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旦那様の居たお店

ー/ー



「ま、まあ釣りは、難しいからね……」

 車内で旦那様が優しくフォローしてくださいました。ハンドルを握る横顔は苦笑という感じです。あれだけ意気込んで、まったく釣れなかったからです。大人の女性として幼稚な態度をしている自覚はあります。ありますが、ここまでできなかった事がなかったので悔しくて堪りません。

「もしかすると、椿ちゃんの強い気持ちが竿に伝わって、魚が逃げたのかもねえ……」

「……次は、自分で。旦那様、また行きましょう」

「うん。一緒の事ができるのは僕も嬉しいからまた行こうね」

 旦那様は声色を高くしていました。旦那様が嬉しそうで良かったです。妻として良い対応ができたと思います。こんな話をしていると、旦那様が仰っていたお店の方についたようでした。まだ舗装されていない土の駐車場にスムーズに車を停めます。こう言った所が駐車場の店舗には行った事がありませんので、少し緊張します。旦那様が経営されていたので悪いお店ではないと思いますが。

「ちょっと待っててね」

 そう言って旦那様は後ろのドアを開けます。後部座席の足元に動かないように置かれたクーラーボックスを取り出しています。改めて思うに、一般の乗用車もいい車だと思います。今まではリムジンに乗る機会しかありませんでしたが、乗り心地もいいですし広さも大きさ以上に感じますから。あと、旦那様と一緒だからいいと感じているのかもしれません。

「じゃあ椿ちゃん、行こうか」

 旦那様はクーラーボックスのショルダーベルトを右肩に担いでいます。私は車を降りて地面に足をつけました。塗装のアクアブルーが陽射しを受けてきらりと光っていました。




 赤みのあるお店の外装からは、ログハウス特有の木造の温かみとオシャレさを感じます。入り口前の階段前に立てかけられている焦茶色の木製看板にはこう書かれています。

"relier a la mer"

 確か、ルリエ・ア・ラ・メールと読むはずです。意味は海との繋がり。どう言う事でしょうか。中々ピンと来ません。そんな私を見てか、旦那様はそうだねと呟いていました。

「ここをきっかけにして、海と繋がりを持って欲しいって思ってつけたんだ。そもそも自分達が活動を始めたきっかけが、自分達の経営するお店とかを通して、海の今を知って欲しいってのがあってね。ここは食を通じて興味を持って欲しいってのがコンセプトで、繋がりを持って欲しいでカッコ良さそうなフランス語で店名を決めたって感じなんだよね。浅いと思うかもしれないけどね」

 旦那様は懐かしそうに、看板を右手で摩っていました。

「いえ。浅はかなのは私です」

 私がそう言うと、旦那様は少し飛び上がっていました。

「えっ?! 別に椿ちゃんは何も――」

「書面上ではその想いは書いてありませんでしたのでてっきりたまたまチャンスがあってくらいのお話だと、さっきまで思っていました。旦那様の性格を考えれば、何か強い願いがあると思うべきでしたのに……」

 旦那様はいつもの柔らかな表情で、優しく人差し指を左右に振っていました。

「書いてない事はわからないから仕方ないよ。知らないは仕方ないし、それを聞いても僕も、卓也と久志も怒らないよ。思い詰めなくていい。深刻そうな顔しなくてもいいんだよ」

 旦那様は優しいです。人によっては軽々しく言いやがってと言いそうですが、それを言わないだけでなく、態度も変えませんから。私が未熟すぎるのでしょう。もっと思慮深くならないと。そう強く思いました。

「じゃあ入ろうか。二人とも待ってるだろうからさ」

 旦那様は左手で私の右手を握って、階段を登り出しました。私は、黙って着いて行きます。数段登ると玄関口に辿り着きます。旦那様はそのまま前に進んで、赤茶色の木製ドアを開けます。

「来たよー。卓也、久志」

 旦那様が声を出すと、カウンター付近に居る二人の男性がこちらにやってきました。お一人は背は一般的に見ても高くない気がします。猫背で、自信がなさげな感じがひしひしと伝わってきます。少し跳ね気味で耳くらいに掛かった黒髪に黒縁の四角のメガネ。

 もう一人は、背丈は旦那様ほどではありませんが背は少し高いと感じます。自信満々と言う程ではありませんが、黒髪の方よりはそれを感じます。丸く程よい長さに整えられた白髪。同じように四角縁のメガネをかけていますが瞳は大きく見えます。白と黒で対照的に見えます。

「久しぶり。上手くやってるそうじゃない」

「いやいや。僕はまだそんなに凄いことはしていないよ。それより、あのプレハブ小屋がこんなオシャレな店になったんだから、卓也と久志はずいぶん上手いことやったんじゃない? 雑誌でたまに特集組まれてるのを見るよ」

 旦那様がそう語ると、白髪の方はふふふと小さく笑います。

「俺も上手く立ち回ったけど、卓也がちゃんと計画練ってその経営戦略がハマったからでしかないよ」

 白髪の方が黒髪の方の背中を優しく叩きます。ただ、少し臆病なのでしょうか。飛び上がりそうな反応をされていました。

「ち、ち違うよ。ぼ、ぼくはあまり……。み、湊くんが示してくれた方針なかったら、ダメだったし……。久志くんが、僕の出来ない、交渉とか全部してくれたから、大きくなったから僕はなにも……」

 縮こまって、詰まったような高い声で答えています。未だかつてないほどオドオドと言う言葉が似合います。この方が卓也さんなのでしょう。そして、白髪で少し声が低いですが優雅な響きを感じたのが久志さんでしょう。私は確信しました。

「卓也が一番数字見れるから、方針をいい具合にコントロールして実現させてきたんじゃないか。それに卓也がそう言うなら、俺だって湊ほど人の懐に入れてないからかなり苦労したし……。でも、出来てるから肯定しようぜ」

 久志さんは卓也さんを励ましていました。それを見て湊さ――、旦那様は腹を抱えて笑っていました。

「二人は変わらないねえ! だから任せてよかったよ。卓也と久志なら絶対店を大きくしてくれて、僕のやり残した事を達成してくれるって信じてたから」

 旦那様の言葉に二人は嬉しそうにされています。

「ごめんね椿ちゃん。紹介するよ。左の慎重そうで思慮深い感じなのが卓也。高野卓也。右の優しくて人当たりのいいのが久志。山本久志だ。二人ともいい奴だし、優秀なんだ」

 誇らしげに二人を紹介していました。

「優秀って、そもそも湊が色々最初にほぼほぼやってくれたから、そのレール乗って上手くいけてるんだよ。お前が一番優秀だよ」

「そ、そうだよ。そもそも、湊くん声かけてくれなかったら、僕今無職だったから……」

「でも、店大きくしてんだから二人は絶対優秀だよ。始まりも二人がいなかったら成功していないからね」

 このやり取りだけでも、三人の関係性が見えてきます。旦那様が優秀だと言う事は、わかっている事ですがお二人も優れた人だと思います。誰一人、奢る事なくお互いをリスペクトされていますから。だから、上手くいったのだと思います。私には出来そうにないです。櫻さんが居ても、私が足を引っ張てしまいそうで。

「どうしたの? 椿ちゃん?」

 旦那様が心配そうに声を掛けてきましたので、表情を明るくします。旦那様に心労をかけてはなりませんから。

「いえ。大丈夫です」

「そ、そうなんだ。辛い事あったら言ってね」

 旦那様に心配をかけてしまいました。私はまだまだのようです。


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「ま、まあ釣りは、難しいからね……」
 車内で旦那様が優しくフォローしてくださいました。ハンドルを握る横顔は苦笑という感じです。あれだけ意気込んで、まったく釣れなかったからです。大人の女性として幼稚な態度をしている自覚はあります。ありますが、ここまでできなかった事がなかったので悔しくて堪りません。
「もしかすると、椿ちゃんの強い気持ちが竿に伝わって、魚が逃げたのかもねえ……」
「……次は、自分で。旦那様、また行きましょう」
「うん。一緒の事ができるのは僕も嬉しいからまた行こうね」
 旦那様は声色を高くしていました。旦那様が嬉しそうで良かったです。妻として良い対応ができたと思います。こんな話をしていると、旦那様が仰っていたお店の方についたようでした。まだ舗装されていない土の駐車場にスムーズに車を停めます。こう言った所が駐車場の店舗には行った事がありませんので、少し緊張します。旦那様が経営されていたので悪いお店ではないと思いますが。
「ちょっと待っててね」
 そう言って旦那様は後ろのドアを開けます。後部座席の足元に動かないように置かれたクーラーボックスを取り出しています。改めて思うに、一般の乗用車もいい車だと思います。今まではリムジンに乗る機会しかありませんでしたが、乗り心地もいいですし広さも大きさ以上に感じますから。あと、旦那様と一緒だからいいと感じているのかもしれません。
「じゃあ椿ちゃん、行こうか」
 旦那様はクーラーボックスのショルダーベルトを右肩に担いでいます。私は車を降りて地面に足をつけました。塗装のアクアブルーが陽射しを受けてきらりと光っていました。
 赤みのあるお店の外装からは、ログハウス特有の木造の温かみとオシャレさを感じます。入り口前の階段前に立てかけられている焦茶色の木製看板にはこう書かれています。
"relier a la mer"
 確か、ルリエ・ア・ラ・メールと読むはずです。意味は海との繋がり。どう言う事でしょうか。中々ピンと来ません。そんな私を見てか、旦那様はそうだねと呟いていました。
「ここをきっかけにして、海と繋がりを持って欲しいって思ってつけたんだ。そもそも自分達が活動を始めたきっかけが、自分達の経営するお店とかを通して、海の今を知って欲しいってのがあってね。ここは食を通じて興味を持って欲しいってのがコンセプトで、繋がりを持って欲しいでカッコ良さそうなフランス語で店名を決めたって感じなんだよね。浅いと思うかもしれないけどね」
 旦那様は懐かしそうに、看板を右手で摩っていました。
「いえ。浅はかなのは私です」
 私がそう言うと、旦那様は少し飛び上がっていました。
「えっ?! 別に椿ちゃんは何も――」
「書面上ではその想いは書いてありませんでしたのでてっきりたまたまチャンスがあってくらいのお話だと、さっきまで思っていました。旦那様の性格を考えれば、何か強い願いがあると思うべきでしたのに……」
 旦那様はいつもの柔らかな表情で、優しく人差し指を左右に振っていました。
「書いてない事はわからないから仕方ないよ。知らないは仕方ないし、それを聞いても僕も、卓也と久志も怒らないよ。思い詰めなくていい。深刻そうな顔しなくてもいいんだよ」
 旦那様は優しいです。人によっては軽々しく言いやがってと言いそうですが、それを言わないだけでなく、態度も変えませんから。私が未熟すぎるのでしょう。もっと思慮深くならないと。そう強く思いました。
「じゃあ入ろうか。二人とも待ってるだろうからさ」
 旦那様は左手で私の右手を握って、階段を登り出しました。私は、黙って着いて行きます。数段登ると玄関口に辿り着きます。旦那様はそのまま前に進んで、赤茶色の木製ドアを開けます。
「来たよー。卓也、久志」
 旦那様が声を出すと、カウンター付近に居る二人の男性がこちらにやってきました。お一人は背は一般的に見ても高くない気がします。猫背で、自信がなさげな感じがひしひしと伝わってきます。少し跳ね気味で耳くらいに掛かった黒髪に黒縁の四角のメガネ。
 もう一人は、背丈は旦那様ほどではありませんが背は少し高いと感じます。自信満々と言う程ではありませんが、黒髪の方よりはそれを感じます。丸く程よい長さに整えられた白髪。同じように四角縁のメガネをかけていますが瞳は大きく見えます。白と黒で対照的に見えます。
「久しぶり。上手くやってるそうじゃない」
「いやいや。僕はまだそんなに凄いことはしていないよ。それより、あのプレハブ小屋がこんなオシャレな店になったんだから、卓也と久志はずいぶん上手いことやったんじゃない? 雑誌でたまに特集組まれてるのを見るよ」
 旦那様がそう語ると、白髪の方はふふふと小さく笑います。
「俺も上手く立ち回ったけど、卓也がちゃんと計画練ってその経営戦略がハマったからでしかないよ」
 白髪の方が黒髪の方の背中を優しく叩きます。ただ、少し臆病なのでしょうか。飛び上がりそうな反応をされていました。
「ち、ち違うよ。ぼ、ぼくはあまり……。み、湊くんが示してくれた方針なかったら、ダメだったし……。久志くんが、僕の出来ない、交渉とか全部してくれたから、大きくなったから僕はなにも……」
 縮こまって、詰まったような高い声で答えています。未だかつてないほどオドオドと言う言葉が似合います。この方が卓也さんなのでしょう。そして、白髪で少し声が低いですが優雅な響きを感じたのが久志さんでしょう。私は確信しました。
「卓也が一番数字見れるから、方針をいい具合にコントロールして実現させてきたんじゃないか。それに卓也がそう言うなら、俺だって湊ほど人の懐に入れてないからかなり苦労したし……。でも、出来てるから肯定しようぜ」
 久志さんは卓也さんを励ましていました。それを見て湊さ――、旦那様は腹を抱えて笑っていました。
「二人は変わらないねえ! だから任せてよかったよ。卓也と久志なら絶対店を大きくしてくれて、僕のやり残した事を達成してくれるって信じてたから」
 旦那様の言葉に二人は嬉しそうにされています。
「ごめんね椿ちゃん。紹介するよ。左の慎重そうで思慮深い感じなのが卓也。高野卓也。右の優しくて人当たりのいいのが久志。山本久志だ。二人ともいい奴だし、優秀なんだ」
 誇らしげに二人を紹介していました。
「優秀って、そもそも湊が色々最初にほぼほぼやってくれたから、そのレール乗って上手くいけてるんだよ。お前が一番優秀だよ」
「そ、そうだよ。そもそも、湊くん声かけてくれなかったら、僕今無職だったから……」
「でも、店大きくしてんだから二人は絶対優秀だよ。始まりも二人がいなかったら成功していないからね」
 このやり取りだけでも、三人の関係性が見えてきます。旦那様が優秀だと言う事は、わかっている事ですがお二人も優れた人だと思います。誰一人、奢る事なくお互いをリスペクトされていますから。だから、上手くいったのだと思います。私には出来そうにないです。櫻さんが居ても、私が足を引っ張てしまいそうで。
「どうしたの? 椿ちゃん?」
 旦那様が心配そうに声を掛けてきましたので、表情を明るくします。旦那様に心労をかけてはなりませんから。
「いえ。大丈夫です」
「そ、そうなんだ。辛い事あったら言ってね」
 旦那様に心配をかけてしまいました。私はまだまだのようです。