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叱られたドラゴン

ー/ー



 果たして、イシュタルが見つけたのは、おでんの屋台だった。
 (おおー、いい匂い)
 イシュタルは胃袋を鷲掴みにされそうな魅力的な匂いに鼻を鳴らした。
 (ん?何か懐かしい匂いがするけど……?)
 イシュタルは小首を傾げて、記憶をたどる。
 (……母さんのスープだ)
 それに思い当たったイシュタルの顔に、一瞬暗い影が落ちた。
 「……はは、まさかね」
 イシュタルは軽く首を振ると、気を取り直したように屋台へと近づいた。
 
 屋台には客の姿はなく、店主が片付けものをしていた。
 「あれ?もう終わりすか?」
 念のため尋ねてみると、
 「いや。まだ大丈夫だ。食べて行くかい?」
 店主はイシュタルに背中を向けたまま回答した。
 「はい、ご馳走になります!」
 イシュタルは明るく声を掛けざまに、カウンターに座り込んだ。
 「いらっしゃい」
 店主が振り向きざまに笑顔を見せる。
 「……!」
 イシュタルと視線を合わせた店主の顔色が、明らかに変わった。
 (あれ?どうしたんだろこの人)
 イシュタルがきょとん、とした表情で見返すと、店主はさりげなくおでんの鍋へと視線を逸らした。
 (俺、何かしたかな?)
 困惑気味のイシュタルに、
 「兄ちゃん、注文は?」
 店主はおでんの鍋をつつきながら、穏やかな声音で促した。
 「あっ……んじゃ、とりあえず、がんもと大根。それから、お酒冷やで」
 「はいよ」
 店主はまず、日本酒をなみなみと注いだコップと、小皿に入った佃煮を差し出した。
 「うお、お通しまであるんすね。早速頂きます」
 ぱくっ、と躊躇なく口に含んだイシュタルの動きが、止まった。
 口の中に広がった味は、遠い昔の記憶を呼び起こすものだったのだ。
 
 少年の頃、家族と囲んだ賑やかな食卓。
 孫の成長を喜ぶ祖父母。穏やかな笑みを浮かべる父。優しく見守ってくれた母。
 (……っ)
 イシュタルは涙ぐみそうになるのを堪えながら、日本酒に口をつけた。
 
 「やはり、君にとっても懐かしい味か」
 不意に店主は、そんな言葉を口にした。
 「旨いだろう?その佃煮は、出汁を取った後のベリーリルで作ったのだ」
 店主は湯気の立ったおでんを差し出しつつ、元の世界の言葉でそう付け足した。
 「……公用語」
 イシュタルの顔に緊張が走った。
 「その言葉、久し振りに聞きました。――親父さんも、あっちの人なんすか?」
 イシュタルは箸を置くと、元の世界の言葉で誰何した。
 「先ほど、あそこで蒼い龍が躍っていた」
 店主はイシュタルの問いには答えず、淡々と言葉を繋いだ。
 「まさか、こちらの世界で本物の龍を見ることになるとは。さしもの私も驚いたよ」
 「……親父さん。あんた、何が言いたいんです?」
 イシュタルは警戒を露にした。その瞳が油断なく細められ、厳しく店主の様子を窺っている。
 「お客人。あの龍は、君なのだろう?」
 店主はいきなり核心を突いてきた。
 「!」
 イシュタルの顔から血の気が引いた。
 (さっき、人に変わったところはこの位置からは見えねえ筈だ。なのに、何で)
 「どうして、そう思うんすか?」
 心の動揺を隠そうと口元を無理矢理緩ませ、逆質問をしかける。
 すると、店主は、
 「何、君の身体から龍の匂いがしたものでね」
 あっさりと種明かしをした。
 「あ」
 (やべえ。さっき龍になって遊んだからだ)
 イシュタルの顔が、みるみる赤くなる。
 「あれは、君なんだね?」
 店主が念を押す声に、最早頷くしかなかった。

 「それならば、年長者として君に苦言を呈さなくてはならない」
 黙ってしまったイシュタルをよそに、店主は淡々と言葉を繋ぐ。
 「苦言……?」
 「うむ」
 店主は鷹揚に頷いて見せた。
 「君が龍の姿で人々を喜ばせること自体は悪くはない。だが、咆哮は如何なものか」
 「はあ。一応、周りに影響が出ないように、空に向けて吼えたんすけど」
 イシュタルは口を尖らせて反論する。
 「なるほど、君としては配慮したつもりだったのだな」
 イシュタルは、こくんと頷く。
 「だが、この世界では飛行機が往来しているのだ」
 「あっ……」
 店主の指摘に、イシュタルは色を失くした。
 「それじゃあ俺、やべえことしちゃったんです?」
 「いや。幸い、あの時間に上空を通過した機体はなかったようだ」
 「そんなら良かった……あっ、でも、良くねえか」
 イシュタルは、ばつが悪そうに頬を掻いた。そんな彼に、店主は厳しく釘を差す。
 「ここは我々の世界とは違うのだ。以後慎むように」
 「……すんません」
 イシュタルは、しゅん、と項垂れた。
 「お小言はこれで終わりだ。さ、冷めないうちに食べなさい」
 イシュタルが顔を上げると、店主はにっこりと微笑んでいた。


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 果たして、イシュタルが見つけたのは、おでんの屋台だった。
 (おおー、いい匂い)
 イシュタルは胃袋を鷲掴みにされそうな魅力的な匂いに鼻を鳴らした。
 (ん?何か懐かしい匂いがするけど……?)
 イシュタルは小首を傾げて、記憶をたどる。
 (……母さんのスープだ)
 それに思い当たったイシュタルの顔に、一瞬暗い影が落ちた。
 「……はは、まさかね」
 イシュタルは軽く首を振ると、気を取り直したように屋台へと近づいた。
 屋台には客の姿はなく、店主が片付けものをしていた。
 「あれ?もう終わりすか?」
 念のため尋ねてみると、
 「いや。まだ大丈夫だ。食べて行くかい?」
 店主はイシュタルに背中を向けたまま回答した。
 「はい、ご馳走になります!」
 イシュタルは明るく声を掛けざまに、カウンターに座り込んだ。
 「いらっしゃい」
 店主が振り向きざまに笑顔を見せる。
 「……!」
 イシュタルと視線を合わせた店主の顔色が、明らかに変わった。
 (あれ?どうしたんだろこの人)
 イシュタルがきょとん、とした表情で見返すと、店主はさりげなくおでんの鍋へと視線を逸らした。
 (俺、何かしたかな?)
 困惑気味のイシュタルに、
 「兄ちゃん、注文は?」
 店主はおでんの鍋をつつきながら、穏やかな声音で促した。
 「あっ……んじゃ、とりあえず、がんもと大根。それから、お酒冷やで」
 「はいよ」
 店主はまず、日本酒をなみなみと注いだコップと、小皿に入った佃煮を差し出した。
 「うお、お通しまであるんすね。早速頂きます」
 ぱくっ、と躊躇なく口に含んだイシュタルの動きが、止まった。
 口の中に広がった味は、遠い昔の記憶を呼び起こすものだったのだ。
 少年の頃、家族と囲んだ賑やかな食卓。
 孫の成長を喜ぶ祖父母。穏やかな笑みを浮かべる父。優しく見守ってくれた母。
 (……っ)
 イシュタルは涙ぐみそうになるのを堪えながら、日本酒に口をつけた。
 「やはり、君にとっても懐かしい味か」
 不意に店主は、そんな言葉を口にした。
 「旨いだろう?その佃煮は、出汁を取った後のベリーリルで作ったのだ」
 店主は湯気の立ったおでんを差し出しつつ、元の世界の言葉でそう付け足した。
 「……公用語」
 イシュタルの顔に緊張が走った。
 「その言葉、久し振りに聞きました。――親父さんも、あっちの人なんすか?」
 イシュタルは箸を置くと、元の世界の言葉で誰何した。
 「先ほど、あそこで蒼い龍が躍っていた」
 店主はイシュタルの問いには答えず、淡々と言葉を繋いだ。
 「まさか、こちらの世界で本物の龍を見ることになるとは。さしもの私も驚いたよ」
 「……親父さん。あんた、何が言いたいんです?」
 イシュタルは警戒を露にした。その瞳が油断なく細められ、厳しく店主の様子を窺っている。
 「お客人。あの龍は、君なのだろう?」
 店主はいきなり核心を突いてきた。
 「!」
 イシュタルの顔から血の気が引いた。
 (さっき、人に変わったところはこの位置からは見えねえ筈だ。なのに、何で)
 「どうして、そう思うんすか?」
 心の動揺を隠そうと口元を無理矢理緩ませ、逆質問をしかける。
 すると、店主は、
 「何、君の身体から龍の匂いがしたものでね」
 あっさりと種明かしをした。
 「あ」
 (やべえ。さっき龍になって遊んだからだ)
 イシュタルの顔が、みるみる赤くなる。
 「あれは、君なんだね?」
 店主が念を押す声に、最早頷くしかなかった。
 「それならば、年長者として君に苦言を呈さなくてはならない」
 黙ってしまったイシュタルをよそに、店主は淡々と言葉を繋ぐ。
 「苦言……?」
 「うむ」
 店主は鷹揚に頷いて見せた。
 「君が龍の姿で人々を喜ばせること自体は悪くはない。だが、咆哮は如何なものか」
 「はあ。一応、周りに影響が出ないように、空に向けて吼えたんすけど」
 イシュタルは口を尖らせて反論する。
 「なるほど、君としては配慮したつもりだったのだな」
 イシュタルは、こくんと頷く。
 「だが、この世界では飛行機が往来しているのだ」
 「あっ……」
 店主の指摘に、イシュタルは色を失くした。
 「それじゃあ俺、やべえことしちゃったんです?」
 「いや。幸い、あの時間に上空を通過した機体はなかったようだ」
 「そんなら良かった……あっ、でも、良くねえか」
 イシュタルは、ばつが悪そうに頬を掻いた。そんな彼に、店主は厳しく釘を差す。
 「ここは我々の世界とは違うのだ。以後慎むように」
 「……すんません」
 イシュタルは、しゅん、と項垂れた。
 「お小言はこれで終わりだ。さ、冷めないうちに食べなさい」
 イシュタルが顔を上げると、店主はにっこりと微笑んでいた。