肌寒さを感じ、アレクセイはゆっくりと瞼を開いた。暖炉の薪は既に灰へと変わっていて、辺りには仄かに温もりが残るだけとなっていた。
左の目に眩しさを感じ、アレクセイは窓の外を見る。日光が小屋の中に差し込んできているのを彼は見た。
アレクセイは窓際まで向かい外の世界を見る。吹雪の間は曇っていたはずの空も、今は雲一つもないくらいの快晴へと変わっていた。そして、小屋の周りは一面真っ白に染まっている。アレクセイは、テーブルの上に置きっぱなしの分厚い毛皮のコートと帽子をかぶり、入口付近に立て掛けてあったシャベルを手に持ち外へと出る。彼は今から除雪作業をしなくてはならなかった。
その後に山へ出かけよう、とアレクセイは思った。彼は一刻も早く自然と触れ合いたくてたまらなくなっていた。だが、その前にすべきことはしなければならない。そうしなければ、とてもじゃないが自然と一緒に生きていくことは不可能だと彼は理解していた。
外に出たアレクセイは、ふぅと息を吐く。その息は真っ白に染まる。すぅ、と息を吸うと冷えた空気が彼の中を凛と張り詰めさせた感覚にさせた。
彼は冬が好きだった。冬は世界が寒さに満ち自分と世界の輪郭がよくわかるのが好きだった。アレクセイは山に住み始めてからというものの、その感覚を更に身近に感じるようになっていた。
アレクセイは屋根の除雪を終わらせた後は、畑の除雪作業を済ませた。前に雪を放置してえらい目にあったことがある。畑にはビーツが植えてある。冬の間はそれでボルシチを作って食べる。ボルシチはアレクセイの大好物だった。
ふぅ、とアレクセイは額に浮かんだ汗を拭う。寒い気候でも動いていると体が温まってくる。ある程度作業に区切りをつけたところで彼は小屋へと戻った。
既に太陽は空の上まで上がっている。朝から何も食べていないせいか、アレクセイの体は食事を欲していた。
小屋に戻るなり、アレクセイは昨日の残りのボルシチを火にかけ、パンを焼く。パンとボルシチとミルク。それをのんびりと味わった後、アレクセイは山へと繰り出した。
山の雪は太陽の熱で少しだけ溶けていた。それでも、まだアレクセイの足首辺りまで雪は積もっている。足を滑らさないように、一歩一歩踏みしめてアレクセイは歩く。目的は、山の奥にある泉を見に行くことだった。
スケートを離れてからも、アレクセイは氷の張られた水面に惹かれている。あの、幻想的な光景はアレクセイの目に焼き付いたままだ。
冬が来る度、彼は氷の張られた泉を見に来ていた。その度に、彼の内には滑りたいと思う欲求が沸き上がってくることがあったが、いざ滑ろうとすると、過去の出来事が頭の中に蘇っては彼の体を動かなくさせた。
もう一生滑れないのかと思うと、アレクセイは悲しくなることがある。なにか、きっかけがあれば変わるのだろうか。と彼は考える。だが、それが一体なんなのかは彼自身、皆目見当もついていなかった。
獣道を抜け、アレクセイは泉に辿り着く。そこには、去年と同じように真っ白で綺麗な氷が一面に貼られている。
その光景に、アレクセイは目を奪われかけたが、ふといつもと違う物が目に映った。氷の上を誰かが滑っている。アレクセイの場所からはそれが男か女かはわからなかったが、身長から見てまだ子供のように見えた。
どうして、こんなところに子供が? アレクセイは、目の前の光景をまるで理解していなかった。想像していた光景からあまりにもかけ離れすぎて、錯覚かと思い二度ほど目をこする。だが、その子供の姿は消えることはなかった。
その子供は、スケート靴でもない運動靴で氷の上をたどたどしい動きで滑っている。そして転んだ。アレクセイは助けようと思ったが、その子供は、立ち上がりもう一度滑り始める。岸に戻ろうとしているのだがうまく前に進めずに困っているようだった。
その子供の姿にアレクセイは昔の自分を見た。彼自身も、スケートを始めた時は同じだった。それでも、転んだ時にも氷と触れ合えた感覚がして嬉しかった。
ままならない動きが段々洗練されていくにつれ、楽しくなっていったことを思い出す。アレクセイは、知らず知らずのうちに子供の元へと歩き出していた。