと考えてるんだろうと盟子は頭を振った。こんなに疲れる美術は初めてだ。
そのうちにチャイムがなって、皆わらわらと席について授業が再開された。
刻々と作業時間が流れていく。誰かが開けた窓から体育の授業の掛け声が聞こえている。
刻々と作業時間が流れていく。誰かが開けた窓から体育の授業の掛け声が聞こえている。
ひたすらに平穏だ。
高校二年の始まりはどうしようもなく凪いでいて、まるで春色の一枚の絵の中で時が静止したかのようだった。いつしかこの瞬間が過去になって懐かしく思い出される日が来ることには、まだ思いが及ばない。
カタン、と鉛筆が転がった。集中が途切れ、盟子は顔をあげた。生徒に助言をする守谷を遠目に観察する。左目の下に小さい泣き黒子があることに気付く。探るような盟子の視線を、守谷はまだ気付いてないみたいだ。
カタン、と鉛筆が転がった。集中が途切れ、盟子は顔をあげた。生徒に助言をする守谷を遠目に観察する。左目の下に小さい泣き黒子があることに気付く。探るような盟子の視線を、守谷はまだ気付いてないみたいだ。
まっすぐ生徒に向かうその眼差しはチャラくも軽くもなく、見間違いでなければ意外にも誠実で優しそう、な気がした。