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第四十七話

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 一方、壇之浦銀行ゲストルーム二階。そこでは院が敵襲に備えていた。上階にエヴァを見送ったのち、どこかに敵の気配を感じ取っている院は、炎で出来た弓と矢を携えながら、二階全体を索敵していた。
(それにしても……妙ですわ。建物の構造上、ここまで『広い』ことはあり得ないのですが)
 院たちが二階に上がりきったタイミングで、妙な魔力の流れを感じ取っていた。それは丸善の空間拡張の効果もあるだろうが、それ以外の違う脈動を感じていたのだ。
 そして、不自然にも明かりが消えていた。ロビーの明かりはしっかりとついていた中で、ここだけ完全消灯、と言うのは違和感でしかない。
 炎の弓と矢、そしてライセンスの力をもとに簡易的な炎の力を操って、暗い室内を彷徨っていた。院自身は、暗闇を怖がらない力強さがあるのだが、礼安はこういった一寸先は闇のような状況が少々苦手である。故に、ここにあてがわれたのはある種正解かもしれない。
 足音を立てることなく、索敵を続けている中で、少し開けた部屋に辿り着く。そこには、テーブルの上に胡坐をかいて座る男が一人。間違いなく、二階をここまで不気味にした人物であった。
「ようこそ壇之浦銀行へ。融資のご相談かな?」
「融資などいらないくらい、私の実家は『太い』ので結構ですわ」
 冗談めいたようにおどけて見せる男。テーブルの上から軽々と飛び降りると、部屋の明かりを蹴りで乱暴につける。
「俺は『教会』埼玉支部所属兼壇之浦銀行次長、東仙 空木|《トウセン ウツギ》。得意分野はパルクール、ボルダリング。そしてナンパかな? 以後お見知りおきを、ってか。金持ちのお嬢さん?」
「――挨拶、ご丁寧にどうも。真来財閥次期当主、英雄学園東京本校一年一組所属……真来、院ですわ」
 けらけらと笑って見せる東仙。また部屋に魔力の脈動を感じ取った院は背後を振り向くと、入り口が完全に封鎖されていた。
「――ハナから、私を嵌めるつもりでして?」
「人聞き悪いなあ、『案内した』って言ってくれるかい?」
 魔力の脈動の正体は、まさにこの二階の融資相談・応接フロア全体を生物のように蠢かせ、律儀に自分のもとに案内した、東仙の技であった。
「昨今……あいや、もうちょっと流行は廃れたか? エロトラップダンジョンのようにしても良かったんだけど……どうせなら健全に遊びたいな、ってさ」
「前回の案件といい今回の貴方といい下品な輩しか『教会』にはいませんの!?」
 理不尽な状況に置かれることの多い院は、どうもストレスがたまる一方。らしくもなく語気を荒らげる。
 そんな院に対し、「心外だ」と言わんばかりにブーたれる東仙。
「ちょっと、そう言った行為はしないって言ったばっかりじゃあないか!? じゃあ分かりやすくこうするしかないか――!」
 すると、東仙は手元で印を組むと部屋全体が形状変化していき、やがて足元が常時不安定な数百メートルはあろう超高所へと変化する。
 思わず足がすくむ院に、彼はまるで運動神経抜群な小学生がアスレチックで遊ぶように、片足立ちをしたり逆立ちをしたり、不安定な足場で自由奔放に遊びまわる。
「なーに、実は俺そこまで腕っ節が強くなくてね。さらにチーティングドライバー渡されてはいるけど……アレ使うの嫌いなんだわ。何だか脳みそ引っ掻き回されるような気味悪いのが、どうあっても好きになれねーのよ。だから――別の方で勝負しようじゃあねえかってね」
 東仙は宙に手をかざすと、そこに現れたのはホログラム。慣れた手つきで院の前に提示する。
「俺から提示する対決は……肉弾戦じゃあなくて、『競争』だよ」
 対戦ルールはシンプル、現在地点から『目的地』に向けて競争する、という内容。崩れやすい設計の障害物や、一見飛び移れなさそうな場所に存在する透明な床など、現実世界ではありえないギミックが多種多様である。
 反則行為はなし。もし高所から落ちたとしても、しっかり上りなおせる。使えるものを駆使しつつ、先にゴール地点に辿り着くことが全てである。
 しかし、ある程度の高所から無策に飛び降りるか落ちて、死亡しても何ら責任は問われない。結局は死と隣り合わせのデスゲームである。
「まあ俺は荒事が苦手だが、君は仮にも英雄だ。変身して俺を殺しに行くでもいいぜ。まあその際――俺はそれも運命だと『無抵抗で受け入れる』がね」
「――貴方、少々性根が悪いのではないのでして? 無抵抗の人間を傷つけようだなんて……道理に反しますわ」
 「あっそ」とだけ言い残すと、スタート地点に立つ東仙。恐る恐る、同様に横に立つ院。
 眼前に現れる、ホログラムのカウントダウン。
『5、4、3、2、1――――』
 ゼロになる、その瞬間。地面にぽっかり穴が開き、院の体は宙に放り出されたのだ。
「――へ?」
 東仙は院が素っ頓狂な声を上げ落ちていくほんの一瞬、なぜか悲しそうな顔を向けたものの、すぐさま切り替わり性根の悪そうな笑みを浮かべながら、勢いよくスタートしていくのであった。
「お先だよ、英雄|《ヒーロー》ー! ゲームフィールドである以前に、ここは俺が作った世界だし、邪魔しちゃいけない、ってルールはなかったはずだぜー!」
「貴方本当にいい性格してますわねー!!!!」
 地球の重力を感じながらの自由落下、地面への距離が近づき死を間近に感じ取る瞬間、事前にギルガメッシュのライセンスを装填しておいたドライバーを装着、荒々しく起動させる。
「変身!!!!」
 咄嗟に変身し、辺りの壁に対して力任せに拳を叩きこんで、自分の肉体を何とか支える。とはいえ数百メートルほど落ちてしまったがため、底の見えない暗闇が、院の内にある恐怖心と自信を嵌めた東仙に対する怒りを煽り立てる。
(あンの男|《ヤロウ》シバいて地獄見せたりますわよ!!)
 銀行の一室が変貌し、無機質な状態から一変した奇妙な空間。そこで、どちらが強いか、と言うよりは暴力を伴った競争が始まった瞬間だった。

 パルクールやボルダリングは、ニュースなどで競技シーンをほんの少し見る程度で、一切造詣が深くない院であっても、僅かなとっかかりから上に登っていく動作くらいは、装甲の補助もあり可能。
 そのためか、常人をはるかに超える処理速度でより効率的なルートを割り出し、より高みへ上ることは容易であった。
(しかし、妨害があったとは言え……これだけでいいとは、少々有情では?)
 脳内に疑問符を浮かべる院の不安は、すぐさま的中することとなる。
 建物内に、唐突に現れる東仙。事前に本人が言った通り、チーティングドライバーにて変身してはいないものの、院ほどの低所にいる意味が分からなかったものの、その理由はすぐさま体で理解できたのだ。
 軽妙なボルダリングを行いスタート付近の上部へ辿り着く、ほんの一瞬の油断。
 そのタイミングで、手をかけていたはずのグリップ部が消失。
「なッ……!?」
 そして壁が隆起、拳型に変形し、彼女の腹部に強烈な拳を叩きこむ。
 虚を突かれた院は、防御すら間に合わず、隣にあった土製の家屋に突っ込んでしまう。
(まるで丙良先輩の技のよう。となると……あの東仙とやらのベース能力は土……?)
 魔力探知に秀でており、何より賢い院は、繰り出される攻撃の一つ一つを精妙に分析。即座に打つ手をリストアップ。しかし。
「君、結構計算高そうだ。頭働かせる前にお邪魔しちゃうよ?」
 家屋全体が脈動、地から複数の人型の意思なき土塊が出来上がる。
(是が非でも遠距離戦をさせないつもりで……実に厄介ですわ)
 院の得意とする距離|《レンジ》は武器から分かりやすく中・遠距離。礼安のようにインファイトを得意とするわけではないため、こうして相手に近づかれた瞬間こそ厄介そのもの。
 複数の土塊が、院を効率よく追い詰める。
 彼女の死角から、拳を繰り出したかと思えば、別の存在が避けた先にハイキック。しかしそれを寸前で避けても、三人ほどが同時に拳を叩きこむ。
 人には、それぞれ力のリミッターというものが存在する。どれほど怒り狂っていようと、人を殺めるまでの力は絶対に出さない。リミッターを壊した時、それ即ち対象への殺意を実行するときであるからだ。人によって最初からこのリミッターが壊れたものがいるが、それはごく少数のサイコである。
 そして、この土塊たちはまず生命も、意思も何もかも持ち合わせていない、最初《ハナ》からリミッターと言う枷が存在していないのだ。それゆえに、装甲越しであったとしても院に対し、有効打|(ダメージ)をじわりじわりと叩きこんでいけるのだ。
 すべての人もどきが、脳内を共有しているようなもので、繰り出される攻撃全てが寸分違わず噛み合っていく。それがたまらなく厄介極まりなく。
 一対多、しかもその多における存在が脳内を完全共有して寸分違わぬ行動が出来るのなら。その状況下において勝利できる確率が高いのはどちらであるか、火を見るよりも明らかであろう。
 肺を損傷した院は、息を酷く乱しながら部屋の隅に追いつめられる。
(――これは、実に不味いですわ。どうやって逃げ出すか……それが何より熟考すべき事柄ですわ)
 あの旅館から逃げ果せたのは、正直礼安の影響が強い。院よりも圧倒的な身体能力と装甲と英雄の力を存分に生かし、自分たちは今こうしてこの場に立っている。
 それだけに、院は自分の弱さを痛感している。
 確かに、先日の事件を解決した功労者の一人ではあるが、それは礼安が寸前に渡したトリスタンのライセンスの影響が強い。自分の力でどうにかした、という要素は少々薄い。
(……正直、ここで死ぬわけにはいきませんが……どうも打つ手がなくなってきました。どうするべきでしょう……『英雄王』)
 院の内に眠るギルガメッシュは、うんともすんとも応えない。
 それが、この現状を打破できるきっかけであることは重々承知している。だからこそ、ここであきらめる選択肢は無かったのだ。
「少々泥臭くはありますが……失礼致しますわ!!」
 院はその土塊と戦うでも、ましてや東仙に直接立ち向かうでもなく。家屋の壁を壊し、宙へ身を投げ出したのだ。
 その彼女がとった行動は、東仙も困惑させた。
「馬鹿、そんだけ高いところから落ちたら――!!」
 その東仙の言葉に再び疑問を抱きながらも、院は自分の中に眠る『英雄王』を無理やり起こしにかかる。
(応えて下さいまし……いや、さっさと応えなさい『英雄王ギルガメッシュ』!! これは私の命を担保にした、命令ですわ!!)



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 一方、壇之浦銀行ゲストルーム二階。そこでは院が敵襲に備えていた。上階にエヴァを見送ったのち、どこかに敵の気配を感じ取っている院は、炎で出来た弓と矢を携えながら、二階全体を索敵していた。
(それにしても……妙ですわ。建物の構造上、ここまで『広い』ことはあり得ないのですが)
 院たちが二階に上がりきったタイミングで、妙な魔力の流れを感じ取っていた。それは丸善の空間拡張の効果もあるだろうが、それ以外の違う脈動を感じていたのだ。
 そして、不自然にも明かりが消えていた。ロビーの明かりはしっかりとついていた中で、ここだけ完全消灯、と言うのは違和感でしかない。
 炎の弓と矢、そしてライセンスの力をもとに簡易的な炎の力を操って、暗い室内を彷徨っていた。院自身は、暗闇を怖がらない力強さがあるのだが、礼安はこういった一寸先は闇のような状況が少々苦手である。故に、ここにあてがわれたのはある種正解かもしれない。
 足音を立てることなく、索敵を続けている中で、少し開けた部屋に辿り着く。そこには、テーブルの上に胡坐をかいて座る男が一人。間違いなく、二階をここまで不気味にした人物であった。
「ようこそ壇之浦銀行へ。融資のご相談かな?」
「融資などいらないくらい、私の実家は『太い』ので結構ですわ」
 冗談めいたようにおどけて見せる男。テーブルの上から軽々と飛び降りると、部屋の明かりを蹴りで乱暴につける。
「俺は『教会』埼玉支部所属兼壇之浦銀行次長、東仙 空木|《トウセン ウツギ》。得意分野はパルクール、ボルダリング。そしてナンパかな? 以後お見知りおきを、ってか。金持ちのお嬢さん?」
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 魔力の脈動の正体は、まさにこの二階の融資相談・応接フロア全体を生物のように蠢かせ、律儀に自分のもとに案内した、東仙の技であった。
「昨今……あいや、もうちょっと流行は廃れたか? エロトラップダンジョンのようにしても良かったんだけど……どうせなら健全に遊びたいな、ってさ」
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 理不尽な状況に置かれることの多い院は、どうもストレスがたまる一方。らしくもなく語気を荒らげる。
 そんな院に対し、「心外だ」と言わんばかりにブーたれる東仙。
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 すると、東仙は手元で印を組むと部屋全体が形状変化していき、やがて足元が常時不安定な数百メートルはあろう超高所へと変化する。
 思わず足がすくむ院に、彼はまるで運動神経抜群な小学生がアスレチックで遊ぶように、片足立ちをしたり逆立ちをしたり、不安定な足場で自由奔放に遊びまわる。
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 東仙は宙に手をかざすと、そこに現れたのはホログラム。慣れた手つきで院の前に提示する。
「俺から提示する対決は……肉弾戦じゃあなくて、『競争』だよ」
 対戦ルールはシンプル、現在地点から『目的地』に向けて競争する、という内容。崩れやすい設計の障害物や、一見飛び移れなさそうな場所に存在する透明な床など、現実世界ではありえないギミックが多種多様である。
 反則行為はなし。もし高所から落ちたとしても、しっかり上りなおせる。使えるものを駆使しつつ、先にゴール地点に辿り着くことが全てである。
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「――貴方、少々性根が悪いのではないのでして? 無抵抗の人間を傷つけようだなんて……道理に反しますわ」
 「あっそ」とだけ言い残すと、スタート地点に立つ東仙。恐る恐る、同様に横に立つ院。
 眼前に現れる、ホログラムのカウントダウン。
『5、4、3、2、1――――』
 ゼロになる、その瞬間。地面にぽっかり穴が開き、院の体は宙に放り出されたのだ。
「――へ?」
 東仙は院が素っ頓狂な声を上げ落ちていくほんの一瞬、なぜか悲しそうな顔を向けたものの、すぐさま切り替わり性根の悪そうな笑みを浮かべながら、勢いよくスタートしていくのであった。
「お先だよ、英雄|《ヒーロー》ー! ゲームフィールドである以前に、ここは俺が作った世界だし、邪魔しちゃいけない、ってルールはなかったはずだぜー!」
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 地球の重力を感じながらの自由落下、地面への距離が近づき死を間近に感じ取る瞬間、事前にギルガメッシュのライセンスを装填しておいたドライバーを装着、荒々しく起動させる。
「変身!!!!」
 咄嗟に変身し、辺りの壁に対して力任せに拳を叩きこんで、自分の肉体を何とか支える。とはいえ数百メートルほど落ちてしまったがため、底の見えない暗闇が、院の内にある恐怖心と自信を嵌めた東仙に対する怒りを煽り立てる。
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 銀行の一室が変貌し、無機質な状態から一変した奇妙な空間。そこで、どちらが強いか、と言うよりは暴力を伴った競争が始まった瞬間だった。
 パルクールやボルダリングは、ニュースなどで競技シーンをほんの少し見る程度で、一切造詣が深くない院であっても、僅かなとっかかりから上に登っていく動作くらいは、装甲の補助もあり可能。
 そのためか、常人をはるかに超える処理速度でより効率的なルートを割り出し、より高みへ上ることは容易であった。
(しかし、妨害があったとは言え……これだけでいいとは、少々有情では?)
 脳内に疑問符を浮かべる院の不安は、すぐさま的中することとなる。
 建物内に、唐突に現れる東仙。事前に本人が言った通り、チーティングドライバーにて変身してはいないものの、院ほどの低所にいる意味が分からなかったものの、その理由はすぐさま体で理解できたのだ。
 軽妙なボルダリングを行いスタート付近の上部へ辿り着く、ほんの一瞬の油断。
 そのタイミングで、手をかけていたはずのグリップ部が消失。
「なッ……!?」
 そして壁が隆起、拳型に変形し、彼女の腹部に強烈な拳を叩きこむ。
 虚を突かれた院は、防御すら間に合わず、隣にあった土製の家屋に突っ込んでしまう。
(まるで丙良先輩の技のよう。となると……あの東仙とやらのベース能力は土……?)
 魔力探知に秀でており、何より賢い院は、繰り出される攻撃の一つ一つを精妙に分析。即座に打つ手をリストアップ。しかし。
「君、結構計算高そうだ。頭働かせる前にお邪魔しちゃうよ?」
 家屋全体が脈動、地から複数の人型の意思なき土塊が出来上がる。
(是が非でも遠距離戦をさせないつもりで……実に厄介ですわ)
 院の得意とする距離|《レンジ》は武器から分かりやすく中・遠距離。礼安のようにインファイトを得意とするわけではないため、こうして相手に近づかれた瞬間こそ厄介そのもの。
 複数の土塊が、院を効率よく追い詰める。
 彼女の死角から、拳を繰り出したかと思えば、別の存在が避けた先にハイキック。しかしそれを寸前で避けても、三人ほどが同時に拳を叩きこむ。
 人には、それぞれ力のリミッターというものが存在する。どれほど怒り狂っていようと、人を殺めるまでの力は絶対に出さない。リミッターを壊した時、それ即ち対象への殺意を実行するときであるからだ。人によって最初からこのリミッターが壊れたものがいるが、それはごく少数のサイコである。
 そして、この土塊たちはまず生命も、意思も何もかも持ち合わせていない、最初|《ハナ》からリミッターと言う枷が存在していないのだ。それゆえに、装甲越しであったとしても院に対し、有効打|《ダメージ》をじわりじわりと叩きこんでいけるのだ。
 すべての人もどきが、脳内を共有しているようなもので、繰り出される攻撃全てが寸分違わず噛み合っていく。それがたまらなく厄介極まりなく。
 一対多、しかもその多における存在が脳内を完全共有して寸分違わぬ行動が出来るのなら。その状況下において勝利できる確率が高いのはどちらであるか、火を見るよりも明らかであろう。
 肺を損傷した院は、息を酷く乱しながら部屋の隅に追いつめられる。
(――これは、実に不味いですわ。どうやって逃げ出すか……それが何より熟考すべき事柄ですわ)
 あの旅館から逃げ果せたのは、正直礼安の影響が強い。院よりも圧倒的な身体能力と装甲と英雄の力を存分に生かし、自分たちは今こうしてこの場に立っている。
 それだけに、院は自分の弱さを痛感している。
 確かに、先日の事件を解決した功労者の一人ではあるが、それは礼安が寸前に渡したトリスタンのライセンスの影響が強い。自分の力でどうにかした、という要素は少々薄い。
(……正直、ここで死ぬわけにはいきませんが……どうも打つ手がなくなってきました。どうするべきでしょう……『英雄王』)
 院の内に眠るギルガメッシュは、うんともすんとも応えない。
 それが、この現状を打破できるきっかけであることは重々承知している。だからこそ、ここであきらめる選択肢は無かったのだ。
「少々泥臭くはありますが……失礼致しますわ!!」
 院はその土塊と戦うでも、ましてや東仙に直接立ち向かうでもなく。家屋の壁を壊し、宙へ身を投げ出したのだ。
 その彼女がとった行動は、東仙も困惑させた。
「馬鹿、そんだけ高いところから落ちたら――!!」
 その東仙の言葉に再び疑問を抱きながらも、院は自分の中に眠る『英雄王』を無理やり起こしにかかる。
(応えて下さいまし……いや、さっさと応えなさい『英雄王ギルガメッシュ』!! これは私の命を担保にした、命令ですわ!!)