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第60話 夏芽

ー/ー



 わたしは中学卒業ぶりに大阪の堤高(ツツミダカ)に戻ってきた。ここはわたしが産まれてから中学3年生の頃まで過ごした地だ。

 ――きっとあの人もまだここに住んでるだろう
 
 わたしは宝賀学園の教員に縁故採用されたのだ。縁故採用と言っても親族ではない。この人がいなかったら初彼氏(迅くん)とひどい別れた方をしていただろう。そうなっていたらその思い出の地の宝賀の教員になりたいとは思わなかった。
 そうだ、夏美センパイの紹介で宝賀に採用されたのだ。もちろん、教員免許も取っている。ただ、新社会人1年目なので不安がある。そして、わたしが学生だった頃は宝賀学校の名称だったのに、宝賀学園になっている。夏美センパイの紹介と言っても、夏美センパイが関西の有名私立大学の教育学部を1年留年しているのでほぼ同期だ。厳密には『宝賀がまだ募集してるから夏芽ちゃんも受けよ』と連絡が来たからだ。高校生、大学生になっても宝賀のクリスマス会実行委員メンバーとたまに連絡は取っていた。『ズッ友』というものだろう。迅くんとはあまり連絡をとっていなかった。
 
 
「梶原せんせーい!!」

 わたしは中等部の社会担当だ。

 中学時代は社会が苦手で1歳年上の彼氏や夏美センパイたちに色々教えてもらった。勉強の要領はあの一年でだいぶ掴んだ。遊び呆けてた受験期に今思う。でも、勉強のやり方は中学3年のあの頃に学んだ。

 
 街並みが変わったから昔なじみの堤高がわからなくなっている。昔はマンションと商店街の店舗2箇所をよく往復していた。

 今の季節は夏だ。春は仕事で疲れ果てて遊ぶ暇はなかった。もっとも大人になってからここに戻ってきているので遊んだり飲みに行く友だちもいない。いても夏美センパイくらいだ。
 
 今日は夏休みのとある木曜日だ。夏休みの先生のミーティングで夏美センパイとわたしが『伝説のクリスマス会』の実行委員だった卒業生と紹介された。
 
 仕事が午前中に終わり学園幹部以外退勤命令が出た。
 
 いつの時代にも公園で遊ぶ子どもはいる。公園では時代の流れから音のするボール遊びが禁止になった。その関係か、子どもたちがお年寄りからゲートボールの遊び方を教えてもらってる。目の前にあるのは木々と商店街のさびれたアーケードだ。

「今日はここまでだよ」
「ありがとうございます!!」

 あんなに小さな子なのに礼儀正しいなぁと感心していた。わたしは公園のベンチで座ってここから見える風景をデッサンしていた。風景デッサンは趣味の範囲だ。あまりうまいとも思えない。

「お姉さん、何してるの?」
「わたしはね、大事なこの記憶を忘れないようにこの真っ白いキャンパスに描いてるんだよ」

 子どもたちの興味がわたしに向いたようだ。この時代、写真なんて簡単に撮れる。写真でもなくデッサンというところが子どもたちの興味をひいたのだろう。AIが発展しすぎてスマートフォンも学生の頃に比べて衰退してきた。それにともなってガラケーや固定電話が再び普及してきた。wireはほぼないのだ。ブロックはしていないから、彼がまだwireをパソコンで続けているなら連絡は取れる。

「お姉ちゃん、未来の旦那様のお店がこの風景の中にない」
「お嬢ちゃん、もう結婚相手いるんだ。大人だね」

『どこのことかな?』

 わたしが子どもの中のひとりの女の子に聞いた。

「あそこ!! 昔からの商店街のこと!!」

 懐かしい。女の子が教えてくれた場所は、わたしの知ってる言い方をすれば()()()()だ。そのまま女の子は無邪気にわたしを引っ張って商店街に入っていく。宇川さん、咲良さん、矢切さんを筆頭に他の店主たちはどうしているだろう? 商店街の中をぐんぐん進む女の子。

 どこもシャッターが降りている。……さみしいな。これも時代の移り変わりか。1軒だけシャッターがあがっている。

 この場所……

 そう思っていると、女の子が目的地に着いたと教えてくれた。

「ううん、今日はママを連れてきたの」
「ママ?」
「あっ、はじめまして。宝賀学園中等部社会担当の梶原 夏芽です。あっ、違う」
「……な……つめ?」

 店主がわたしの名前を聞いて驚いている。いや、わたしも驚いている。この目の前にいる店主こそわたしの人生で最高の彼氏だった()() ()だ。ただ、ここまで連れてきた女の子をこの場で見ることはなかった。そう、わたしが彼と再会したのが嬉しすぎて話し込んでいるうちに帰ったと思っていた。この再会以降、迅とまた仲良くなった。

 再会から数年後。迅と恋人関係を解消し、戸籍を一緒にして苗字も一緒にした。

 夏美センパイ夫婦とは今も昔もわたし達夫婦と仲良しだ。

 そうだよ、永遠なんてないということはないんだ。永遠ということはあったんだよ、迅。


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 わたしは中学卒業ぶりに大阪の|堤高《ツツミダカ》に戻ってきた。ここはわたしが産まれてから中学3年生の頃まで過ごした地だ。
 ――きっとあの人もまだここに住んでるだろう
 わたしは宝賀学園の教員に縁故採用されたのだ。縁故採用と言っても親族ではない。この人がいなかったら|初彼氏《迅くん》とひどい別れた方をしていただろう。そうなっていたらその思い出の地の宝賀の教員になりたいとは思わなかった。
 そうだ、夏美センパイの紹介で宝賀に採用されたのだ。もちろん、教員免許も取っている。ただ、新社会人1年目なので不安がある。そして、わたしが学生だった頃は宝賀学校の名称だったのに、宝賀学園になっている。夏美センパイの紹介と言っても、夏美センパイが関西の有名私立大学の教育学部を1年留年しているのでほぼ同期だ。厳密には『宝賀がまだ募集してるから夏芽ちゃんも受けよ』と連絡が来たからだ。高校生、大学生になっても宝賀のクリスマス会実行委員メンバーとたまに連絡は取っていた。『ズッ友』というものだろう。迅くんとはあまり連絡をとっていなかった。
「梶原せんせーい!!」
 わたしは中等部の社会担当だ。
 中学時代は社会が苦手で1歳年上の彼氏や夏美センパイたちに色々教えてもらった。勉強の要領はあの一年でだいぶ掴んだ。遊び呆けてた受験期に今思う。でも、勉強のやり方は中学3年のあの頃に学んだ。
 街並みが変わったから昔なじみの堤高がわからなくなっている。昔はマンションと商店街の店舗2箇所をよく往復していた。
 今の季節は夏だ。春は仕事で疲れ果てて遊ぶ暇はなかった。もっとも大人になってからここに戻ってきているので遊んだり飲みに行く友だちもいない。いても夏美センパイくらいだ。
 今日は夏休みのとある木曜日だ。夏休みの先生のミーティングで夏美センパイとわたしが『伝説のクリスマス会』の実行委員だった卒業生と紹介された。
 仕事が午前中に終わり学園幹部以外退勤命令が出た。
 いつの時代にも公園で遊ぶ子どもはいる。公園では時代の流れから音のするボール遊びが禁止になった。その関係か、子どもたちがお年寄りからゲートボールの遊び方を教えてもらってる。目の前にあるのは木々と商店街のさびれたアーケードだ。
「今日はここまでだよ」
「ありがとうございます!!」
 あんなに小さな子なのに礼儀正しいなぁと感心していた。わたしは公園のベンチで座ってここから見える風景をデッサンしていた。風景デッサンは趣味の範囲だ。あまりうまいとも思えない。
「お姉さん、何してるの?」
「わたしはね、大事なこの記憶を忘れないようにこの真っ白いキャンパスに描いてるんだよ」
 子どもたちの興味がわたしに向いたようだ。この時代、写真なんて簡単に撮れる。写真でもなくデッサンというところが子どもたちの興味をひいたのだろう。AIが発展しすぎてスマートフォンも学生の頃に比べて衰退してきた。それにともなってガラケーや固定電話が再び普及してきた。wireはほぼないのだ。ブロックはしていないから、彼がまだwireをパソコンで続けているなら連絡は取れる。
「お姉ちゃん、未来の旦那様のお店がこの風景の中にない」
「お嬢ちゃん、もう結婚相手いるんだ。大人だね」
『どこのことかな?』
 わたしが子どもの中のひとりの女の子に聞いた。
「あそこ!! 昔からの商店街のこと!!」
 懐かしい。女の子が教えてくれた場所は、わたしの知ってる言い方をすれば|南《・》|商《・》|店《・》|街《・》だ。そのまま女の子は無邪気にわたしを引っ張って商店街に入っていく。宇川さん、咲良さん、矢切さんを筆頭に他の店主たちはどうしているだろう? 商店街の中をぐんぐん進む女の子。
 どこもシャッターが降りている。……さみしいな。これも時代の移り変わりか。1軒だけシャッターがあがっている。
 この場所……
 そう思っていると、女の子が目的地に着いたと教えてくれた。
「ううん、今日はママを連れてきたの」
「ママ?」
「あっ、はじめまして。宝賀学園中等部社会担当の梶原 夏芽です。あっ、違う」
「……な……つめ?」
 店主がわたしの名前を聞いて驚いている。いや、わたしも驚いている。この目の前にいる店主こそわたしの人生で最高の彼氏だった|広《・》|瀬《・》 |迅《・》だ。ただ、ここまで連れてきた女の子をこの場で見ることはなかった。そう、わたしが彼と再会したのが嬉しすぎて話し込んでいるうちに帰ったと思っていた。この再会以降、迅とまた仲良くなった。
 再会から数年後。迅と恋人関係を解消し、戸籍を一緒にして苗字も一緒にした。
 夏美センパイ夫婦とは今も昔もわたし達夫婦と仲良しだ。
 そうだよ、永遠なんてないということはないんだ。永遠ということはあったんだよ、迅。