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『コウノトリ』の兄弟子

ー/ー



 ユージが魔界に戻ってから2週間が経過した。この頃になると天界で負った怪我もようやく癒え、少々乱暴な動きをしても痛みが出なくなっていた。
 この日ユージは、完全自動運転のタクシーで『コウノトリ』に向かっていた。魔界の公道はもはや人間自身が乗り物を運転する場所ではないのだ。
 魔界に帰ってから何度かジンに通話を試みたが、ジンからもらった鏡は何の反応も示さないままだった。そこで、ジンのアドバイス通り、『コウノトリ』のセンター長を務めるクワンの力を頼ることにしたのだ。
 兄弟子とはいえ初対面の相手なので、緊張しながら『エデン』経由でクワンにアポイントを取ると、即座に回答があった。
 「君の話はジンから聞いている。明日の14時なら空いているから、その時間に直接『コウノトリ』の研究棟に来て欲しい」
 とのことだった。

 やがて、ユージを乗せたタクシーは広大な施設の敷地内に入っていく。『コウノトリ』だ。
 「研究棟の受付の近くで止めて下さい」
 ユージが指示を出すと、タクシーは敷地内を左に進み、滑るように研究棟の駐車スペースに停車した。
 「ありがとう」
 ユージはタクシーから降り、ぐるりと周囲を見渡す。
 (ここが、『コウノトリ』か)
 この建物群のどこかに自分とサクラの子供が居ると思うと、何とも言えず不思議な気持ちになる。
 (次にここに来るのは、子供を迎えに来るときかな)
 そんなことを考えつつ、ユージは敷地内の案内板を頼りに研究棟の受付へと向かう。
 自動ドアをくぐると、縁なしの眼鏡を掛けた小柄な男が、白衣のポケットに両手を突っ込んで壁に寄りかかるような恰好で立っていた。
 (研究所の方、かな)
 ユージが軽く会釈すると、その男はユージの方にすたすたと近づいてきた。そして、
 「ユージ君だね。クワンだ」
 と、にこりともせずに右手を差し出した。
 (うわ、いきなり)
 「あ……初めましてクワンさん。ユージです」
 ユージは驚きながらも、クワンの手を握った。
 「用向きの件は私の執務室で対応しよう」
 クワンは眼鏡をずり上げると、ユージの前に立ってさっさと歩き始めた。
 「あ、はい、お願いします」
 ユージはクワンの数歩後を追うようにして歩く。
 (なんか、せっかちな人、なのかな)

 研究棟の白い廊下をしばらく歩くと、奥まったところに研究施設には不釣り合いな木製のドアが現れた。
 「ここだ。入ってくれ」
 クワンはユージを振り返り、そのドアの中へ引き入れた。
 「失礼します」
 クワンの執務室は簡素そのもので、応接セットと執務用の大きな机ぐらいしか置いていない。応接セットのテーブルの上には既にサイフォン式の珈琲が準備されていた。
 クワンはユージにソファに座るよう促すと、珈琲を淹れてユージの前に差し出した。そして、
 「君の鏡を貸してくれ」
 と、要求した。
 「はい。これです」
 ユージはポケットから折り畳み式の鏡を取り出すと、クワンに手渡した。
 クワンはユージの鏡を色々な角度から眺めたり、中の鏡を確認したりした後、
 「ちょっと分解するが、構わないかね?」
 と、上目遣いに尋ねた。
 「はい」
 ユージの回答を待ってから、クワンはポケットから工具を取り出して鏡を分解し始めた。そして、鏡の裏面を確認すると、
 「なるほどねえ」
 と、呟いた。
 「ユージ君。ちょっと時間がかかるかもしれないから、珈琲でも飲んで待っていてくれたまえ」
 クワンはユージに声を掛けざまに席を立つと、執務用の机の引き出しを漁り始めた。
 「わかりました。――頂きます」
 ユージは勧められたままに珈琲を一口飲んだ。
 (あ、旨い。いい豆使ってる)
 「美味しい珈琲ですね」
 ユージが素直に褒めると、
 「中道界の土産物だ。あそこは食い物だけは美味いんだよ」
 クワンはそっけなく声だけ投げてよこした。
 「へえ……」
 「ま、中道界の価値はそんなものとも言えるがね――お、あったあった」
 クワンはICチップと何かの粒子を固めたものを持ってくると、鏡の裏面に取り付け始めた。そのまま何やら難しい顔をして工具を動かし続けていたが、やがて鏡が小さく光り始めたのを確認すると、
 「ユージ君。通話してみてくれ」
 と、作業途中の鏡を手渡した。
 「はい」
 ユージはそれを受け取ると、ジンに教えられた通り通話の手続きを踏み、
 「ジンさん。ユージです。聞こえますか?」
 と、呼びかけた。
 ややあって、鏡からジンの声が聞こえてきた。
 「おー、ユージか。身体の具合はどうだ?」
 (あ、通じた)
 ユージは顔をほころばせた。
 「はい、お陰様ですっかり治りました」
 「それは良かった」
 ここでクワンは、自分に変われとユージにサインを送った。
 「あっ……ジンさん、クワンさんに代わります」
 クワンはユージから鏡を受け取ると、
 「ジン。クワンだ。ご要望通り対応したよ」
 と、話し掛けた。
 「ああそうか。お前が使えるようにしてくれたんだな」
 「うむ。ちょっと手間だったがな」
 「面倒かけてすまんな、クワン」
 「なあに、礼はジムルグの酒でいいぞ」
 「ぶっ……わかった、手に入れたら持って行くよ」
 「楽しみにしている。それじゃ、ヤンにもよろしく」
 「わかった。それじゃまた」
 ぷつっ、と小さな音がして、通話が途切れた。
 「ユージ君。この通り、使えるようになったよ」
 「クワンさん、ありがとうございます。助かりました」
 ユージはぺこりと頭を下げた。クワンはそれへ軽く頷くと、鏡を組み立て直してからユージに返却した。
 「君がこれを使えなかった原因は単純に通話に使う魔力が不足していたからなのだが、魔界で魔法の出力を上げるとなるとそれなりに工夫が必要でね。それでちょっと手間取ってしまった」
 クワンは自分にも珈琲を淹れ、一口すすった。
 「魔界では魔法が使えないから、ですか?」
 ユージの問いかけに、クワンの細い眼が少し大きくなったように見えた。と思った次の瞬間、
 「ぷっ」
 意外にもクワンは吹き出した。
 「あ、あれ?僕、なんか変なことを言いましたか?」
 動揺を隠せずに口走るユージに、
 「いや、これは失礼」
 クワンは軽く咳払いした。
 「ユージ君。君は私の弟弟子でもあるし、天界であの二人とも縁を結んだ人間だ。その誼でひとつ教えておく」
 クワンの目に悪戯な光が宿る。
 「?何でしょう」
 「魔界で魔法が使えないというのは、嘘だ」
 「えっ!」
 クワンの口から発せられた衝撃の事実に、ユージは目を見開いた。
 「確かに天界に比べると魔法が通りにくいが、天界人が日常使うレベルの魔法なら問題なく使えるよ。これは私自身が試した結果だから、間違いない」
 と、クワンは片目をつぶって見せた。
 「え、でも、ジンさんもヤンさんも魔界では魔法が使えないって……」
 「それは、誰かが意図的に天界側にそう思い込ませているのさ。偽の情報を流したりしてね」
 「そんな……一体、何のために」
 「考えてもみたまえ。科学技術が唯一絶対神の魔界で、魔法なんて非科学的で予測不能な代物を魔界政府が歓迎すると思うかね?」
 クワンの指摘にユージは絶句した。
 「今の話は、君の胸にだけしまっておいてくれたまえ。生まれも育ちも魔界の君がここで魔法を試したとしても大したことは出来ないだろうが、天界側に知られた時に魔界政府がどう動くか知れたものではないからな――私もここで魔法が使えなくなると、何かと不便で困るんだよ」
 そう言って、クワンは珈琲を飲み干した。

 (魔界で魔法が使えないというのは、嘘だ)
 ユージは頭の中でクワンの言葉を反芻した。
 (と、いうことは――魔界でも、魔法の呪文が形になる検証が出来るってことだ)
 ユージの頬が紅潮した。
 (次に天界に行くまでお預けだと思っていたことが、今からでも出来るんだ。最高じゃないか)
 「?ユージ君?」
 ユージの変化に気づいたクワンが、怪訝そうな声を上げた。
 「クワンさん。大変良いことを教えて頂き、ありがとうございます。僕の方も検証を進められそうです!」
 ぱあっと目の前の霧が晴れたかのようなユージの表情に、クワンはますます眉間の皺を深く刻んだ。
 「それは、どういうことかね?」

 ユージは自分が師匠から与えられた課題のこと、魔界で色々やってみたが文字がデータ化して見えてしまって全く成果が上げられずにいたこと、その状況を打開すべく天界に居るヤンとジンに会いに行き、そこでヒントを得ることが出来たことなどを打ち明けた。
 「ほう。言葉が世界に与える影響とは、また変わったテーマに手を出したものだね――師匠から何かアドバイスは?」
 クワンの言葉に、ユージは首を横に振った。
 「それが、何も。自由に研究してみなさいと言われただけです」
 「それは珍しいな。師匠は知識の出し惜しみをしない人なのだがね」
 「悔しいですが、まだ師匠に質問するところまで僕が辿り着けていない気がします」
 「そうか。そういう考え方もあるか、な」
 クワンは眼鏡を掛け直し、少し考えるような素振りを見せた。
 「でも、お陰様で魔界でも魔法を使った検証が出来そうなので、正直ほっとしています」
 「それで、さっき嬉しそうな顔をしていたのかね」
 「はい。次に天界に行くまで何も出来ないかもしれないと思っていたので、本当に嬉しくて」
 と、ユージははにかむような笑顔を見せた。
 「なるほどねえ。――何だかわかる気がしてきたよ」
 クワンは魔法を使って珈琲を淹れ直し、ユージと自分のカップに注ぎ込んだ。
 「?何がですか?」
 「ヤンとジンが何かと君のことを気にかけている理由さ。実際、君は助けてやりたくなるタイプの人間だ」
 「そう、でしょうか」
 自分では全く思い当たる節がないユージは小首を傾げた。
 「残念ながら、こういうことは大抵自分ではわからないものだよ」
 クワンはすまし顔で珈琲を啜った。
 「何か困りごとがあったら連絡しなさい。私に出来ることであれば手を貸そう」



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 ユージが魔界に戻ってから2週間が経過した。この頃になると天界で負った怪我もようやく癒え、少々乱暴な動きをしても痛みが出なくなっていた。
 この日ユージは、完全自動運転のタクシーで『コウノトリ』に向かっていた。魔界の公道はもはや人間自身が乗り物を運転する場所ではないのだ。
 魔界に帰ってから何度かジンに通話を試みたが、ジンからもらった鏡は何の反応も示さないままだった。そこで、ジンのアドバイス通り、『コウノトリ』のセンター長を務めるクワンの力を頼ることにしたのだ。
 兄弟子とはいえ初対面の相手なので、緊張しながら『エデン』経由でクワンにアポイントを取ると、即座に回答があった。
 「君の話はジンから聞いている。明日の14時なら空いているから、その時間に直接『コウノトリ』の研究棟に来て欲しい」
 とのことだった。
 やがて、ユージを乗せたタクシーは広大な施設の敷地内に入っていく。『コウノトリ』だ。
 「研究棟の受付の近くで止めて下さい」
 ユージが指示を出すと、タクシーは敷地内を左に進み、滑るように研究棟の駐車スペースに停車した。
 「ありがとう」
 ユージはタクシーから降り、ぐるりと周囲を見渡す。
 (ここが、『コウノトリ』か)
 この建物群のどこかに自分とサクラの子供が居ると思うと、何とも言えず不思議な気持ちになる。
 (次にここに来るのは、子供を迎えに来るときかな)
 そんなことを考えつつ、ユージは敷地内の案内板を頼りに研究棟の受付へと向かう。
 自動ドアをくぐると、縁なしの眼鏡を掛けた小柄な男が、白衣のポケットに両手を突っ込んで壁に寄りかかるような恰好で立っていた。
 (研究所の方、かな)
 ユージが軽く会釈すると、その男はユージの方にすたすたと近づいてきた。そして、
 「ユージ君だね。クワンだ」
 と、にこりともせずに右手を差し出した。
 (うわ、いきなり)
 「あ……初めましてクワンさん。ユージです」
 ユージは驚きながらも、クワンの手を握った。
 「用向きの件は私の執務室で対応しよう」
 クワンは眼鏡をずり上げると、ユージの前に立ってさっさと歩き始めた。
 「あ、はい、お願いします」
 ユージはクワンの数歩後を追うようにして歩く。
 (なんか、せっかちな人、なのかな)
 研究棟の白い廊下をしばらく歩くと、奥まったところに研究施設には不釣り合いな木製のドアが現れた。
 「ここだ。入ってくれ」
 クワンはユージを振り返り、そのドアの中へ引き入れた。
 「失礼します」
 クワンの執務室は簡素そのもので、応接セットと執務用の大きな机ぐらいしか置いていない。応接セットのテーブルの上には既にサイフォン式の珈琲が準備されていた。
 クワンはユージにソファに座るよう促すと、珈琲を淹れてユージの前に差し出した。そして、
 「君の鏡を貸してくれ」
 と、要求した。
 「はい。これです」
 ユージはポケットから折り畳み式の鏡を取り出すと、クワンに手渡した。
 クワンはユージの鏡を色々な角度から眺めたり、中の鏡を確認したりした後、
 「ちょっと分解するが、構わないかね?」
 と、上目遣いに尋ねた。
 「はい」
 ユージの回答を待ってから、クワンはポケットから工具を取り出して鏡を分解し始めた。そして、鏡の裏面を確認すると、
 「なるほどねえ」
 と、呟いた。
 「ユージ君。ちょっと時間がかかるかもしれないから、珈琲でも飲んで待っていてくれたまえ」
 クワンはユージに声を掛けざまに席を立つと、執務用の机の引き出しを漁り始めた。
 「わかりました。――頂きます」
 ユージは勧められたままに珈琲を一口飲んだ。
 (あ、旨い。いい豆使ってる)
 「美味しい珈琲ですね」
 ユージが素直に褒めると、
 「中道界の土産物だ。あそこは食い物だけは美味いんだよ」
 クワンはそっけなく声だけ投げてよこした。
 「へえ……」
 「ま、中道界の価値はそんなものとも言えるがね――お、あったあった」
 クワンはICチップと何かの粒子を固めたものを持ってくると、鏡の裏面に取り付け始めた。そのまま何やら難しい顔をして工具を動かし続けていたが、やがて鏡が小さく光り始めたのを確認すると、
 「ユージ君。通話してみてくれ」
 と、作業途中の鏡を手渡した。
 「はい」
 ユージはそれを受け取ると、ジンに教えられた通り通話の手続きを踏み、
 「ジンさん。ユージです。聞こえますか?」
 と、呼びかけた。
 ややあって、鏡からジンの声が聞こえてきた。
 「おー、ユージか。身体の具合はどうだ?」
 (あ、通じた)
 ユージは顔をほころばせた。
 「はい、お陰様ですっかり治りました」
 「それは良かった」
 ここでクワンは、自分に変われとユージにサインを送った。
 「あっ……ジンさん、クワンさんに代わります」
 クワンはユージから鏡を受け取ると、
 「ジン。クワンだ。ご要望通り対応したよ」
 と、話し掛けた。
 「ああそうか。お前が使えるようにしてくれたんだな」
 「うむ。ちょっと手間だったがな」
 「面倒かけてすまんな、クワン」
 「なあに、礼はジムルグの酒でいいぞ」
 「ぶっ……わかった、手に入れたら持って行くよ」
 「楽しみにしている。それじゃ、ヤンにもよろしく」
 「わかった。それじゃまた」
 ぷつっ、と小さな音がして、通話が途切れた。
 「ユージ君。この通り、使えるようになったよ」
 「クワンさん、ありがとうございます。助かりました」
 ユージはぺこりと頭を下げた。クワンはそれへ軽く頷くと、鏡を組み立て直してからユージに返却した。
 「君がこれを使えなかった原因は単純に通話に使う魔力が不足していたからなのだが、魔界で魔法の出力を上げるとなるとそれなりに工夫が必要でね。それでちょっと手間取ってしまった」
 クワンは自分にも珈琲を淹れ、一口すすった。
 「魔界では魔法が使えないから、ですか?」
 ユージの問いかけに、クワンの細い眼が少し大きくなったように見えた。と思った次の瞬間、
 「ぷっ」
 意外にもクワンは吹き出した。
 「あ、あれ?僕、なんか変なことを言いましたか?」
 動揺を隠せずに口走るユージに、
 「いや、これは失礼」
 クワンは軽く咳払いした。
 「ユージ君。君は私の弟弟子でもあるし、天界であの二人とも縁を結んだ人間だ。その誼でひとつ教えておく」
 クワンの目に悪戯な光が宿る。
 「?何でしょう」
 「魔界で魔法が使えないというのは、嘘だ」
 「えっ!」
 クワンの口から発せられた衝撃の事実に、ユージは目を見開いた。
 「確かに天界に比べると魔法が通りにくいが、天界人が日常使うレベルの魔法なら問題なく使えるよ。これは私自身が試した結果だから、間違いない」
 と、クワンは片目をつぶって見せた。
 「え、でも、ジンさんもヤンさんも魔界では魔法が使えないって……」
 「それは、誰かが意図的に天界側にそう思い込ませているのさ。偽の情報を流したりしてね」
 「そんな……一体、何のために」
 「考えてもみたまえ。科学技術が唯一絶対神の魔界で、魔法なんて非科学的で予測不能な代物を魔界政府が歓迎すると思うかね?」
 クワンの指摘にユージは絶句した。
 「今の話は、君の胸にだけしまっておいてくれたまえ。生まれも育ちも魔界の君がここで魔法を試したとしても大したことは出来ないだろうが、天界側に知られた時に魔界政府がどう動くか知れたものではないからな――私もここで魔法が使えなくなると、何かと不便で困るんだよ」
 そう言って、クワンは珈琲を飲み干した。
 (魔界で魔法が使えないというのは、嘘だ)
 ユージは頭の中でクワンの言葉を反芻した。
 (と、いうことは――魔界でも、魔法の呪文が形になる検証が出来るってことだ)
 ユージの頬が紅潮した。
 (次に天界に行くまでお預けだと思っていたことが、今からでも出来るんだ。最高じゃないか)
 「?ユージ君?」
 ユージの変化に気づいたクワンが、怪訝そうな声を上げた。
 「クワンさん。大変良いことを教えて頂き、ありがとうございます。僕の方も検証を進められそうです!」
 ぱあっと目の前の霧が晴れたかのようなユージの表情に、クワンはますます眉間の皺を深く刻んだ。
 「それは、どういうことかね?」
 ユージは自分が師匠から与えられた課題のこと、魔界で色々やってみたが文字がデータ化して見えてしまって全く成果が上げられずにいたこと、その状況を打開すべく天界に居るヤンとジンに会いに行き、そこでヒントを得ることが出来たことなどを打ち明けた。
 「ほう。言葉が世界に与える影響とは、また変わったテーマに手を出したものだね――師匠から何かアドバイスは?」
 クワンの言葉に、ユージは首を横に振った。
 「それが、何も。自由に研究してみなさいと言われただけです」
 「それは珍しいな。師匠は知識の出し惜しみをしない人なのだがね」
 「悔しいですが、まだ師匠に質問するところまで僕が辿り着けていない気がします」
 「そうか。そういう考え方もあるか、な」
 クワンは眼鏡を掛け直し、少し考えるような素振りを見せた。
 「でも、お陰様で魔界でも魔法を使った検証が出来そうなので、正直ほっとしています」
 「それで、さっき嬉しそうな顔をしていたのかね」
 「はい。次に天界に行くまで何も出来ないかもしれないと思っていたので、本当に嬉しくて」
 と、ユージははにかむような笑顔を見せた。
 「なるほどねえ。――何だかわかる気がしてきたよ」
 クワンは魔法を使って珈琲を淹れ直し、ユージと自分のカップに注ぎ込んだ。
 「?何がですか?」
 「ヤンとジンが何かと君のことを気にかけている理由さ。実際、君は助けてやりたくなるタイプの人間だ」
 「そう、でしょうか」
 自分では全く思い当たる節がないユージは小首を傾げた。
 「残念ながら、こういうことは大抵自分ではわからないものだよ」
 クワンはすまし顔で珈琲を啜った。
 「何か困りごとがあったら連絡しなさい。私に出来ることであれば手を貸そう」