スキーリゾートへ
ー/ー
2023年2月。
ヒロは淡々と旅行の準備を進めていた。
行き先は、隣の県のスキーリゾート。親友のマール一家と1泊2日の予定で雪遊びを楽しむ計画だ。
ヒロにとって、この旅行は特別なものでもあった。
それは、彼の大切な人と行くはずだった、久し振りの旅行でもあったからだ。
ヒロはサイドボードの扉を開け、封筒を手にした。
中に入っているのは、ひとりの男性の写真。
写真の中のその人は、満開の桜並木を背景に、車椅子姿ではにかんだような笑みをこちらに向けている。
ヒロはその写真を暫く見つめてから、慎重にアクリル板に挟み込んだ。
そして、改めて写真を見返すと、口元に小さく笑みを作った。
「ハル。一緒に行こうぜ」
ハルとヒロは中学時代からの付き合いだ。最初は仲のいい親友同士だったのが、やがてお互いの気持ちを確かめ合った末に同性のパートナーになった。
ヒロはハルの全てを愛し、ハルはヒロに全幅の信頼を寄せた。
二人は、ただ共に生きて傍にいること。それだけで幸せだった。
その後、ハルは事故に遭って身体の自由と言葉を失ってしまったが、ヒロのハルに対する愛情は薄まるどころか強固なものになっていった。
(俺は、この生涯をかけて、全力でハルを守り抜く。俺がハルの手足になり、言葉になるんだ)
ヒロはハルの両親と共に、懸命にリハビリに取り組むハルを支える中で、そんな思いを強くしていた。
ところが。
2022年10月、ハルは自宅で突然倒れ、そのままこの世を去ってしまった。
パートナーではあるが家族ではないヒロは、ハルが生命を終える瞬間に立ち会うことが出来なかった。
まだコロナ禍の影響が残る中での、病院側の方針によるものだった。
「ヒロくん。ハルはね、ままならない身体で、今まで一生懸命頑張って生きたの。だから、褒めてあげてね」
電話の向こうのハルの母は、涙ながらに訴えた。
「……はい」
ヒロは掠れた声でそう返すのが精一杯だった。
家に戻ってきたハルは、穏やかな表情で静かに目を閉じていた。
ヒロは震える手でその頬に触れた。
「……っ」
氷のような冷たさに、ヒロは息を呑んだ。
「ハル……なんでだよっ」
ヒロの目から、大粒の涙が零れた。
翌朝。
ヒロは車でスキーリゾートに向かった。マール一家とは宿泊先のホテルで落ち合うことになっている。
FMラジオから流れるDJの楽し気なお喋りを旅のお供に、ヒロはアクセルを軽く踏んだ。
目的地に近づくにつれ、窓の外の風景が雪国のそれへと変わっていく。
『きゃははっ』
声を上げてはしゃぐハルの姿を脳裏に浮かべて、ヒロは思わず口元を綻ばせた。
そして、
「ハル。マールんとこの娘ちゃん、こないだ会ったら大きくなっててさ。子供の成長ってホントに早いよな。俺、マジでびっくりしたよ」
ヒロはそんな独り言を口にしていた。
何となく、隣にハルが座っている気がしたからだ。
ちらっと助手席に視線を移す。
当然だが、そこには誰もいない。
「……だよな」
ヒロは落胆したようにひとりごちた。
ヒロを乗せた車は、スキーリゾートに隣接するホテルの駐車場に滑り込んだ。
荷物を手にロビーへと向かう。
すると、
「あっ!ヒロおじちゃん!」
「ヒロおじちゃんだ!」
ぱあっと明るい声を上げながら、小さな女の子が二人、ヒロの方に駆け寄ってきた。
マールの双子の娘、ミルクとココアだ。
「ミルちゃん、ココちゃん、久し振り」
ヒロは笑顔いっぱいの二人に優しい声音で応じる。
「あれ?ハルおじちゃんは?」
ミルクは辺りをきょろきょろと見回すと、小首を傾げて無邪気に尋ねてきた。
「え?あっ」
ヒロは言葉に詰まった。
そこへ、
「さて、ヒロも来たし、さっさとチェックインしてゲレンデに行くぞ」
マールが二人の娘の頭をポンポンと叩いて、割って入ってくれた。
「ミルク、ココア。お荷物持って」
マールの妻のアカリが、明るく声を掛ける。
「はーい」
ミルクとココアは、母の方に向けてキャッキャと笑いながら駆け出して行った。
「マール、助かった」
「あんなの、子供に面と向かって訊かれたら、しんどいよな」
マールは小さく笑うと、ヒロの背中をぽんと叩いた。
アカリには内緒だが――。
ヒロとマールは、かつてハルの所有権をめぐってバチバチのバトルを展開した間柄だった。
その結果、ハルはヒロを選び、戦いに敗れたマールはその後出会ったアカリと一緒になった。
そんなわけで、以前はいがみ合うことが多かった二人だが、時を経て環境も感情も変化していく中で、今では家族ぐるみで交流する良好な関係になっている。
「今日は湿っぽいのは無しだ。折角来たんだ、精一杯楽しもうぜ」
マールの言葉に、ヒロは小さく頷いた。
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行き先は、隣の県のスキーリゾート。親友のマール一家と1泊2日の予定で雪遊びを楽しむ計画だ。
ヒロにとって、この旅行は特別なものでもあった。
それは、彼の大切な人と行くはずだった、久し振りの旅行でもあったからだ。
ヒロはサイドボードの扉を開け、封筒を手にした。
中に入っているのは、ひとりの男性の写真。
写真の中のその人は、満開の桜並木を背景に、車椅子姿ではにかんだような笑みをこちらに向けている。
ヒロはその写真を暫く見つめてから、慎重にアクリル板に挟み込んだ。
そして、改めて写真を見返すと、口元に小さく笑みを作った。
「ハル。一緒に行こうぜ」
ハルとヒロは中学時代からの付き合いだ。最初は仲のいい親友同士だったのが、やがてお互いの気持ちを確かめ合った末に同性のパートナーになった。
ヒロはハルの全てを愛し、ハルはヒロに全幅の信頼を寄せた。
二人は、ただ共に生きて傍にいること。それだけで幸せだった。
その後、ハルは事故に遭って身体の自由と言葉を失ってしまったが、ヒロのハルに対する愛情は薄まるどころか強固なものになっていった。
(俺は、この生涯をかけて、全力でハルを守り抜く。俺がハルの手足になり、言葉になるんだ)
ヒロはハルの両親と共に、懸命にリハビリに取り組むハルを支える中で、そんな思いを強くしていた。
ところが。
2022年10月、ハルは自宅で突然倒れ、そのままこの世を去ってしまった。
パートナーではあるが家族ではないヒロは、ハルが生命を終える瞬間に立ち会うことが出来なかった。
まだコロナ禍の影響が残る中での、病院側の方針によるものだった。
「ヒロくん。ハルはね、ままならない身体で、今まで一生懸命頑張って生きたの。だから、褒めてあげてね」
電話の向こうのハルの母は、涙ながらに訴えた。
「……はい」
ヒロは掠れた声でそう返すのが精一杯だった。
家に戻ってきたハルは、穏やかな表情で静かに目を閉じていた。
ヒロは震える手でその頬に触れた。
「……っ」
氷のような冷たさに、ヒロは息を呑んだ。
「ハル……なんでだよっ」
ヒロの目から、大粒の涙が零れた。
翌朝。
ヒロは車でスキーリゾートに向かった。マール一家とは宿泊先のホテルで落ち合うことになっている。
FMラジオから流れるDJの楽し気なお喋りを旅のお供に、ヒロはアクセルを軽く踏んだ。
目的地に近づくにつれ、窓の外の風景が雪国のそれへと変わっていく。
『きゃははっ』
声を上げてはしゃぐハルの姿を脳裏に浮かべて、ヒロは思わず口元を綻ばせた。
そして、
「ハル。マールんとこの娘ちゃん、こないだ会ったら大きくなっててさ。子供の成長ってホントに早いよな。俺、マジでびっくりしたよ」
ヒロはそんな独り言を口にしていた。
何となく、隣にハルが座っている気がしたからだ。
ちらっと助手席に視線を移す。
当然だが、そこには誰もいない。
「……だよな」
ヒロは落胆したようにひとりごちた。
ヒロを乗せた車は、スキーリゾートに隣接するホテルの駐車場に滑り込んだ。
荷物を手にロビーへと向かう。
すると、
「あっ!ヒロおじちゃん!」
「ヒロおじちゃんだ!」
ぱあっと明るい声を上げながら、小さな女の子が二人、ヒロの方に駆け寄ってきた。
マールの双子の娘、ミルクとココアだ。
「ミルちゃん、ココちゃん、久し振り」
ヒロは笑顔いっぱいの二人に優しい声音で応じる。
「あれ?ハルおじちゃんは?」
ミルクは辺りをきょろきょろと見回すと、小首を傾げて無邪気に尋ねてきた。
「え?あっ」
ヒロは言葉に詰まった。
そこへ、
「さて、ヒロも来たし、さっさとチェックインしてゲレンデに行くぞ」
マールが二人の娘の頭をポンポンと叩いて、割って入ってくれた。
「ミルク、ココア。お荷物持って」
マールの妻のアカリが、明るく声を掛ける。
「はーい」
ミルクとココアは、母の方に向けてキャッキャと笑いながら駆け出して行った。
「マール、助かった」
「あんなの、子供に面と向かって訊かれたら、しんどいよな」
マールは小さく笑うと、ヒロの背中をぽんと叩いた。
アカリには内緒だが――。
ヒロとマールは、かつてハルの所有権をめぐってバチバチのバトルを展開した間柄だった。
その結果、ハルはヒロを選び、戦いに敗れたマールはその後出会ったアカリと一緒になった。
そんなわけで、以前はいがみ合うことが多かった二人だが、時を経て環境も感情も変化していく中で、今では家族ぐるみで交流する良好な関係になっている。
「今日は湿っぽいのは無しだ。折角来たんだ、精一杯楽しもうぜ」
マールの言葉に、ヒロは小さく頷いた。