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本当にどうでもいいんだって。

ー/ー




「璃央、犯人とか、やめよう」
 最後の望みをかけてそう呟いた。璃央を止めればこの狂った現象から逃れられるかもしれないと思ったから。一縷の望み。
「でも、沙雪(さゆき)、このままじゃ犯人が逃げてしまう」
「よく考えて、さっきも見たでしょう? ここに来るまでの唯一の道は丸太で倒れて塞がれていたこと。だから逃げるなんてできないの。犯人はきっとどこかのコテージに逃げ込んでる」
 そうじゃなきゃ、この中にいる。その言葉は私は隠した。

 ああ、本当に推理漫画のテンプレートみたいなことを口走っている。事実は小説より奇なりというけれど、事実のほうがよほど辻褄が合わないことが多い。
 そういえばあのときも、小学生のときも璃央はこんな探偵じみたことを口走っていた。けれども小学生の言うことと大学生の言う事じゃあ重みが全然違うし……でもいつも、こうだったな。
 懐かしさ、恐怖、怒り、悲しみ、これまで忘れていたそんな制御できない様々な感情が去来する。
 あの時はどうだったんだろう。
 私はこのあと、何が起こるか知っている。あのときと同じならば、今回の殺人事件はこれで終わりだ。もう誰も殺されない、はず。
 夜も更け、私たち以外の2人、おじさん夫婦は疲れていつしか眠りについた。私は璃央を連れて外に出る。璃央は素直についてくる。私は犯人じゃない。私はつねに璃央の視界の中にいた。だから璃央の頭の中の殺人犯は、第一容疑者はあの二人だ。完全な外部犯とか、他に殺人犯がいる可能性があるからあの場で断定はしなかったんだろうけど。
 あの雪の日、生き残ったのは璃央と璃央の両親と私だけ。だからきっと、リビングに残したあのおじさんとその奥さんは生き残る。そうしなければきっと、璃央と私のアリバイがなくなって璃央が犯人になりかねないから。

 我ながらおかしな事を考えているものだ。口角が自嘲的にあがっているのを感じる。
 冷静に考えればそんな可能性なんてまるでわからない。本当にあの二人が犯人がしれないし、別にいる殺人犯があの二人を殺すかもしれない。けれども璃央の周りはいつも現実的じゃない。わけのわからないルールが優先される。だから思わず呟いた。
「璃央。あの二人はきっと犯人じゃない」
「じゃあ誰が犯人だっていうのさ!」
「そんなのわかんないよ。他のコテージに犯人が潜んでいるかもしれないって璃央も思ってるんでしょ? それよりさ、12年前の事を覚えてる?」

「12年前……?」
 璃央は不可解そうに眉を顰めた。
「そう。12年前のクリスマス。私たちは家族でここに来た」
「そう……だっけ」
 その答えに、少しの落胆を感じる。やっぱり璃央は思い出せないか。
 その時、私の家族はみんな死んだ。私にとってはかけがえのない大切な家族だ。それが一度に奪われた。だから、思い出せた。けれどもその後、璃央の周りでは殺人事件が起きすぎて、璃央にとってはきっともはやどれのことだかわからないだろう。それは璃央と一緒にいた私も同じことだ。たくさんの死の中に埋もれたあの雪だるまを崩した時、私もやっと気がついた。思い出した。
 12年前、あの雪だるまの中には私の妹が氷漬けになって入っていた。けれども今日はいなかった。だからあの雪だるまの中に死体が入っていなくて驚いたんだ。誰かが死んでいると思ったのに死んでいない。その差異がもたらした強烈な違和感は、私に家族の死という特別さを思い起こさせた。
 そう、私にとっても既に死は特別なものではなかった。死に対する感情というものがすっかり擦り切れていた。

「ねえ璃央。この12年という間、私たちのまわりではたくさんの人が死んだわ」
「そう、だね。だから解決しないといけない」
 璃央の異常さは多分、璃央の両親も気づいていた。死から逃れるためには、璃央が近くにいるときはその視界の中に常に入っていることが重要だ。だから彼らが璃央から少しの時間、自主的に離れたという行為はきっと、この死にまみれた日常に疲れ切ったからだと思う。
「沙雪ちゃんごめんね」
 璃央の両親が事故に遭う前の夜、璃央の母にそんなふうに謝られた。
「それは引き取ったことについて?」
「ごめん、あのときはわからなかったんだ、本当に」
 それが璃央の両親から聞いた最後の言葉だ。
 璃央の周りで殺人事件が起こることを?
 それを口に出すことはできなかった。璃央の両親は私をとてもかわいがってくれて、つねに璃央と一緒にいられるようにしてくれた。璃央の両親は最後に私を抱きしめた。
 けれども璃央にとって、死はあまりに身近過ぎた。死はもともと璃央の近くで起こっていて、きっと璃央には死の方が日常になってしまっていたんだろう。思えば璃央は両親の死にも冷淡だった。たくさんの死の中に紛れてしまった。私が仮に今回死んだとしても、きっと璃央にとっては日常の一コマとして流れていってしまう。けれども、私もきっとそうだった。人というのは死ぬものだ。そう思っていた。その意味はおそらく、普通の人と既にだいぶん異なっている。
 だからきっと、私が死んでも璃央はすぐに忘れてしまうだろう。いや、そんなことは死んだ場合の仮定で、今考えても仕方がない。

 私が小さくついたため息は、璃央には聞こえなかっただろう。
 誰が犯人とか考えても無駄だ。
 犯人なんて、璃央がいれば雲霞のごとく次々と現れて死体を量産していく。たしかにそれぞれの事件にそれぞれの動機や複雑な怨恨やら人的関係があったんだろう。けれどもそれはその物語の関係者たちの視点の話で、私から見ると呪いのようにそいつらを連れてくる璃央こそが死の中心だ。
 ようやく、人は死なないことが普通なのだと、思い出した。
 空を見上げると、さらさらと雪が再び降り出していた。
 この雪は死体を隠す。私の妹も、私があの時死体に驚いて崩した雪だるまの中から見つかった。あの時私が崩さなかったら、きっと雪が溶けるまで見つからなかっただろう。

「璃央、人っていうのは死ぬものよね」
「それは、そうだろう?」
 この問いかけの意味合いは、普通の人に尋ねる意味合いとは全く逆だろう。そして困惑気味な返答も。
 現に今回も10人弱の人間が死んでいる。けれどもそれは決して普通じゃない。でもそんな世界を普通に戻す唯一の方法。
「璃央、今回も散々なことになっちゃったけどさ、私、どうしてもしたかったことがあるの」
「したかったこと?」
 私はそっと璃央を抱きしめた。私をかわいがってくれた璃央の両親はもう死んでしまった。璃央の身寄りといえるものは私しかいない。
「ちょっと沙雪、ぐ」
 璃央のくぐもった声は雪に吸収された消えたはずだ。そして私は台所から持ち出していた包丁を璃央の体から引き抜いた。

「璃央、ごめん、私も疲れちゃったんだ」
 私の手は静かに震えていた。
 今回の旅行でこそ、この中途半端な関係を精算したかった。もう人が死ぬのなんて見たくなかった。だから最後に自分で人を殺すことにした。それがこの、12年前に全てを失った場所だったなんて。
 運命。
 馬鹿げてる。本当に馬鹿げている。何もかもとても馬鹿げた言い分だ。けれどもようやく、これで運命から逃れられるのだろうか。いつしか流れていた涙に降り出した雪が触れ、頬に冷たさが残る。
 けれども私は悲しかった。本当に悲しかった。
 何に対してだろう。抱きしめる璃央の温度が少しずつ失われていくことに対して?
 最初から、殺人事件が起こればそれに紛れて璃央を殺そうと思っていた。私を育ててくれた恩のある璃央の両親が死んでしまった以上、私はこれ以上死にまみれた世界を我慢する必要はない。そしてそのままなら璃央の死に、きっと何の感慨も抱かなかっただろう。それどころか安堵すら覚えたかもしれない。12年前を思い出すまで、私の意識は私の両親のことも妹のことも、すっかり思い出の奥底に沈めてしまっていたんだから。

 けれども私は家族というものが特別であることを思い出してしまった。だから璃央もとても大切な友達で、8歳の頃は大好きだったことも。嗚呼。どうして私は今泣いているんだろう。
 すっかり忘れてしまっていたのに。
 けれどもまた、全てを思い出にして雪の中に閉じ込めよう。
 私は12年前のあの雪の日、当時は8歳で事件のことを警察にうまく説明ができなかった。けれどもあの事件がどういう機序を辿ったのかは言葉にできなかっただけで認識している。そのうちのいくつかの死体が春先まで見つからず、どうして迷宮入りしてしまったかの理由も知っている。だから私は捕まることはないだろう。でも失敗しても構わない。
 だからこの死体を隠したら、私はすっぱり死が溢れた推理漫画みたいな世界から足を洗う。捕まったって犯人は生き残れるんだから。

Fin



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「璃央、犯人とか、やめよう」 最後の望みをかけてそう呟いた。璃央を止めればこの狂った現象から逃れられるかもしれないと思ったから。一縷の望み。
「でも、|沙雪《さゆき》、このままじゃ犯人が逃げてしまう」
「よく考えて、さっきも見たでしょう? ここに来るまでの唯一の道は丸太で倒れて塞がれていたこと。だから逃げるなんてできないの。犯人はきっとどこかのコテージに逃げ込んでる」
 そうじゃなきゃ、この中にいる。その言葉は私は隠した。
 ああ、本当に推理漫画のテンプレートみたいなことを口走っている。事実は小説より奇なりというけれど、事実のほうがよほど辻褄が合わないことが多い。
 そういえばあのときも、小学生のときも璃央はこんな探偵じみたことを口走っていた。けれども小学生の言うことと大学生の言う事じゃあ重みが全然違うし……でもいつも、こうだったな。
 懐かしさ、恐怖、怒り、悲しみ、これまで忘れていたそんな制御できない様々な感情が去来する。
 あの時はどうだったんだろう。
 私はこのあと、何が起こるか知っている。あのときと同じならば、今回の殺人事件はこれで終わりだ。もう誰も殺されない、はず。
 夜も更け、私たち以外の2人、おじさん夫婦は疲れていつしか眠りについた。私は璃央を連れて外に出る。璃央は素直についてくる。私は犯人じゃない。私はつねに璃央の視界の中にいた。だから璃央の頭の中の殺人犯は、第一容疑者はあの二人だ。完全な外部犯とか、他に殺人犯がいる可能性があるからあの場で断定はしなかったんだろうけど。
 あの雪の日、生き残ったのは璃央と璃央の両親と私だけ。だからきっと、リビングに残したあのおじさんとその奥さんは生き残る。そうしなければきっと、璃央と私のアリバイがなくなって璃央が犯人になりかねないから。
 我ながらおかしな事を考えているものだ。口角が自嘲的にあがっているのを感じる。
 冷静に考えればそんな可能性なんてまるでわからない。本当にあの二人が犯人がしれないし、別にいる殺人犯があの二人を殺すかもしれない。けれども璃央の周りはいつも現実的じゃない。わけのわからないルールが優先される。だから思わず呟いた。
「璃央。あの二人はきっと犯人じゃない」
「じゃあ誰が犯人だっていうのさ!」
「そんなのわかんないよ。他のコテージに犯人が潜んでいるかもしれないって璃央も思ってるんでしょ? それよりさ、12年前の事を覚えてる?」
「12年前……?」
 璃央は不可解そうに眉を顰めた。
「そう。12年前のクリスマス。私たちは家族でここに来た」
「そう……だっけ」
 その答えに、少しの落胆を感じる。やっぱり璃央は思い出せないか。
 その時、私の家族はみんな死んだ。私にとってはかけがえのない大切な家族だ。それが一度に奪われた。だから、思い出せた。けれどもその後、璃央の周りでは殺人事件が起きすぎて、璃央にとってはきっともはやどれのことだかわからないだろう。それは璃央と一緒にいた私も同じことだ。たくさんの死の中に埋もれたあの雪だるまを崩した時、私もやっと気がついた。思い出した。
 12年前、あの雪だるまの中には私の妹が氷漬けになって入っていた。けれども今日はいなかった。だからあの雪だるまの中に死体が入っていなくて驚いたんだ。誰かが死んでいると思ったのに死んでいない。その差異がもたらした強烈な違和感は、私に家族の死という特別さを思い起こさせた。
 そう、私にとっても既に死は特別なものではなかった。死に対する感情というものがすっかり擦り切れていた。
「ねえ璃央。この12年という間、私たちのまわりではたくさんの人が死んだわ」
「そう、だね。だから解決しないといけない」
 璃央の異常さは多分、璃央の両親も気づいていた。死から逃れるためには、璃央が近くにいるときはその視界の中に常に入っていることが重要だ。だから彼らが璃央から少しの時間、自主的に離れたという行為はきっと、この死にまみれた日常に疲れ切ったからだと思う。
「沙雪ちゃんごめんね」
 璃央の両親が事故に遭う前の夜、璃央の母にそんなふうに謝られた。
「それは引き取ったことについて?」
「ごめん、あのときはわからなかったんだ、本当に」
 それが璃央の両親から聞いた最後の言葉だ。
 璃央の周りで殺人事件が起こることを?
 それを口に出すことはできなかった。璃央の両親は私をとてもかわいがってくれて、つねに璃央と一緒にいられるようにしてくれた。璃央の両親は最後に私を抱きしめた。
 けれども璃央にとって、死はあまりに身近過ぎた。死はもともと璃央の近くで起こっていて、きっと璃央には死の方が日常になってしまっていたんだろう。思えば璃央は両親の死にも冷淡だった。たくさんの死の中に紛れてしまった。私が仮に今回死んだとしても、きっと璃央にとっては日常の一コマとして流れていってしまう。けれども、私もきっとそうだった。人というのは死ぬものだ。そう思っていた。その意味はおそらく、普通の人と既にだいぶん異なっている。
 だからきっと、私が死んでも璃央はすぐに忘れてしまうだろう。いや、そんなことは死んだ場合の仮定で、今考えても仕方がない。
 私が小さくついたため息は、璃央には聞こえなかっただろう。
 誰が犯人とか考えても無駄だ。
 犯人なんて、璃央がいれば雲霞のごとく次々と現れて死体を量産していく。たしかにそれぞれの事件にそれぞれの動機や複雑な怨恨やら人的関係があったんだろう。けれどもそれはその物語の関係者たちの視点の話で、私から見ると呪いのようにそいつらを連れてくる璃央こそが死の中心だ。
 ようやく、人は死なないことが普通なのだと、思い出した。
 空を見上げると、さらさらと雪が再び降り出していた。
 この雪は死体を隠す。私の妹も、私があの時死体に驚いて崩した雪だるまの中から見つかった。あの時私が崩さなかったら、きっと雪が溶けるまで見つからなかっただろう。
「璃央、人っていうのは死ぬものよね」
「それは、そうだろう?」
 この問いかけの意味合いは、普通の人に尋ねる意味合いとは全く逆だろう。そして困惑気味な返答も。
 現に今回も10人弱の人間が死んでいる。けれどもそれは決して普通じゃない。でもそんな世界を普通に戻す唯一の方法。
「璃央、今回も散々なことになっちゃったけどさ、私、どうしてもしたかったことがあるの」
「したかったこと?」
 私はそっと璃央を抱きしめた。私をかわいがってくれた璃央の両親はもう死んでしまった。璃央の身寄りといえるものは私しかいない。
「ちょっと沙雪、ぐ」
 璃央のくぐもった声は雪に吸収された消えたはずだ。そして私は台所から持ち出していた包丁を璃央の体から引き抜いた。
「璃央、ごめん、私も疲れちゃったんだ」
 私の手は静かに震えていた。
 今回の旅行でこそ、この中途半端な関係を精算したかった。もう人が死ぬのなんて見たくなかった。だから最後に自分で人を殺すことにした。それがこの、12年前に全てを失った場所だったなんて。
 運命。
 馬鹿げてる。本当に馬鹿げている。何もかもとても馬鹿げた言い分だ。けれどもようやく、これで運命から逃れられるのだろうか。いつしか流れていた涙に降り出した雪が触れ、頬に冷たさが残る。
 けれども私は悲しかった。本当に悲しかった。
 何に対してだろう。抱きしめる璃央の温度が少しずつ失われていくことに対して?
 最初から、殺人事件が起こればそれに紛れて璃央を殺そうと思っていた。私を育ててくれた恩のある璃央の両親が死んでしまった以上、私はこれ以上死にまみれた世界を我慢する必要はない。そしてそのままなら璃央の死に、きっと何の感慨も抱かなかっただろう。それどころか安堵すら覚えたかもしれない。12年前を思い出すまで、私の意識は私の両親のことも妹のことも、すっかり思い出の奥底に沈めてしまっていたんだから。
 けれども私は家族というものが特別であることを思い出してしまった。だから璃央もとても大切な友達で、8歳の頃は大好きだったことも。嗚呼。どうして私は今泣いているんだろう。
 すっかり忘れてしまっていたのに。
 けれどもまた、全てを思い出にして雪の中に閉じ込めよう。
 私は12年前のあの雪の日、当時は8歳で事件のことを警察にうまく説明ができなかった。けれどもあの事件がどういう機序を辿ったのかは言葉にできなかっただけで認識している。そのうちのいくつかの死体が春先まで見つからず、どうして迷宮入りしてしまったかの理由も知っている。だから私は捕まることはないだろう。でも失敗しても構わない。
 だからこの死体を隠したら、私はすっぱり死が溢れた推理漫画みたいな世界から足を洗う。捕まったって犯人は生き残れるんだから。
Fin