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第十七話 由緒正しい参拝

ー/ー



 夏の陽射しが鳥居に影を落とす頃、美咲と健太は神社の入り口に立っていた。
 二人の表情には、期待と不安が入り混じっている。
「ねえ、健太くん。本当にやるの?」
 美咲が小声で尋ねた。
 健太は深呼吸をして答えた。
「ああ、せっかく来たんだ。最後までやり遂げよう」

 二人の目の前に立ちはだかるは、由緒正しい天岡神社。この神社には古くから伝わる厳格な参拝作法があるが、その作法を一つでも間違えると恐ろしい不幸が降りかかるという噂。それを聞いた神社仏閣が好きな二人は、遠路いとわず参りに来たという次第。
 
「私、間違えちゃったらどうしよう……」
 緊張で震えていた美咲の手を健太は優しく握る。
「大丈夫だよ。一緒に頑張ろう」
 二人は鳥居の前で立ち止まり、その頼もしい姿を見上げる。ふたりはごくりと喉を鳴らす。眼前で構える大きな関門に身震いする。

「えーと、まず右足から、そして左足……」
 美咲が呟きながら慎重に鳥居をくぐると健太も続いた。
「よし、一つクリア」

 参道を進みながら、二人は必死に作法を思い出そうとしていた。
「つ、次は手水舎だね」
 健太が「左手で柄杓を持って……」というと、美咲が「右手を清めて、左手を清めて……」と続ける。
「口を……あ、でも口に直接つけちゃダメだよ」
「うん、わかってる」

 一つ一つの動作に二人は細心の注意を払う。その二人のおどおどとした慎重すぎる動作を周りの参拝客はやや奇異な目で見ていたが、今の美咲と健太にはそんなことを気にする余裕はなかった。
 いよいよ拝殿に到着したが、ここでの作法は特に重要だ。
「二礼、二拍手、一礼……」
 健太が自信の感じられない小声で唱える。美咲は隣で目を閉じ必死に集中する。
「間違えないように……間違えないように……」
 二人の動きはまるで機械のように正確だったが、やはりはたから見るとどこか滑稽にも映る。
 
 参拝を終えた二人はほっとした表情を浮かべた。
「あとは鳥居をくぐって出るだけ……だね」頬に一筋の汗を伝わせながら健太が言うと「やった! ここまで来れたよ」と美咲は応えてにっこりと笑う。

 だが――その安堵も束の間。鳥居の前に立った瞬間、美咲の頭が真っ白になった。
 
「あれ……どっちから……」美咲の様子が伝染したのか健太も焦り始める。「え? 右……左……あれ?」 美咲のパニックが高まる。「どうしよう、あれ……忘れちゃった!」
 健太は男を魅せんとばかりに美咲の手をぐっと引いた。
「とにかく出よう!」焦りでから回る健太に引かれた美咲は、勢いで鳥居をくぐり抜けてしまい泣き出しそうな顔になっている。

「私たち……失敗しちゃったんじゃ……」
 健太も勢いに任せた行動を思い返し、顔を曇らせる。「ま、まさか……」
 二人は互いの顔を見合わせた後、ゆっくり周りを見回す。空は依然として青く、参拝客たちは普通に行き交っている。
「ねえ、私たち……大丈夫なのかな」美咲が不安そうに言う。「わからない……でも何も起きてないよね」健太が首を傾げたその時――。
 近くを通りかかった老婆が二人に微笑みかけた。
「お二人さん、神様はね、心が大事なんですよ。形なんてどうでもいいの」
 
 老婆の言葉に二人は呆然とする。 「え……でも作法を間違えてしまったら……」
 美咲が言いかけると老婆は優しく首を振った。

 「神様はそんな小さなことで人を裁いたりしませんよ。大切なのは敬う心があるかが大事ですから」
 
 その言葉を聞いて強張っていた二人の表情が和らいだ。
  健太は照れくさそうに頭を掻く。「俺たち、バカみたいだったね」美咲も小さく笑う。「うん。でも……なんだか楽しかった」

 二人は手を繋ぎ神社を後にする。その背中には夕日が優しく差していた。

 帰り道、美咲が突然言った。「ねえ、健太くん」
「ん?」
「私たち――結構いい組み合わせだと思わない?」
 健太は驚いた顔をしたが、すぐに優しい笑顔へ変わる。
「そうだね。俺もそう思う」
 二人の笑い声が夕暮れの街へ響いていった。

 鳥居の向こうでは見えない神様が微笑むような気配だけが残されていた。

「勝手な想いだ。自分たちのため、自分たちだけが満足するために、参拝すら形式的なお飾りとし、娯楽としてわたしを利用するとは、愚かなことよ」
 
 その微笑みにはどこか冷たいものが混じっていることなど誰も気づいていない。


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 夏の陽射しが鳥居に影を落とす頃、美咲と健太は神社の入り口に立っていた。
 二人の表情には、期待と不安が入り混じっている。
「ねえ、健太くん。本当にやるの?」
 美咲が小声で尋ねた。
 健太は深呼吸をして答えた。
「ああ、せっかく来たんだ。最後までやり遂げよう」
 二人の目の前に立ちはだかるは、由緒正しい天岡神社。この神社には古くから伝わる厳格な参拝作法があるが、その作法を一つでも間違えると恐ろしい不幸が降りかかるという噂。それを聞いた神社仏閣が好きな二人は、遠路いとわず参りに来たという次第。
「私、間違えちゃったらどうしよう……」
 緊張で震えていた美咲の手を健太は優しく握る。
「大丈夫だよ。一緒に頑張ろう」
 二人は鳥居の前で立ち止まり、その頼もしい姿を見上げる。ふたりはごくりと喉を鳴らす。眼前で構える大きな関門に身震いする。
「えーと、まず右足から、そして左足……」
 美咲が呟きながら慎重に鳥居をくぐると健太も続いた。
「よし、一つクリア」
 参道を進みながら、二人は必死に作法を思い出そうとしていた。
「つ、次は手水舎だね」
 健太が「左手で柄杓を持って……」というと、美咲が「右手を清めて、左手を清めて……」と続ける。
「口を……あ、でも口に直接つけちゃダメだよ」
「うん、わかってる」
 一つ一つの動作に二人は細心の注意を払う。その二人のおどおどとした慎重すぎる動作を周りの参拝客はやや奇異な目で見ていたが、今の美咲と健太にはそんなことを気にする余裕はなかった。
 いよいよ拝殿に到着したが、ここでの作法は特に重要だ。
「二礼、二拍手、一礼……」
 健太が自信の感じられない小声で唱える。美咲は隣で目を閉じ必死に集中する。
「間違えないように……間違えないように……」
 二人の動きはまるで機械のように正確だったが、やはりはたから見るとどこか滑稽にも映る。
 参拝を終えた二人はほっとした表情を浮かべた。
「あとは鳥居をくぐって出るだけ……だね」頬に一筋の汗を伝わせながら健太が言うと「やった! ここまで来れたよ」と美咲は応えてにっこりと笑う。
 だが――その安堵も束の間。鳥居の前に立った瞬間、美咲の頭が真っ白になった。
「あれ……どっちから……」美咲の様子が伝染したのか健太も焦り始める。「え? 右……左……あれ?」 美咲のパニックが高まる。「どうしよう、あれ……忘れちゃった!」
 健太は男を魅せんとばかりに美咲の手をぐっと引いた。
「とにかく出よう!」焦りでから回る健太に引かれた美咲は、勢いで鳥居をくぐり抜けてしまい泣き出しそうな顔になっている。
「私たち……失敗しちゃったんじゃ……」
 健太も勢いに任せた行動を思い返し、顔を曇らせる。「ま、まさか……」
 二人は互いの顔を見合わせた後、ゆっくり周りを見回す。空は依然として青く、参拝客たちは普通に行き交っている。
「ねえ、私たち……大丈夫なのかな」美咲が不安そうに言う。「わからない……でも何も起きてないよね」健太が首を傾げたその時――。
 近くを通りかかった老婆が二人に微笑みかけた。
「お二人さん、神様はね、心が大事なんですよ。形なんてどうでもいいの」
 老婆の言葉に二人は呆然とする。 「え……でも作法を間違えてしまったら……」
 美咲が言いかけると老婆は優しく首を振った。
 「神様はそんな小さなことで人を裁いたりしませんよ。大切なのは敬う心があるかが大事ですから」
 その言葉を聞いて強張っていた二人の表情が和らいだ。
  健太は照れくさそうに頭を掻く。「俺たち、バカみたいだったね」美咲も小さく笑う。「うん。でも……なんだか楽しかった」
 二人は手を繋ぎ神社を後にする。その背中には夕日が優しく差していた。
 帰り道、美咲が突然言った。「ねえ、健太くん」
「ん?」
「私たち――結構いい組み合わせだと思わない?」
 健太は驚いた顔をしたが、すぐに優しい笑顔へ変わる。
「そうだね。俺もそう思う」
 二人の笑い声が夕暮れの街へ響いていった。
 鳥居の向こうでは見えない神様が微笑むような気配だけが残されていた。
「勝手な想いだ。自分たちのため、自分たちだけが満足するために、参拝すら形式的なお飾りとし、娯楽としてわたしを利用するとは、愚かなことよ」
 その微笑みにはどこか冷たいものが混じっていることなど誰も気づいていない。