表示設定
表示設定
目次 目次




地球外生命体お兄さん

ー/ー



 明らかに学校関係者ではなさそうな見慣れないお兄さんを、職員室の前で目撃した。朝の登校時間帯。
 その人がやけに目についたのは、何やら主張の強いオーラを全身から放っているせいだ。卒業生かな?なんて。盟子はのんきに考えていたのだけれど。

「ちょっとちょっとちょっとちょっと! 喧嘩売っちゃってるー? もしかして」
 朝の静謐なひとときをぶった切って、廊下の端から端をただごとじゃない爆声が貫く。
「何? 何? 何だって言うのその格好は!」 
 声が飛んだすぐ後に本体が、ものすごい風圧で通り過ぎていく。そのお兄さんに向かって。
 肉厚な肩、拡声器を使わないのに拡声器レベルの声量、いちいちパーツが濃くて大きい顔。秋羽台高校の女帝こと、生徒指導で数学教師の磯部芳江(いそべよしえ)先生だ。

「はい胸元開き過ぎねー」
「うわ破れたジーパンみっともなっ」
「ピアスって授業に必要かなぁ?」
「爪!」

 まるで地球外生命体でも発見したような騒動に、その場に居合わせた生徒たちは例外なく全員フリーズしていた。盟子もその中の一人だった。
 
「あれってさぁ」 
 後ろで誰かがこそっとこぼす。
「美術の先生じゃね? 新しく来た」
 え!? 
 それを聞いた盟子は、慌てて地球外生命体こと見慣れないお兄さんに目を凝らす。

「はいイエローカード4枚! 退場!」
「ちっ」
 そうこうするうちにその地球外生命体お兄さんは退場を喰らい、大胆不敵にも女帝対して舌打ちをかました。生徒たちは予期せぬ展開に更にフリーズする他ない。
 そりゃあそうだ。校風といえば「真面目」「堅実」のこの学校にあって、新年度早々女帝の集中砲火を浴びているそのターゲットが生徒ではない(・・・・・・)ともなれば。

 見ればお兄さんの服装はオーバルネックのメッシュニットで首筋を大きく露出し、下はダメージデニムを合わせている。左耳にはスパイダーモチーフのスタッドピアスがきらり。オーバーサイズの萌え袖からのぞくのは滴りそうに艶のあるボルドーのネイル。
 ファッション誌から抜け出てきたようなお洒落でスタイリッシュなコーディネイトは、たぶん背景が表参道だったら違和感なかったんだろう。
 けれどここは、真面目高校の職員室前の廊下というシチュエーションなので。

「あんのぉー、注意する相手とか間違ってませんー? あたし生徒じゃないんですけどぉ」
 美術担当の新任教師、守谷玲峰(もりや れいほう)が口を開いた。悪びれた様子は一切ない。それどころかインパクトたっぷりのボルドーの爪で挑発的に前髪をかきあげたりしている。始業式のイメージと違いすぎて、盟子は頭がついて行かない。
「うちの生徒は大概真面目なのよ! あんた先生つーならもう少し小ぎれいな格好してらっしゃい!」
「え”ーーー」

 多分あれさ、と誰かがまた後ろで囁いた。ここのカーストとかまだ解ってないんじゃね?と。
 そうかもしれない。校長以上の権力を誇る女帝に盾突いたら、この世界(学校)では生きていけないのに。卒業式では教育委員会の人の肩をバンバン叩きながらゲラゲラ笑って、ぺこぺこ頭を下げられていたところも目撃されているほどだ。

「それにあんた何だっていうの! 男のくせにその目は!」
 今度言われているのは瞼を彩るアイスブルーのアイシャドウだ。
「ふふ、似合いますー? あたしの目の雰囲気だと寒色系のさし色が良いかなーって」
「いやそういう問題じゃないのね」
 少したれ目の艶っぽい目元に一筋、クールな色味。
 涼やかできれいだ、と盟子は思った。似合うか似合わないかで言えば、正直なところよく似合っているのだ。
 ただしそれが本校の美術の先生、しかも男だとしたら話は別であって。

「だってあたしほら、一応美術教師だし? 美を追求するのは当然じゃない? ってゆーかぁ」
 磯部先生だって人のこと言えなくない?と、守谷は言い出した。
 確かに磯部もアイシャドウを塗っているし、大ぶりのイヤリングをつけている。でもそれはこの年代のおばさんとしてはごく普通と言える程度のもので、だとしてもそのあたりの繊細な問題にどう言及すればいいのか、生徒たちも固唾を飲んで見守っている。誰かが一歩でも動けばこの場の均衡が崩れそうで、盟子も動けなかった。

「あんたは男でしょっ」
 ついに磯部がぴしゃりと言ってしまい、空気が固まった。
 それはたぶんここにいる誰もが感じていたことだ。メイクに言葉遣い。この人は男?女?その中間?
 盟子だってもちろん偏見はないし、個人の自由だと思う。ただ、生まれて初めて目の前でそういう人を見て、何か別種の生き物みたいだと感じた。四角い肩と平坦な胸元はやっぱり男の人で、でもごつごつした感じが全然なくて、ほっそりしてしなやかで、優美で。

「やだぁ! 今時そういう発言は時流に逆らってると思うんですけどぉ」
「あらそう。じゃあそれはいいとして、ピアスは片っぽ失くしちゃったのかしら? みっともないから両耳か付けないかどちらかにしなさいね?」
 あとその人殺したみたいな爪はもっと地味な色で、穴開いた服は学校の品格に関わるからNG、いい?わかった?わかったの?と磯部が一気にまくし立てる。
「特にその爪はすぐにどうにかして。ここは外部の人も生徒の保護者も出入りしますからね。除光液はあるの?」
「んなもん持ってますー」
 心底面倒くさそうな顔を隠そうともせずに守谷が応じた。

「とにかく打ち合わせまでに着替えてくる!」
「……はいはいはーい」
「返事は一回でよろしい! 服なかったら私のジャージ貸してあげるわよ?」
「あります! これは通勤用の服なんだから!」

 最後の方はコントみたいになりながら、守谷はぶつくさと美術準備室の方に引き返して行った。
 これはどっちが勝ったのだろうか?などと考えながら、盟子の目は思わずその後姿に吸い寄せられる。脊椎の存在を感じるまっすぐな背中と、肩を揺らさない足運び。それがもう魔性というほどに美しくて。

 守谷が階段の踊り場に消えると、それを合図にフリーズしていた生徒達も動き出した。
 
――変な先生。まあ私には関係な……

 ここで盟子は思い出した。  
 関係なくはない。それどころか大ありで、たった今大問題が発生したのだ。
 今年の芸術科目の選択は美術どうしよう!?ってことだ。




次のエピソードへ進む 南緒


みんなのリアクション

 明らかに学校関係者ではなさそうな見慣れないお兄さんを、職員室の前で目撃した。朝の登校時間帯。
 その人がやけに目についたのは、何やら主張の強いオーラを全身から放っているせいだ。卒業生かな?なんて。盟子はのんきに考えていたのだけれど。
「ちょっとちょっとちょっとちょっと! 喧嘩売っちゃってるー? もしかして」
 朝の静謐なひとときをぶった切って、廊下の端から端をただごとじゃない爆声が貫く。
「何? 何? 何だって言うのその格好は!」 
 声が飛んだすぐ後に本体が、ものすごい風圧で通り過ぎていく。そのお兄さんに向かって。
 肉厚な肩、拡声器を使わないのに拡声器レベルの声量、いちいちパーツが濃くて大きい顔。秋羽台高校の女帝こと、生徒指導で数学教師の|磯部芳江《いそべよしえ》先生だ。
「はい胸元開き過ぎねー」
「うわ破れたジーパンみっともなっ」
「ピアスって授業に必要かなぁ?」
「爪!」
 まるで地球外生命体でも発見したような騒動に、その場に居合わせた生徒たちは例外なく全員フリーズしていた。盟子もその中の一人だった。
「あれってさぁ」 
 後ろで誰かがこそっとこぼす。
「美術の先生じゃね? 新しく来た」
 え!? 
 それを聞いた盟子は、慌てて地球外生命体こと見慣れないお兄さんに目を凝らす。
「はいイエローカード4枚! 退場!」
「ちっ」
 そうこうするうちにその地球外生命体お兄さんは退場を喰らい、大胆不敵にも女帝対して舌打ちをかました。生徒たちは予期せぬ展開に更にフリーズする他ない。
 そりゃあそうだ。校風といえば「真面目」「堅実」のこの学校にあって、新年度早々女帝の集中砲火を浴びているそのターゲットが|生徒ではない《・・・・・・》ともなれば。
 見ればお兄さんの服装はオーバルネックのメッシュニットで首筋を大きく露出し、下はダメージデニムを合わせている。左耳にはスパイダーモチーフのスタッドピアスがきらり。オーバーサイズの萌え袖からのぞくのは滴りそうに艶のあるボルドーのネイル。
 ファッション誌から抜け出てきたようなお洒落でスタイリッシュなコーディネイトは、たぶん背景が表参道だったら違和感なかったんだろう。
 けれどここは、真面目高校の職員室前の廊下というシチュエーションなので。
「あんのぉー、注意する相手とか間違ってませんー? あたし生徒じゃないんですけどぉ」
 美術担当の新任教師、|守谷玲峰《もりや れいほう》が口を開いた。悪びれた様子は一切ない。それどころかインパクトたっぷりのボルドーの爪で挑発的に前髪をかきあげたりしている。始業式のイメージと違いすぎて、盟子は頭がついて行かない。
「うちの生徒は大概真面目なのよ! あんた先生つーならもう少し小ぎれいな格好してらっしゃい!」
「え”ーーー」
 多分あれさ、と誰かがまた後ろで囁いた。ここのカーストとかまだ解ってないんじゃね?と。
 そうかもしれない。校長以上の権力を誇る女帝に盾突いたら、この|世界《学校》では生きていけないのに。卒業式では教育委員会の人の肩をバンバン叩きながらゲラゲラ笑って、ぺこぺこ頭を下げられていたところも目撃されているほどだ。
「それにあんた何だっていうの! 男のくせにその目は!」
 今度言われているのは瞼を彩るアイスブルーのアイシャドウだ。
「ふふ、似合いますー? あたしの目の雰囲気だと寒色系のさし色が良いかなーって」
「いやそういう問題じゃないのね」
 少したれ目の艶っぽい目元に一筋、クールな色味。
 涼やかできれいだ、と盟子は思った。似合うか似合わないかで言えば、正直なところよく似合っているのだ。
 ただしそれが本校の美術の先生、しかも男だとしたら話は別であって。
「だってあたしほら、一応美術教師だし? 美を追求するのは当然じゃない? ってゆーかぁ」
 磯部先生だって人のこと言えなくない?と、守谷は言い出した。
 確かに磯部もアイシャドウを塗っているし、大ぶりのイヤリングをつけている。でもそれはこの年代のおばさんとしてはごく普通と言える程度のもので、だとしてもそのあたりの繊細な問題にどう言及すればいいのか、生徒たちも固唾を飲んで見守っている。誰かが一歩でも動けばこの場の均衡が崩れそうで、盟子も動けなかった。
「あんたは男でしょっ」
 ついに磯部がぴしゃりと言ってしまい、空気が固まった。
 それはたぶんここにいる誰もが感じていたことだ。メイクに言葉遣い。この人は男?女?その中間?
 盟子だってもちろん偏見はないし、個人の自由だと思う。ただ、生まれて初めて目の前でそういう人を見て、何か別種の生き物みたいだと感じた。四角い肩と平坦な胸元はやっぱり男の人で、でもごつごつした感じが全然なくて、ほっそりしてしなやかで、優美で。
「やだぁ! 今時そういう発言は時流に逆らってると思うんですけどぉ」
「あらそう。じゃあそれはいいとして、ピアスは片っぽ失くしちゃったのかしら? みっともないから両耳か付けないかどちらかにしなさいね?」
 あとその人殺したみたいな爪はもっと地味な色で、穴開いた服は学校の品格に関わるからNG、いい?わかった?わかったの?と磯部が一気にまくし立てる。
「特にその爪はすぐにどうにかして。ここは外部の人も生徒の保護者も出入りしますからね。除光液はあるの?」
「んなもん持ってますー」
 心底面倒くさそうな顔を隠そうともせずに守谷が応じた。
「とにかく打ち合わせまでに着替えてくる!」
「……はいはいはーい」
「返事は一回でよろしい! 服なかったら私のジャージ貸してあげるわよ?」
「あります! これは通勤用の服なんだから!」
 最後の方はコントみたいになりながら、守谷はぶつくさと美術準備室の方に引き返して行った。
 これはどっちが勝ったのだろうか?などと考えながら、盟子の目は思わずその後姿に吸い寄せられる。脊椎の存在を感じるまっすぐな背中と、肩を揺らさない足運び。それがもう魔性というほどに美しくて。
 守谷が階段の踊り場に消えると、それを合図にフリーズしていた生徒達も動き出した。
――変な先生。まあ私には関係な……
 ここで盟子は思い出した。  
 関係なくはない。それどころか大ありで、たった今大問題が発生したのだ。
 今年の芸術科目の選択は美術どうしよう!?ってことだ。