お互いの過去
ー/ー 「あれだけ動いたら腹も減るだろう」
店主は皿にロールキャベツとじゃがいもを盛り付けて、イシュタルの前に置いた。
「あっ、すんません」
イシュタルは小さく頭を下げて、素直に受け取る。
(この人、一体何者なんだ?あの言葉遣い、ただのおっさんじゃねえよな)
イシュタルは酒を口に含みながら、そんなことを考えていた。
(やけに堂々としてて、威厳もあるし。やっぱり、身分のある人なのかな)
口の中で熱々のじゃがいもと格闘しながら、彼が住んでいた頃の様子を思い返す。
当時、その世界は戦が絶えず、敗れた王侯貴族が異世界に逃れることもあった。世界を越えて追手が来ることはないからだ。
(もしかして、親父さんもそんな感じで……?)
「君は、こちらの世界は長いのかね?」
店主の声がイシュタルの思考を遮った。
「あ、はい。ざっと250年ってとこすかね」
「そうか。では、私と同じぐらいだな」
(やっぱり、戦乱の時代だ)
イシュタルは、自分の想像があながち間違いではないと思った。それで、心に浮かんだことをぶつけてみた。
「親父さんは、国を追われたんすか?」
一瞬、店主の手が止まった。やがて、じんわりとした苦笑いがその顔に広がる。
「恥ずかしながら、その通りだ」
あっさりと、認めた。
「国を守るために懸命に戦ったが、力及ばず。国を奪われ、仕方なしにこの世界に逃れた。そんなところだ」
「あ……すみません、嫌なことを」
「昔のことだ。気にしないでくれ」
店主は屈託なく笑う。
「こう見えても、私はこちらでの生活が気に入っていてね。我が身の事だけを考えて、気ままに生きていくのも悪くはない」
「……」
「確かに、父から国を継いだ時にはこんなことになるとは思わなかった。だが、これが私の人生なのだ」
店主は何処か遠くを見ながら、そんな言葉を口にした。その表情は達観したようで、何処となく寂しそうでもあった。
「じゃあ、親父さんは、ひとりでこっちに来たんです?」
「いや。家族や家臣達も連れてきたのだが、あちらの世界が落ち着いた途端、皆帰ってしまってね」
「え、親父さんだけ残ったの?」
「ああ。私には帰る理由がないからな」
店主はさらりと回答した。
その口調とは裏腹に、そこには店主の強固な意志が込められていた。「自分は決して元の世界には戻らない」と。
「ま、こちらで友も出来たし、時々旧知の者も遊びに来る。案外、独りでも大丈夫なものさ」
「あ、それ、俺にもわかる気がします」
イシュタルは得心したように頷いた。
そんな彼の姿に、店主はふと顔を曇らせた。
「お客人。私よりも君の身の上の方が遥かに重いと思うが」
「……?」
「龍の谷で起きたことは聞いている。あれは気の毒なことだった」
「!」
店主の言葉に、イシュタルは息を呑んだ。
(この人、あん時の事を知っているのか)
当時の凄惨な記憶が、彼の胸に鮮やかに蘇る。
あれは、年に一度の大切な儀式の日。龍の谷にはその世界に棲む全ての龍が集まっていた。
殺戮者はその機会を狙い、用意周到な準備を進めていた。
龍の谷に降り注ぐ猛毒の雨。毒に侵されて次々と斃れる仲間たち。
最後まで自分を庇ってくれた父と、迫り来る冷酷な殺戮者。
父の身体ごと切り裂かれた痛み。昏くなる視界。
神に近い生き物とされ、強大な力を持っていた筈の龍は、あっけなく滅ぼされた。
ただひとり、イシュタルだけを遺して……。
(……っ)
イシュタルは首を横に振ると、ぽつぽつと喋り始めた。
「確かに、あれのせいで俺は独りぼっちにされたし、人間を心底恨んだ時期もありました。だけど、死にかけていた俺を助けてくれたのも、何かと面倒を見てくれたのも人間です」
瀕死の重傷を負った自分を命懸けで助けてくれた薬師。
心の傷に寄り添い、前を向けるようになるまで見守ってくれた神官たち。
寄る辺のない自分を優しく迎え入れてくれた村人たち。
そんな人々の顔がイシュタルの脳裏に浮かぶ。
「それに……俺はこれから先も人間に混じって生きて行かなきゃいけないし、いつまでも昔のことを根に持つわけにもいかないっすよ」
イシュタルは、自分に言い聞かせるように絞り出すと、左手をぎゅっと握りしめた。
(俺は、殺されたみんなの分まで、ちゃんと生き切らねえと……)
「そうか。君は強いな」
店主の優しい声がした。
顔を上げると、そこにはまるで父親のような顔で微笑む初老の男の姿があった。
「……へへっ」
イシュタルは涙が滲みそうになり、慌てて目をごしごしと擦った。そして、
「いや、俺の場合は、ただのやせ我慢です」
照れ臭そうに付け加えた。
店主は皿にロールキャベツとじゃがいもを盛り付けて、イシュタルの前に置いた。
「あっ、すんません」
イシュタルは小さく頭を下げて、素直に受け取る。
(この人、一体何者なんだ?あの言葉遣い、ただのおっさんじゃねえよな)
イシュタルは酒を口に含みながら、そんなことを考えていた。
(やけに堂々としてて、威厳もあるし。やっぱり、身分のある人なのかな)
口の中で熱々のじゃがいもと格闘しながら、彼が住んでいた頃の様子を思い返す。
当時、その世界は戦が絶えず、敗れた王侯貴族が異世界に逃れることもあった。世界を越えて追手が来ることはないからだ。
(もしかして、親父さんもそんな感じで……?)
「君は、こちらの世界は長いのかね?」
店主の声がイシュタルの思考を遮った。
「あ、はい。ざっと250年ってとこすかね」
「そうか。では、私と同じぐらいだな」
(やっぱり、戦乱の時代だ)
イシュタルは、自分の想像があながち間違いではないと思った。それで、心に浮かんだことをぶつけてみた。
「親父さんは、国を追われたんすか?」
一瞬、店主の手が止まった。やがて、じんわりとした苦笑いがその顔に広がる。
「恥ずかしながら、その通りだ」
あっさりと、認めた。
「国を守るために懸命に戦ったが、力及ばず。国を奪われ、仕方なしにこの世界に逃れた。そんなところだ」
「あ……すみません、嫌なことを」
「昔のことだ。気にしないでくれ」
店主は屈託なく笑う。
「こう見えても、私はこちらでの生活が気に入っていてね。我が身の事だけを考えて、気ままに生きていくのも悪くはない」
「……」
「確かに、父から国を継いだ時にはこんなことになるとは思わなかった。だが、これが私の人生なのだ」
店主は何処か遠くを見ながら、そんな言葉を口にした。その表情は達観したようで、何処となく寂しそうでもあった。
「じゃあ、親父さんは、ひとりでこっちに来たんです?」
「いや。家族や家臣達も連れてきたのだが、あちらの世界が落ち着いた途端、皆帰ってしまってね」
「え、親父さんだけ残ったの?」
「ああ。私には帰る理由がないからな」
店主はさらりと回答した。
その口調とは裏腹に、そこには店主の強固な意志が込められていた。「自分は決して元の世界には戻らない」と。
「ま、こちらで友も出来たし、時々旧知の者も遊びに来る。案外、独りでも大丈夫なものさ」
「あ、それ、俺にもわかる気がします」
イシュタルは得心したように頷いた。
そんな彼の姿に、店主はふと顔を曇らせた。
「お客人。私よりも君の身の上の方が遥かに重いと思うが」
「……?」
「龍の谷で起きたことは聞いている。あれは気の毒なことだった」
「!」
店主の言葉に、イシュタルは息を呑んだ。
(この人、あん時の事を知っているのか)
当時の凄惨な記憶が、彼の胸に鮮やかに蘇る。
あれは、年に一度の大切な儀式の日。龍の谷にはその世界に棲む全ての龍が集まっていた。
殺戮者はその機会を狙い、用意周到な準備を進めていた。
龍の谷に降り注ぐ猛毒の雨。毒に侵されて次々と斃れる仲間たち。
最後まで自分を庇ってくれた父と、迫り来る冷酷な殺戮者。
父の身体ごと切り裂かれた痛み。昏くなる視界。
神に近い生き物とされ、強大な力を持っていた筈の龍は、あっけなく滅ぼされた。
ただひとり、イシュタルだけを遺して……。
(……っ)
イシュタルは首を横に振ると、ぽつぽつと喋り始めた。
「確かに、あれのせいで俺は独りぼっちにされたし、人間を心底恨んだ時期もありました。だけど、死にかけていた俺を助けてくれたのも、何かと面倒を見てくれたのも人間です」
瀕死の重傷を負った自分を命懸けで助けてくれた薬師。
心の傷に寄り添い、前を向けるようになるまで見守ってくれた神官たち。
寄る辺のない自分を優しく迎え入れてくれた村人たち。
そんな人々の顔がイシュタルの脳裏に浮かぶ。
「それに……俺はこれから先も人間に混じって生きて行かなきゃいけないし、いつまでも昔のことを根に持つわけにもいかないっすよ」
イシュタルは、自分に言い聞かせるように絞り出すと、左手をぎゅっと握りしめた。
(俺は、殺されたみんなの分まで、ちゃんと生き切らねえと……)
「そうか。君は強いな」
店主の優しい声がした。
顔を上げると、そこにはまるで父親のような顔で微笑む初老の男の姿があった。
「……へへっ」
イシュタルは涙が滲みそうになり、慌てて目をごしごしと擦った。そして、
「いや、俺の場合は、ただのやせ我慢です」
照れ臭そうに付け加えた。
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