「それじゃ寝よう。ミュウちゃんがそっちね」
壁際に少女を寝かせ、由貴が手前に横になる。
目で合図され、俺は「おやすみ」とだけ言って寝室を出た。照明はリモコンで消せるから。
キッチンの床に急ごしらえで作られた寝床。
マットの上に胡坐をかいて、俺は閉め切られた寝室の中を気にしていた。
「あの子、寝たわ」
音もなく間仕切りのドアが開いて、恋人が姿を見せる。
「少なくとも暴力受けてることはなさそうね。身体に痣や傷も見当たらなかったから。意外と髪や服も薄汚れた感じもないし」
それを確かめるための「風呂」で「着替え」だったんだろうな。これこそ俺には無理だ。
だけど俺だって平凡でありきたりなりに三十年近く生きて来て、「子どもに愛情や関心ない」親がいるくらい知ってる。
わかりやすく殴られたり服を買ってもらえなかったりじゃなくても、表から見えない部分で傷つけられる子がいるって事実も。
小綺麗にしてて怪我もないからって「普通の幸せな子ども」とは限らないんだよな。
「由貴、いきなり何も言わずに呼びつけて悪かった。俺一人じゃもうどうしていいかわかんなかったよ。あの調子なら、警察連れてく途中で喚かれて絶対通報されてたと思う」
「別に。たいしたことしてないわ。明日休みじゃなかったら理由くらいは聞き出したけどね」
軽く肩を竦めた彼女に、感謝が溢れ出した。
「ありがとう。俺、今まで言えなかったんだけど、お前で良かった。ずっとそうだったけど、今日すっごい身に沁みた。あ、愛してるからこれからも俺といてくれ。こんな時にごめん」
「……ちょっとびっくり。光太って、そういうの絶対無理だと思ってた。まあ自分で選んだ男なんだからって諦めてはいたんだけどさ。──すごく、嬉しい」
はにかんだ笑顔の恋人が堪らなく可愛い。
ああ、ミュウがいなきゃこのまま、と思い掛けて反省する。あの子がいたからこそだろ。
とんだ厄介者だ、としか感じてなかった「自称猫ちゃん」の存在に背中押されなきゃ、俺は一生こんなこと口にできなかった。
我ながらくだらねえな。「黙って俺について来い」なんて堂々としてられるほどの男でもないのにさ。
朝になったら警察に行こう。
由貴に一緒に来てもらえば、途中で
職務質問される危険もねえだろ。
寝室に戻る由貴とキスを交わして、あの子のこれからに少しでも平穏が訪れるように祈りながら、俺は狭いキッチンの床で眠った。