14
ー/ー
「気持ちはすげぇありがたいけど、今度でいいわ。最近、食えねぇから」
「でも、野菜ジュースばっかじゃダメだろ」
「固形物を受けつけなくてさ。全部吐くんだよ」
「それ、病院へ行ったほうがいいんじゃ……」
「大丈夫だよ。すぐ治るだろ」
そう言ったものの、このときからかなり長い間、食欲不振と不眠症に悩まされることとなる。
長岡が心配するのも当然だろう。受験を控えているというのに、こんな状態で大丈夫なのかと自分でも思ったぐらいだ。
だが絵に向けるエネルギーは衰えず、スミレやその恋人たちのことを振り払うように、ひたすら描き続けていた。ある意味で、ワーカーズハイのような状態だったのかもしれない。
「桔平、大丈夫なの」
学校帰りにいつものコンビニへ寄ると、今度は翔流に心配された。
「目が死んでいるっていうか……まぁ、もともと目つきは悪いんだけど。でも前はもっと澄んでたのに、なんか暗いよ」
「元が暗い人間なもんで」
「スミレさんのせいなんじゃないの」
途端に翔流の表情が険しくなる。
「いっときは穏やかでイイ感じになっていたけどさ、いまはそう見えないんだよ。常になにかに追い立てられてるみたいな……」
「受験生だからな」
「嘘つけ。たとえ藝大でも、お前なら余裕だろ? 受験で切羽詰まるわけないじゃん」
スミレと付き合い始めたとき、翔流は一応祝福してくれた。そもそもあの日、スミレを焚きつけたのはこいつだ。
しかし本音のところでは、スミレに対してなにか腑に落ちないものを感じていたらしい。ほとんど根拠のない勘だったようだが、翔流はなかなか鋭い。
「納得いく絵が描けてねぇだけだよ。スミレは関係ない」
「それで、そんなに追い詰められるもんなの?」
「追い詰められるっつーか……まぁ、フラストレーションは溜まるな」
「なぁんかさ、芸術家って早死しそうだよな。桔平はまだ死ぬなよ? 寂しいから」
普段は軽口ばかりの翔流が、本気で心配している。オレは余程酷い顔をしていたのだろう。納得いく絵が描けていないのは本当のことだった。画面の中に自分を投影する恐怖は、常につきまとっている。
納得いく絵、自分の絵が描けないまま死にたくはない。いつしかオレは、そのことだけに生きる意味を見出していた。
なんのために描くかは分からない。ただ描きたいだけだ。どれだけ苦しんでも、筆を置く気にはならない。オレにとって絵を描かないのは、呼吸を止めるのと同じだった。
その夜は、スミレが嬉しそうな顔をして家に来た。
「紗瑛が喜んでいたのよ。すっごくよかったって。やっぱり、桔平に頼んで正解ね」
紗瑛とは、オレが抱いたスミレの彼女のこと。名前なんて覚えていなかったし、もう顔も思い出せない。
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「でも、野菜ジュースばっかじゃダメだろ」
「固形物を受けつけなくてさ。全部吐くんだよ」
「それ、病院へ行ったほうがいいんじゃ……」
「大丈夫だよ。すぐ治るだろ」
そう言ったものの、このときからかなり長い間、食欲不振と不眠症に悩まされることとなる。
長岡が心配するのも当然だろう。受験を控えているというのに、こんな状態で大丈夫なのかと自分でも思ったぐらいだ。
だが絵に向けるエネルギーは衰えず、スミレやその恋人たちのことを振り払うように、ひたすら描き続けていた。ある意味で、ワーカーズハイのような状態だったのかもしれない。
「桔平、大丈夫なの」
学校帰りにいつものコンビニへ寄ると、今度は翔流に心配された。
「目が死んでいるっていうか……まぁ、もともと目つきは悪いんだけど。でも前はもっと澄んでたのに、なんか暗いよ」
「元が暗い人間なもんで」
「スミレさんのせいなんじゃないの」
途端に翔流の表情が険しくなる。
「いっときは穏やかでイイ感じになっていたけどさ、いまはそう見えないんだよ。常になにかに追い立てられてるみたいな……」
「受験生だからな」
「嘘つけ。たとえ藝大でも、お前なら余裕だろ? 受験で切羽詰まるわけないじゃん」
スミレと付き合い始めたとき、翔流は一応祝福してくれた。そもそもあの日、スミレを焚きつけたのはこいつだ。
しかし本音のところでは、スミレに対してなにか腑に落ちないものを感じていたらしい。ほとんど根拠のない勘だったようだが、翔流はなかなか鋭い。
「納得いく絵が描けてねぇだけだよ。スミレは関係ない」
「それで、そんなに追い詰められるもんなの?」
「追い詰められるっつーか……まぁ、フラストレーションは溜まるな」
「なぁんかさ、芸術家って早死しそうだよな。桔平はまだ死ぬなよ? 寂しいから」
普段は軽口ばかりの翔流が、本気で心配している。オレは余程酷い顔をしていたのだろう。納得いく絵が描けていないのは本当のことだった。画面の中に自分を投影する恐怖は、常につきまとっている。
納得いく絵、自分の絵が描けないまま死にたくはない。いつしかオレは、そのことだけに生きる意味を見出していた。
なんのために描くかは分からない。ただ描きたいだけだ。どれだけ苦しんでも、筆を置く気にはならない。オレにとって絵を描かないのは、呼吸を止めるのと同じだった。
その夜は、スミレが嬉しそうな顔をして家に来た。
「紗瑛が喜んでいたのよ。すっごくよかったって。やっぱり、桔平に頼んで正解ね」
紗瑛とは、オレが抱いたスミレの彼女のこと。名前なんて覚えていなかったし、もう顔も思い出せない。