冬の寒さが一段と厳しくなったある日、大学生の健太は祖父の家を訪れていた。山奥の小さな村に住む祖父の家は、雪に埋もれるようにして静かな佇まいをみせている。健太は幼い頃、この村で冬休みを過ごすのが楽しみだった。しかし、大学生になってからは忙しさにかまけて足が遠のいていた。
祖父は健太を見て嬉しそうに笑い、「久しぶりだな、健太」と言いながら暖炉の前に誘った。二人は積もる話をしながら、あたたかいぜんざいを食べた。その夜、祖父がふと思い出したように言った。
「そういえば、お前が子どもの頃、白い森のことを聞きたがってたな。」
「白い森?」健太は思い出そうとしたが、ピンとこなかった。
「この村の奥にある森だよ。冬になると、木々が真っ白になるんだ。不思議なことに、どんなに雪が降らなくても白く輝いて見える。」
「そんな話、したっけ?」健太は首をかしげたが、どこか興味をそそられた。
「子どもの頃、お前はあの森に行きたがってたが、危ないから止めたんだ。今なら行ってもいいかもしれないな。ただし、あそこには『境界線』がある。踏み越えるなよ。」
祖父の話を半信半疑で聞きながら、健太はその夜、布団に潜り込んだ。
翌朝、健太は好奇心に駆られて、祖父に教えられた道を進んだ。雪がしんしんと降りしきる中、森に近づくと、確かに木々が真っ白に輝いているのが見えた。枝には霜がびっしりと付いており、木全体が氷の彫刻のように見える。
「本当に白い森だ・・・。」健太は息を飲んだ。
森に入ると、さらに幻想的な光景が広がっていた。木々はきらきらと輝き、雪の中に埋もれた動物たちの足跡が点々と続いている。健太は写真を撮ろうとスマホを取り出したが、驚いたことに電源が落ちてしまった。
「まあ、いいか。」健太はそのまま森の奥へと進んだ。
やがて、森の中心と思しきところに辿り着くと、大きな石碑が立っていた。石碑には古びた文字が刻まれているが、読めない言語だった。健太が触れようと手を伸ばした瞬間、背後で声がした。
「踏み越えるな、と言っただろう。」
振り向くと、そこには祖父が立っていた。しかし、祖父の表情はいつもの穏やかなものではなく、険しいものだった。
「じいちゃん…なんでここに?」健太は混乱した。
「お前にはまだ教えていなかったが、この森はただの森じゃない。ここは、時を超えた存在たちが眠る場所だ。」祖父の声はいつもと違い、どこか別人のように冷たかった。
「どういうこと?」健太が尋ねると、祖父はため息をつきながら石碑を指差した。
「あの石碑の向こうには、異界への入口がある。興味本位で触れると、この世に戻れなくなるぞ。」
「冗談だろ?」健太は笑いながら石碑に近づこうとしたが、祖父の手が鋭く彼の肩を掴んだ。
「俺が冗談を言ったことがあるか?」祖父の目は鋭く光り、健太はその迫力に動けなくなった。
その夜、健太は祖父の家で何とか森の話を聞き出そうとした。しかし、祖父はそれ以上何も話そうとせず、「もうあの森には近づくな」とだけ言った。
翌日、健太は祖父が出かけた隙を狙って、再び白い森に向かった。どうしても石碑の秘密が知りたかったのだ。森に入ると、前日と同じく白い輝きが広がっている。健太は迷わず石碑の前に立ち、手を伸ばした。
その瞬間、足元が吸い込まれるように消え、健太は闇の中に落ちていった。
目を覚ますと、健太は見知らぬ風景の中にいた。そこは現代のものとは思えない村で、木造の家々が立ち並び、人々は古めかしい服を着ている。健太は驚きながら辺りを見回した。
「ここはどこだ・・・?」呟いた瞬間、後ろから声がした。
「やはり来たな。」
振り向くと、そこには若い頃の祖父が立っていた。
「じいちゃん!?どうしてここに!?」
「ここはお前が触れてはならなかった世界だ。俺も昔、同じように好奇心でここに来てしまった。そして戻るには代償が必要だと知った。」
「代償?」健太が尋ねると、祖父は重々しく頷いた。
「誰かがこの世界に残らなければ、門は開かない。俺はそれを受け入れてこの村に住むことを選んだ。そしてお前が来るのをずっと待っていた。」
健太は全てを理解した。祖父は自分をここに呼び寄せ、入れ替わるために待ち続けていたのだ。
「俺は元の世界に戻る。お前にはこの村を守る役目を引き継いでもらう、すまない・・・。」祖父は静かにそう言い残し、健太の目の前で光に包まれて消えていった。
それ以来、健太は白い森の中で静かに生きることになった。時折、雪の中に現れる祖父の姿を思い浮かべながら、今もなお、この異世界の門を守り続ける。