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怪物

ー/ー



 昼間なのに若干薄暗い昼間の空。少しどんよりとはしている。誰も居ないグラウンドで、僕はストレッチを続ける。

 雪は降っていないが寒い。早くランニングをして身体をもっと温めたいところだが、ちゃんと伸ばさないと自分は怪我をするタイプだ。特に冬は寒いから、ある程度伸ばさないと筋肉が寒さで縮こまっている。いきなり走ればブチっといってしまうのは間違いない。ストレッチでもある程度温まるからそれで我慢しよう。

 それに、雄太郎を待たねばならないから。

 雄太郎は僕の高校時代のエース投手。自分はその幼馴染で、チームの控え捕手だった。あいつは抜きん出た投手で、あいつが僕を甲子園に三回連れて行ってくれた。あいつのお陰でその後の大学への推薦とか就活で甲子園と言う名前を使えた。それで今いい思いをたくさんできている。

 自分の行きたかった大学と企業に入社できて、休日は趣味としての野球を楽しむ事が出来ている。その趣味でも甲子園の名前は大きくて、それだけで一目置かれている。その上、福井雄太郎と言う名前を知っている人はより僕程度の選手でも尊敬の眼差しで見てくれる。

 雄太郎には一生返せない恩があるんだ。その雄太郎と久しぶり、二十一年ぶりにキャッチボールをする事になる。あまり乗り気ではないけど、せっかくなら一緒にアップをしてみたい。だから待つ。

 ただ中々現れない。自分が一時間早く着いちゃったってのもある。だけど、デジタルの腕時計を見たら集合予定から三十分が経とうとしている。もしかして何かあったのか? 心配でベンチに置いてあるバッグからスマホを取り出して連絡しようとした時だった。

「すまーん! 寝坊した!」

 若々しく大きくはっきり聞こえるあの声が聞こえてきた。心配が徒労に終わったようでよかった。

「おせーよ! しかも大事な幼馴染に会うのに何寝坊してんだよ!」

「だってもう早起きしてトレーニングって生活とはおさらばなんだからよ! ストイックに食事管理もしなくていいから、酒呑み始めて……な?」

 なるほど。深酒したわけか。そう言えばチャットアプリで酒のおすすめ聞いてきたし、SNSの投稿が酒の話ばっかりだから、ハマったんだろうなあ……。どのくらい呑んだかは知らないが、飲み始めての歴が浅いから、程度がわからずにやっちまったんだろう。なんでも全力な雄太郎らしいと思うと笑えてきてしまった。

「ほどほどにしとけよ! 一応引退した身ではあるけど、健康は大事だからさ」

「うん! 限界はわかったから抑え方を勉強するわ! よろしく頼むよ、先輩!」

 雄太郎は軽口を叩いていた。

 それから少し雄太郎が準備をしてから、一緒にストレッチとランニングを始めた。

 一緒にすると雄太郎には驚かされる。元からかなり柔らかい筋肉をしていたけど、今はその時以上に柔らかい。開脚前屈がわかりやすいが、ぺたっと体が足についているし、表情が余裕そのもの。それから百八十度開脚もするのだ。アラフォーでこれは異常としか言えない。

 ランニングだって雄太郎は軽く走っているつもりらしいが、こっちはかなり真剣に走らないと追いつけない。高校の時はそんなに全力でなくてもよかったのに。

 モノが違う。

 これが、プロの世界の第一線で二十年間生き抜いて先発でも中継ぎでもエースにまで登り詰めた男の能力なのかと関心させられた。

「たのー。もうばててんの?」

 僕のあだ名で呼んでくれる。身体能力が化け物になっていても、プロで大活躍しても、年を取っても変わらない。それに僕は安心しきった。

「今年まで、現役の選手とやるんじゃ……。パンピじゃ、これが限界。モブじゃ勇者には、勝てんのよ……」

「そうなのか……。たのーはこの年齢にしては引き締まってるからこのくらいと思ってたけど、やっぱきついか」

「え? まだ上があるの?」

「流石にアップで全力は出さないさ。でも、俺より長距離速い人とかいっぱい居るし、腕の柔軟性だったら若野とか宇佐見あたりのが凄えしなあ。一番動いてた時でさえ、松本さんには身体能力で勝てなかったから。俺より上はいっぱいいる」

 少しだけ緩い頬で雄太郎は言っている。この雄太郎以上がいるのか……。プロは改めて恐ろしい世界だと痛感させられた。


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 昼間なのに若干薄暗い昼間の空。少しどんよりとはしている。誰も居ないグラウンドで、僕はストレッチを続ける。
 雪は降っていないが寒い。早くランニングをして身体をもっと温めたいところだが、ちゃんと伸ばさないと自分は怪我をするタイプだ。特に冬は寒いから、ある程度伸ばさないと筋肉が寒さで縮こまっている。いきなり走ればブチっといってしまうのは間違いない。ストレッチでもある程度温まるからそれで我慢しよう。
 それに、雄太郎を待たねばならないから。
 雄太郎は僕の高校時代のエース投手。自分はその幼馴染で、チームの控え捕手だった。あいつは抜きん出た投手で、あいつが僕を甲子園に三回連れて行ってくれた。あいつのお陰でその後の大学への推薦とか就活で甲子園と言う名前を使えた。それで今いい思いをたくさんできている。
 自分の行きたかった大学と企業に入社できて、休日は趣味としての野球を楽しむ事が出来ている。その趣味でも甲子園の名前は大きくて、それだけで一目置かれている。その上、福井雄太郎と言う名前を知っている人はより僕程度の選手でも尊敬の眼差しで見てくれる。
 雄太郎には一生返せない恩があるんだ。その雄太郎と久しぶり、二十一年ぶりにキャッチボールをする事になる。あまり乗り気ではないけど、せっかくなら一緒にアップをしてみたい。だから待つ。
 ただ中々現れない。自分が一時間早く着いちゃったってのもある。だけど、デジタルの腕時計を見たら集合予定から三十分が経とうとしている。もしかして何かあったのか? 心配でベンチに置いてあるバッグからスマホを取り出して連絡しようとした時だった。
「すまーん! 寝坊した!」
 若々しく大きくはっきり聞こえるあの声が聞こえてきた。心配が徒労に終わったようでよかった。
「おせーよ! しかも大事な幼馴染に会うのに何寝坊してんだよ!」
「だってもう早起きしてトレーニングって生活とはおさらばなんだからよ! ストイックに食事管理もしなくていいから、酒呑み始めて……な?」
 なるほど。深酒したわけか。そう言えばチャットアプリで酒のおすすめ聞いてきたし、SNSの投稿が酒の話ばっかりだから、ハマったんだろうなあ……。どのくらい呑んだかは知らないが、飲み始めての歴が浅いから、程度がわからずにやっちまったんだろう。なんでも全力な雄太郎らしいと思うと笑えてきてしまった。
「ほどほどにしとけよ! 一応引退した身ではあるけど、健康は大事だからさ」
「うん! 限界はわかったから抑え方を勉強するわ! よろしく頼むよ、先輩!」
 雄太郎は軽口を叩いていた。
 それから少し雄太郎が準備をしてから、一緒にストレッチとランニングを始めた。
 一緒にすると雄太郎には驚かされる。元からかなり柔らかい筋肉をしていたけど、今はその時以上に柔らかい。開脚前屈がわかりやすいが、ぺたっと体が足についているし、表情が余裕そのもの。それから百八十度開脚もするのだ。アラフォーでこれは異常としか言えない。
 ランニングだって雄太郎は軽く走っているつもりらしいが、こっちはかなり真剣に走らないと追いつけない。高校の時はそんなに全力でなくてもよかったのに。
 モノが違う。
 これが、プロの世界の第一線で二十年間生き抜いて先発でも中継ぎでもエースにまで登り詰めた男の能力なのかと関心させられた。
「たのー。もうばててんの?」
 僕のあだ名で呼んでくれる。身体能力が化け物になっていても、プロで大活躍しても、年を取っても変わらない。それに僕は安心しきった。
「今年まで、現役の選手とやるんじゃ……。パンピじゃ、これが限界。モブじゃ勇者には、勝てんのよ……」
「そうなのか……。たのーはこの年齢にしては引き締まってるからこのくらいと思ってたけど、やっぱきついか」
「え? まだ上があるの?」
「流石にアップで全力は出さないさ。でも、俺より長距離速い人とかいっぱい居るし、腕の柔軟性だったら若野とか宇佐見あたりのが凄えしなあ。一番動いてた時でさえ、松本さんには身体能力で勝てなかったから。俺より上はいっぱいいる」
 少しだけ緩い頬で雄太郎は言っている。この雄太郎以上がいるのか……。プロは改めて恐ろしい世界だと痛感させられた。