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4 桟原香織④

ー/ー



 私たちが物と思い出を結び付けるのに満足したのは空がほんのりと朱に染まってきた頃だった。昔よく腰かけていた材木の土ぼこりをサッと払って腰かける。秘密基地を作るときに持ってきたものだったが使い切れずそのままにしていた。
 秘密基地の材料となる木材は康介の家がしている石材会社の人たちが持ってきてくれた。私たちがいない間に作業したようで、いつのまにか広い空間に材木が並んでいたときは夢か何かだと勘違いしそうになったものだ。そのうえ、設計図の準備もされていて木もすでに切ってあるときた。あとは指示通りに組み立てれば完成するという具合だった。
 そんな至れり尽くせりな状況で材木の数をミスするなんてことがあるだろうか。おそらく万が一のために余分に持ってきておいたのだろう。改めて作業するというときにまた下から運んでくるのは想像以上に大変なはずだ。
 結局、そんな心配の必要もなく私たちは材木を余らせて並べておいた。それが座るのにちょうどいいと分かるとみんなでよく並んで腰かけたものだ。
 ただ、あの頃の私たちには丁度いい高さであっても、今の私たちには少し低い。本当なら木の上の秘密基地でゆっくりしたいところだったが、地面とそこを繋いでいた梯子を見ていると上る気が失せてしまったのだ。
「こうやって座ってるとなんだか昔に戻ったみたい」
 空を仰ぎ見ながら綾奈は言った。
「今までは思ってなかったの?」
「そんなことはないけど……なんて言うか」
 目を閉じて「ん-」と考え込む。
「より昔に近づく、みたいな?やっぱりここにいるときと学校にいるときとじゃカオちゃんたちと一緒にいたとしても気持ちが少し違うから」
「……分かる気がする」
「だよね!学校ではやっぱりちょっと背伸びしないといけないような気がして、カオちゃんたちといてもそれがなくなることがないんだ。なんでなんだろう。学校っていう空間を意識してるからなのかな」
「学校っていうよりも他の人の目があるからじゃない?気を許せる人以外の人がいるからとか」
「本当にそれだけだと思う?」
「……分からない」
「小学生の頃も色んなことをいっぱい話したよね。あの頃はただ楽しいってだけでよかったのに」
 抱えていたものを吐き出すように綾奈は続けた。
「いつからこんなにも自分を曝け出すのが難しくなったんだろう。私も、みんなも……なんでこんな不安に感じちゃうんだろうね」
 私は綾奈がそんなことを言うとは思ってもいなかった。いつも笑顔でみんなを引っ張ってくれる。おそらく彼女に憧れている人は少なくないだろう。そんな綾奈が強がるように乾いた笑いをしながら弱音を吐くなんて想像もしてなかった。現実味がなさ過ぎて聞き間違えたんじゃないかと自分の耳を疑ってしまう。
 だが、これが綾奈の曝け出せなかったものなのだろう。いや。そのうちのごく一部なのかもしれない。
 そんな綾奈の言葉に私はどこか共感していた。なにかを話すとき、間違いなく自分を隠すようになった。相手の顔色を窺って、相手の求める自分に合わせていくようになった。これは綾奈や結衣、恵太や康介に対してもそうだ。自分を曝け出すことで、それが原因で嫌われてしまうんじゃないか。話しているときにそういう考えが頭をよぎる。特に四人の前ではそうなってしまう。
 どこかでみんなを信じられなくなっているのだ。互いに隠し合うから相手のことが分からない。それでも、それに気づいてないふりをして関係性が壊れないように演じ続けている。それが今の私たち。
「それだけ大事なものが増えたってことじゃないかな?」
「え?」
 綾奈が驚いたように私を見た。
「きっと大事なものがあって、それに変化を与えたくないから、自分の中で変化しちゃったものを隠すんじゃない?多分、色んなことを経験したからそういうのが増えたんだよ」
 心のどこかで考えたことがあったのだろうか。思ったよりもスムーズに言葉が出たことに自分でも驚いた。
「そっか……でも、それって大人になるにつれてそういうことが増えるってことだよね」
「どうだろう……」
 自分の言ったことに当てはめると綾奈の言う通りだ。実際どうなるかは分からないが、色々なことを経験するほど自分を隠す機会が増えていく。分かり切っていることなのに答えをはぐらかす。指を合わせて綾奈から目を逸らした。
「寂しくなるね」
 右耳に刺さる綾奈の声がしばらく抜けなかった。


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 私たちが物と思い出を結び付けるのに満足したのは空がほんのりと朱に染まってきた頃だった。昔よく腰かけていた材木の土ぼこりをサッと払って腰かける。秘密基地を作るときに持ってきたものだったが使い切れずそのままにしていた。
 秘密基地の材料となる木材は康介の家がしている石材会社の人たちが持ってきてくれた。私たちがいない間に作業したようで、いつのまにか広い空間に材木が並んでいたときは夢か何かだと勘違いしそうになったものだ。そのうえ、設計図の準備もされていて木もすでに切ってあるときた。あとは指示通りに組み立てれば完成するという具合だった。
 そんな至れり尽くせりな状況で材木の数をミスするなんてことがあるだろうか。おそらく万が一のために余分に持ってきておいたのだろう。改めて作業するというときにまた下から運んでくるのは想像以上に大変なはずだ。
 結局、そんな心配の必要もなく私たちは材木を余らせて並べておいた。それが座るのにちょうどいいと分かるとみんなでよく並んで腰かけたものだ。
 ただ、あの頃の私たちには丁度いい高さであっても、今の私たちには少し低い。本当なら木の上の秘密基地でゆっくりしたいところだったが、地面とそこを繋いでいた梯子を見ていると上る気が失せてしまったのだ。
「こうやって座ってるとなんだか昔に戻ったみたい」
 空を仰ぎ見ながら綾奈は言った。
「今までは思ってなかったの?」
「そんなことはないけど……なんて言うか」
 目を閉じて「ん-」と考え込む。
「より昔に近づく、みたいな?やっぱりここにいるときと学校にいるときとじゃカオちゃんたちと一緒にいたとしても気持ちが少し違うから」
「……分かる気がする」
「だよね!学校ではやっぱりちょっと背伸びしないといけないような気がして、カオちゃんたちといてもそれがなくなることがないんだ。なんでなんだろう。学校っていう空間を意識してるからなのかな」
「学校っていうよりも他の人の目があるからじゃない?気を許せる人以外の人がいるからとか」
「本当にそれだけだと思う?」
「……分からない」
「小学生の頃も色んなことをいっぱい話したよね。あの頃はただ楽しいってだけでよかったのに」
 抱えていたものを吐き出すように綾奈は続けた。
「いつからこんなにも自分を曝け出すのが難しくなったんだろう。私も、みんなも……なんでこんな不安に感じちゃうんだろうね」
 私は綾奈がそんなことを言うとは思ってもいなかった。いつも笑顔でみんなを引っ張ってくれる。おそらく彼女に憧れている人は少なくないだろう。そんな綾奈が強がるように乾いた笑いをしながら弱音を吐くなんて想像もしてなかった。現実味がなさ過ぎて聞き間違えたんじゃないかと自分の耳を疑ってしまう。
 だが、これが綾奈の曝け出せなかったものなのだろう。いや。そのうちのごく一部なのかもしれない。
 そんな綾奈の言葉に私はどこか共感していた。なにかを話すとき、間違いなく自分を隠すようになった。相手の顔色を窺って、相手の求める自分に合わせていくようになった。これは綾奈や結衣、恵太や康介に対してもそうだ。自分を曝け出すことで、それが原因で嫌われてしまうんじゃないか。話しているときにそういう考えが頭をよぎる。特に四人の前ではそうなってしまう。
 どこかでみんなを信じられなくなっているのだ。互いに隠し合うから相手のことが分からない。それでも、それに気づいてないふりをして関係性が壊れないように演じ続けている。それが今の私たち。
「それだけ大事なものが増えたってことじゃないかな?」
「え?」
 綾奈が驚いたように私を見た。
「きっと大事なものがあって、それに変化を与えたくないから、自分の中で変化しちゃったものを隠すんじゃない?多分、色んなことを経験したからそういうのが増えたんだよ」
 心のどこかで考えたことがあったのだろうか。思ったよりもスムーズに言葉が出たことに自分でも驚いた。
「そっか……でも、それって大人になるにつれてそういうことが増えるってことだよね」
「どうだろう……」
 自分の言ったことに当てはめると綾奈の言う通りだ。実際どうなるかは分からないが、色々なことを経験するほど自分を隠す機会が増えていく。分かり切っていることなのに答えをはぐらかす。指を合わせて綾奈から目を逸らした。
「寂しくなるね」
 右耳に刺さる綾奈の声がしばらく抜けなかった。