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 もっと強くならなくちゃ。自分が甘えてばかりじゃなくて、桔平くんが私に甘えられるように。
 密かにそう決意しながら、カフェオレを喉に流し込んだ。

 すると、ドアのベルがカランと鳴った。桔平くんかな。そう思って目を向けたところで、心臓が止まりそうになる。
 
「いらっしゃい」
「席、どこでもいいですか?」

 あの(ひと)だ。桔平くんがスケッチブックに描いていた、あの女性。髪は肩まで短くなっているけれど、あのキリッとした目と口元のホクロ。間違いない。

「見ての通りガラガラなんで、お好きなところへどうぞ」
「ありがとうございます。じゃあ、ブレンドください」

 よく通る綺麗な声だった。
 どうして、この人がここへに来るの? ていうか、このままじゃ桔平くんと鉢合わせちゃう。まずい、お店を出よう。

 バッグからお財布を出そうとオタオタしていたら、マスターが首を傾げた。

「ん? 急にどうした?」
「あ、え、えっと」
「そういや、桔平のヤツ、遅いな」
「桔平?」

 奥の席に座ってノートパソコンを開こうとしていた女性が、声を上げてこちらを見る。もう、マスターのバカ。

「すみません、聞こえてしまって。桔平って……もしかして、浅尾桔平のことですか?」
「そうだけど……お嬢さん、桔平の知り合いかい?」
「ええ、しばらく会っていませんけど。……もしかして、ここで待ち合わせ?」

 真っすぐ見つめて訊かれた。なんだか妙に気圧されてしまって、私は無言で小さく頷く。
 すると女性はノートパソコンをバッグにしまって、柔らかい表情を浮かべながら立ち上がった。

「それなら、私はお(いとま)します。ごめんなさい、また改めてコーヒーを飲みに来ますね」

 そう言って、さっさとお店を出て行ってしまった。
 桔平くんには、会いたくないってこと? それとも、新しい彼女といる姿を見たくないの? まだ桔平くんのことが好きなの? ああ、ネガティブな妄想ばかり浮かんでしまう。

「……愛茉ちゃん、あんま気にすんな」

 桔平くんと女性の間に、なにかありそうなことを察したマスターが、私の顔を心配そうに覗き込む。
 私は精一杯虚勢を張って、笑顔を向けた。
 
「うん、大丈夫」

 ……なわけない。ついに実物を見てしまったんだから。

 やっぱり綺麗な人。そして背筋がピンとして自信に満ち溢れていて、とても大人っぽい人だった。

 桔平くんが、かつて愛した女性。その人が、こんな近くにいるなんて。大丈夫なわけない。
 しばらく会っていないって、本当に? ……ダメだ、こんなことを考えたらダメ。

 桔平くんが、私以外を見るわけない。隠れて元カノに会うなんてこと、絶対にするわけない。そんなの分かっているのに、どうしてこんなに心がざわついてしまうんだろう。

 強くなるって決意したばかりで、もうグラグラ揺らいでいる。自分の弱さに、心底嫌気がさした。


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 もっと強くならなくちゃ。自分が甘えてばかりじゃなくて、桔平くんが私に甘えられるように。
 密かにそう決意しながら、カフェオレを喉に流し込んだ。
 すると、ドアのベルがカランと鳴った。桔平くんかな。そう思って目を向けたところで、心臓が止まりそうになる。
「いらっしゃい」
「席、どこでもいいですか?」
 あの|女《ひと》だ。桔平くんがスケッチブックに描いていた、あの女性。髪は肩まで短くなっているけれど、あのキリッとした目と口元のホクロ。間違いない。
「見ての通りガラガラなんで、お好きなところへどうぞ」
「ありがとうございます。じゃあ、ブレンドください」
 よく通る綺麗な声だった。
 どうして、この人がここへに来るの? ていうか、このままじゃ桔平くんと鉢合わせちゃう。まずい、お店を出よう。
 バッグからお財布を出そうとオタオタしていたら、マスターが首を傾げた。
「ん? 急にどうした?」
「あ、え、えっと」
「そういや、桔平のヤツ、遅いな」
「桔平?」
 奥の席に座ってノートパソコンを開こうとしていた女性が、声を上げてこちらを見る。もう、マスターのバカ。
「すみません、聞こえてしまって。桔平って……もしかして、浅尾桔平のことですか?」
「そうだけど……お嬢さん、桔平の知り合いかい?」
「ええ、しばらく会っていませんけど。……もしかして、ここで待ち合わせ?」
 真っすぐ見つめて訊かれた。なんだか妙に気圧されてしまって、私は無言で小さく頷く。
 すると女性はノートパソコンをバッグにしまって、柔らかい表情を浮かべながら立ち上がった。
「それなら、私はお|暇《いとま》します。ごめんなさい、また改めてコーヒーを飲みに来ますね」
 そう言って、さっさとお店を出て行ってしまった。
 桔平くんには、会いたくないってこと? それとも、新しい彼女といる姿を見たくないの? まだ桔平くんのことが好きなの? ああ、ネガティブな妄想ばかり浮かんでしまう。
「……愛茉ちゃん、あんま気にすんな」
 桔平くんと女性の間に、なにかありそうなことを察したマスターが、私の顔を心配そうに覗き込む。
 私は精一杯虚勢を張って、笑顔を向けた。
「うん、大丈夫」
 ……なわけない。ついに実物を見てしまったんだから。
 やっぱり綺麗な人。そして背筋がピンとして自信に満ち溢れていて、とても大人っぽい人だった。
 桔平くんが、かつて愛した女性。その人が、こんな近くにいるなんて。大丈夫なわけない。
 しばらく会っていないって、本当に? ……ダメだ、こんなことを考えたらダメ。
 桔平くんが、私以外を見るわけない。隠れて元カノに会うなんてこと、絶対にするわけない。そんなの分かっているのに、どうしてこんなに心がざわついてしまうんだろう。
 強くなるって決意したばかりで、もうグラグラ揺らいでいる。自分の弱さに、心底嫌気がさした。