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天界最後の龍(1)

ー/ー



 ユージとサクラが中道界旅行に出発する少し前のこと。
 天界の陽がどっぷり暮れた頃、一人の若い男が中道界からやってきた。
 真っ青な髪は後ろだけ長く伸ばし、端正な顔立ちに悪戯っぽい光を宿した瞳の色も海のように深い青だ。フードの付いた上着にだぶだぶのジーンズとスニーカーといった出で立ちは、天界では異質なものだった。
 「あっ、ジンさーん!こっちでーす!」
 彼は迎えに来たジンの姿を見つけると、大きく手を振って見せた。
 「久しぶりだな、イシュタル。元気そうで何よりだ」
 ジンは彼に駆け寄ると、笑顔でその肩を抱いた。
 「へへっ、お陰様で。こちらの皆さんもお変わりなく?」
 「ああ、みんな元気だよ――ところで、今回はやけに顔を出すのが早いじゃないか。まだ2年も経ってないだろ」
 ジンの言葉に、イシュタルと呼ばれた男は苦い表情を見せた。
 「いやね。ちょっと前にヤンさんから龍がトラブルを起こしたって話を聞いたんです。そんなのありえないって話はしたんすけど、聞いちまった以上放ってもおけないんで」
 「そうか。ヤンからお前に話が行っていたのか」
 「はい。本当はもっと早く来たかったんですけど、丁度仕事が忙しい時期でなかなかまとまった休みが取れなくて。んで、とうとう今日になっちゃったってとこです」
 イシュタルは肩を竦めて見せた。
 「そんなわけで、まとまった休みと言っても2日しかとれなかったんで、明日、龍の谷に行って、明後日には帰ります。――今回はジンさんのお手伝い出来そうにないんで、お土産で勘弁してもらえます?」
 イシュタルは、ジンの顔色を窺った。
 彼は天界を訪れる際には、ジンの仕事を手伝うことを条件に暁の宮のジンの部屋に居候させてもらうのが常であった。
 「今回は事情が事情なんだし、そんな気を使わなくてもいいんだぞ」
 と、ジンはイシュタルを気遣ったが、
 「いえ。なんかしないと俺が落ち着かないんで。受け取ってもらえると助かります」
 イシュタルは屈託なく笑った。
 このイシュタルこそ、戦乱の時代にただひとり生き残った天界最後の蒼き龍である。
 
 
 翌朝、イシュタルは暁の宮から飛び立ち、風を切って龍の谷へ向かった。
 (龍になった方が速度は出るけど、やっぱやめとこ)
 彼は、天界で龍に変化すると、ここには仲間がひとりもいないことを改めて思い知らされる気がして、いつも躊躇してしまう。普段は自分の身の上について深く考えないように努めているが、現実を突きつけられるのはやはり辛いのだ。

 イシュタルは、龍の谷から一番近い村に立ち寄り、小さな花屋で花束を購入した。
 「最近、龍の谷の様子はどうです?」
 花屋の主人にそれとなく聞いてみると、
 「魔法庁と宵の宮のお陰で、平穏そのものですよ」
 と、にこやかに答えてくれた。
 (ふうん。なんもなしか――ま、予想通りだけど)
 イシュタルは花束を片手に再び大地を蹴り、勢いよく空へ飛び立つ。龍の谷はすぐそこだ。
 (降りる前に、上から見てみるか)
 イシュタルは龍の谷の手前で速度を落とし、注意深く上空からその様子を観察する。
 彼の青い瞳は爬虫類のそれに変化し、ジーンズの後ろ側の隙間から蒼い龍の尻尾が顔を出していた。龍の力を使って状況を確認しているのだ。
 (確かにまだみんなの思いはちょこっと残ってるけど、悪さをする感じじゃないな)
 言うなれば、天界の人間達に心を込めて慰められ、抱えていた恨みつらみがほどけて安らかに眠っている印象だ。
 (これもヤンさん達が頑張って下さったお陰だ。俺一人じゃどうにも出来なかったことだ)
 イシュタルは、長い時間をかけて、この場を浄化してくれた天界の魔法使いと神官たちへの感謝の思いを新たにした。
 「んじゃ、降りてみますか」
 イシュタルは自分自身に言い聞かせるように呟くと、龍の谷の中心部に降り立った。


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 天界の陽がどっぷり暮れた頃、一人の若い男が中道界からやってきた。
 真っ青な髪は後ろだけ長く伸ばし、端正な顔立ちに悪戯っぽい光を宿した瞳の色も海のように深い青だ。フードの付いた上着にだぶだぶのジーンズとスニーカーといった出で立ちは、天界では異質なものだった。
 「あっ、ジンさーん!こっちでーす!」
 彼は迎えに来たジンの姿を見つけると、大きく手を振って見せた。
 「久しぶりだな、イシュタル。元気そうで何よりだ」
 ジンは彼に駆け寄ると、笑顔でその肩を抱いた。
 「へへっ、お陰様で。こちらの皆さんもお変わりなく?」
 「ああ、みんな元気だよ――ところで、今回はやけに顔を出すのが早いじゃないか。まだ2年も経ってないだろ」
 ジンの言葉に、イシュタルと呼ばれた男は苦い表情を見せた。
 「いやね。ちょっと前にヤンさんから龍がトラブルを起こしたって話を聞いたんです。そんなのありえないって話はしたんすけど、聞いちまった以上放ってもおけないんで」
 「そうか。ヤンからお前に話が行っていたのか」
 「はい。本当はもっと早く来たかったんですけど、丁度仕事が忙しい時期でなかなかまとまった休みが取れなくて。んで、とうとう今日になっちゃったってとこです」
 イシュタルは肩を竦めて見せた。
 「そんなわけで、まとまった休みと言っても2日しかとれなかったんで、明日、龍の谷に行って、明後日には帰ります。――今回はジンさんのお手伝い出来そうにないんで、お土産で勘弁してもらえます?」
 イシュタルは、ジンの顔色を窺った。
 彼は天界を訪れる際には、ジンの仕事を手伝うことを条件に暁の宮のジンの部屋に居候させてもらうのが常であった。
 「今回は事情が事情なんだし、そんな気を使わなくてもいいんだぞ」
 と、ジンはイシュタルを気遣ったが、
 「いえ。なんかしないと俺が落ち着かないんで。受け取ってもらえると助かります」
 イシュタルは屈託なく笑った。
 このイシュタルこそ、戦乱の時代にただひとり生き残った天界最後の蒼き龍である。
 翌朝、イシュタルは暁の宮から飛び立ち、風を切って龍の谷へ向かった。
 (龍になった方が速度は出るけど、やっぱやめとこ)
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 イシュタルは、龍の谷から一番近い村に立ち寄り、小さな花屋で花束を購入した。
 「最近、龍の谷の様子はどうです?」
 花屋の主人にそれとなく聞いてみると、
 「魔法庁と宵の宮のお陰で、平穏そのものですよ」
 と、にこやかに答えてくれた。
 (ふうん。なんもなしか――ま、予想通りだけど)
 イシュタルは花束を片手に再び大地を蹴り、勢いよく空へ飛び立つ。龍の谷はすぐそこだ。
 (降りる前に、上から見てみるか)
 イシュタルは龍の谷の手前で速度を落とし、注意深く上空からその様子を観察する。
 彼の青い瞳は爬虫類のそれに変化し、ジーンズの後ろ側の隙間から蒼い龍の尻尾が顔を出していた。龍の力を使って状況を確認しているのだ。
 (確かにまだみんなの思いはちょこっと残ってるけど、悪さをする感じじゃないな)
 言うなれば、天界の人間達に心を込めて慰められ、抱えていた恨みつらみがほどけて安らかに眠っている印象だ。
 (これもヤンさん達が頑張って下さったお陰だ。俺一人じゃどうにも出来なかったことだ)
 イシュタルは、長い時間をかけて、この場を浄化してくれた天界の魔法使いと神官たちへの感謝の思いを新たにした。
 「んじゃ、降りてみますか」
 イシュタルは自分自身に言い聞かせるように呟くと、龍の谷の中心部に降り立った。