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全知の鍵

ー/ー



「……ビアスはどこへ行った?」

「さ、さぁ?」


 授業が終わり、モニカは教室で一息ついて休憩をしていた。授業の復習をしつつ、パーシーやヨナたちと、いつも通り何気ない話をしていた。しかし、次の瞬間、モニカの平穏な休憩は崩れ去る。
 壊れるくらいの勢いで扉を開け、突如として現れたのは生徒会の腕章を付けたフィスティシアが躊躇いもなく教室に足を踏み入れた。長い茶髪を揺らし、誘惑することもなくひょいっとモニカを軽く持ち上げて誘拐していく。


(そして、今に至ります)


 連行された先は生徒会室。本来は生徒会に所属する生徒しか立ち入ることが許されていない聖域とも言える場所。しかし、フィスティシアやメモリア、エモールにまで気に入られているモニカは特別に出入りが許されている。


「まったく……ここで待っていろと言っておいたのに……」

「あの、何か用事があったり……しました?」

「もちろん。お前の『全知』のことでな」


『全知』

 魔女マーリンが作り出した全知の魔導書(グリモワール)がモニカに魔法を()()したことによって目覚めた魔法だ。


「あの魔導書(グリモワール)には確かに『全知』の魔法が記されていた。お前は強制的にそれを受け継がされたんだ」

「……あの魔導書(グリモワール)、もしかして、生徒会が回収したんですか?」

「喋ることを除けばただの魔導書(グリモワール)であることに変わりはないが、魔女の私物というのが厄介だ。バウディアムスで管理することは難しい」


 加えて、全知の魔導書(グリモワール)は既にモニカに魔法を継承してしまっている。記されている全知の魔法はもう誰の手に渡ることもない。あれはもうただの喋る本だ。そんなものを置いておいても価値は無い、というのがフィスティシアの見解だった。


「それで、調子はどうだ?」

「はい、目眩がすることもなくなってかなりいい感じです!」

「『鍵』は?」

「ちゃんと持ってますよ!」


 止めどなくモニカの脳に溢れる『全知』。本である魔導書(グリモワール)とは違い、人間の脳のメモリーには限界がある。この世界のすべての知識を詰め込むことができる脳なんてありはしない。実際、『全知』を受け継いだばかりのモニカは溢れ出る知識の奔流によって錯乱状態に陥っていた。


「本当に、その際はお世話になりました!」

「気にするな。生徒を守るのも生徒会の役目だ」


 そんなモニカを救ったのがフィスティシア率いる生徒会だった。


「それにしても、『鍵』って便利ですね。扉の前開閉以外にもこんな使い方ができるなんて……」


 モニカの『全知』を制御しているのは、生徒会が特注で造ったモニカ専用の『鍵』だ。キーウェイは単純な構造をしているが、特注品ということもあってこだわりはないのだろう。
 その代わりキーヘッドはかなりオシャレな仕上がりになっている。天秤のキーヘッドには、ハートの形をした飾りや星の飾り。可愛い歯車も付けられていた。このセンスから察すると恐らくエモールが造ったのだろうとモニカは予想した。


「本来『鍵』とは、解錠と施錠をする道具だ。だが、その対象が扉である必要はない」


 つまりモニカは『鍵』によって『全知』の能力を施錠し、閉ざしている状態なのだ。では、どうやって『全知』の能力を施錠したのかと言えば――


「では、今ここで『全知』を解き放ってみろ」

「い、いいんですか!?」

「あぁ。保険としてメモリアもいた方がいいと思っていたのだが……いないのなら仕方ない。私一人でもなんとかなる」

「じゃあ、やっちゃいますよ!」


 解錠し、『全知』を解き放つ方法なんて簡単で、ただ扉の鍵を開けるように、()()()()()()()()()()だけだ。
 モニカは『鍵』を自分の胸の中心に突き刺す。モニカの胸元には鍵穴のように光が灯り、『鍵』は光に突き刺さっている。少しの躊躇いはあったが、モニカはフィスティシアの目を見て、安堵するように鍵を回した。


「『全知の鍵』を解錠する――」


 その詠唱と共に、『全知』が目覚める。止めどなく溢れ出る知識の奔流。思考が反転するほどの量が押し寄せてくる。数秒で何も考えられなくなってしまいそうな感覚に陥るモニカを、フィスティシアはゆっくりと抱き寄せて言った。


「意識を集中させろ。思考を止めるな。情報を処理し続けろ」

「…………は……い」


 神精樹の古書館での一件があってから、モニカは『鍵』によって全知の能力をコントロールする練習を行っている。主に生徒会の協力の元、たまにアステシアに手を貸してもらいながら、モニカは『全知』を使いこなすための訓練をしているのだ。


「どうだ?」

「……なんだか、眠い……けど、妙に思考がクリアな感じがします」

「眠気か。体力を消耗しすぎているかもしれない。続行するか?」

「やります。やらせてください」


 あと少し、もう少し先に、靄のかかった何かが見える。モニカはその何かに手を伸ばすように、『全知』をコントロールする。
 知らなければならない大切な何かがそこにある気がする。モニカは息を絶え絶えにしながらも、必死に『全知』を支配しようとする。


「……もう限界だ。やめておけ」


 フィスティシアが支えていなければ、モニカはとっくに床に倒れ込んでいただろう。これ以上続ければ、また錯乱状態になるかもしれない。フィスティシアは深刻そうな顔をしてストップをかけた。


「でも……まだ、やれます!」

「ダメだ。これ以上負荷はかけられない。お前のために言っているんだ」

「……分かりました」


 渋々といった風に、モニカはまた胸に鍵を突き立て、光に差し込む。がちゃりという音がすると、モニカの脳を溢れさせていた『全知』は姿を消していく。


「『全知の鍵』を施錠する……」

「5分くらいか。この調子なら完全にコントロールできる日もそう遠くない。今日はもう打ち止めだが、明日また挑戦しよう」

「わかりましたぁ……」

「へなへなだな。それだけ体力を使っている証拠だ。この先の授業は寝ないようにな」

「そんなぁ……」


 ぐったりと倒れ込むように、モニカは自然に生徒会室のソファに寝そべった。まさかそんなことができる人間がメモリア以外にいたのかと、フィスティシアは唖然としてその姿を見ていた。


「そうだ。放課後、5層の1番西側の教室に寄るといい。エモールが用があるとかなんとか」

「あ、すみません。今日の放課後は予定があって……」

「……男か?」

「そ、そそっ、そんな訳ないじゃないですか!」

「そういえばお前は騎獅道の仲が良かったな」

「ち、違いますよ! 旭とは、そんな……」


 フィスティシアにおちょくられると、モニカは顔を真っ赤にして照れていた。図星だなと、フィスティシアは生徒会長の椅子に腰を下ろし、肘をつきながら倒れ込むモニカを眺めていた。


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「……ビアスはどこへ行った?」
「さ、さぁ?」
 授業が終わり、モニカは教室で一息ついて休憩をしていた。授業の復習をしつつ、パーシーやヨナたちと、いつも通り何気ない話をしていた。しかし、次の瞬間、モニカの平穏な休憩は崩れ去る。
 壊れるくらいの勢いで扉を開け、突如として現れたのは生徒会の腕章を付けたフィスティシアが躊躇いもなく教室に足を踏み入れた。長い茶髪を揺らし、誘惑することもなくひょいっとモニカを軽く持ち上げて誘拐していく。
(そして、今に至ります)
 連行された先は生徒会室。本来は生徒会に所属する生徒しか立ち入ることが許されていない聖域とも言える場所。しかし、フィスティシアやメモリア、エモールにまで気に入られているモニカは特別に出入りが許されている。
「まったく……ここで待っていろと言っておいたのに……」
「あの、何か用事があったり……しました?」
「もちろん。お前の『全知』のことでな」
『全知』
 魔女マーリンが作り出した全知の|魔導書《グリモワール》がモニカに魔法を|継《・》|承《・》したことによって目覚めた魔法だ。
「あの|魔導書《グリモワール》には確かに『全知』の魔法が記されていた。お前は強制的にそれを受け継がされたんだ」
「……あの|魔導書《グリモワール》、もしかして、生徒会が回収したんですか?」
「喋ることを除けばただの|魔導書《グリモワール》であることに変わりはないが、魔女の私物というのが厄介だ。バウディアムスで管理することは難しい」
 加えて、全知の|魔導書《グリモワール》は既にモニカに魔法を継承してしまっている。記されている全知の魔法はもう誰の手に渡ることもない。あれはもうただの喋る本だ。そんなものを置いておいても価値は無い、というのがフィスティシアの見解だった。
「それで、調子はどうだ?」
「はい、目眩がすることもなくなってかなりいい感じです!」
「『鍵』は?」
「ちゃんと持ってますよ!」
 止めどなくモニカの脳に溢れる『全知』。本である|魔導書《グリモワール》とは違い、人間の脳のメモリーには限界がある。この世界のすべての知識を詰め込むことができる脳なんてありはしない。実際、『全知』を受け継いだばかりのモニカは溢れ出る知識の奔流によって錯乱状態に陥っていた。
「本当に、その際はお世話になりました!」
「気にするな。生徒を守るのも生徒会の役目だ」
 そんなモニカを救ったのがフィスティシア率いる生徒会だった。
「それにしても、『鍵』って便利ですね。扉の前開閉以外にもこんな使い方ができるなんて……」
 モニカの『全知』を制御しているのは、生徒会が特注で造ったモニカ専用の『鍵』だ。キーウェイは単純な構造をしているが、特注品ということもあってこだわりはないのだろう。
 その代わりキーヘッドはかなりオシャレな仕上がりになっている。天秤のキーヘッドには、ハートの形をした飾りや星の飾り。可愛い歯車も付けられていた。このセンスから察すると恐らくエモールが造ったのだろうとモニカは予想した。
「本来『鍵』とは、解錠と施錠をする道具だ。だが、その対象が扉である必要はない」
 つまりモニカは『鍵』によって『全知』の能力を施錠し、閉ざしている状態なのだ。では、どうやって『全知』の能力を施錠したのかと言えば――
「では、今ここで『全知』を解き放ってみろ」
「い、いいんですか!?」
「あぁ。保険としてメモリアもいた方がいいと思っていたのだが……いないのなら仕方ない。私一人でもなんとかなる」
「じゃあ、やっちゃいますよ!」
 解錠し、『全知』を解き放つ方法なんて簡単で、ただ扉の鍵を開けるように、|差《・》|し《・》|込《・》|ん《・》|で《・》|捻《・》|れ《・》|ば《・》|い《・》|い《・》だけだ。
 モニカは『鍵』を自分の胸の中心に突き刺す。モニカの胸元には鍵穴のように光が灯り、『鍵』は光に突き刺さっている。少しの躊躇いはあったが、モニカはフィスティシアの目を見て、安堵するように鍵を回した。
「『全知の鍵』を解錠する――」
 その詠唱と共に、『全知』が目覚める。止めどなく溢れ出る知識の奔流。思考が反転するほどの量が押し寄せてくる。数秒で何も考えられなくなってしまいそうな感覚に陥るモニカを、フィスティシアはゆっくりと抱き寄せて言った。
「意識を集中させろ。思考を止めるな。情報を処理し続けろ」
「…………は……い」
 神精樹の古書館での一件があってから、モニカは『鍵』によって全知の能力をコントロールする練習を行っている。主に生徒会の協力の元、たまにアステシアに手を貸してもらいながら、モニカは『全知』を使いこなすための訓練をしているのだ。
「どうだ?」
「……なんだか、眠い……けど、妙に思考がクリアな感じがします」
「眠気か。体力を消耗しすぎているかもしれない。続行するか?」
「やります。やらせてください」
 あと少し、もう少し先に、靄のかかった何かが見える。モニカはその何かに手を伸ばすように、『全知』をコントロールする。
 知らなければならない大切な何かがそこにある気がする。モニカは息を絶え絶えにしながらも、必死に『全知』を支配しようとする。
「……もう限界だ。やめておけ」
 フィスティシアが支えていなければ、モニカはとっくに床に倒れ込んでいただろう。これ以上続ければ、また錯乱状態になるかもしれない。フィスティシアは深刻そうな顔をしてストップをかけた。
「でも……まだ、やれます!」
「ダメだ。これ以上負荷はかけられない。お前のために言っているんだ」
「……分かりました」
 渋々といった風に、モニカはまた胸に鍵を突き立て、光に差し込む。がちゃりという音がすると、モニカの脳を溢れさせていた『全知』は姿を消していく。
「『全知の鍵』を施錠する……」
「5分くらいか。この調子なら完全にコントロールできる日もそう遠くない。今日はもう打ち止めだが、明日また挑戦しよう」
「わかりましたぁ……」
「へなへなだな。それだけ体力を使っている証拠だ。この先の授業は寝ないようにな」
「そんなぁ……」
 ぐったりと倒れ込むように、モニカは自然に生徒会室のソファに寝そべった。まさかそんなことができる人間がメモリア以外にいたのかと、フィスティシアは唖然としてその姿を見ていた。
「そうだ。放課後、5層の1番西側の教室に寄るといい。エモールが用があるとかなんとか」
「あ、すみません。今日の放課後は予定があって……」
「……男か?」
「そ、そそっ、そんな訳ないじゃないですか!」
「そういえばお前は騎獅道の仲が良かったな」
「ち、違いますよ! 旭とは、そんな……」
 フィスティシアにおちょくられると、モニカは顔を真っ赤にして照れていた。図星だなと、フィスティシアは生徒会長の椅子に腰を下ろし、肘をつきながら倒れ込むモニカを眺めていた。