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一章 安藤夏生 1

ー/ー



ジリリリ……。机に置いてあるスマートフォンが朝を知らせる。安藤夏生(あんどうなつき)は「うーん」と呻き、寝返りをうつ。当然、音は鳴り止まず、夏生は身体を起こした。
 音の鳴る方向へ手の平を向ける。すると、スマートフォンが机から浮き上がった。軌道を思い浮かべ、念じると、まるで意思をもったかのように夏生の手元へと引き寄せられていく。
 停止ボタンを押すと静寂が夏生の部屋を包んだ。「ふわぁ」とあくびをし、窓を開けるとチチチ、と鳥の鳴き声が聞こえてきた。窓の向こうには裏山の木々が見える。
 夏生は超能力者だ。漫画や小説、映画などの世界ではお馴染みのサイコキネシスを使うことができる。発動方法は対象物への意識の集中と、軌道を思い浮かべ、念じること。それだけで物の浮遊や移動をさせることができるのだ。
 一階へ降り、弁当の支度と朝の身支度に取り掛かる。キッチンでは一歩も動かずに冷蔵庫の扉や食器棚が開き、卵や箸、フライパンなど必要なものが夏生の元へと集合していく。
 洗面台でも同じく、赤色の(くし)やビー玉のついたヘアゴム、白色のドライヤーなどが集まってくる。超能力を使う中でよかったことは、物を取るために動く必要がなくなることだ。
 一度だけ、超能力の有無で朝の身支度にかかる時間を計測したことがある。結果、超能力を使うと三分の時間が縮まることが判明した。如何にこまめな動きに時間を使っていたのかが分かり、夏生は得した気分になった。
 それ程、朝の三分は大きいのだ。なぜなら普通の人より三分長く寝ることができるのだから。
 家を出る前に和室に向かい、仏壇の前で夏生は手を合わせる。遺影には両親が微笑みを浮かべていた。夏生の両親は四年前に亡くなっている。
 以来、夏生の家の向かいにある母屋を行き来しながら生活をしている。
 母屋へ行くと茶の間で祖父と祖母が朝食を準備していた。朝食と夕食は母屋で食べることになっているのだ。
「おじいちゃん、おばあちゃん、おはよう」夏生が挨拶をする。
「なっちゃん、おはよう」祖母が嬉しそうに挨拶を返す。祖父も「おはよう」と新聞から目を離し答えた。二人は母方の祖父母である。
 両親が亡くなった当初は母屋で生活をしていた。人が住まなくなった家は近寄りがたく、(すた)れた雰囲気を感じさせる。
 夏生は居ても立ってもいられなくなり、思い切って両親が住む家に戻りたい、と提案し、それ以来、二つの家を行き来するようになった。
 
 食卓には、ご飯と味噌汁、山菜の天ぷらが並んでいる。食欲がそそられ、「いただきます」と夏生は手を合わせた。
 テレビでは謎の焼死体について報道されていた。火元が不明のため、人体発火なのではないか、とコメンテーターが話している。
「何が人体発火だ。馬鹿馬鹿しい」祖父がテレビに向かって吐き捨てた。
「最近、物騒な事件が多いわねえ」祖母が心配そうに呟き、天ぷらを箸で取る。
「そうだね。犯人がいるなら、早く捕まって欲しいね」夏生は同調し、味噌汁を啜る。
 朝食を終え歯磨きを済ませたあたりで、「夏生、おはよう!」と玄関先から声が聞こえてきた。
「あら、秋ちゃんが来たようだよ」玄関に目を向けた祖母が言う。「今日も元気だこと」
 慌ただしく荷物を整理し「それじゃ、行ってきます」と夏生は玄関を出た。
「夏生、おはよ」玄関先には友人の松原秋菜(まつばらあきな)が立っていた。両手で通学カバンを持ち、取っ手の部分には茶色のクマのキーホルダーが揺れている。髪型は三つ編み。眼鏡をかけている。
「秋菜、おはよ」夏生も挨拶を返す。二人で通学路を歩く。周囲にはぽつりぽつりと一軒家やアパートがあるだけでお店などは見当たらない。あるのは田んぼと山だ。
 夏生の住む街はショッピングモールや駅が栄えた地域からは離れているため通勤、通学には車が必要不可欠だ。周囲の人は「都会に住みたい」と嘆くが、夏生にとっては人の温かみがある住みやすい街だ。
 秋菜の通学路は夏生の家を通ることになるため、いつも朝は待ち合わせてバス停まで歩く。昨日見たドラマなど、何気ない話をしていると秋菜が「超能力は制御できてる?」と声を潜めて聞いてきた。
「んー、寝起きですぐに目覚まし時計を引き寄せられたよ。絶好調かな」
 夏生の超能力を知る者は、秋菜の他に誰もいない。知られれば何が起こるか分からないからである。
 秋菜は毎朝、超能力の状態を聞いてくる。秋菜曰く「健康観察ならぬ超能力観察だよ」と言っていた。
「流石に四年も経てば慣れるものなんだねえ」秋菜は感心し、頷いている。
 四年前、夏生が小学五年生の頃に超能力が突然覚醒した。当時は制御ができず、夏生の意思に反して暴発をさせるばかり。
 グラスを取ろうとした途端に割れ、悪夢にうなされた翌朝には泥棒が入ったのかと思う程に部屋が散らかっていることもあった。
 外出すらままならない酷い有様だったが、秋菜の支えもあり、現在では日常で抑え込める程に制御ができるようになっている。
「秋菜のお陰だよ」感謝はしているが、夏生のことでかかりきりになっているのも事実だ。最近、秋菜に対し、申し訳なさを感じる場面が増えていた。
「そんなに畏まらなくていいって」秋菜は笑い「私がそうしたいだけだから」と謙遜した。「だって面白いじゃない。超能力を使う女子高生と友達だなんて。家で寝ながらお菓子を持ってきたりできるんでしょ」と付け加える。
 夏生は面白い、という言葉に引っかかりを覚えるが聞き流す。苦労をしているが、他の人から見れば奇異なもので見られるのは仕方ない。
「まあ、便利だね。今日もキッチンから一歩も動かずに道具を揃えて卵焼き作ったし」
「便利過ぎる。私も使えるようにならないかなー」
「あげれるものならそうしたいよ」
「私だったらベットの上から一生動かなくなるね」
「あっという間に太るじゃん」
「うるさいなあ」秋菜は頬を膨らませる。「夏生は太らないから羨ましい」
「そんなことないよ」と夏生は頭を掻く。「ただ超能力を鍛えるために運動はしてるだけだよ」夏生は放課後、週末に祖父母が所有する裏山で稽古ならぬ修行をしている。
 地方では山を所有していることが多い。周りには人が誰もいないため能力を試すのにはうってつけというわけだ。週末など、秋菜の時間が合う時は手伝ってもらっている。
「それがすごいんだよ。謙遜されると嫌味くさいなあ」と秋菜はため息をつく。
「もう、そんなに言うんだったら秋菜も運動すればいいじゃん」
「えー、やだ。汗かくし」
「文句ばっかりだな。よし、じゃあバス停まで競争だ」と夏生は唐突に提案した。
「なんでそうなる」秋菜は呆れた表情を見せる。 
「負けた方がジュース奢りね」
「えっ?ちょっと待ってよ」秋菜はしゃがみ込み、靴の履き方を整えているところだった。
 夏生は待たずに「よーいドン」と走り出した。
「フライングだよ。ずるいって」秋菜が慌てて追いかけてくる。夏生はスピードを合わせ、秋菜と一緒に並走した。朝の風が、気持ちよかった。


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ジリリリ……。机に置いてあるスマートフォンが朝を知らせる。|安藤夏生《あんどうなつき》は「うーん」と呻き、寝返りをうつ。当然、音は鳴り止まず、夏生は身体を起こした。
 音の鳴る方向へ手の平を向ける。すると、スマートフォンが机から浮き上がった。軌道を思い浮かべ、念じると、まるで意思をもったかのように夏生の手元へと引き寄せられていく。
 停止ボタンを押すと静寂が夏生の部屋を包んだ。「ふわぁ」とあくびをし、窓を開けるとチチチ、と鳥の鳴き声が聞こえてきた。窓の向こうには裏山の木々が見える。
 夏生は超能力者だ。漫画や小説、映画などの世界ではお馴染みのサイコキネシスを使うことができる。発動方法は対象物への意識の集中と、軌道を思い浮かべ、念じること。それだけで物の浮遊や移動をさせることができるのだ。
 一階へ降り、弁当の支度と朝の身支度に取り掛かる。キッチンでは一歩も動かずに冷蔵庫の扉や食器棚が開き、卵や箸、フライパンなど必要なものが夏生の元へと集合していく。
 洗面台でも同じく、赤色の|櫛《くし》やビー玉のついたヘアゴム、白色のドライヤーなどが集まってくる。超能力を使う中でよかったことは、物を取るために動く必要がなくなることだ。
 一度だけ、超能力の有無で朝の身支度にかかる時間を計測したことがある。結果、超能力を使うと三分の時間が縮まることが判明した。如何にこまめな動きに時間を使っていたのかが分かり、夏生は得した気分になった。
 それ程、朝の三分は大きいのだ。なぜなら普通の人より三分長く寝ることができるのだから。
 家を出る前に和室に向かい、仏壇の前で夏生は手を合わせる。遺影には両親が微笑みを浮かべていた。夏生の両親は四年前に亡くなっている。
 以来、夏生の家の向かいにある母屋を行き来しながら生活をしている。
 母屋へ行くと茶の間で祖父と祖母が朝食を準備していた。朝食と夕食は母屋で食べることになっているのだ。
「おじいちゃん、おばあちゃん、おはよう」夏生が挨拶をする。
「なっちゃん、おはよう」祖母が嬉しそうに挨拶を返す。祖父も「おはよう」と新聞から目を離し答えた。二人は母方の祖父母である。
 両親が亡くなった当初は母屋で生活をしていた。人が住まなくなった家は近寄りがたく、|廃《すた》れた雰囲気を感じさせる。
 夏生は居ても立ってもいられなくなり、思い切って両親が住む家に戻りたい、と提案し、それ以来、二つの家を行き来するようになった。
 食卓には、ご飯と味噌汁、山菜の天ぷらが並んでいる。食欲がそそられ、「いただきます」と夏生は手を合わせた。
 テレビでは謎の焼死体について報道されていた。火元が不明のため、人体発火なのではないか、とコメンテーターが話している。
「何が人体発火だ。馬鹿馬鹿しい」祖父がテレビに向かって吐き捨てた。
「最近、物騒な事件が多いわねえ」祖母が心配そうに呟き、天ぷらを箸で取る。
「そうだね。犯人がいるなら、早く捕まって欲しいね」夏生は同調し、味噌汁を啜る。
 朝食を終え歯磨きを済ませたあたりで、「夏生、おはよう!」と玄関先から声が聞こえてきた。
「あら、秋ちゃんが来たようだよ」玄関に目を向けた祖母が言う。「今日も元気だこと」
 慌ただしく荷物を整理し「それじゃ、行ってきます」と夏生は玄関を出た。
「夏生、おはよ」玄関先には友人の松原秋菜《まつばらあきな》が立っていた。両手で通学カバンを持ち、取っ手の部分には茶色のクマのキーホルダーが揺れている。髪型は三つ編み。眼鏡をかけている。
「秋菜、おはよ」夏生も挨拶を返す。二人で通学路を歩く。周囲にはぽつりぽつりと一軒家やアパートがあるだけでお店などは見当たらない。あるのは田んぼと山だ。
 夏生の住む街はショッピングモールや駅が栄えた地域からは離れているため通勤、通学には車が必要不可欠だ。周囲の人は「都会に住みたい」と嘆くが、夏生にとっては人の温かみがある住みやすい街だ。
 秋菜の通学路は夏生の家を通ることになるため、いつも朝は待ち合わせてバス停まで歩く。昨日見たドラマなど、何気ない話をしていると秋菜が「超能力は制御できてる?」と声を潜めて聞いてきた。
「んー、寝起きですぐに目覚まし時計を引き寄せられたよ。絶好調かな」
 夏生の超能力を知る者は、秋菜の他に誰もいない。知られれば何が起こるか分からないからである。
 秋菜は毎朝、超能力の状態を聞いてくる。秋菜曰く「健康観察ならぬ超能力観察だよ」と言っていた。
「流石に四年も経てば慣れるものなんだねえ」秋菜は感心し、頷いている。
 四年前、夏生が小学五年生の頃に超能力が突然覚醒した。当時は制御ができず、夏生の意思に反して暴発をさせるばかり。
 グラスを取ろうとした途端に割れ、悪夢にうなされた翌朝には泥棒が入ったのかと思う程に部屋が散らかっていることもあった。
 外出すらままならない酷い有様だったが、秋菜の支えもあり、現在では日常で抑え込める程に制御ができるようになっている。
「秋菜のお陰だよ」感謝はしているが、夏生のことでかかりきりになっているのも事実だ。最近、秋菜に対し、申し訳なさを感じる場面が増えていた。
「そんなに畏まらなくていいって」秋菜は笑い「私がそうしたいだけだから」と謙遜した。「だって面白いじゃない。超能力を使う女子高生と友達だなんて。家で寝ながらお菓子を持ってきたりできるんでしょ」と付け加える。
 夏生は面白い、という言葉に引っかかりを覚えるが聞き流す。苦労をしているが、他の人から見れば奇異なもので見られるのは仕方ない。
「まあ、便利だね。今日もキッチンから一歩も動かずに道具を揃えて卵焼き作ったし」
「便利過ぎる。私も使えるようにならないかなー」
「あげれるものならそうしたいよ」
「私だったらベットの上から一生動かなくなるね」
「あっという間に太るじゃん」
「うるさいなあ」秋菜は頬を膨らませる。「夏生は太らないから羨ましい」
「そんなことないよ」と夏生は頭を掻く。「ただ超能力を鍛えるために運動はしてるだけだよ」夏生は放課後、週末に祖父母が所有する裏山で稽古ならぬ修行をしている。
 地方では山を所有していることが多い。周りには人が誰もいないため能力を試すのにはうってつけというわけだ。週末など、秋菜の時間が合う時は手伝ってもらっている。
「それがすごいんだよ。謙遜されると嫌味くさいなあ」と秋菜はため息をつく。
「もう、そんなに言うんだったら秋菜も運動すればいいじゃん」
「えー、やだ。汗かくし」
「文句ばっかりだな。よし、じゃあバス停まで競争だ」と夏生は唐突に提案した。
「なんでそうなる」秋菜は呆れた表情を見せる。 
「負けた方がジュース奢りね」
「えっ?ちょっと待ってよ」秋菜はしゃがみ込み、靴の履き方を整えているところだった。
 夏生は待たずに「よーいドン」と走り出した。
「フライングだよ。ずるいって」秋菜が慌てて追いかけてくる。夏生はスピードを合わせ、秋菜と一緒に並走した。朝の風が、気持ちよかった。