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5 桟原香織①

ー/ー



 それから一週間くらいして綾奈は倉石村を出て行った。見送られても照れ臭いからと出発する日だけしか教えてくれていなかったが、秘密基地からの帰り道で強引に時間を聞き出した。朝早く、迎えの車がコミュニティセンターまで迎えに来てくれるのだという。
 次の日、結衣にもそのことを伝えようと思ったのだが全然二人きりになれるような状況がない。その一日は結衣と一言も交わすことなく終わった。
 結局、結衣に綾奈の出発日時を伝られたのは予定日の二日前だった。その間、私と綾奈で集まることはあっても結衣が来ることはなく、そもそも個人個人で会うということもなかった。結衣はというといつも校内では誰かと一緒にいて、私たちに気付くとその場を離れどこかへ行ってしまう。帰り道も友人たちと町中を寄り道するか、そうでないときは一人で早々と帰ってしまうかで、会う会わないという話ではなくそもそも見つけるのが難しい。これほどクラスが違うことを煩わしく感じることは今後ないように思えた。そのことを伝えられたのも奇跡みたいにタイミングがかみ合って偶然一人でいるところに出会ったからだった。
 いざとなれば直接家に行って伝えてやろうなんて考えていた私は、家に帰ったら実際に行動に移そうと計画していた。そうやって学校で結衣と話すのを諦めて高校の友人たちと話したり、昼休みには男子に混じって体育館でバスケをしたりと綾奈や結衣のいない学生生活をしてみていたのだが、久しぶりに特定のだれかではなく色々な人と接したりするので少し疲れてしまった。肝心の綾奈はというと準備やら何やらで色々忙しいらしくその日は学校に来ていなかった。
 放課後、何の意味もなく一番に教室を出ると駐輪場まで行き、自転車で町の中を走り回ってみた。訪れたことのある場所がカフェや病院、通学路沿いくらいしかない身からしたらそれ単体で見ると大したものではないのに見るものすべてが新鮮に思えて楽しかった。特に山を少し上ったところにある神社は、山肌に馴染む石でできた階段や鳥居、手水鉢やほんのり苔むした灯篭が並んでいて雰囲気が好きだ。そこから見下ろす町並みの向こうには大海原が広がり、水平線が空と海を曖昧に分けていた。途中まで行くと倉庫の様なお宮が鎮座していて左側には参道の様な山道が森の奥へと続いている。興味本位でその先にも行ってみようとしたが、口の中に入りそうなほどの蚊が鬱陶しくて途中で断念した。
 坂道を下り再び住宅街を突っ切って二十分ほど走り抜けると、海に寄り添うように伸びる国道に戻ってきた。右側に向かえば学校へと戻ることが出来る。私は左へ気が向くままに進んでみようと思った。
 ガソリンスタンドの横に架かった橋を渡る。左手には住宅がずらっと立ち並んでいて、奥には生い茂る木々たちが背伸びをするように顔を覗かせていた。 
 過行く建物たちにどこか寂しいものを感じた。なぜだろう。建物単体で見たら橋の向こうの物と大して変わっているわけではないのに、向こうにあっても違和感はないはずなのに。抱く印象は全く違う。
 右手に広がる海のせいだろうか。建物に囲まれなくなったことで急に遠くまで見渡せるようになってしまったからだろうか。もし私がこの道路しか知らなかったら寂しいなんて感情を抱かなかったはずだ。
 ずっと進んでいくと道路を下へ降りる階段があった。自転車を運んで降りるにはやや狭い通路だ。階段の横に何台か自転車が停めてあったが、歩道をせき止めるように置いていくのは忍びない。携帯電話で調べてみると駐車場しかないが仕方がなかった。
 そこは神社の管理する駐車場の様で、神主が竹ぼうきで地面を掃いているのが見えた。お願いしたところ快く受け入れてくれて、車の邪魔にならないよう駐車場の端に自転車を置かせてもらえることになった。自転車を押してそこまで運ぶと、車の陰になって見えていなかったが見慣れた自転車が停められているのに気付いた。だが、自転車が被るなんてことはあり得なくもない話だ。そう思って対して気にも留めないようにして階段の方に向かった。
 かなり遠くまで横に伸びた砂浜は思っていたよりも人で賑わっている。と言っても人でいっぱいというわけではなく、休み期間でも何でもない平日にしてはという話だ。波打ち際にいる疎らな人影たちの多くは自分の体よりも二十センチほど大きいサーフボードを持って海を眺めて話したりしている。おそらくここはサーフィンに適した海というやつなのだろう。意識して見てみると確かに波が高い気がする。
 砂浜には海水浴場の写真でよく写っているテントなどは全くない。その代わりと言ってはなんだが、高架下まで広がる砂浜の上などで休んでいる人が多くいた。日の光を遮れる場所があるからテントは必要ないらしい。海の家もいくつかあり、所々でライフセーバーが監視もしている。落ち着いた雰囲気でゆっくり散歩するには丁度良かった。
 一歩、二歩と歩いて気付いたことは砂浜を歩くのに靴など必要ないということだ。すぐさま靴下まで脱いで裸足になる。靴は置いていくわけにもいかず、かといってカバンの中に直でいれるというわけにもいかない。仕方なく鞄を肩にかけていない方の手で持っていくことにした。
 高架下から出ると太陽が待ってましたと言わんばかりに照りつける。陽の光を存分に含んだ砂を踏みしめていくのは心地がよく、思っていたよりも熱くはない。波の音がザアッと定期的に響いていた。
 いつの間にか歩いた距離が砂浜の半分くらいまでになっていた。ふと立ち止まり高架下の方を見ると、小さい子供を連れた二組の家族がシートを敷いて休んでいる。親たちをよそに男の子と女の子は戯れながら砂遊びを一緒にしていた。五歳くらいだろうか。あるいは近くに学校があるから小学生かもしれない。あんまりジロジロと見ているわけにもいかず、口角が上がっているのをばれないように背を向けるとそのまま海の方に向かった。
 波打ち際まで行くと波の音が大きくて余計に風が強く感じる。踵くらいまで水に浸かってみるとその部分だけ別世界に切り離されたかのように冷たい。別に綺麗な水というわけでもないのにどうしてもっと触れていたくなるのだろう。足元を何度も洗っていく波は私を押しているようにも引っ張っているようにも感じた。それに流されるように少しずつ頭の中が空っぽになっていく。
 しばらくして今度は波打ち際を歩き始めた。最初と違って湿った足には砂がついて汚れやすい。そのたびに海に入って砂を流していた。


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 それから一週間くらいして綾奈は倉石村を出て行った。見送られても照れ臭いからと出発する日だけしか教えてくれていなかったが、秘密基地からの帰り道で強引に時間を聞き出した。朝早く、迎えの車がコミュニティセンターまで迎えに来てくれるのだという。
 次の日、結衣にもそのことを伝えようと思ったのだが全然二人きりになれるような状況がない。その一日は結衣と一言も交わすことなく終わった。
 結局、結衣に綾奈の出発日時を伝られたのは予定日の二日前だった。その間、私と綾奈で集まることはあっても結衣が来ることはなく、そもそも個人個人で会うということもなかった。結衣はというといつも校内では誰かと一緒にいて、私たちに気付くとその場を離れどこかへ行ってしまう。帰り道も友人たちと町中を寄り道するか、そうでないときは一人で早々と帰ってしまうかで、会う会わないという話ではなくそもそも見つけるのが難しい。これほどクラスが違うことを煩わしく感じることは今後ないように思えた。そのことを伝えられたのも奇跡みたいにタイミングがかみ合って偶然一人でいるところに出会ったからだった。
 いざとなれば直接家に行って伝えてやろうなんて考えていた私は、家に帰ったら実際に行動に移そうと計画していた。そうやって学校で結衣と話すのを諦めて高校の友人たちと話したり、昼休みには男子に混じって体育館でバスケをしたりと綾奈や結衣のいない学生生活をしてみていたのだが、久しぶりに特定のだれかではなく色々な人と接したりするので少し疲れてしまった。肝心の綾奈はというと準備やら何やらで色々忙しいらしくその日は学校に来ていなかった。
 放課後、何の意味もなく一番に教室を出ると駐輪場まで行き、自転車で町の中を走り回ってみた。訪れたことのある場所がカフェや病院、通学路沿いくらいしかない身からしたらそれ単体で見ると大したものではないのに見るものすべてが新鮮に思えて楽しかった。特に山を少し上ったところにある神社は、山肌に馴染む石でできた階段や鳥居、手水鉢やほんのり苔むした灯篭が並んでいて雰囲気が好きだ。そこから見下ろす町並みの向こうには大海原が広がり、水平線が空と海を曖昧に分けていた。途中まで行くと倉庫の様なお宮が鎮座していて左側には参道の様な山道が森の奥へと続いている。興味本位でその先にも行ってみようとしたが、口の中に入りそうなほどの蚊が鬱陶しくて途中で断念した。
 坂道を下り再び住宅街を突っ切って二十分ほど走り抜けると、海に寄り添うように伸びる国道に戻ってきた。右側に向かえば学校へと戻ることが出来る。私は左へ気が向くままに進んでみようと思った。
 ガソリンスタンドの横に架かった橋を渡る。左手には住宅がずらっと立ち並んでいて、奥には生い茂る木々たちが背伸びをするように顔を覗かせていた。 
 過行く建物たちにどこか寂しいものを感じた。なぜだろう。建物単体で見たら橋の向こうの物と大して変わっているわけではないのに、向こうにあっても違和感はないはずなのに。抱く印象は全く違う。
 右手に広がる海のせいだろうか。建物に囲まれなくなったことで急に遠くまで見渡せるようになってしまったからだろうか。もし私がこの道路しか知らなかったら寂しいなんて感情を抱かなかったはずだ。
 ずっと進んでいくと道路を下へ降りる階段があった。自転車を運んで降りるにはやや狭い通路だ。階段の横に何台か自転車が停めてあったが、歩道をせき止めるように置いていくのは忍びない。携帯電話で調べてみると駐車場しかないが仕方がなかった。
 そこは神社の管理する駐車場の様で、神主が竹ぼうきで地面を掃いているのが見えた。お願いしたところ快く受け入れてくれて、車の邪魔にならないよう駐車場の端に自転車を置かせてもらえることになった。自転車を押してそこまで運ぶと、車の陰になって見えていなかったが見慣れた自転車が停められているのに気付いた。だが、自転車が被るなんてことはあり得なくもない話だ。そう思って対して気にも留めないようにして階段の方に向かった。
 かなり遠くまで横に伸びた砂浜は思っていたよりも人で賑わっている。と言っても人でいっぱいというわけではなく、休み期間でも何でもない平日にしてはという話だ。波打ち際にいる疎らな人影たちの多くは自分の体よりも二十センチほど大きいサーフボードを持って海を眺めて話したりしている。おそらくここはサーフィンに適した海というやつなのだろう。意識して見てみると確かに波が高い気がする。
 砂浜には海水浴場の写真でよく写っているテントなどは全くない。その代わりと言ってはなんだが、高架下まで広がる砂浜の上などで休んでいる人が多くいた。日の光を遮れる場所があるからテントは必要ないらしい。海の家もいくつかあり、所々でライフセーバーが監視もしている。落ち着いた雰囲気でゆっくり散歩するには丁度良かった。
 一歩、二歩と歩いて気付いたことは砂浜を歩くのに靴など必要ないということだ。すぐさま靴下まで脱いで裸足になる。靴は置いていくわけにもいかず、かといってカバンの中に直でいれるというわけにもいかない。仕方なく鞄を肩にかけていない方の手で持っていくことにした。
 高架下から出ると太陽が待ってましたと言わんばかりに照りつける。陽の光を存分に含んだ砂を踏みしめていくのは心地がよく、思っていたよりも熱くはない。波の音がザアッと定期的に響いていた。
 いつの間にか歩いた距離が砂浜の半分くらいまでになっていた。ふと立ち止まり高架下の方を見ると、小さい子供を連れた二組の家族がシートを敷いて休んでいる。親たちをよそに男の子と女の子は戯れながら砂遊びを一緒にしていた。五歳くらいだろうか。あるいは近くに学校があるから小学生かもしれない。あんまりジロジロと見ているわけにもいかず、口角が上がっているのをばれないように背を向けるとそのまま海の方に向かった。
 波打ち際まで行くと波の音が大きくて余計に風が強く感じる。踵くらいまで水に浸かってみるとその部分だけ別世界に切り離されたかのように冷たい。別に綺麗な水というわけでもないのにどうしてもっと触れていたくなるのだろう。足元を何度も洗っていく波は私を押しているようにも引っ張っているようにも感じた。それに流されるように少しずつ頭の中が空っぽになっていく。
 しばらくして今度は波打ち際を歩き始めた。最初と違って湿った足には砂がついて汚れやすい。そのたびに海に入って砂を流していた。