第十四話 ギャンブル
ー/ー
俺はワンクレジットの誠。仲間からそう言われているパチプロ歴二十年のベテランだ。
朝イチからいつものホールに足を運び、抽選を済ませたばかりだ。通り名が付いてるってことは名うてのスロッターってことだ。今日もレバーを叩く左手が疼いている。
「今日こそは勝ってやる」
そう呟きながら店内に入る彼は、残り1クレジットの表示で涙ながらに店を後にする事で有名だ。彼を知る客からはワンクレジットの誠として呼ばれ、界隈では少しだけ有名人となっている。
4時間後――残りクレジットの表示が「1」となっているスロット台の前で、財布を開いたままワナワナと唇を震わせる誠の姿があった。
「くそっ! このクソ台が! 俺のライフをギリギリまで吸い取るな! くそったれ!」
怒りに任せて誠が台を蹴飛ばすと警報音がざわざわとしたホールに響き、すぐに店員が駆け寄ってきた。
「お客様、そういった行為はお控えください」
「うるせえ! お前らが台を調整してんだろ! このクソ店が!」
誠は今にも席を立ち店員に掴みかかろうとしたが、その後ろを見守っていた警備員に素早く取り押さえられた。
「お客様、これで何回目ですか。いい加減出入り禁止にさせていただきますね」
警備員にはがいじめされている誠へ店長らしき男が冷たく言い放つが、誠は必死に言葉で抵抗した。
「ちょ、待てよ! 俺にはここしかないんだ……!」
惨めな彼を見て店長は不気味な笑みを浮かべ、誠に言葉をかける。
「そうですか。あなたの噂は他の店舗でも聞いて居ます。そうですね、確かにあなたはここが出禁になれば、この地域でパチスロを打てなくなってしまいますね」
「そ、そうだ! ここが出禁になったら俺は、人生の楽しみが無くなってしまう……! な、なんとか……」
誠の願いが通じたのか、一筋の光が差し込む。店長の慈愛が彼の首筋に向けられた死神のカマを退ける。
「人生の楽しみ……そこまで言うのであれば、そうですね、お世話になっている誠様に提案がございます。特別なゲームに参加してみませんか?」
「特別なゲーム……?」
その言葉に誠の興味がざわざわと心を揺さぶる。
「勝てば大金が手に入りますよ」
店長が天界からのありがたい言葉を与えるように誠の背中を押す。
「やる」
最早崖っぷち、荒波が足元を濡らしている彼に迷いなどなかった。
店長は誠を裏口から出てすぐ横に構える窓のないプレハブ小屋へ案内した。そこには見たこともない奇妙な機械が薄暗い大きな鬼の口内のような空間に置かれている。
それはパチスロ台にも似ていたが、どこか気味悪く異様だった。金属的な冷たさと、生き物のような不気味さが同居している。それに手を掛ける店長。
「これが特別なゲーム機です」
手を掛けたその近くにある電源スイッチをカチと押すと、ブブブブブと駆動音が鳴り、ゲーム機からビカビカと赤く気持ちの悪い光が放たれ、プレハブ小屋をお化け屋敷の様に不気味に彩る。
「ルールは簡単です。自分の体の一部を賭けて勝負するんです」
「体の一部?」
「そうです。例えば指一本。勝てば100万円。負ければ、その指を失う事になります」
一瞬、簡単に言うも恐ろしいルールを聞いて流石に躊躇したが、誘惑に負けてすっかり大金に目が眩んでいる誠は「やる」と宣言。それを皮切りに特別なゲームが始まった。
「では……」というと店長はスロット台でいうところの、レバーの位置にある「START」と書かれた大きなボタンを押す。
「ROUND START」
女性の甲高い声が響き渡り、ゲーム機の液晶にBETしてくださいと表示された。
「どうすりゃいいんだ?」
「STARTボタンの横に2つのボタンがあります。そのボタンを押すと順番に身体の部位が表示されるので、自分がBETしたい部位を選択して、STARTボタンを再度押してください」
誠は顎に指を当てて、少しだけ悩んだが、彼はそれ以上躊躇しなかった。普段パチスロ台に札を滑り込ませる様にその肉体をも簡単に差し出した。最初のベットは左手の小指を選択。
液晶に左手小指が表示されると、ボタンを押すのをやめ、「で? どうすんだ?」と次の指示を促す。
「さすがワンクレジットの誠様です。その潔のよさでいつも店の売り上げに貢献してくださり感謝しています」
「うるせぇ、早く教えろ」
「ベットを決めたら、次はゲーム機左側面にある大きなレバーを引く。それだけです」
その瞬間、心臓がドクドクと鼓動する音だけが誠の体内で響いていた。 爆弾が今にも爆発する様なドクドクとした収縮音に誠の心を鷲掴みにしている。
「ギャンブルなんてのは勢いでいい……運否天賦……! 今だけこの左手に神の力を宿したまえ……!」
ガチャン――。
パパーンと気の抜けたファンファーレが鳴り、液晶に笑顔の顔文字と「大当たり!」 が表示された。誠は歓喜の表情を浮かべると、ゲーム機の下がパカっと開き、中から約束通り100万円がコトッと誠の足元に落ちた。 誠が素早くその札束を掴むと重みと手触りを確かめる。札がペラペラと捲れ、鼻を近づけるとお金の匂いがする。それだけで誠は全身が震える思いに包まれ、涙腺から涙が搾り出された。
「もう一回! もう一回だ! くくく、これだけじゃ終われねえよ」
ボタンを数回押して、液晶に右手小指と表示させる。そして、先ほどよりもテンポよくレバーをガチャリと下げる。ファンファーレが鳴り、100万円が誠の足元に転がり落ちる。その光景が瞳に写ると、誠の欲望にかかっていた壊れたブレーキが外れて、誠の手で地獄に投げ捨てられた。
この調子で、次々と体の部位を賭けていく誠……順調に当たりを重ねているのかと思いきや、指、腕、それから脚……気づけばいつも通り負けを重ねていた。
「あ、あのさ、聞き忘れたんだけど、大当たりってでない時、画面にさ『あなたの負けです』って出てくるじゃん? それ、ってさ、ベットした部位が、その……」
「そうです、よくおわかりで! ワンベットの誠様のことですから全てお見通しなのですね。流石です! ちなみに、負けた時に賭けていた部位ですが、ゲーム終了後、しっかり清算させていただきますのでご安心を」
残った部位をボタンで選択して確認する誠。左右のボタンをポチポチと押すが、そこには胴体としか表示されない。
「お、おい、胴体だけなのか? し、しん……肺とかさ、肝臓とかあるだろ? なんで胴体だけなんだ?」
「何か不思議ですか? ここのレート……と言いますか、ここでは、頭、胴体、腕、脚、それから、手足の指合計20本がベットの単位です。そうですね、5スロだとか、1パチみたいなものです。何か問題でも?」
「い、いや、その、もう少しさ、掛けさしてもらえるとさ、ありがたいよね……こ、これじゃあ借金も返せな……」
誠が弱音を吐こうとしたその時。
「いつまでも甘えてんじゃねぇぞこの糞野郎が!」
店長の怒号が響き渡る。
「口を開きゃお前らは、台のせい、店員のせい。糞野郎どもは自分の運の無さを棚に上げて、すぐに責任転嫁……! 人のせい……! 自分の責任なんて皆無……!自らが招いた事柄を押し付ける寄生虫……! お前らは糞に集るハエ、いや、それから生まれた這って飯を食うだけのウジ虫、いや! 人に迷惑掛けないだけウジ虫の方がマシだ……! お前らは……誰も必要としない今や肥料にもならん利用価値もない糞と同じ……!」
ぐちゃぐちゃに心をミキサーで掻き回し砕く激しい言葉が誠の後悔を深くえぐり、涙腺からだくだくと涙を流した。
「そ、そこまで言わなくても……! い、いいじゃねぇか……! お、おれだって……」
「つべこべいわずに早く次のベットをしろ」
店長の冷たく低い声が誠の言葉を遮る。
誠はゲームをここで降りることも考えた、だが――目の前に400万という大金が積まれている。次勝てば500万。その金額だけが、誠の借金を帳消しにできる500万という目標が、ミキサーの歯でズタズタになった誠の心を奮い立たせる。残りワンベット――これが、彼がベットする最後のギャンブル。
その背中から覗く店長は、笑みを浮かべながら彼の左拳に握られるレバーを見つめる。その顔にはどこか狂気じみた光が宿っていた。
誠がガクガクと震える手でレバーを引く――ガチャン――時間が止まったかのような感覚が短く訪れる――。
ブブーと情けない音が鳴り、誠の視界がぐにゃりと歪む。画面には「あなたの負けです」と表示されている。
誠はいつの間にかゲーム機を前に気絶していた。次に気づいた時には、何も見えず、何も聞こえず、何も感じなかった。ただ気がついたという意識だけが誠に存在していた。
「お客様、いかがでしたか?」
店長は聞こえるはずのない誠に向かって話しかけた。「何だ? どこだ? 誠様、あなたは勝負に負けたんですよ。 おい! ここはどこだ! 俺に何をした! 」
店長は不気味な一人芝居を反応の無い誠の前でしてみせる。
「誠様、あなたは負けた。そして今――あなたが大好きなパチスロ台の中にいます」
店長はニタニタと笑みを浮かべ、誠をじっと見つめる。
「冗談? いやいや、私が冗談を言うわけありませんよ。喜んでください。これがあなたの新しい人生です。人間の脳は面白い乱数を弾き出すもので、これがすごくスロットを面白くさせるんです」
そういうと、くるりと身体の向きを変え、ルンルンとした軽い足取りで誠を残し、ホールへと戻って行った。
数日が経ち、ホールではあいも変わらず人々で賑わっていた。
「よっしゃ!当たった!」
「くそっ!また外れかよ!」
ホールに響き渡る様々な声の中、密かに誠は永遠にも思える意識だけがあるという感覚の中、地獄の日々を送っていた。
ある日、某パチンコ店に他で見た事もない新しいスロット台が設置されていた。その奇妙なデザインの機械がその店に設置されてから奇妙な噂が絶えない。
「乱数がおかしい」「学習している気がする」「機械とは違う温度を筐体から感じる」「音が途切れると呼吸のような音が聞こえる」「エラーで筐体が開かれると顔の様なものが見えた」
その筐体で遊んだ客たちからそういった奇妙な噂が囁かれていた。そんな折、若い女性二人組がそのスロット台で遊んでいた。
「あれ、なんだろ……リールを横から見たんだけど、奥に顔っぽいの見えない?」
「え、ほんとだ。気持ち悪……でもこれ、不思議と他のより脳汁出るんだけど」
「わかる。面白くて金止まんないの笑う」
彼女たちは知らない。その台の中で、脳だけ残された頭部だけの人間が苦しみ続けていることを。そして彼女たちもまた、同じ顛末が待っている可能性は否定できない。
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「ちょ、待てよ! 俺にはここしかないんだ……!」
惨めな彼を見て店長は不気味な笑みを浮かべ、誠に言葉をかける。
「そうですか。あなたの噂は他の店舗でも聞いて居ます。そうですね、確かにあなたはここが出禁になれば、この地域でパチスロを打てなくなってしまいますね」
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「特別なゲーム……?」
その言葉に誠の興味がざわざわと心を揺さぶる。
「勝てば大金が手に入りますよ」
店長が天界からのありがたい言葉を与えるように誠の背中を押す。
「やる」
最早崖っぷち、荒波が足元を濡らしている彼に迷いなどなかった。
店長は誠を裏口から出てすぐ横に構える窓のないプレハブ小屋へ案内した。そこには見たこともない奇妙な機械が薄暗い大きな鬼の口内のような空間に置かれている。
それはパチスロ台にも似ていたが、どこか気味悪く異様だった。金属的な冷たさと、生き物のような不気味さが同居している。それに手を掛ける店長。
「これが特別なゲーム機です」
手を掛けたその近くにある電源スイッチをカチと押すと、ブブブブブと駆動音が鳴り、ゲーム機からビカビカと赤く気持ちの悪い光が放たれ、プレハブ小屋をお化け屋敷の様に不気味に彩る。
「ルールは簡単です。自分の体の一部を賭けて勝負するんです」
「体の一部?」
「そうです。例えば指一本。勝てば100万円。負ければ、その指を失う事になります」
一瞬、簡単に言うも恐ろしいルールを聞いて流石に躊躇したが、誘惑に負けてすっかり大金に目が眩んでいる誠は「やる」と宣言。それを皮切りに特別なゲームが始まった。
「では……」というと店長はスロット台でいうところの、レバーの位置にある「START」と書かれた大きなボタンを押す。
「ROUND START」
女性の甲高い声が響き渡り、ゲーム機の液晶にBETしてくださいと表示された。
「どうすりゃいいんだ?」
「STARTボタンの横に2つのボタンがあります。そのボタンを押すと順番に身体の部位が表示されるので、自分がBETしたい部位を選択して、STARTボタンを再度押してください」
誠は顎に指を当てて、少しだけ悩んだが、彼はそれ以上躊躇しなかった。普段パチスロ台に札を滑り込ませる様にその肉体をも簡単に差し出した。最初のベットは左手の小指を選択。
液晶に左手小指が表示されると、ボタンを押すのをやめ、「で? どうすんだ?」と次の指示を促す。
「さすがワンクレジットの誠様です。その潔のよさでいつも店の売り上げに貢献してくださり感謝しています」
「うるせぇ、早く教えろ」
「ベットを決めたら、次はゲーム機左側面にある大きなレバーを引く。それだけです」
その瞬間、心臓がドクドクと鼓動する音だけが誠の体内で響いていた。 爆弾が今にも爆発する様なドクドクとした収縮音に誠の心を鷲掴みにしている。
「ギャンブルなんてのは勢いでいい……運否天賦……! 今だけこの左手に神の力を宿したまえ……!」
ガチャン――。
パパーンと気の抜けたファンファーレが鳴り、液晶に笑顔の顔文字と「大当たり!」 が表示された。誠は歓喜の表情を浮かべると、ゲーム機の下がパカっと開き、中から約束通り100万円がコトッと誠の足元に落ちた。 誠が素早くその札束を掴むと重みと手触りを確かめる。札がペラペラと捲れ、鼻を近づけるとお金の匂いがする。それだけで誠は全身が震える思いに包まれ、涙腺から涙が搾り出された。
「もう一回! もう一回だ! くくく、これだけじゃ終われねえよ」
ボタンを数回押して、液晶に右手小指と表示させる。そして、先ほどよりもテンポよくレバーをガチャリと下げる。ファンファーレが鳴り、100万円が誠の足元に転がり落ちる。その光景が瞳に写ると、誠の欲望にかかっていた壊れたブレーキが外れて、誠の手で地獄に投げ捨てられた。
この調子で、次々と体の部位を賭けていく誠……順調に当たりを重ねているのかと思いきや、指、腕、それから脚……気づけばいつも通り負けを重ねていた。
「あ、あのさ、聞き忘れたんだけど、大当たりってでない時、画面にさ『あなたの負けです』って出てくるじゃん? それ、ってさ、ベットした部位が、その……」
「そうです、よくおわかりで! ワンベットの誠様のことですから全てお見通しなのですね。流石です! ちなみに、負けた時に賭けていた部位ですが、ゲーム終了後、しっかり清算させていただきますのでご安心を」
残った部位をボタンで選択して確認する誠。左右のボタンをポチポチと押すが、そこには胴体としか表示されない。
「お、おい、胴体だけなのか? し、しん……肺とかさ、肝臓とかあるだろ? なんで胴体だけなんだ?」
「何か不思議ですか? ここのレート……と言いますか、ここでは、頭、胴体、腕、脚、それから、手足の指合計20本がベットの単位です。そうですね、5スロだとか、1パチみたいなものです。何か問題でも?」
「い、いや、その、もう少しさ、掛けさしてもらえるとさ、ありがたいよね……こ、これじゃあ借金も返せな……」
誠が弱音を吐こうとしたその時。
「いつまでも甘えてんじゃねぇぞこの糞野郎が!」
店長の怒号が響き渡る。
「口を開きゃお前らは、台のせい、店員のせい。糞野郎どもは自分の運の無さを棚に上げて、すぐに責任転嫁……! 人のせい……! 自分の責任なんて皆無……!自らが招いた事柄を押し付ける寄生虫……! お前らは糞に集るハエ、いや、それから生まれた這って飯を食うだけのウジ虫、いや! 人に迷惑掛けないだけウジ虫の方がマシだ……! お前らは……誰も必要としない今や肥料にもならん利用価値もない糞と同じ……!」
ぐちゃぐちゃに心をミキサーで掻き回し砕く激しい言葉が誠の後悔を深くえぐり、涙腺からだくだくと涙を流した。
「そ、そこまで言わなくても……! い、いいじゃねぇか……! お、おれだって……」
「つべこべいわずに早く次のベットをしろ」
店長の冷たく低い声が誠の言葉を遮る。
誠はゲームをここで降りることも考えた、だが――目の前に400万という大金が積まれている。次勝てば500万。その金額だけが、誠の借金を帳消しにできる500万という目標が、ミキサーの歯でズタズタになった誠の心を奮い立たせる。残りワンベット――これが、彼がベットする最後のギャンブル。
その背中から覗く店長は、笑みを浮かべながら彼の左拳に握られるレバーを見つめる。その顔にはどこか狂気じみた光が宿っていた。
誠がガクガクと震える手でレバーを引く――ガチャン――時間が止まったかのような感覚が短く訪れる――。
ブブーと情けない音が鳴り、誠の視界がぐにゃりと歪む。画面には「あなたの負けです」と表示されている。
誠はいつの間にかゲーム機を前に気絶していた。次に気づいた時には、何も見えず、何も聞こえず、何も感じなかった。ただ気がついたという意識だけが誠に存在していた。
「お客様、いかがでしたか?」
店長は聞こえるはずのない誠に向かって話しかけた。「何だ? どこだ? 誠様、あなたは勝負に負けたんですよ。 おい! ここはどこだ! 俺に何をした! 」
店長は不気味な一人芝居を反応の無い誠の前でしてみせる。
「誠様、あなたは負けた。そして今――あなたが大好きなパチスロ台の中にいます」
店長はニタニタと笑みを浮かべ、誠をじっと見つめる。
「冗談? いやいや、私が冗談を言うわけありませんよ。喜んでください。これがあなたの新しい人生です。人間の脳は面白い乱数を弾き出すもので、これがすごくスロットを面白くさせるんです」
そういうと、くるりと身体の向きを変え、ルンルンとした軽い足取りで誠を残し、ホールへと戻って行った。
数日が経ち、ホールではあいも変わらず人々で賑わっていた。
「よっしゃ!当たった!」
「くそっ!また外れかよ!」
ホールに響き渡る様々な声の中、密かに誠は永遠にも思える意識だけがあるという感覚の中、地獄の日々を送っていた。
ある日、某パチンコ店に他で見た事もない新しいスロット台が設置されていた。その奇妙なデザインの機械がその店に設置されてから奇妙な噂が絶えない。
「乱数がおかしい」「学習している気がする」「機械とは違う温度を筐体から感じる」「音が途切れると呼吸のような音が聞こえる」「エラーで筐体が開かれると顔の様なものが見えた」
その筐体で遊んだ客たちからそういった奇妙な噂が囁かれていた。そんな折、若い女性二人組がそのスロット台で遊んでいた。
「あれ、なんだろ……リールを横から見たんだけど、奥に顔っぽいの見えない?」
「え、ほんとだ。気持ち悪……でもこれ、不思議と他のより脳汁出るんだけど」
「わかる。面白くて金止まんないの笑う」
彼女たちは知らない。その台の中で、脳だけ残された頭部だけの人間が苦しみ続けていることを。そして彼女たちもまた、同じ顛末が待っている可能性は否定できない。