第十五話 異世界
ー/ー
ツルギは、自分の能力に気づいた瞬間を今でも鮮明に覚えていた。
あの日、コンビニのバイトを終え、疲れ切った体で帰宅する最中だった。いつもの並木道といつもの公園を通り抜けた時、突然目の前が歪んだ。まるで空間そのものが捻じ曲がるかのような感覚がツルギを襲う。
「な、何だ……これ……」
驚きに声も上ずった次の瞬間、ツルギの体はまばゆい光に包まれ、スゥッと吸い込まれるように意識が遠のいていった。 目を覚ますと、そこはもういつもの日本ではなかった。
青い空に浮かぶピンクの雲。どこまでも広がる草原の奥に大きな惑星が浮かび、惑星を守る様に城らしき建物が見える。
「まさか、えっと……異世界!?」
ツルギは思わず叫んだ。これまで読んできた数々の異世界転生ものの物語が頭によぎる。まさか自分が主人公になるとは――。 なんて、まだ物語もはじまっていないのに主役気取りなツルギの浮ついた感情もつかの間、空間が再び歪み始めた。
「え?ちょ、待っ――」
言葉を終える前にツルギの体は光に包まれ、意識が遠のいていった。気がついてふぁっと身体を起こすと今度はいつも通りの風景、日本のコンビニ前に立っていた。
「夢……だったのか? い、異世界は?」
しかし、それは夢ではないという結論に感覚で辿り着いた。その場で、先の光に包まれた時の心の動きをリプレイすると、テレパシーの様な不思議な力を自分の中に感じる。その意識に集中すると再び光に包まれて、日本ではない風景の土地に降りたつことが出来た。ランダムではあるが、地球上のどこにもない夢のような異世界にワープする術を身につけたツルギの生活はあれから一変した。
ワープした時の力の使い方、感覚を忘れないうちに、暇を見つけては異世界にワープして冒険を楽しむ日々を送るようになった。
時には魔法世界で魔法を習得し、時には力の世界で肉体を強化する。そうしているうちに、ツルギは確信した。この能力こそが、自分の人生を変える鍵だということを。
ある日――。
「ツルギ様ー! 今日の魔法の練習、お疲れ様でした!」
銀髪の美少女リリアナが笑顔で駆け寄ってくる。
「ああ、ありがとう。リリアナのおかげで新しい魔法も習得できたよ」
ツルギは優しくリリアナに微笑みかける。この世界では彼は天才魔法使いとして名を馳せていた。
「もう、ツルギ様は……私なんて大したことはしていませんよ」
ぷいと顔を背けて頬を赤らめるリリアナ。その姿にツルギの心は高鳴る。
(ここでも俺はモテちゃうんだよなあ……異世界最高かよ)
内心、得意げに思うツルギ。異世界を渡り歩くうちに彼の自信は日に日に増していき、どの世界でも特別な存在として扱われるようになった。ある時は勇者として、天才魔法使いとして、神の使いとして。
「さて、そろそろ次の世界に行くか」
腕時計を見て何かを計算するツルギ。この世界での滞在時間には限界があり、同じ世界に長く留まれば何か良くないことが起きる。そんな気がしていた。これも、異世界ものの小説のどれかで読んだ覚えがある、あの時の感覚が間違っていなかった事を思い、この予感も大事にしておくに越したことはないとツルギは口を結び、旅立ちを決意した。
「え?ツルギ様、もう行ってしまうんですか?」
漫画に出てくるヒロインのような可愛いリリアナの声には悲しみが滲んでいる。
「ごめんな、リリアナ。でも約束するよ。また必ず会いに来る」
そう言って数々見てきた勇者の立ち振る舞いをコピーして、彼女の頭を優しく撫でた。(まあ、本当に会えるかはわからないけどな)心中でそう呟きながらツルギは意識を集中させると、空間が歪み始める。
「じゃあな、リリアナ」
最後にそう言い残し、リリアナの前から彼の姿は光とともに消えていった。 目を開けると――。
そこは信じられないくらい、ツルギが生きていた中で想像した事もないような恐ろしい地獄のような光景が広がっていた。
嵐のような強い風、灰色の空。乾いて大きくひび割れた赤黒い大地。そして鼻を突く腐臭。
「な……何だここは……」
ツルギは思わず後ずさりした。それまで訪れたどんな異世界とも違う恐ろしい光景だった。
周囲には人間らしき形状をしたものが転がっているのが見えるが、それらは明らかに人間だったものだ。腐敗し膨れ上がった死体がゴロゴロとその辺りに転がっている。
「嘘だろ……いくら異世界だからって、こんな世界もあるのか……」
後退りする脚が震え始める。すぐにこの場から逃げ出したかったが、ワープ能力を使うにはもう少し時間が必要のようだ。いくら意識を集中してもあの感覚が訪れない。精神が落ち着くまでか、先のワープで失われた力が回復するのを待つしかない。
ツルギがその場で立ち止まっていると、熱のこもった突風が吹き荒れ始めた。その風は皮膚を焼くような熱さだった。
「くっ…なんだこれ……」
顔を覆いながら何か陰になる場所へ逃げ込もうとするが、この世界にはこの熱波から隠れる場所など存在しない。ツルギの目の前には転がる人型と、ただ広大な赤黒い大地が構えている。
(早く……早く次へ……い、いかないと)
必死に意識を集中し、更に祈るツルギだが、その力弱い力も虚しく背後から声が聞こえた。
「お……前……は……新……し……い……」
ゆっくりと振り返ると腐敗したボロボロの死体がツルギを見て立っていた。腕を前に出し、指を向けているその死体は明らかに自分の意思で動いていた。
「ひ、ぞ、リビングデッド……! や……やめろ! ち、近づくな!」
ツルギは恐怖で叫ぶことしか出来ない。魔法も剣を振るう事をすっかり忘れてしまっている。
腐敗した肉体、膨れ上がった皮膚、そして濁った焼き魚の目玉のような瞳。その異形の存在がゆっくりとツルギに近づいてくる。
「くそっ……なんでこんな目に……!」
ツルギは必死に後ずさりをする。ずりずりと足を引くが、次に足を引いたその地面はぬかるんでおり、バランスを崩して尻もちをついてしまう。その隙にリビングデッドは距離を詰め、腐った手をツルギに伸ばした。
ツルギの額にリビングデッドの指先が触れた瞬間。
「ああああああ!」
ツルギの額から爪先まで太くて長い鉄の管が貫かれたような激痛が走る。頭の中から真っ直ぐに内臓が焼け付くような感覚と同時に――その管を通して体の中から何かが抜け出ていくような感覚。
「お……前……の……力……も……ら……っ……た……」
リビングデッドは濁った声でそう呟くと、その体が光に包まれた。
「嘘だろ……嘘だろ……」
ツルギは呆然と地べたに座り込んだ。自分のワープ能力が奪われたことを彼は直感的に理解した。 リビングデッドの体から放たれる光が収まると、その姿は綺麗に消えていた。代わりに残されたのは絶望だけだった。
「終わった……終わった……」
ツルギは膝を抱え込むようにして座り込んだ。全身から力が抜け、涙が頬を伝う。
「うわあああああ!」
彼の絶叫が死の世界に響き渡った。その声が行く先には、ただ灰色の空と赤黒い大地だけが広がっている。
魔法も使う意味がない、リビングデッドは目の前の地獄に絶望しているのか襲ってこない。ただただ悲しむだけの時間をたっぷりと身に染み込ませていた。
どれくらいの時間が経ったのかはわからない。もう数えるのも諦める程の時間が経つと、ツルギの体にも変化が現れ始めた。
皮膚が腐り始め、ボロボロと落下し、肉まで腐敗が進むと内臓が露出し、指先から黒い液体が滴り落ちる。彼自身もまた、リビングデッドとしてこの世界に取り込まれていく。ずるずると這いずり、なるべく生きていようとするツルギの意識が朦朧とする中、最後の思考を巡らせた。
(こんなはずじゃ……なかったのに……)
彼はかつて異世界を自由に旅し、最強として君臨していた自分を思い返した。だがそれもすべて過去の話。そのうち、完全にリビングデッドと化したツルギは、ゆっくりとぐらつく身体でバランスをとりながら立ち上がった。
口から腐敗した液体を垂らしながら、腐敗した足音を響かせて歩き始める。その歩みには目的もなく、ただ生きている事を確認しようと動き、彷徨い続けるだけだった。
かつて最強だった異世界旅行者は、今や最弱の存在となり果て、地獄のような世界で永遠に彷徨い続けている。
エピローグ
――どこか別の世界――
一人の冒険者が新たな異世界へワープした。その冒険者は草原を見渡しながら微笑む。
「ここも悪くないな」
ぐっと背伸びをしている冒険者の背後には、この世界には似合わない一体のリビングデッドが立っていた。その目には濁った光とともに、かつての力への欲望がギラリと宿っている。
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あの日、コンビニのバイトを終え、疲れ切った体で帰宅する最中だった。いつもの並木道といつもの公園を通り抜けた時、突然目の前が歪んだ。まるで空間そのものが捻じ曲がるかのような感覚がツルギを襲う。
「な、何だ……これ……」
驚きに声も上ずった次の瞬間、ツルギの体はまばゆい光に包まれ、スゥッと吸い込まれるように意識が遠のいていった。 目を覚ますと、そこはもういつもの日本ではなかった。
青い空に浮かぶピンクの雲。どこまでも広がる草原の奥に大きな惑星が浮かび、惑星を守る様に城らしき建物が見える。
「まさか、えっと……異世界!?」
ツルギは思わず叫んだ。これまで読んできた数々の異世界転生ものの物語が頭によぎる。まさか自分が主人公になるとは――。 なんて、まだ物語もはじまっていないのに主役気取りなツルギの浮ついた感情もつかの間、空間が再び歪み始めた。
「え?ちょ、待っ――」
言葉を終える前にツルギの体は光に包まれ、意識が遠のいていった。気がついてふぁっと身体を起こすと今度はいつも通りの風景、日本のコンビニ前に立っていた。
「夢……だったのか? い、異世界は?」
しかし、それは夢ではないという結論に感覚で辿り着いた。その場で、先の光に包まれた時の心の動きをリプレイすると、テレパシーの様な不思議な力を自分の中に感じる。その意識に集中すると再び光に包まれて、日本ではない風景の土地に降りたつことが出来た。ランダムではあるが、地球上のどこにもない夢のような異世界にワープする術を身につけたツルギの生活はあれから一変した。
ワープした時の力の使い方、感覚を忘れないうちに、暇を見つけては異世界にワープして冒険を楽しむ日々を送るようになった。
時には魔法世界で魔法を習得し、時には力の世界で肉体を強化する。そうしているうちに、ツルギは確信した。この能力こそが、自分の人生を変える鍵だということを。
ある日――。
「ツルギ様ー! 今日の魔法の練習、お疲れ様でした!」
銀髪の美少女リリアナが笑顔で駆け寄ってくる。
「ああ、ありがとう。リリアナのおかげで新しい魔法も習得できたよ」
ツルギは優しくリリアナに微笑みかける。この世界では彼は天才魔法使いとして名を馳せていた。
「もう、ツルギ様は……私なんて大したことはしていませんよ」
ぷいと顔を背けて頬を赤らめるリリアナ。その姿にツルギの心は高鳴る。
(ここでも俺はモテちゃうんだよなあ……異世界最高かよ)
内心、得意げに思うツルギ。異世界を渡り歩くうちに彼の自信は日に日に増していき、どの世界でも特別な存在として扱われるようになった。ある時は勇者として、天才魔法使いとして、神の使いとして。
「さて、そろそろ次の世界に行くか」
腕時計を見て何かを計算するツルギ。この世界での滞在時間には限界があり、同じ世界に長く留まれば何か良くないことが起きる。そんな気がしていた。これも、異世界ものの小説のどれかで読んだ覚えがある、あの時の感覚が間違っていなかった事を思い、この予感も大事にしておくに越したことはないとツルギは口を結び、旅立ちを決意した。
「え?ツルギ様、もう行ってしまうんですか?」
漫画に出てくるヒロインのような可愛いリリアナの声には悲しみが滲んでいる。
「ごめんな、リリアナ。でも約束するよ。また必ず会いに来る」
そう言って数々見てきた勇者の立ち振る舞いをコピーして、彼女の頭を優しく撫でた。(まあ、本当に会えるかはわからないけどな)心中でそう呟きながらツルギは意識を集中させると、空間が歪み始める。
「じゃあな、リリアナ」
最後にそう言い残し、リリアナの前から彼の姿は光とともに消えていった。 目を開けると――。
そこは信じられないくらい、ツルギが生きていた中で想像した事もないような恐ろしい地獄のような光景が広がっていた。
嵐のような強い風、灰色の空。乾いて大きくひび割れた赤黒い大地。そして鼻を突く腐臭。
「な……何だここは……」
ツルギは思わず後ずさりした。それまで訪れたどんな異世界とも違う恐ろしい光景だった。
周囲には人間らしき形状をしたものが転がっているのが見えるが、それらは明らかに人間だったものだ。腐敗し膨れ上がった死体がゴロゴロとその辺りに転がっている。
「嘘だろ……いくら異世界だからって、こんな世界もあるのか……」
後退りする脚が震え始める。すぐにこの場から逃げ出したかったが、ワープ能力を使うにはもう少し時間が必要のようだ。いくら意識を集中してもあの感覚が訪れない。精神が落ち着くまでか、先のワープで失われた力が回復するのを待つしかない。
ツルギがその場で立ち止まっていると、熱のこもった突風が吹き荒れ始めた。その風は皮膚を焼くような熱さだった。
「くっ…なんだこれ……」
顔を覆いながら何か陰になる場所へ逃げ込もうとするが、この世界にはこの熱波から隠れる場所など存在しない。ツルギの目の前には転がる人型と、ただ広大な赤黒い大地が構えている。
(早く……早く次へ……い、いかないと)
必死に意識を集中し、更に祈るツルギだが、その力弱い力も虚しく背後から声が聞こえた。
「お……前……は……新……し……い……」
ゆっくりと振り返ると腐敗したボロボロの死体がツルギを見て立っていた。腕を前に出し、指を向けているその死体は明らかに自分の意思で動いていた。
「ひ、ぞ、リビングデッド……! や……やめろ! ち、近づくな!」
ツルギは恐怖で叫ぶことしか出来ない。魔法も剣を振るう事をすっかり忘れてしまっている。
腐敗した肉体、膨れ上がった皮膚、そして濁った焼き魚の目玉のような瞳。その異形の存在がゆっくりとツルギに近づいてくる。
「くそっ……なんでこんな目に……!」
ツルギは必死に後ずさりをする。ずりずりと足を引くが、次に足を引いたその地面はぬかるんでおり、バランスを崩して尻もちをついてしまう。その隙にリビングデッドは距離を詰め、腐った手をツルギに伸ばした。
ツルギの額にリビングデッドの指先が触れた瞬間。
「ああああああ!」
ツルギの額から爪先まで太くて長い鉄の管が貫かれたような激痛が走る。頭の中から真っ直ぐに内臓が焼け付くような感覚と同時に――その管を通して体の中から何かが抜け出ていくような感覚。
「お……前……の……力……も……ら……っ……た……」
リビングデッドは濁った声でそう呟くと、その体が光に包まれた。
「嘘だろ……嘘だろ……」
ツルギは呆然と地べたに座り込んだ。自分のワープ能力が奪われたことを彼は直感的に理解した。 リビングデッドの体から放たれる光が収まると、その姿は綺麗に消えていた。代わりに残されたのは絶望だけだった。
「終わった……終わった……」
ツルギは膝を抱え込むようにして座り込んだ。全身から力が抜け、涙が頬を伝う。
「うわあああああ!」
彼の絶叫が死の世界に響き渡った。その声が行く先には、ただ灰色の空と赤黒い大地だけが広がっている。
魔法も使う意味がない、リビングデッドは目の前の地獄に絶望しているのか襲ってこない。ただただ悲しむだけの時間をたっぷりと身に染み込ませていた。
どれくらいの時間が経ったのかはわからない。もう数えるのも諦める程の時間が経つと、ツルギの体にも変化が現れ始めた。
皮膚が腐り始め、ボロボロと落下し、肉まで腐敗が進むと内臓が露出し、指先から黒い液体が滴り落ちる。彼自身もまた、リビングデッドとしてこの世界に取り込まれていく。ずるずると這いずり、なるべく生きていようとするツルギの意識が朦朧とする中、最後の思考を巡らせた。
(こんなはずじゃ……なかったのに……)
彼はかつて異世界を自由に旅し、最強として君臨していた自分を思い返した。だがそれもすべて過去の話。そのうち、完全にリビングデッドと化したツルギは、ゆっくりとぐらつく身体でバランスをとりながら立ち上がった。
口から腐敗した液体を垂らしながら、腐敗した足音を響かせて歩き始める。その歩みには目的もなく、ただ生きている事を確認しようと動き、彷徨い続けるだけだった。
かつて最強だった異世界旅行者は、今や最弱の存在となり果て、地獄のような世界で永遠に彷徨い続けている。
エピローグ
――どこか別の世界――
一人の冒険者が新たな異世界へワープした。その冒険者は草原を見渡しながら微笑む。
「ここも悪くないな」
ぐっと背伸びをしている冒険者の背後には、この世界には似合わない一体のリビングデッドが立っていた。その目には濁った光とともに、かつての力への欲望がギラリと宿っている。