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第十三話 寒さ対策

ー/ー



「うー! さぶっ」北海道の片田舎に住む佐藤は、今年の冬が例年になく厳しいことを肌で感じていた。
 窓の外では雪が舞い、風が唸りを上げている。小屋全体が冷気に包まれ、隙間風が耳元で囁くような吹雪の夜。

「こりゃあ、いつもの重ね着じゃ足りねえわ」
 
 佐藤はクローゼットを開け、持っている服を全て引っ張り出した。薄手の下着から始め、その上にヒートテック、さらにフリースのシャツ、セーター、そしてダウンジャケットと次々に何枚も重ねて着込んでいく。下半身も同様だ。
 やがて何層にも重ねられた布地が彼の体を覆い尽くす。その姿はまるで雪だるまのようだ。
 
「よし、これで完璧だわ」
 
 満足げに頷いた佐藤だったが、その表情はすぐに曇った。部屋の中がまだ寒い。

「おかしいな……ストーブはつけてるよな」

 ストーブに近づいて確認しようとしたが、重ね着をし過ぎたせいで体が思うように動かない。腕を伸ばそうとしても服が重なってうまく伸ばす事が出来ない。膝を曲げることすら一苦労で、関節をまっすぐにしたまま、体を捻り前に進むしかない。四苦八苦してやっとの思いでストーブに手が届く位置に辿り着き、掌を向けると暖かな熱が――伝わってこない。冷たい空気のピーンもした感触が掌から指先まで伝わってきた。

「くそっ、動いてねえじゃん」
 
 身体が凍りつく感覚が警報音となり、佐藤の頭にピロロンピロロンと響く。焦りから急いで服を脱ごうとするが、重ね着した服は互いに密着していて一向に脱げない。グングンと身体を伸ばしたり捻ったり、腕を上げようとしても密集した布が関節を締め付けて上がらず、首を動かそうとしても襟元が首の皮を擦り、更に締め付けてくるようで息苦しい。
 
「ち、違う……くふぅ……こんな……ふぅ……はずじゃ……」
 
 焦れば焦るほど布は大蛇のように締め付けを強め、やがて獲物として捕らわれたネズミのように佐藤の顔は赤黒くなっていく。額には汗が浮かび始め、皮膚から溢れ出る汗が生地を湿らせ繊維の収縮を加速させる。何層にも重なる服はますます体にぴったりと張り付き、重たく佐藤を締め付ける。
 
「た、たすけ……だれ……か……」
 
 重たい布の雪だるまのモンスターと化した佐藤は必死に声を上げようとする。だが、喉元を締め付ける襟のせいで、途切れてかすれた声しか出ない。
 パニックに陥った佐藤はなんとか外へ出ようともがき、体を左右に漕いで床を擦るように玄関へ向かい、ドアノブに手を掛けた。
 ドアが風に煽られて勢いよく開くと、佐藤の身体は体勢を崩し、ゴロゴロと玉が転がるように吹雪の世界へ飛び込んだ。
 一瞬にして佐藤は雪に覆われ、本物の雪だるまに姿を変えた。汗で湿っていた服は瞬く間に凍りつき、ひどく重たい氷の甲冑を身に纏ったかのようだった。
 
「う……う……」
 
 歯の根が合わない。震えが止まらない。雪がひび割れボトボトと落ちる。佐藤は生命の危機を感じ、最後の力を振り絞って再び家の中へ戻ろうとしたが、凍りついた服のせいで体が思うように動かない。しかし、彼は諦めなかった。こんな事で死ぬものか、これまでの幸せな思い出が脳内を駆け回り、生への原動力となった。がむしゃらに力を込めて、ぐっぐっと雪を鳴らして少しづつ少しづつ、生きる力が彼を家へ導いた。ドアを押し開けて、冷えたその脚で地面を力強く蹴り上げて重たいボディを部屋に投げむが、間も無く外よりも暖かい室内と激しく消費されたカロリーの熱で布の氷が溶け始める。
 それは佐藤にあたら得られた新たな試練、苦痛の始まりだった。
 纏わりついていた布達が再び縮み、さらに身体を締め付ける。

「も……もう……だめだ……」
 
 獲物をもうすぐ食べる事が出来ると爛々とした大蛇の瞳が佐藤を見つめているようだ。酸素不足によって視界がぼやけていく中、彼の目はストーブの電源プラグにフォーカスをあてた。神様が与えてくれたチャンスに応えるべく、失われていく命の炎で心を溶かし、ギリギリの力を振り絞って佐藤はプラグへ手を伸ばした。その最後の望みに指先が触れる。命の炎が一瞬大きくうねりをあげたタイミングで「くおおおっ」と声を振り絞りコンセントにプラグを差し込んだ。
 
カチッ
 
 ブーンという機械音が鳴り、温かな空気がじわじわと部屋全体へ広がり始めた。 いまにも消えそうだった命の炎を包み込む優しい暖かさを感じながら佐藤はほっとため息をついた。意識が完全に回復するのを待って、ゆっくりと何層にも重なっていた服を脱ぎ始める。一枚一枚丁寧に剥ぎ取られる布地。その一枚一枚が剥がれていくと、身体への圧迫感から解放され、睨みつけていた大蛇が獲物に反撃されまいと逃げていくようだいった。

「なにしてんだか……気をつけないとな……こんなくだらない事で死ぬかと思ったわ」
 
 彼は苦笑いしながら最後の一枚を脱ぎ終え――ふと気づいた。

「あれ?そうか、そら寒いわけだ」

 吹雪で覆われ管理が行き届いておらず、今はその存在すら知るものも少ない山小屋の中。そのストーブの前に髑髏が転がっていた。


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「うー! さぶっ」北海道の片田舎に住む佐藤は、今年の冬が例年になく厳しいことを肌で感じていた。
 窓の外では雪が舞い、風が唸りを上げている。小屋全体が冷気に包まれ、隙間風が耳元で囁くような吹雪の夜。
「こりゃあ、いつもの重ね着じゃ足りねえわ」
 佐藤はクローゼットを開け、持っている服を全て引っ張り出した。薄手の下着から始め、その上にヒートテック、さらにフリースのシャツ、セーター、そしてダウンジャケットと次々に何枚も重ねて着込んでいく。下半身も同様だ。
 やがて何層にも重ねられた布地が彼の体を覆い尽くす。その姿はまるで雪だるまのようだ。
「よし、これで完璧だわ」
 満足げに頷いた佐藤だったが、その表情はすぐに曇った。部屋の中がまだ寒い。
「おかしいな……ストーブはつけてるよな」
 ストーブに近づいて確認しようとしたが、重ね着をし過ぎたせいで体が思うように動かない。腕を伸ばそうとしても服が重なってうまく伸ばす事が出来ない。膝を曲げることすら一苦労で、関節をまっすぐにしたまま、体を捻り前に進むしかない。四苦八苦してやっとの思いでストーブに手が届く位置に辿り着き、掌を向けると暖かな熱が――伝わってこない。冷たい空気のピーンもした感触が掌から指先まで伝わってきた。
「くそっ、動いてねえじゃん」
 身体が凍りつく感覚が警報音となり、佐藤の頭にピロロンピロロンと響く。焦りから急いで服を脱ごうとするが、重ね着した服は互いに密着していて一向に脱げない。グングンと身体を伸ばしたり捻ったり、腕を上げようとしても密集した布が関節を締め付けて上がらず、首を動かそうとしても襟元が首の皮を擦り、更に締め付けてくるようで息苦しい。
「ち、違う……くふぅ……こんな……ふぅ……はずじゃ……」
 焦れば焦るほど布は大蛇のように締め付けを強め、やがて獲物として捕らわれたネズミのように佐藤の顔は赤黒くなっていく。額には汗が浮かび始め、皮膚から溢れ出る汗が生地を湿らせ繊維の収縮を加速させる。何層にも重なる服はますます体にぴったりと張り付き、重たく佐藤を締め付ける。
「た、たすけ……だれ……か……」
 重たい布の雪だるまのモンスターと化した佐藤は必死に声を上げようとする。だが、喉元を締め付ける襟のせいで、途切れてかすれた声しか出ない。
 パニックに陥った佐藤はなんとか外へ出ようともがき、体を左右に漕いで床を擦るように玄関へ向かい、ドアノブに手を掛けた。
 ドアが風に煽られて勢いよく開くと、佐藤の身体は体勢を崩し、ゴロゴロと玉が転がるように吹雪の世界へ飛び込んだ。
 一瞬にして佐藤は雪に覆われ、本物の雪だるまに姿を変えた。汗で湿っていた服は瞬く間に凍りつき、ひどく重たい氷の甲冑を身に纏ったかのようだった。
「う……う……」
 歯の根が合わない。震えが止まらない。雪がひび割れボトボトと落ちる。佐藤は生命の危機を感じ、最後の力を振り絞って再び家の中へ戻ろうとしたが、凍りついた服のせいで体が思うように動かない。しかし、彼は諦めなかった。こんな事で死ぬものか、これまでの幸せな思い出が脳内を駆け回り、生への原動力となった。がむしゃらに力を込めて、ぐっぐっと雪を鳴らして少しづつ少しづつ、生きる力が彼を家へ導いた。ドアを押し開けて、冷えたその脚で地面を力強く蹴り上げて重たいボディを部屋に投げむが、間も無く外よりも暖かい室内と激しく消費されたカロリーの熱で布の氷が溶け始める。
 それは佐藤にあたら得られた新たな試練、苦痛の始まりだった。
 纏わりついていた布達が再び縮み、さらに身体を締め付ける。
「も……もう……だめだ……」
 獲物をもうすぐ食べる事が出来ると爛々とした大蛇の瞳が佐藤を見つめているようだ。酸素不足によって視界がぼやけていく中、彼の目はストーブの電源プラグにフォーカスをあてた。神様が与えてくれたチャンスに応えるべく、失われていく命の炎で心を溶かし、ギリギリの力を振り絞って佐藤はプラグへ手を伸ばした。その最後の望みに指先が触れる。命の炎が一瞬大きくうねりをあげたタイミングで「くおおおっ」と声を振り絞りコンセントにプラグを差し込んだ。
カチッ
 ブーンという機械音が鳴り、温かな空気がじわじわと部屋全体へ広がり始めた。 いまにも消えそうだった命の炎を包み込む優しい暖かさを感じながら佐藤はほっとため息をついた。意識が完全に回復するのを待って、ゆっくりと何層にも重なっていた服を脱ぎ始める。一枚一枚丁寧に剥ぎ取られる布地。その一枚一枚が剥がれていくと、身体への圧迫感から解放され、睨みつけていた大蛇が獲物に反撃されまいと逃げていくようだいった。
「なにしてんだか……気をつけないとな……こんなくだらない事で死ぬかと思ったわ」
 彼は苦笑いしながら最後の一枚を脱ぎ終え――ふと気づいた。
「あれ?そうか、そら寒いわけだ」
 吹雪で覆われ管理が行き届いておらず、今はその存在すら知るものも少ない山小屋の中。そのストーブの前に髑髏が転がっていた。