白銀のゲレンデ
ー/ー
ヒロとマール一家は、雪原に足を踏み入れた。
「わあ、すごーい!」
「雪いっぱーい!」
ミルクとココアは目を輝かせて、早速雪遊びを始めた。
ヒロはその愛らしい様子にふと笑みを浮かべ、続けて天を仰ぐ。
(ハル。約束の場所に来たぞ)
ヒロは、ハルの写真を忍ばせたポケットに右手を置いた。
この旅行は、ハルのために計画したようなものだった。
コロナ禍のせいで家に閉じこもりがちになったハルは、退屈を持て余してクサクサしていた。
「そろそろ感染対策さえバッチリしとけば遠出出来そうだから、年が明けたらみんなで雪遊びにでも行くか!」
マールの提案にハルは目を輝かせ、きゃあっ、と声を上げて喜んだ。
それは、2022年の夏の日のこと。
ハルは、元気だった。
「ヒロ。来年の雪遊びは計画通り実行するぞ」
ハルが荼毘に付された日、マールはぶっきらぼうに宣言した。
「え?」
ヒロは戸惑いの表情を浮かべた。
(どうして今、そんな話を?)
そんな思いが頭をもたげた。
「ヒロ。俺はさ、あいつと交わした約束を絶対に果たしてやりてえんだよ。そのためには、お前が一緒に来てくれなきゃ意味ねえからな」
マールは天を仰ぐと、掠れた声で本心を覗かせた。
「そういうこったから、ヒロ。すっぽかしは許さねえ。お前がハルを連れて来い」
マールとヒロ。かつてハルを巡って争った二人の視線が交錯する。
「……わかった」
ややあって、ヒロは躊躇いがちに頷いた。
アカリが初心者向けのスノーボード教室に参加している間、ヒロはマールと共に娘たちの見守りをすることにした。
「ヒロ。こっち俺一人でも大丈夫だから、滑って来いよ」
そんな気遣いを見せるマールに、
「いや。一人で滑ると泣いちまいそうだから」
ヒロはさらっとそんな言葉を返した。
半分は冗談、半分は本音だ。
「そっか」
マールは軽く頷くと、それ以上何も言わなかった。
ミルクとココアは、思いつくままに次々と雪遊びの形態を変えては、声を上げて大はしゃぎしている。
その様子を微笑ましく見守っていたヒロの顔に、愁いの影がよぎった。
(ハルにも雪遊びさせてやりたかったな)
つい、そんなことを思ったのだ。
ハルがここに居たら――。
大人用のそりで滑らせてやる。
そりが止まったら、ハルは「むー」と声を上げる。
それを聴いたヒロは、ハルの方へと向かう。
「むー」という声を出す時のハルは、ヒロの助けを必要としているからだ。
近づいてきたヒロに、ハルは「もっと滑りたい」という視線を投げる。
ヒロはハルの希望に全力で応える。
子供達と雪投げをする。雪に身体を投げ出す。そのまま転がる。
ハルは楽しそうに声を立てて笑う。
それから。
それから……。
(やべ)
ヒロは視界が霞んできたことを自覚して、さりげなく目を擦った。
(湿っぽいのは無し、だったな)
ヒロは鼻を啜ると、ゆっくりと天を仰ぐ。
すっきりとした空の青さが、やけに目に染みてきた。
「いやー、スノボ、ホントに難しいわあ。いっぱい転んじゃった」
口では愚痴を零しながらも、実に楽しそうな顔でアカリが戻って来た。
「さ、おチビさん達のことはあたしに任せて、二人とも滑ってきて」
ヒロとマールはそんなアカリのお言葉に甘えて、スノーボードを抱えてリフトに乗り込んだ。
目指すは、上級者コースだ。
ゲレンデに降り立ったヒロは、ポケットからハルの写真を取り出した。
「マール。ハル、連れてきたぞ」
そう言いながら、マールに写真を見せる。
「おっ、いい顔してるじゃん」
写真を覗き込んだマールは、にんまりと笑う。
「んじゃ、三人で、行きますか」
「ああ」
ヒロは頷いて見せると、ハルの写真をポケットにしまった。
ヒロとマールは快調にゲレンデを滑り降りる。
「これこれ、この感触、たまんねえな!」
冬の冷たい空気を切り裂いて進む、この感覚が最高に心地よい。
ヒロは身体を前傾させて、更にスピードを上げる。
「ちょ、ヒロ!マジか!」
焦ったようなマールの声を後ろに聞き流して、ヒロは巧みにスノーボードを操った。
「!」
ヒロは突然、何かに足元を掬われて、大きくバランスを崩した。
派手な雪煙が上がり、目の前の雪と空がぐるっと回転する。
「うわっ!」
ヒロは硬い雪面にしたたかに身体を打ち付けた。
「あっ……痛ってえ!」
「ヒロ、大丈夫か?」
追いついてきたマールが声を掛ける。
「ああ、何とか」
ヒロはしかめっ面のまま頷いた。
「まさかお前がこけるなんてな」
「ははっ、油断した」
ヒロはぱんぱんと身体についた雪を払うと、ゆっくりと立ち上がった。
「……おい、ヒロ。何だ、あれ」
不意に、マールが掠れた声で呟いた。
顔を上げると、マールはヒロの向こう側の景色を呆けたような顔で見つめている。
「?」
ヒロは眉根を寄せて、マールの視線を辿る。
「……あ……」
ヒロの目が大きく見開かれた。
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「わあ、すごーい!」
「雪いっぱーい!」
ミルクとココアは目を輝かせて、早速雪遊びを始めた。
ヒロはその愛らしい様子にふと笑みを浮かべ、続けて天を仰ぐ。
(ハル。約束の場所に来たぞ)
ヒロは、ハルの写真を忍ばせたポケットに右手を置いた。
この旅行は、ハルのために計画したようなものだった。
コロナ禍のせいで家に閉じこもりがちになったハルは、退屈を持て余してクサクサしていた。
「そろそろ感染対策さえバッチリしとけば遠出出来そうだから、年が明けたらみんなで雪遊びにでも行くか!」
マールの提案にハルは目を輝かせ、きゃあっ、と声を上げて喜んだ。
それは、2022年の夏の日のこと。
ハルは、元気だった。
「ヒロ。来年の雪遊びは計画通り実行するぞ」
ハルが荼毘に付された日、マールはぶっきらぼうに宣言した。
「え?」
ヒロは戸惑いの表情を浮かべた。
(どうして今、そんな話を?)
そんな思いが頭をもたげた。
「ヒロ。俺はさ、あいつと交わした約束を絶対に果たしてやりてえんだよ。そのためには、お前が一緒に来てくれなきゃ意味ねえからな」
マールは天を仰ぐと、掠れた声で本心を覗かせた。
「そういうこったから、ヒロ。すっぽかしは許さねえ。お前がハルを連れて来い」
マールとヒロ。かつてハルを巡って争った二人の視線が交錯する。
「……わかった」
ややあって、ヒロは躊躇いがちに頷いた。
アカリが初心者向けのスノーボード教室に参加している間、ヒロはマールと共に娘たちの見守りをすることにした。
「ヒロ。こっち俺一人でも大丈夫だから、滑って来いよ」
そんな気遣いを見せるマールに、
「いや。一人で滑ると泣いちまいそうだから」
ヒロはさらっとそんな言葉を返した。
半分は冗談、半分は本音だ。
「そっか」
マールは軽く頷くと、それ以上何も言わなかった。
ミルクとココアは、思いつくままに次々と雪遊びの形態を変えては、声を上げて大はしゃぎしている。
その様子を微笑ましく見守っていたヒロの顔に、愁いの影がよぎった。
(ハルにも雪遊びさせてやりたかったな)
つい、そんなことを思ったのだ。
ハルがここに居たら――。
大人用のそりで滑らせてやる。
そりが止まったら、ハルは「むー」と声を上げる。
それを聴いたヒロは、ハルの方へと向かう。
「むー」という声を出す時のハルは、ヒロの助けを必要としているからだ。
近づいてきたヒロに、ハルは「もっと滑りたい」という視線を投げる。
ヒロはハルの希望に全力で応える。
子供達と雪投げをする。雪に身体を投げ出す。そのまま転がる。
ハルは楽しそうに声を立てて笑う。
それから。
それから……。
(やべ)
ヒロは視界が霞んできたことを自覚して、さりげなく目を擦った。
(湿っぽいのは無し、だったな)
ヒロは鼻を啜ると、ゆっくりと天を仰ぐ。
すっきりとした空の青さが、やけに目に染みてきた。
「いやー、スノボ、ホントに難しいわあ。いっぱい転んじゃった」
口では愚痴を零しながらも、実に楽しそうな顔でアカリが戻って来た。
「さ、おチビさん達のことはあたしに任せて、二人とも滑ってきて」
ヒロとマールはそんなアカリのお言葉に甘えて、スノーボードを抱えてリフトに乗り込んだ。
目指すは、上級者コースだ。
ゲレンデに降り立ったヒロは、ポケットからハルの写真を取り出した。
「マール。ハル、連れてきたぞ」
そう言いながら、マールに写真を見せる。
「おっ、いい顔してるじゃん」
写真を覗き込んだマールは、にんまりと笑う。
「んじゃ、三人で、行きますか」
「ああ」
ヒロは頷いて見せると、ハルの写真をポケットにしまった。
ヒロとマールは快調にゲレンデを滑り降りる。
「これこれ、この感触、たまんねえな!」
冬の冷たい空気を切り裂いて進む、この感覚が最高に心地よい。
ヒロは身体を前傾させて、更にスピードを上げる。
「ちょ、ヒロ!マジか!」
焦ったようなマールの声を後ろに聞き流して、ヒロは巧みにスノーボードを操った。
「!」
ヒロは突然、何かに足元を掬われて、大きくバランスを崩した。
派手な雪煙が上がり、目の前の雪と空がぐるっと回転する。
「うわっ!」
ヒロは硬い雪面にしたたかに身体を打ち付けた。
「あっ……痛ってえ!」
「ヒロ、大丈夫か?」
追いついてきたマールが声を掛ける。
「ああ、何とか」
ヒロはしかめっ面のまま頷いた。
「まさかお前がこけるなんてな」
「ははっ、油断した」
ヒロはぱんぱんと身体についた雪を払うと、ゆっくりと立ち上がった。
「……おい、ヒロ。何だ、あれ」
不意に、マールが掠れた声で呟いた。
顔を上げると、マールはヒロの向こう側の景色を呆けたような顔で見つめている。
「?」
ヒロは眉根を寄せて、マールの視線を辿る。
「……あ……」
ヒロの目が大きく見開かれた。