丁度その頃――。
その近くの公園前の路上に、屋台のおでん屋があった。
「おー、やってるやってる」
客の男がコップ酒を煽りながら、プロジェクションマッピングを眺めている。
「お客さん。実はここからが一番よく見えるんだよ」
店主の男は笑いながら話し掛けた。ここは会場から少し離れている分、全体像がよく見えるのだ。
店主は年の頃なら50代半ば。白髪の混じった黒髪に、口元には髭を蓄えている。
防寒具の上にデニムのエプロンをつけ、にこやかな表情を浮かべている様は、一見何処にでもいるような初老の男だ。しかし、彼がふとした時に見せる立ち振る舞いは、何処となく気品を感じさせる。
「おやっさん、こんにゃく頂戴」
「あいよ」
「んー、出汁が沁みてうまいね」
客の男は笑顔を向ける。
「いつも思うんだけど、おやっさんのおでんは他とひと味違うんだよな。何か特別なもん使ってるの?」
「ふふ、そこは企業秘密」
店主はさりげなくやりすごした。
実は、おでん屋の店主はこの世界の人間ではない。イシュタルと同じく、別の世界から故あって移住してきた人間だ。
そして、彼が作るおでんの味の秘密は、故郷の滋養食材「ベリーリル」にある。
「お、今度は龍か!おやっさん、見てよ。すっげえリアル!」
男に促されて、店主はそちらへ顔を向ける。
(……!)
ライトに照らされた青い龍の姿を見た店主の顔色が変わった。
(あれは……映像なんかじゃない。本物だ)
店主は一目見ただけでそう断定した。
(何故、こんなところに)
店主は口元に手をやって、暫し沈思した。
「おやっさん、どうしたの?」
怪訝そうな男の声に、店主は現実に引き戻された。
「あ、いや……あんまりよく出来てるもんで、ちょっと驚いた」
「へえ、おやっさんでもびっくりすることってあるんだねえ」
男の言葉に、店主は曖昧な笑みを浮かべた。
その時。
耳をつんざくような大音量の咆哮が空を駆け巡った。
「うわっ」
屋台の二人は思わず耳を塞ぐ。
「これは……!」
店主は思わず声を上げた。
(こんなところで咆哮を発するとは――やりすぎだ!)
店主は慌てて空を仰ぐ。もし龍が吼えた方向に航空機でもあったら、重大な結果になりかねない。
幸いにも、上空にはそれらしい影は確認出来なかった。
(良かった……)
店主はほっと胸を撫で下ろすと、ご機嫌な様子で宙を舞い続ける龍をひと睨みした。
(おい、洒落になっていないぞ)
店主は苦々しく吐き捨てた。
一方。
観客の歓声に機嫌よく応えていたイシュタルだったが、動き通しで流石に疲れを感じ始めていた。
(あー、いい加減しんどいな。もういっか)
イシュタルは観客に向けて、ぺこりと一礼した。
「みんなありがとう!またね!」
挨拶の言葉と同時に、勢いよく上空へ飛び立つ。
「え、おしまい?」
人々のがっかりしたような声を聞き流しつつ、イシュタルは闇に紛れて人の姿に変化した。
そして、近くの高層ビルの屋上にひらりと降り立った。
「あー、楽しかった」
と、気を抜いた途端。
『ぎゅるるるる!』
大音量で腹の虫が鳴った。
空腹を自覚したイシュタルは、途端に身体の力が抜けるような感覚に襲われた。
「やべ、完全にハンガーノックじゃん……どっかでメシ食わねえと」
ぐるりと地上を見渡すと、公園近くにぽつんと赤提灯が灯っている様が目に入った。
「お。屋台!あそこでメシにしよっと」
イシュタルは躊躇うことなく地上へとダイブした。