表示設定
表示設定
目次 目次




中道界へ旅行に行こう

ー/ー



 『コウノトリ』から家に帰るまでの間、ユージはタクシーの車内でずっとにまにましていた。運転手がいない完全自動運転は、周りに気を使わない分感情が素直に表に出てしまうものだ。
 (いいもの、貰っちゃった)
 その手には、大振りの魔法石のペンダントが大事そうに握られている。
 魔界で火起しの魔法を安定的に出すにはどうすればいいか、とクワンにアドバイスを求めたところ、
 「それは単純に魔法の出力を上げればいいと思う。とはいえ、君自身の魔力は微々たるものだろうから、足りない分を魔法石でカバーするしかないだろうな」
 そう言って、この魔法石のペンダントをくれたのだ。
 「こんな立派な石、本当に頂いちゃっていいんですか?」
 と、流石に気後れして確認してみると、
 「何、今は使っていないものだから、気にせず持っていってくれたまえ」
 クワンの回答は実にあっさりしたものだった。
 (天界で買った指輪とこのペンダントで安定して火起し出来るようになったら、いよいよ魔法が形になる瞬間を観察出来るんだ)
 そのためには、まずは火起しの魔法の練習あるのみ、だ。
 (明日からまた頑張ろう)
 ユージは手の中の魔法石を見つめ、またにんまりとする。
 
 「ただいま」
 そんなわけで上機嫌で家に戻ると、自分よりも更に上機嫌な様子のサクラがいそいそと出迎えた。
 「おかえり、ユージ。あのね、話があるの」
 と、サクラはユージの手を引っ張ってリビングに誘う。
 「え、何、どうしたの?」
 「まあまあ、そこに座って」
 ユージがソファに腰かけると、サクラもタブレット端末を片手にぴったりと身体を寄せて隣に座った。
 「あのね、今日、ユージが出かけた後、学生時代のお友達とお茶してきたの」
 サクラは、タブレット端末を触りながら切り出した。
 「そうなんだ。もっとゆっくりしてきても良かったのに」
 「ううん。その子もあんまり時間なさそうだったから――でね、その子、この前ご夫婦で中道界に行ってきたんだって」
 「中道界に?どうして?」
 「どうしてって、ただの旅行よ――なんか、ものすごく不便だったけど、ご飯美味しいし、何もかも新鮮で面白かったって」
 「ふうん」
 「あった、これこれ」
 サクラはタブレット端末をユージに見せた。そこには、
 
 『はじめての中道界旅行はジムルグがイチオシ!』
 
 とでかでかと書かれていた。どうやら旅行のパンフレットのようだ。
 「ジムルグ?」
 「うん。お友達がここに行ったの。表寄りだけど歴史が古くて独自の文化があるみたいで、帰って来たばかりだけどリピートしたいって――なんかね、すっごく楽しかったみたいなの」
 魔界では、中道界の国々のうち、魔界の科学技術に親和性のある国を表寄り、逆に天界の魔法に親和性がある国を裏寄りと呼んでいる。どちらも魔界側が勝手に区別しているものだ。
 「ちょっと郊外に出ると自然がいっぱいで、その中に古いお寺なんかがあったりして――お花も奇麗ね」
 サクラはパンフレットのページをめくりながら、ユージを上目遣いに見つめた。
 「――サクラ。行きたいの?」
 ユージが問いかけると、サクラは笑顔で頷いた。
 「うん。赤ちゃんが来たら暫く他所には行けないし、今のうちに二人で行ったことがないところに旅行もいいかなって」
 「旅行はいいけど、でも、中道界かあ」
 正直なところ、ユージの方は全く乗り気ではなかった。中道界にサクラが言うほどの魅力があるとはどうしても思えないのだ。
 (中道界に行くなら、俺は天界の方がずっといいんだけどな)
 天界にはヤンとジンが居るし、仲良くなった飛天たち精霊もいる。それに、古いものが見たければ天界にだって歴史的建造物がたくさん遺されている。
 (あ、でも、グルメは期待出来ないかも)
 ユージは天界滞在中の食事を思い返していた。宿や移動先で出された食事は野菜のスープとパン、それにチーズ数切れが定番メニューで、追加で肉の燻製か魚のオイル漬けが付く程度のものだった。
 (お金を掛ければいい食事に出来るかもだけど……調べてみないと分かんないな)
 ユージが頭の中で中道界旅行の代替案としての天界旅行の可能性を探っていると、
 「いいですか、ユージ君。研究者にとって一番の敵は、全く根拠のない思い込みよ」
 サクラはユージの鼻の頭を人差し指で押した。
 「どうせユージは誰かの受け売りを鵜吞みにして、中道界なんか何の価値もないって思ってるんでしょ?行ったこともないくせに」
 サクラにびしりと図星を突かれて、ユージは言葉に詰まった。
 「百聞は一見に如かず、よ。実際に自分の目で見て、本当に価値がないかどうか確かめてみればいいじゃない」
 サクラは感情論ではなく、あくまでも正攻法でユージの逃げ道を塞ぎにかかっている。
 「それとも、どうしても行きたくない理由でもあるの?」
 もとより、そんな理由は何処にもない。ただ、気が乗らないだけだ。
 「……行きたくない理由は、ない」
 ユージは言いたくなさそうな素振りを見せつつ、ぼそぼそと回答した。
 「そう。じゃあ、いい機会だし行きましょうよ。二人ならきっと楽しいわよ」
 サクラはにっこりととどめを刺した。
 (だめだ、負けた)
 ユージはがっくりと肩を落とした。
 「……わかったよ。サクラがそんなに行きたいなら、ついてくよ」
 「ホント?……ありがと、ユージ。大好きよ」
 サクラは夫の唇に軽くキスをした。
 (やっぱり、サクラはずるい)
 ここでユージはせめてもの抵抗を試みた。
 「じゃあ、旅行の段取りは全部サクラがやってくれる?俺はよくわかんないから」
 「あら、あたしに任せていいの?ホントに全部勝手に決めちゃうわよ?」
 サクラは浮き浮きと了承した。やる気満々だ。
 「うん。それでいいよ」
 ユージは中道界旅行の件は妻に丸投げすることに決めた。こういうことは行きたい者が主導権を握った方が良いのだ。


 サクラの行動は迅速だった。彼女は、ユージにうんと言わせた直後に早速旅行会社に掛け合い、翌日の夕方にはさっさと旅行プランを決めてしまっていた。
 「ユージ、中道界旅行のプラン決まったから、一緒に確認して」
 サクラは嬉しそうな声で夫をリビングに誘った。
 「えっ、もう決めたの?」
 ユージは書斎で火起しの魔法の特訓中だったが、作業を中断してリビングに向かった。
 サクラは昨日と同じようにタブレット端末を片手にユージに身体を寄せてきた。
 「今回は初めての旅行だから、旅行会社おすすめのルートにしたの」
 と、サクラはタブレット端末に旅行プランを表示した。全体のおおまかな予定と共に、各日毎に回る主要なスポットが記載されている。
 「出発は来月25日に決めちゃった。再来月になるとジムルグが雨期に入るって話だし、その後になると赤ちゃんの方の準備を始めないといけないから」
 「そこしかないってことだね。わかった」
 ユージが了承すると、サクラは軽く頷いて旅行プランの説明を始めた。
 「じゃあ、プランの説明するわね。魔界からジムルグの第二の都市オオサカに向かって、その日と次の日はオオサカ滞在。3日目の朝にキョートっていう、昔の皇帝が住んでいた古都に移動して、5日目まで滞在。6日目の朝に鉄道で首都トーキョーに移動して、7日目の夕方に魔界に帰る。こんなプランにしたんだけど、どう?」
 「どう、って言われても……」
 ユージは困惑した。そもそもジムルグがどんなところなのかも知らないのに、コメントの仕様がない。
 「ま、そうよね、いきなり訊かれてもわかんないわよね。あたしも旅行会社の人にプレゼンしてもらって初めてイメージ沸いたぐらいだもん」
 あはは、とサクラは口を開けて笑った。
 「でね。キョートの観光なんだけど、見るところがたくさんあって個人で行くと大変かなって思って、魔界人向けの観光ツアーを申し込んだの」
 「それ、案内してくれる人について行けばいいってやつ?」
 「そうよ。添乗員さんと一緒にバスに乗って観光地を回るの。いろいろ説明してくれるし、美味しそうなお昼ご飯もついてるし、初めて行くあたし達には丁度いいかなって」
 「なるほどね。確かにそっちの方が気楽かな。どうせジムルグ語なんかわかんないし」
 「そうね。旅行会社が自動翻訳機能の付いたスマートフォンを貸してくれるけど、性能面でちょっと不安よね」
 「やっぱり、魔界の端末は使えないんだ」
 魔界育ちの人間からすると、既にそれだけでも不便なことこの上ない。
 (天界でも主要都市なら端末使えるのに、全然使えないのはキツイな)
 「まあ、不便を楽しむっていうのも旅行のコンセプトのひとつだし、魔界の有難みが再認識出来ていいんじゃない?」
 ユージの懸念をよそに、サクラの方は全く気にしていない様子だ。
 「それでね、トーキョーは自由行動にしたの。何といっても都会だし、道に迷っても何とかなりそうだから」
 ユージは目をキラキラさせながら旅行プランの説明を続ける妻の横顔に、
 (ホント、サクラは逞しいよな)
 と、小さく溜息をついた。
 夫の溜息の意味をどう受け取ったのか、サクラは、
 「だって、安心安全な規定路線ばっかりじゃつまんないでしょ?冒険的要素も入れとかないと」
 と、悪戯っぽく笑ってみせた。これにはユージも思わず吹き出した。
 「ぷっ……それ、完全にサクラの趣味じゃん」
 「なによそれ。ユージだって無謀アタックするくせに」
 サクラはわざと頬を膨らませた。
 「ったく、それを言ったらおしまいだよ」
 ユージはここで、オオサカ滞在中の予定が何も記載されていないことに気づいた。
 「あれ?サクラ、オオサカの予定、まだ決まってないの?」
 「あ、オオサカはね、ホテルに缶詰めなの。残念だけど何処にも行けないのよ」
 と、サクラは肩を竦めた。
 「どうして?」
 「中道界は環境が特殊で、どうしても体質に合わない人が一定数いるらしいの。それで、初めて中道界に行く場合は最初の2日間で体調の見極めをする義務があるんだって――魔界政府から通達が出ているらしいから、仕方ないわね」
 「そうなんだ。やっぱりあそこは天界や魔界とは何かが違うんだね」
 「そういうところも含めて面白いってことなんでしょ、多分」
 サクラは何処までも前向きだ。
 「それで、もしオオサカで体調が悪くなったら、その時点で魔界に強制送還されちゃうらしいの」
 「えっ、そうなの?折角中道界まで行ったのに体調に問題が出るのは嫌だし、そのせいで帰されちゃうのも嫌だな」
 「ホント。こればっかりはそうなりませんようにって祈るしかないわね」
 サクラは雄弁な溜息をついて頷いた。そして、
 「ま、ユージもあたしも健康優良児だし、大丈夫だと思うけど」
 と、殊更に明るい表情でユージに笑いかけた。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 天界最後の龍(1)


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 『コウノトリ』から家に帰るまでの間、ユージはタクシーの車内でずっとにまにましていた。運転手がいない完全自動運転は、周りに気を使わない分感情が素直に表に出てしまうものだ。
 (いいもの、貰っちゃった)
 その手には、大振りの魔法石のペンダントが大事そうに握られている。
 魔界で火起しの魔法を安定的に出すにはどうすればいいか、とクワンにアドバイスを求めたところ、
 「それは単純に魔法の出力を上げればいいと思う。とはいえ、君自身の魔力は微々たるものだろうから、足りない分を魔法石でカバーするしかないだろうな」
 そう言って、この魔法石のペンダントをくれたのだ。
 「こんな立派な石、本当に頂いちゃっていいんですか?」
 と、流石に気後れして確認してみると、
 「何、今は使っていないものだから、気にせず持っていってくれたまえ」
 クワンの回答は実にあっさりしたものだった。
 (天界で買った指輪とこのペンダントで安定して火起し出来るようになったら、いよいよ魔法が形になる瞬間を観察出来るんだ)
 そのためには、まずは火起しの魔法の練習あるのみ、だ。
 (明日からまた頑張ろう)
 ユージは手の中の魔法石を見つめ、またにんまりとする。
 「ただいま」
 そんなわけで上機嫌で家に戻ると、自分よりも更に上機嫌な様子のサクラがいそいそと出迎えた。
 「おかえり、ユージ。あのね、話があるの」
 と、サクラはユージの手を引っ張ってリビングに誘う。
 「え、何、どうしたの?」
 「まあまあ、そこに座って」
 ユージがソファに腰かけると、サクラもタブレット端末を片手にぴったりと身体を寄せて隣に座った。
 「あのね、今日、ユージが出かけた後、学生時代のお友達とお茶してきたの」
 サクラは、タブレット端末を触りながら切り出した。
 「そうなんだ。もっとゆっくりしてきても良かったのに」
 「ううん。その子もあんまり時間なさそうだったから――でね、その子、この前ご夫婦で中道界に行ってきたんだって」
 「中道界に?どうして?」
 「どうしてって、ただの旅行よ――なんか、ものすごく不便だったけど、ご飯美味しいし、何もかも新鮮で面白かったって」
 「ふうん」
 「あった、これこれ」
 サクラはタブレット端末をユージに見せた。そこには、
 『はじめての中道界旅行はジムルグがイチオシ!』
 とでかでかと書かれていた。どうやら旅行のパンフレットのようだ。
 「ジムルグ?」
 「うん。お友達がここに行ったの。表寄りだけど歴史が古くて独自の文化があるみたいで、帰って来たばかりだけどリピートしたいって――なんかね、すっごく楽しかったみたいなの」
 魔界では、中道界の国々のうち、魔界の科学技術に親和性のある国を表寄り、逆に天界の魔法に親和性がある国を裏寄りと呼んでいる。どちらも魔界側が勝手に区別しているものだ。
 「ちょっと郊外に出ると自然がいっぱいで、その中に古いお寺なんかがあったりして――お花も奇麗ね」
 サクラはパンフレットのページをめくりながら、ユージを上目遣いに見つめた。
 「――サクラ。行きたいの?」
 ユージが問いかけると、サクラは笑顔で頷いた。
 「うん。赤ちゃんが来たら暫く他所には行けないし、今のうちに二人で行ったことがないところに旅行もいいかなって」
 「旅行はいいけど、でも、中道界かあ」
 正直なところ、ユージの方は全く乗り気ではなかった。中道界にサクラが言うほどの魅力があるとはどうしても思えないのだ。
 (中道界に行くなら、俺は天界の方がずっといいんだけどな)
 天界にはヤンとジンが居るし、仲良くなった飛天たち精霊もいる。それに、古いものが見たければ天界にだって歴史的建造物がたくさん遺されている。
 (あ、でも、グルメは期待出来ないかも)
 ユージは天界滞在中の食事を思い返していた。宿や移動先で出された食事は野菜のスープとパン、それにチーズ数切れが定番メニューで、追加で肉の燻製か魚のオイル漬けが付く程度のものだった。
 (お金を掛ければいい食事に出来るかもだけど……調べてみないと分かんないな)
 ユージが頭の中で中道界旅行の代替案としての天界旅行の可能性を探っていると、
 「いいですか、ユージ君。研究者にとって一番の敵は、全く根拠のない思い込みよ」
 サクラはユージの鼻の頭を人差し指で押した。
 「どうせユージは誰かの受け売りを鵜吞みにして、中道界なんか何の価値もないって思ってるんでしょ?行ったこともないくせに」
 サクラにびしりと図星を突かれて、ユージは言葉に詰まった。
 「百聞は一見に如かず、よ。実際に自分の目で見て、本当に価値がないかどうか確かめてみればいいじゃない」
 サクラは感情論ではなく、あくまでも正攻法でユージの逃げ道を塞ぎにかかっている。
 「それとも、どうしても行きたくない理由でもあるの?」
 もとより、そんな理由は何処にもない。ただ、気が乗らないだけだ。
 「……行きたくない理由は、ない」
 ユージは言いたくなさそうな素振りを見せつつ、ぼそぼそと回答した。
 「そう。じゃあ、いい機会だし行きましょうよ。二人ならきっと楽しいわよ」
 サクラはにっこりととどめを刺した。
 (だめだ、負けた)
 ユージはがっくりと肩を落とした。
 「……わかったよ。サクラがそんなに行きたいなら、ついてくよ」
 「ホント?……ありがと、ユージ。大好きよ」
 サクラは夫の唇に軽くキスをした。
 (やっぱり、サクラはずるい)
 ここでユージはせめてもの抵抗を試みた。
 「じゃあ、旅行の段取りは全部サクラがやってくれる?俺はよくわかんないから」
 「あら、あたしに任せていいの?ホントに全部勝手に決めちゃうわよ?」
 サクラは浮き浮きと了承した。やる気満々だ。
 「うん。それでいいよ」
 ユージは中道界旅行の件は妻に丸投げすることに決めた。こういうことは行きたい者が主導権を握った方が良いのだ。
 サクラの行動は迅速だった。彼女は、ユージにうんと言わせた直後に早速旅行会社に掛け合い、翌日の夕方にはさっさと旅行プランを決めてしまっていた。
 「ユージ、中道界旅行のプラン決まったから、一緒に確認して」
 サクラは嬉しそうな声で夫をリビングに誘った。
 「えっ、もう決めたの?」
 ユージは書斎で火起しの魔法の特訓中だったが、作業を中断してリビングに向かった。
 サクラは昨日と同じようにタブレット端末を片手にユージに身体を寄せてきた。
 「今回は初めての旅行だから、旅行会社おすすめのルートにしたの」
 と、サクラはタブレット端末に旅行プランを表示した。全体のおおまかな予定と共に、各日毎に回る主要なスポットが記載されている。
 「出発は来月25日に決めちゃった。再来月になるとジムルグが雨期に入るって話だし、その後になると赤ちゃんの方の準備を始めないといけないから」
 「そこしかないってことだね。わかった」
 ユージが了承すると、サクラは軽く頷いて旅行プランの説明を始めた。
 「じゃあ、プランの説明するわね。魔界からジムルグの第二の都市オオサカに向かって、その日と次の日はオオサカ滞在。3日目の朝にキョートっていう、昔の皇帝が住んでいた古都に移動して、5日目まで滞在。6日目の朝に鉄道で首都トーキョーに移動して、7日目の夕方に魔界に帰る。こんなプランにしたんだけど、どう?」
 「どう、って言われても……」
 ユージは困惑した。そもそもジムルグがどんなところなのかも知らないのに、コメントの仕様がない。
 「ま、そうよね、いきなり訊かれてもわかんないわよね。あたしも旅行会社の人にプレゼンしてもらって初めてイメージ沸いたぐらいだもん」
 あはは、とサクラは口を開けて笑った。
 「でね。キョートの観光なんだけど、見るところがたくさんあって個人で行くと大変かなって思って、魔界人向けの観光ツアーを申し込んだの」
 「それ、案内してくれる人について行けばいいってやつ?」
 「そうよ。添乗員さんと一緒にバスに乗って観光地を回るの。いろいろ説明してくれるし、美味しそうなお昼ご飯もついてるし、初めて行くあたし達には丁度いいかなって」
 「なるほどね。確かにそっちの方が気楽かな。どうせジムルグ語なんかわかんないし」
 「そうね。旅行会社が自動翻訳機能の付いたスマートフォンを貸してくれるけど、性能面でちょっと不安よね」
 「やっぱり、魔界の端末は使えないんだ」
 魔界育ちの人間からすると、既にそれだけでも不便なことこの上ない。
 (天界でも主要都市なら端末使えるのに、全然使えないのはキツイな)
 「まあ、不便を楽しむっていうのも旅行のコンセプトのひとつだし、魔界の有難みが再認識出来ていいんじゃない?」
 ユージの懸念をよそに、サクラの方は全く気にしていない様子だ。
 「それでね、トーキョーは自由行動にしたの。何といっても都会だし、道に迷っても何とかなりそうだから」
 ユージは目をキラキラさせながら旅行プランの説明を続ける妻の横顔に、
 (ホント、サクラは逞しいよな)
 と、小さく溜息をついた。
 夫の溜息の意味をどう受け取ったのか、サクラは、
 「だって、安心安全な規定路線ばっかりじゃつまんないでしょ?冒険的要素も入れとかないと」
 と、悪戯っぽく笑ってみせた。これにはユージも思わず吹き出した。
 「ぷっ……それ、完全にサクラの趣味じゃん」
 「なによそれ。ユージだって無謀アタックするくせに」
 サクラはわざと頬を膨らませた。
 「ったく、それを言ったらおしまいだよ」
 ユージはここで、オオサカ滞在中の予定が何も記載されていないことに気づいた。
 「あれ?サクラ、オオサカの予定、まだ決まってないの?」
 「あ、オオサカはね、ホテルに缶詰めなの。残念だけど何処にも行けないのよ」
 と、サクラは肩を竦めた。
 「どうして?」
 「中道界は環境が特殊で、どうしても体質に合わない人が一定数いるらしいの。それで、初めて中道界に行く場合は最初の2日間で体調の見極めをする義務があるんだって――魔界政府から通達が出ているらしいから、仕方ないわね」
 「そうなんだ。やっぱりあそこは天界や魔界とは何かが違うんだね」
 「そういうところも含めて面白いってことなんでしょ、多分」
 サクラは何処までも前向きだ。
 「それで、もしオオサカで体調が悪くなったら、その時点で魔界に強制送還されちゃうらしいの」
 「えっ、そうなの?折角中道界まで行ったのに体調に問題が出るのは嫌だし、そのせいで帰されちゃうのも嫌だな」
 「ホント。こればっかりはそうなりませんようにって祈るしかないわね」
 サクラは雄弁な溜息をついて頷いた。そして、
 「ま、ユージもあたしも健康優良児だし、大丈夫だと思うけど」
 と、殊更に明るい表情でユージに笑いかけた。