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第66.5話 哀しい殺人者

ー/ー



それは、紗妃が一行に加わってから数日後のことだった。
「紗妃!」
彼女に、姜芽が話しかけてきたのだ。

「…あ、姜芽。どうしたの?」

「いや、ちょっとな。何か…話がしたくてな」

「話?私と?」

「ああ。その…なんか、君のことを詳しく知りたくてな」

「なんでまた…?」

「なんで、って言われてもな…まあ、強いて言えば、仲間だから…か?過程はどうあれ、仲間になったやつのことを詳しく知りたいと思うのは当然だろ?」

「…?」
紗妃は、何も反応せずただ立ち尽くした。
「…え?」

「え?」
何を言われたのか理解できていないようだったので、姜芽は改めて説明した。
「つまりな、君はもう俺たちの仲間だろ?だから、君のことを詳しく知りたいと思って…な」
紗妃は、しばらく黙った後に反応した。
「…あ、そういうこと。ならね…」
これまたしばらく黙り込んだ後、紗妃は言った。

「私がこんなになった経緯でも話そうか」

「え、いいのか?」

「もちろん。…てか、そういうことじゃないの?」

「ああ…まあ、そうだな。どんな過去があるんだとしても、俺は君を否定したりはしないし、受け入れる。だから…話してくれ」
姜芽は、やたら優しく語りかけた。
それは、彼女を警戒させ、話せることも話さなくなることを防ぐためのことだった。

「…ありがとう」
そうして、紗妃は語りだした…自身の過去を。


「私は元々、『ダンサー』っていう異人の家系に人間として生まれた。両親の他には、3つ年上の姉がいた。親がどんなやつだったかはよく覚えてないんだけど、姉さんのことは覚えてる。思いやりがあって、いい人だったよ…ちょっとキレやすかったけど」

「あ、姉がいたのか」

「そう。字の読み書きができない、忘れっぽい…ってよく怒られてたけど、いい姉だった。ちょっと気が短いところはあったけど、思いやりがある人だった」
同じ意味の発言を繰り返しているが、姜芽はそれには言及しないでおいた。

「でも、その生活は長くは続かなかった。親は2人揃って、変な宗教にのめり込んでた。それで、たくさんのお金を注ぎ込んでたんだ。それがわかったのは、私が7歳の時だった。しかも、わかった時にはもう引き返せない状況だった。それで…」

「破産、したのか」

「それならマシだった。…あいつらは、あいつらは…!」
紗妃がいきなり怒り出したことに、姜芽は驚いた。
「ど、どうした?」

「…ああ、ごめん。とにかく、あいつらは最低のことをした。私と姉さんを、奴隷商人に売り渡したのよ」

「…」

「そりゃまあ、自分たちが生きるためだったんでしょうよ。けど、実の子供を売り飛ばすなんて…親として、本当に最低だと思う。当時私も姉さんもまだ子供だったから、さぞ高値で売れたでしょうね」
紗妃は、憎々しげに言った。

「私はセドラルの金持ちの召使いとして買われた。姉さんは…奴隷商人にどこかに連れていかれて、それっきり会えてない。それから18年、召使いという名の奴隷として生活したけど…本当に、本当に辛かった。私は、他人にできることがなぜかできなかったし、誰にも理解しても助けてももらえなかった。だから私は、人一倍苦しんだ。与えられた仕事もまともにできないから。暴力も当たり前で、殴られ蹴られはもちろん、無理矢理体を奪われたこともあった」
紗妃は淡々と語るが、その言葉の裏に深い悲しみが隠されていることは、想像に難くなかった。

「私は、こんなのもう嫌だと思った。そして、奴隷になって3年が経った時に屋敷を脱走して、自由になった。それからも大変だったけど、前に比べれば全然マシだった」

「どうやって生活してたんだ?」

「今と同じ。いろんなとこに盗みに入って、毎日を生きてた。見つかって殴られたこともあるし、血を流すような怪我をさせられたこともある。でも、私にはそれしかできることがなかった…どうせまともに働くこともできないし、体を売るような度胸もなかった。かといって、命を捨てるような勇気もなかったから」
紗妃はもともと人間だったそうなので、3年経ったとすると当時10歳か。
そんな幼い娘が、そんな惨めな生き様をしていたとは…。

「…それで、どうして殺人者に」

「私は絶望した…こんな自分に。自分を受け入れてくれないこの世界に。この世に。ある時道端に座り込んで嘆いてたら、誰かの声が聞こえた…『世界が憎いか?人が憎いか?』って。それにうんって答えたら、その声は言ってきた…『ならばお前に力を与えよう。殺人者として、懸命に生きよ』って。そして気づいたら、殺人者になってた。でも…だからって、まともに生きられるわけじゃなかった。どこに言っても上手くやれなくて、結局ゼノスに…暗殺組織に入った。私は戦いの技量はそれなりにあったから、ここでは何とか生きられた。でも、そのゼノスも5年もしないうちに潰れて、それで…」
紗妃は、ここに来て悲しそうな顔をした。

「…そうか。それは、辛かったな…」

「でも、今は私の人生の中ではかなりいい感じだよ。ゼノスにいた時と同じくらい、充実してる。働かなくても、戦うだけで生きていけるんだもの、こんなに幸せなことってないわ」

「幸せ、か…」
姜芽は、複雑な気持ちになった。
「そう、幸せ。今までろくな生活ができなかった私にとっては、これでも充実にね」

「それならよかった。しかし、君にそんな過去があるとは思わなかった…ごめんな、あの時は」
紗妃と初めて会った時、彼女が盗賊であることを知った姜芽は『盗人は当然、悪である』というようなことを言った。すると、紗妃は怒った。
あの時はその本当の意味がわからなかったが、こうして事情を知った後だとまたあのように言い切ることはできない。
そして、あの時紗妃が怒った理由もなんとなくわかった。

「いいけど…忘れないでよ。私達…殺人者は、確かにいけないことをしてる。けど、それは生きるためのこと。普通の人が働いてるのとなんら変わらないの。理解できないかもしれないけど、覚えてはおいて」

「わかった…」

生きるためには、働いて糧を得る必要がある。しかし、それができない者も確かに存在する。そのような者は、誰かに頼れればまだいいが、それもできなければ他者からものを奪い取って生きる他にない。
もちろんそれは悪だ。だが、だからといって彼らを責めたり、餓死や自殺を迫るような真似をしていいのだろうか。

姜芽は、この上なく難しい問題を出されたような気持ちになった。







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それは、紗妃が一行に加わってから数日後のことだった。「紗妃!」
彼女に、姜芽が話しかけてきたのだ。
「…あ、姜芽。どうしたの?」
「いや、ちょっとな。何か…話がしたくてな」
「話?私と?」
「ああ。その…なんか、君のことを詳しく知りたくてな」
「なんでまた…?」
「なんで、って言われてもな…まあ、強いて言えば、仲間だから…か?過程はどうあれ、仲間になったやつのことを詳しく知りたいと思うのは当然だろ?」
「…?」
紗妃は、何も反応せずただ立ち尽くした。
「…え?」
「え?」
何を言われたのか理解できていないようだったので、姜芽は改めて説明した。
「つまりな、君はもう俺たちの仲間だろ?だから、君のことを詳しく知りたいと思って…な」
紗妃は、しばらく黙った後に反応した。
「…あ、そういうこと。ならね…」
これまたしばらく黙り込んだ後、紗妃は言った。
「私がこんなになった経緯でも話そうか」
「え、いいのか?」
「もちろん。…てか、そういうことじゃないの?」
「ああ…まあ、そうだな。どんな過去があるんだとしても、俺は君を否定したりはしないし、受け入れる。だから…話してくれ」
姜芽は、やたら優しく語りかけた。
それは、彼女を警戒させ、話せることも話さなくなることを防ぐためのことだった。
「…ありがとう」
そうして、紗妃は語りだした…自身の過去を。
「私は元々、『ダンサー』っていう異人の家系に人間として生まれた。両親の他には、3つ年上の姉がいた。親がどんなやつだったかはよく覚えてないんだけど、姉さんのことは覚えてる。思いやりがあって、いい人だったよ…ちょっとキレやすかったけど」
「あ、姉がいたのか」
「そう。字の読み書きができない、忘れっぽい…ってよく怒られてたけど、いい姉だった。ちょっと気が短いところはあったけど、思いやりがある人だった」
同じ意味の発言を繰り返しているが、姜芽はそれには言及しないでおいた。
「でも、その生活は長くは続かなかった。親は2人揃って、変な宗教にのめり込んでた。それで、たくさんのお金を注ぎ込んでたんだ。それがわかったのは、私が7歳の時だった。しかも、わかった時にはもう引き返せない状況だった。それで…」
「破産、したのか」
「それならマシだった。…あいつらは、あいつらは…!」
紗妃がいきなり怒り出したことに、姜芽は驚いた。
「ど、どうした?」
「…ああ、ごめん。とにかく、あいつらは最低のことをした。私と姉さんを、奴隷商人に売り渡したのよ」
「…」
「そりゃまあ、自分たちが生きるためだったんでしょうよ。けど、実の子供を売り飛ばすなんて…親として、本当に最低だと思う。当時私も姉さんもまだ子供だったから、さぞ高値で売れたでしょうね」
紗妃は、憎々しげに言った。
「私はセドラルの金持ちの召使いとして買われた。姉さんは…奴隷商人にどこかに連れていかれて、それっきり会えてない。それから18年、召使いという名の奴隷として生活したけど…本当に、本当に辛かった。私は、他人にできることがなぜかできなかったし、誰にも理解しても助けてももらえなかった。だから私は、人一倍苦しんだ。与えられた仕事もまともにできないから。暴力も当たり前で、殴られ蹴られはもちろん、無理矢理体を奪われたこともあった」
紗妃は淡々と語るが、その言葉の裏に深い悲しみが隠されていることは、想像に難くなかった。
「私は、こんなのもう嫌だと思った。そして、奴隷になって3年が経った時に屋敷を脱走して、自由になった。それからも大変だったけど、前に比べれば全然マシだった」
「どうやって生活してたんだ?」
「今と同じ。いろんなとこに盗みに入って、毎日を生きてた。見つかって殴られたこともあるし、血を流すような怪我をさせられたこともある。でも、私にはそれしかできることがなかった…どうせまともに働くこともできないし、体を売るような度胸もなかった。かといって、命を捨てるような勇気もなかったから」
紗妃はもともと人間だったそうなので、3年経ったとすると当時10歳か。
そんな幼い娘が、そんな惨めな生き様をしていたとは…。
「…それで、どうして殺人者に」
「私は絶望した…こんな自分に。自分を受け入れてくれないこの世界に。この世に。ある時道端に座り込んで嘆いてたら、誰かの声が聞こえた…『世界が憎いか?人が憎いか?』って。それにうんって答えたら、その声は言ってきた…『ならばお前に力を与えよう。殺人者として、懸命に生きよ』って。そして気づいたら、殺人者になってた。でも…だからって、まともに生きられるわけじゃなかった。どこに言っても上手くやれなくて、結局ゼノスに…暗殺組織に入った。私は戦いの技量はそれなりにあったから、ここでは何とか生きられた。でも、そのゼノスも5年もしないうちに潰れて、それで…」
紗妃は、ここに来て悲しそうな顔をした。
「…そうか。それは、辛かったな…」
「でも、今は私の人生の中ではかなりいい感じだよ。ゼノスにいた時と同じくらい、充実してる。働かなくても、戦うだけで生きていけるんだもの、こんなに幸せなことってないわ」
「幸せ、か…」
姜芽は、複雑な気持ちになった。
「そう、幸せ。今までろくな生活ができなかった私にとっては、これでも充実にね」
「それならよかった。しかし、君にそんな過去があるとは思わなかった…ごめんな、あの時は」
紗妃と初めて会った時、彼女が盗賊であることを知った姜芽は『盗人は当然、悪である』というようなことを言った。すると、紗妃は怒った。
あの時はその本当の意味がわからなかったが、こうして事情を知った後だとまたあのように言い切ることはできない。
そして、あの時紗妃が怒った理由もなんとなくわかった。
「いいけど…忘れないでよ。私達…殺人者は、確かにいけないことをしてる。けど、それは生きるためのこと。普通の人が働いてるのとなんら変わらないの。理解できないかもしれないけど、覚えてはおいて」
「わかった…」
生きるためには、働いて糧を得る必要がある。しかし、それができない者も確かに存在する。そのような者は、誰かに頼れればまだいいが、それもできなければ他者からものを奪い取って生きる他にない。
もちろんそれは悪だ。だが、だからといって彼らを責めたり、餓死や自殺を迫るような真似をしていいのだろうか。
姜芽は、この上なく難しい問題を出されたような気持ちになった。