『原初の英雄』として日本各地で悪事を働く輩を成敗し、あらゆるメディアに取り上げられた信一郎。丸善もまた、そうなりたかったのだ。
丸善は、当時ある大企業の新卒社員として就職、現代の荒波に立ち向かっていこうとしていた。しかし、結局は酷い上司にこき使われ、精神と肉体を摩耗していった。人生に絶望し自殺を図ろうとしていた時に、その上司が怪人として目の前に現れた。その際に咄嗟に現れ、圧倒的力
《パワー》により退治。文字通りのワンパンチ・K.O.|だった。
冷徹、冷静、冷血であった彼の姿を見て、その非情なまでに怪人を叩きのめす彼は、まさに憧れの対象であった。
その後、信一郎が全世界に発表した情報の一つ、『因子』について気になっていた丸善は、即座に専門機関に受診、自身も信一郎と肩を並べたいと思ったが故の行動であった。
しかし、結果はハズレ。英雄として活躍することはおろか、英雄を志すことすら許されてはいなかったのだ。
(何とか、何とかなりませんか!?)
(我々に、『法を破れ』と? ……せめて、法外なことを求めるなら、法外な金額くらい用意して当然でしょうに。――これだから、貧乏人の相手は反吐が出る)
どれほど志高かろうと、世間の誰もが『持たざる者』に冷たい。結果、丸善は世間への不信感を募らせ、どん底へと落ちていった。
やがて借金まみれとなっていく丸善は、あるタイミングで宝くじを拾う。しかもその宝くじは、今自分にある借金を全てチャラにできるほどの当たりくじ。それゆえに、金に救われた丸善は、徐々に金に対して執着するようになっていった。
『教会』へと入信し、金欲に執着していた丸善は、埼玉支部へ配属される。あらゆる辛酸を飲み干してきた丸善にとって、汚れ仕事など些細なこと。どんなことでもやってきた。
その貪欲さから鰻上りに役職を昇進させ、グラトニーの側近ともいえる存在にまで相成った。
しかし、それは本当に金に対する執着だけだったのか、と言われたら無論違っていた。
英雄を志していた彼にとって、信一郎の存在は光そのもの。そんな存在にどんな方法を用いたとしても近づき、やがて自分が殺す。どれほど敗北を喫しようとも、いつかは力をつけ憧れを超える。
その歪んだ欲が、丸善の心を支配していった結果。丸善は英雄の卵をあの『ホロコースト事件』により捕縛。多額の金と英雄の卵の命を以って、因子の脱法移植を行った。自分を『貧乏人』と罵った医者の下で。
(――こ、これで因子は移植した。満足か)
(――ええ。実にいい気分ですよ)
秀でた力を得た丸善は、移植を担当した医者と、その手術にかかわった医者を全員殺害。報復はそれで半分終わった。世間への長年の恨みはそこで少しばかり晴れた。
それこそが、丸善がここまで人生と言う戦場で戦えた理由であった。
『――私は、英雄になりたかった。貴方と共に、背中を預けあいながら戦いたかった。それこそが、人生の最大目標だった』
「…………」
眼前の歪んだ憧れを抱いた存在に、憐みの目を向ける信一郎。そう成り果てるまでに、どれほど泥水を啜ったか、容易に理解が出来るために、特段責め立てることはなかった。
『それゆえに……私は貴方の子供……特に滝本礼安が許せなかった。現役時代の貴方を彷彿とさせる、まっすぐな正義感……しかし、あの普段の馬鹿な立ち居振る舞い。英雄を志すには、本当に甘すぎる思考。非常に……腹立たしい』
資格すら与えられなかった者と、資格を自覚することなく半ば成り行きで入学した者。
運命の悪戯とはいえ、丸善にとって礼安のことは殺したいほど憎たらしかったのだ。あの入学式の一件で、よりそれが顕著に。たかだか大した高尚な意識も無い七光りが入学しているように見えて。たまらなく不快で、憎たらしい。
人間のマイナスの感情をソートし、それら全てを大鍋でごった煮。それが礼安への感情であった。信一郎には『憧れ』を、礼安には時を経るごとに肥大化していく『殺意』を。
『存在が憎たらしい、さらに現役時代の貴方と重なる部分が、非常に多い部分も憎たらしい。蛙の子は蛙、と表現するべきでしょうね。もし叶うなら……あの礼安とか言う小娘ではなく私があなたの子供として生まれたかった』
そんな酷い感情を吐露する丸善に対し、信一郎は『笑った』のだ。怒るでも悲しむでもなく、ただ高らかに笑ったのだ。
「そこまで思ってくれんのは結構! うちの子に対して殺意抱いてんのも結構だ! それこそ私たちと君たちの関係性だからな、実に健全だ!」
そんな信一郎が、一瞬にして豹変した。今まで微塵も感じさせなかった殺気で、ロビーフロアの広々とした空間を圧し潰していく。今まで満面の笑みだったはずなのに、怒りをむき出しにしていたのだ。
まるで、今まで笑顔の好々爺といえる面をつけていたはずが、一瞬にして面が切り替わって般若の形相となったように。
「――――で?? 部外者であるお前が、我が子の在り方に文句がある、と??」
信一郎にとって、自分を褒め称えられたり、貶されたりすることは別に構わない。それによって普段の立ち居振る舞いを変えることは一切ない。ただ笑い飛ばすだけで、すべてが片付く。
しかし、これが自分の愛する存在に向いたとしたら。親として、一人の男として黙っていられるほど、信一郎は大人ではなかった。
だからこそ親子なのだ。礼安や院の怒りの沸点と、信一郎の沸点。鏡合わせのごとく同一なのだ。
「お前が、あの子の身にどんなことがあったか、そういうことは一切知らないだろうね。それは十分に理解した。まあたかが他人だし、理解してもしなくとも変わらないが……だとして、親の目の前で我が子を侮辱するとか――――どういう了見だ??」
先ほどよりも、圧倒的に語気が強くなっている信一郎。殺気で並の構成員なら殺せてしまいそうなほど、場を圧し潰していく。現に、丸善の屈強な肉体は、圧に屈して既に跪いている。その場に超重力でも渦巻いているかのように、少しでも気を緩めればひれ伏してしまいそうであった。
「――もし、この侮辱で私に全力で戦ってほしいなら、それはお前の予想通り。今ならある程度の力を以って交戦することも、やぶさかではないよ」
『――ああ、貴方を目の前にした瞬間の圧。あの糞野郎も……こういう気持ちだったんでしょうね。底知れない絶望感、まるで死刑執行を間近に控えた死刑囚のような心地ですよ』
だからと言って、丸善は抗戦する意思を無くしたわけではない。そう、恍惚そのものであった。殺意を向けられているこの状況こそ、彼自身が望んだこと、臨んだ状況そのものであるのだ。
ファイティングポーズをとり、薄気味悪く笑んで見せる丸善。その瞬間に、その場に満ちていた殺気が霧消する。信一郎は理解してしまったのだ、この男の策略に乗せられたことを。
決して、丸善が口にした感情に嘘偽りはないのだろう。礼安を憎たらしく思う気持ちも、信一郎に対して強い憧れの感情を抱いているのも。
「――面白いね、君。自己満感情MAX状態で、私怒らせてダイナミック自殺を考えるとは。私の気持ちを完全に利用、その流れが実に面白い。今までに経験してこなかったよ、そんな歪んだ感情は。……銀行勤務と汚れ仕事で人心掌握術でも学んだのかい?」
『……かも、しれませんね』
回りくどい、と思われてもいい。この対立構造こそ、第一希望の夢が叶わなかった者の第二希望の未来。
「――分かったよ。ご希望通り、久々に変身してあげよう。そうして……」
胸元に、現役時代から長く使い続けてきた、旧型のデバイスドライバーを構える。力強い勢いのままに、下腹部に装着するとヒーローライセンスを構える。
「その夢が叶った、人生史上最高の喜びを噛み締める暇
《いとま》なく、叩き潰すか、じっくりしっかり夢を味合わせてやるか――――どちらか嫌な方選ばせてあげよう、古参ファン|さん」
『嫌な方は――――無論、前者でしょう』
信一郎が認証し、手にするライセンスには、緑と黄色の飛蝗二匹と、紅の鍬形一匹がデザインされたもの。
『認証、原点
《ゼロ》に至る物語! 皆の心に宿る英雄たち|よ、集え!!』
荒々しく装填すると、信一郎の周りに現れる、実体をもった昆虫たちの巨大な鋼鉄のビジョン。飛蝗二匹は地面を破砕しながら跳ね回り、鍬形は辺りに寄り付かせないよう超高速で飛び回る。
「――変身」
『GAME START! You Are SUPER HERO!!』
不敵に笑んで、ドライバーの両側を荒々しく押し込むと、それぞれのビジョンが信一郎と機械的に融合、やがて現れるのはスマートな装甲|《アーマー》に身を包んだ信一郎であった。
「過激かつイカれたファン。そんな残念な奴の願いを残酷に叶えてやれるのは、私の――いや、『俺』の役目かな」
紅、深い水色、黄色の三色を首元のマフラー型装甲の色とし、赤色の複眼じみた装甲と拳部分を作り上げる深い水色の攻撃装甲、そして背に複数備えた、飛蝗の後ろ足のように脚部を折りたたんだかのような形状の、くすんだ黄色の加速機構。それ以外を白銀の装甲で覆った、原点の英雄の立ち姿。悪人や怪人は、その姿を見ただけで、その名を思考しただけで死を覚悟するという。
「『俺』がこの姿になったら名前が変わる。それは、理解しているよね」
『――『アーマード・ダブルオー』!! 待ちわびていましたよ、貴方のことを!!』
憧れの存在が眼前に立つことが、信じられなかった。随喜の涙を浮かべながら、チーティングドライバーの上部を二度押し込む。
『Killing Engine Re/Ignition』
「只今より、怪人・丸善富雄の『処刑』を執行する」
処刑の執行、それ即ち『アーマード・ダブルオー』の怪人に対しての、現役時代からのルーティン。彼の信条として、絶対に殺しはしない。怪人としての一生を終わらせるために、どれほど相手が憎たらしくとも一撃で終わらせる、有情の証である。
『ああ――これで良かった!! ようやく……念願が叶う!!』
実に嬉しそうに、無防備に『ダブルオー』へ駆けていく。自慢の拳に込めた歪んだ魔力を、必殺技として撃ち放つため。
「その最後まで一貫した態度……俺は、そんなアンタに敬意を表するぜ」
最後まで、ファンでありながら敵であり続ける。そんな強固な覚悟を抱く者に、敬意を表する信一郎は、両側を再び深く押し込む。
『超必殺承認!! 究極の一撃|《アルティメット・インパクト》!!』
丸善の必殺の拳を真正面から受け止め、宙へ勢いよく蹴り飛ばす。
残像によって、信一郎が数十名に増えて見えるほどの超スピードで迫り、さながら集団リンチかのように、目で追う事すら許さない乱打を叩きこむ。
次第に、丸善の胸部に、光差すことすら許さないほどの漆黒の球体が現れる。
「お前の罪を、俺が裁いてやる」
残像が一点に集まり、稲妻迸る飛び蹴りが、その球体を易々と砕く。それと共に丸善の肉体を捉える。圧倒的衝撃により、骨は豆腐のごとく崩壊する。
地面もまた、衝撃を一切殺すことを許されることはなく、地盤がひっくり返るほどの衝撃を食らった結果、開ききった蓮の花のように超広範囲に渡り完全崩壊。
銀行の煌びやかかつ落ち着いた雰囲気のあるロビーが、たった一撃により廃墟以上の荒廃した大地と化したのだ。
「ファンミーティングってのは現役時代経験してなかったが……悪くなかったかもな」
わずか、一分足らず。信一郎が変身し交戦した時間はその程度。超必殺技待機状態からこの崩壊を生み出すまで、たった五秒。
旧型デバイスドライバー・『デバイスドライバー・シン』には『GAME CLEAR!』の文字。変身を解除しながらぼやく信一郎は、困ったように笑って見せた。
これにより、「『教会』埼玉支部兼壇之浦銀行副支店長」丸善富雄と、「英雄学園学園長兼『原初の英雄』」滝本信一郎の戦いは、過激なファンのヘドロのような感情を受け切り、あまつさえ夢を叶えて見せた信一郎の完全勝利と相成ったのだった。
旧型デバイスドライバーを懐にしまい込み、怪人化が解除され無力状態にある、丸善の隣に腰掛ける。
まるで爆心地の中心のような場所で、二人佇むその状態は、丸善にとって夢同然の状態であった。
「――まだ、夢見心地状態かい? 今ぱっと見一張羅のスーツ全部おじゃんになって人生どん底、みたいなフォルムだけど」
紳士然としていた丸善は、髪も服も肉体も、モノクルすら壊れ果て、全てがズタボロとなった状態にあった。実際問題、信一郎がある程度応急手当を施さなかったら、死亡もあり得る状態であった。
それでも、どれほど傷を負った状態であったとしても、丸善にとっては夢が叶った状態であるため、どうでもよかったのだ。今多量の札束を何千本も用意されたとしても、一切靡かないだろう。
「……ええ、気持ちのいいものです。全てを失って、普通なら絶望に打ちひしがれるでしょうに――――貴方と拳を交えられたことが何よりもの歓びです。……とはいえ、貴方は『あの一件』を除いて、これまで全力なんて出したことないでしょうが」
「ご名答、今回も全力を百としたら……一、出していればいい方じゃあないかな?」
丸善は瀕死、信一郎はスーツのほつれ一つすらない無傷そのもの。対照的な二人であった。
「……君、本当不思議なもんだよ。『憧れ』と『憎しみ』をしっかり同居させた面倒くさい感情持っておきながら、それに準じながら生きはするが、願いのために命投げ捨てようとする危うさを孕んでいる。感覚が青い……と言うか、若いねエ」
「六十年……内四十五年ほど。貴方のために人生を棒に振ってきたのです。今更どうということはありませんよ」
六十歳であるものの、心は英雄志望の若さを保っていた。結果歪んでしまったものの、その願いはこの場を以って達せられた。
「――君の心は実に厄介だけど……憧れられるのは悪くない。もし君に因子があったら……本当に私の隣で戦う存在になってたかもね」
信一郎は何事もなかったかのようにすっくと立ちあがり、この場を立ち去ろうとする。顔を実際窺ったわけではないが、どこか名残惜しそうな雰囲気を感じ取った信一郎は、名刺ケースから自分の名刺を一枚取り出す。
そこには信一郎の連絡先が記されていたものの、そこに追加して彼は胸元からサインペンを取り出し、速記で自慢のサインを記す。この場で、世界で一つの名刺を作り上げたのだ。
その方を振り向くことなく後ろ手で、スマートに丸善へと渡したのだ。
「この案件が片付いたら、君ら埼玉支部の連中は、揃って全員ブタ箱行きだろう。でも……もし獄中でしっかりきっちり刑期を全う、さらに模範囚として頑張っていたら、そこに電話しな」
サインを貰えたうれしさと、語られていることの謎が相まって、複雑な表情をしていた丸善。そんな彼にも分かりやすいように、ようやく当人の方を向いて、柔らかな笑みを湛え握手を提示する。
「もし、まだ気持ちがあるんなら。私が少しくらい英雄としての稽古をつけてあげよう。それが……頑張ったファンへ、私ができる数少ない返礼だ」
現行の法だと、絶対にちゃんとした英雄にはなれない立場にある丸善。そんな彼を少しでも救うには、何よりもの得策であった、
「あ、模範囚であるって嘘ついたらこの約束はナシね。全国の看守長たちと私マブだから、嘘ついたら一瞬でバレるよ」
涙が溢れる丸善。どれだけ道を踏み外しても、受け入れようとする信一郎の心意気に惚れていた。
「確かに、脱法移植したことや多くの人を殺害している点は駄目の極みだけど……その憧れを芯にした心まで否定できる奴はいやしない。この世のどこにもね。曲がったことは清算しきれないだろうが……それでも、全うに生きたいって意志があるなら、私がドロップアウトした人の受け皿になってあげよう」
「ああ……ありがとう……ございます……!!」
年甲斐もなく、子供のように泣きじゃくる丸善。そしてそんな子供を優しく宥める信一郎。
英雄サイドと『教会』サイドの、奇妙な繋がりが生まれた瞬間であった。