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第三十七話

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 翌日、埼玉県内旅館にて。置手紙を見た礼安らは、朝から透の家族たちの看病に勤しんでいた。院が確認の電話を入れた時には、学園長が応対していた。
「そちらに透が帰った、とのことですが……本当ですか、お父様」
『ああ勿論だとも、ワタシウソツカナイネ!』
「片言だと信憑性が十割下がりますわよ」
『百パーじゃん!?』
 ある程度電話で安心できた後は、救護隊の支援に勤しむ。それの繰り返し。三人が交代しつつ、ヘルプを欠かさない。しかし、次第に疲労の色がにじみ出てきていた。
 それは、何より『教会』本部がまいた種でもある、チーティングドライバーの不浄の力たる部分にある。
 元来、チーティングドライバーは当人の強い憎しみや悲しみ、所謂『負の感情』に左右され当人に圧倒的に歪な力を与える。しかし、それはあくまで対象の肉体が戦闘者として出来上がっているか、成人であることが条件。幼い子供での変身成功例は未だ存在しないのだ。
「子供が今までチーティングドライバーを使い、変身成功した、という実例は存在しません。かねてより、英雄学園卒業生や仮免許を持った英雄が戦ってきた相手と言うのは、全て歪んだ欲望に心を支配された大人たちばかりです。主に――肥大化した『復讐心』、と言うのが定例ですね」
「『復讐心』……?」
 礼安は救護班の言葉をオウム返しする。しかし、実際礼安の中に誰かに『復讐』したい、と考える脳は無い。だからこそ、真の部分で分かり合えないのだ。ドラマやアニメ、ゲームの中で戦う者が抱く、誰かへの『復讐心』というものが。
 だが、理解は出来なくとも止めたい気持ちは確かに存在する。純度百パーセントの良心により、おせっかいにも浄化していくのが礼安のスタンスなのだ。
 ただ、やはり『理解』のプロセスを挟まないことによる、新たなるいざこざは起こるもの。それは礼安の中に暗い影を落とすのだ。

 五日後昼の休憩時、子供たちの容体がある程度安定してきたため、救護班から三人にそれ以降の暇が出された。当初「一週間持つかどうか」と言う瀬戸際であった中、その子たちの生きる意志が強い影響か、あるいは透への思いか。徐々に復調していったのだ。
 そのため、院は「少しでも疲れを取るために休みたい、それにいざという時動ける人間がいなければ」と、旅館に残った。外に出たのは礼安とエヴァ。情報収集と散策、および買い食いがメインであった。
 あの看護から、ずっと浮かない顔の礼安。それを察したエヴァは、少しでも彼女が元気になるよう、優しい笑顔で振るまう。
「礼安さん、もし気になることがあるのでしたら……一旦その問題から離れてみるのはどうでしょう? 礼安さんがよかったら……私がその相手を務めさせてはもらえませんか?」
「エヴァちゃん――うん、ありがとう! 院ちゃんが来られないのはちょっと残念だけど、二人で遊ぼう!」
 そうしてエヴァに笑いかけるも、やはりどこか礼安は無理をしているようであった。

 旅館から離れ、電車に揺られる二人は目的の駅で降りる。その駅近くにあるのは、埼玉の中でもひときわ大きいショッピングモール。五階建てのモールであり、中には食料品、スイーツ店、服飾店などのオーソドックスなものを始めとして、巨大なゲームセンターや映画館などもある、一日で全店舗を制覇しきるには少々骨がいるほどの広大さを誇る。
 しかしこれだけまともなショッピングモールであっても、学園都市内のショッピングモールの大きさにはなぜか及ばない。なぜか。
 二人は手を繋ぎつつ、最初に訪れた店はカジュアルな若者向けのお財布にも優しい服飾屋。その店ひとつで上下、アクセサリー類が格安で全て揃う、実に優れた店である。
 エヴァは自分の新たな私服を見つけるべく突入するも、礼安は首を傾げたまま。
「礼安さん? どうされました? 新たな服との縁を探しに行きましょう!」
「いや、私服自分で買ったことないんだ! だから勝手が分からなくて……」
「いやでもその服、相当レアリティが高いというか……」
「??」
 理解していない様子の礼安。失礼して礼安の背部にあるタグを見ると、それはまあエヴァにとって衝撃の嵐であった。
 今着用している衣服、その全てが礼安の事情を知っている人間によるハイブランド贈答品ばかりであるのだ。その人物は信一郎と院の二人。
 しかし本人が酷く気にするため、高いものは着ない宣言。なぜなら万が一破いた際申し訳なくなるから。だがあらゆる服飾事情を知らない礼安をいいことに、礼安の服は全て一点もの。お値段も常人なら目玉が飛び出るほどの値段ばかり。気付かずにハイブランド(かつオーダーメイド)ばかりを着こなす女子になっていたのだ。
(無意識でこんなお高い服ばかりを着こなすお嬢様なんですか礼安さん!?)
 どうも理解していない様子の礼安に、「その服全部著名なハイブランド・オーダーメイドものだよ」なんて言える鋼の心臓はエヴァにはない。なぜなら礼安の人となりを分かってしまったため。それに親心、姉妹心を理解してしまったため。
「――安心してください礼安さん、私がコーディネートします。何種類でもやってみせますとも!!」
「本当に!? やったぁ、今日が服のショッピングデビューだ!」
 その発言と振る舞いを見てしまったその店の店員さんが「マジかよ」と言った目で驚愕していたため、礼安が無邪気に喜んでいる中エヴァは必死にジェスチャーで協力を願った。
(お願いします店員さん!! この無邪気純朴つよつよお嬢様のコーディネートを手伝ってくれませんか!?)
 新人店員はどうも困惑していたものの、そのエヴァの決心を無駄にできるほど、ベテラン店員は外道ではなかった。腕を組んだ貫禄のあるベテラン男性店員が前に出る。
(――分かりました、そこなお嬢様のコーデ選択、この道三十年の綾部が務めあげましょう)
 かくして、何十着もの試着を重ね、礼安に似合う服探しが始まったのだ。

 その店ひとつで激闘(?)すること数十分。上下コーデでしっくりくるものが二種類。アクセサリー数点を購入し、二人は店を後にした。礼安に隠れ、エヴァは男性店員と握手を交わした。数十分の激闘を互いに称え合う形であった。
 丁度おやつ時、昼三時も近かったため、礼安たち二人はフードコート内でスイーツショップに立ち寄ることに。アイスクリームチェーン店の中でも、特に大手。何十種類ものフレーバーが楽しめて、老若男女問わず人気の店である。
 しかし最後の最後まで礼安はステーキ屋に行こうとしていた。
「お肉食べたいよー!!」
「駄目ですよ礼安さん! 監督不行き届きとして院さんに私が怒られてしまいます! 正直ご褒美な気もしますがそれは置いておいて! 高校生なのに駄々をこねないでください! あっすみませんごめんなさい周りからの目線が痛いですしお肉は後にしましょう旅館でもいっぱい食べられますし!!」
 悶着の内容が高校生ほどの年齢の人間が起こすものとは到底思えなかった。
 ぱちぱちと口内で弾け回る飴が入ったアイスを嬉しそうに食べるエヴァと、不服の意を現在進行形で感じられるほどむくれながら、カップに入ったシングルアイスを、スプーンでおとなしくちびちびと食べる礼安。
 先ほどの駄々こねがギャラリーを呼び、しかも数日前の案件を納めた当事者であることが発覚したため、どうも複雑な空気感となっていた。「こんな子供っぽい人だったんだ」という声や、「何でそんな有名人がここに」と言った声が秘かに耳に入って来ていた。
「エヴァちゃん、私たち有名人っぽいね」
「それはそうでしょう! 我々かなりの騒ぎになっていた案件を、大勢の衆目に晒された中解決したのですから!」
 しかし、礼安は何とも言えない表情であった。それは、有名であることに興味を抱いていない、そう思える態度であった。
「――礼安さん、なぜ有名であることを誇らないんです? 結構この英雄と言う立場自体、有名であることを誇る方が圧倒的多数ですが……」
 アイススプーンを鼻下で挟み込んで、天井を見つめる礼安。
「……私、英雄として有名であることに、あまり意味は無いと思うんだ。だって英雄は困っている人を助ける存在じゃあない? 私は有名人になりたくて、お金稼ぎたくて英雄になりたいわけじゃあないんだもん。肩で風切って、力をひけらかしていばって歩く人になりたくないなぁ」
 自己犠牲、滅私奉公の極みに位置する存在、それこそが礼安。そこに金や名誉など、介入する余地はないのだ。どれだけ自分を高めようと、それはまだ見ぬ『誰か』のため。こんな綺麗ごと、礼安でないとそうでないし、例え誰かが仮に語ったとしても「嘘だ」として鼻で笑われるものである。
 しかし、礼安はそのただの絵空事を、人によってはもっとも利の出ない自己犠牲を、自分の歩む道として提示したのだ。
「――失礼しました、貴女はそう言う方ですよね。何だか……安心しました」
「??」
 分かっていない様子の礼安に、悟ったエヴァ。常人とは何ステップも違った世界に存在する彼女に、常人の感覚など理解できないのだ。金銭目的や、名誉目的で動く常人とは永遠に相いれない、まるで人間を愛玩する上位存在かのよう。
 いつか、この礼安の崇高な考えも、第三者の手によって、これからの人生の内どこかでねじ曲がってしまうのではないか、そんな危機感すら孕んでしまうほどの絵空事でありながら。しかし、エヴァはそんな礼安の異常性に多少惹かれている節があるのだ。
 エヴァもまた、そう言った気があるためである。
「――なんか真剣な話しちゃった、ごめんね! 私あまり甘いものが得意じゃあなくて……甘さ控えめの奴頼んだんだ、結構おいしかったしエヴァちゃんも食べてみる? ほら!」
 先ほどの多少重たい空気を振り払うかのように差し出された、礼安のアイススプーンに乗せられた小納言あずき。それ即ち、恋人同士でない限り少し恥ずかしがる間接的なキスを意味している。
 そんな超次元なこと、今のエヴァには反動がきつすぎる。
(そそそそそんな多少真剣な話の後にまさかのらららら礼安さんからのかかかっかかかかあかっか間接Kiss!? オーマイゴッド、そんなアルティメットご褒美を!? 鼻血出るでアカンて!! 今まで生きられて有難う! こんなご褒美を用意してくださるなんて神は最強かマジで!! エヴァ・クリストフ、こんな幸せ続くなら一生ついていきます神様ァ!!)
 もはやどこの国籍の人か分からなくなるほど、心の中で独白(という名の限界オタクの叫び)を繰り広げながら、何とか口にするエヴァ。その表情は脂汗を多量に掻き、目玉もひん剥いた元の美貌が帳消しになるほどの残念フェイス。
 急な無自覚間接キスは、限界オタクをダメにする。これは礼安らを除いた、唐突な百合現場に遭遇してしまい、エヴァ同様鼻血が出てしまう一般市民全員が抱いた教訓である。



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 翌日、埼玉県内旅館にて。置手紙を見た礼安らは、朝から透の家族たちの看病に勤しんでいた。院が確認の電話を入れた時には、学園長が応対していた。
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『ああ勿論だとも、ワタシウソツカナイネ!』
「片言だと信憑性が十割下がりますわよ」
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 それは、何より『教会』本部がまいた種でもある、チーティングドライバーの不浄の力たる部分にある。
 元来、チーティングドライバーは当人の強い憎しみや悲しみ、所謂『負の感情』に左右され当人に圧倒的に歪な力を与える。しかし、それはあくまで対象の肉体が戦闘者として出来上がっているか、成人であることが条件。幼い子供での変身成功例は未だ存在しないのだ。
「子供が今までチーティングドライバーを使い、変身成功した、という実例は存在しません。かねてより、英雄学園卒業生や仮免許を持った英雄が戦ってきた相手と言うのは、全て歪んだ欲望に心を支配された大人たちばかりです。主に――肥大化した『復讐心』、と言うのが定例ですね」
「『復讐心』……?」
 礼安は救護班の言葉をオウム返しする。しかし、実際礼安の中に誰かに『復讐』したい、と考える脳は無い。だからこそ、真の部分で分かり合えないのだ。ドラマやアニメ、ゲームの中で戦う者が抱く、誰かへの『復讐心』というものが。
 だが、理解は出来なくとも止めたい気持ちは確かに存在する。純度百パーセントの良心により、おせっかいにも浄化していくのが礼安のスタンスなのだ。
 ただ、やはり『理解』のプロセスを挟まないことによる、新たなるいざこざは起こるもの。それは礼安の中に暗い影を落とすのだ。
 五日後昼の休憩時、子供たちの容体がある程度安定してきたため、救護班から三人にそれ以降の暇が出された。当初「一週間持つかどうか」と言う瀬戸際であった中、その子たちの生きる意志が強い影響か、あるいは透への思いか。徐々に復調していったのだ。
 そのため、院は「少しでも疲れを取るために休みたい、それにいざという時動ける人間がいなければ」と、旅館に残った。外に出たのは礼安とエヴァ。情報収集と散策、および買い食いがメインであった。
 あの看護から、ずっと浮かない顔の礼安。それを察したエヴァは、少しでも彼女が元気になるよう、優しい笑顔で振るまう。
「礼安さん、もし気になることがあるのでしたら……一旦その問題から離れてみるのはどうでしょう? 礼安さんがよかったら……私がその相手を務めさせてはもらえませんか?」
「エヴァちゃん――うん、ありがとう! 院ちゃんが来られないのはちょっと残念だけど、二人で遊ぼう!」
 そうしてエヴァに笑いかけるも、やはりどこか礼安は無理をしているようであった。
 旅館から離れ、電車に揺られる二人は目的の駅で降りる。その駅近くにあるのは、埼玉の中でもひときわ大きいショッピングモール。五階建てのモールであり、中には食料品、スイーツ店、服飾店などのオーソドックスなものを始めとして、巨大なゲームセンターや映画館などもある、一日で全店舗を制覇しきるには少々骨がいるほどの広大さを誇る。
 しかしこれだけまともなショッピングモールであっても、学園都市内のショッピングモールの大きさにはなぜか及ばない。なぜか。
 二人は手を繋ぎつつ、最初に訪れた店はカジュアルな若者向けのお財布にも優しい服飾屋。その店ひとつで上下、アクセサリー類が格安で全て揃う、実に優れた店である。
 エヴァは自分の新たな私服を見つけるべく突入するも、礼安は首を傾げたまま。
「礼安さん? どうされました? 新たな服との縁を探しに行きましょう!」
「いや、私服自分で買ったことないんだ! だから勝手が分からなくて……」
「いやでもその服、相当レアリティが高いというか……」
「??」
 理解していない様子の礼安。失礼して礼安の背部にあるタグを見ると、それはまあエヴァにとって衝撃の嵐であった。
 今着用している衣服、その全てが礼安の事情を知っている人間によるハイブランド贈答品ばかりであるのだ。その人物は信一郎と院の二人。
 しかし本人が酷く気にするため、高いものは着ない宣言。なぜなら万が一破いた際申し訳なくなるから。だがあらゆる服飾事情を知らない礼安をいいことに、礼安の服は全て一点もの。お値段も常人なら目玉が飛び出るほどの値段ばかり。気付かずにハイブランド(かつオーダーメイド)ばかりを着こなす女子になっていたのだ。
(無意識でこんなお高い服ばかりを着こなすお嬢様なんですか礼安さん!?)
 どうも理解していない様子の礼安に、「その服全部著名なハイブランド・オーダーメイドものだよ」なんて言える鋼の心臓はエヴァにはない。なぜなら礼安の人となりを分かってしまったため。それに親心、姉妹心を理解してしまったため。
「――安心してください礼安さん、私がコーディネートします。何種類でもやってみせますとも!!」
「本当に!? やったぁ、今日が服のショッピングデビューだ!」
 その発言と振る舞いを見てしまったその店の店員さんが「マジかよ」と言った目で驚愕していたため、礼安が無邪気に喜んでいる中エヴァは必死にジェスチャーで協力を願った。
(お願いします店員さん!! この無邪気純朴つよつよお嬢様のコーディネートを手伝ってくれませんか!?)
 新人店員はどうも困惑していたものの、そのエヴァの決心を無駄にできるほど、ベテラン店員は外道ではなかった。腕を組んだ貫禄のあるベテラン男性店員が前に出る。
(――分かりました、そこなお嬢様のコーデ選択、この道三十年の綾部が務めあげましょう)
 かくして、何十着もの試着を重ね、礼安に似合う服探しが始まったのだ。
 その店ひとつで激闘(?)すること数十分。上下コーデでしっくりくるものが二種類。アクセサリー数点を購入し、二人は店を後にした。礼安に隠れ、エヴァは男性店員と握手を交わした。数十分の激闘を互いに称え合う形であった。
 丁度おやつ時、昼三時も近かったため、礼安たち二人はフードコート内でスイーツショップに立ち寄ることに。アイスクリームチェーン店の中でも、特に大手。何十種類ものフレーバーが楽しめて、老若男女問わず人気の店である。
 しかし最後の最後まで礼安はステーキ屋に行こうとしていた。
「お肉食べたいよー!!」
「駄目ですよ礼安さん! 監督不行き届きとして院さんに私が怒られてしまいます! 正直ご褒美な気もしますがそれは置いておいて! 高校生なのに駄々をこねないでください! あっすみませんごめんなさい周りからの目線が痛いですしお肉は後にしましょう旅館でもいっぱい食べられますし!!」
 悶着の内容が高校生ほどの年齢の人間が起こすものとは到底思えなかった。
 ぱちぱちと口内で弾け回る飴が入ったアイスを嬉しそうに食べるエヴァと、不服の意を現在進行形で感じられるほどむくれながら、カップに入ったシングルアイスを、スプーンでおとなしくちびちびと食べる礼安。
 先ほどの駄々こねがギャラリーを呼び、しかも数日前の案件を納めた当事者であることが発覚したため、どうも複雑な空気感となっていた。「こんな子供っぽい人だったんだ」という声や、「何でそんな有名人がここに」と言った声が秘かに耳に入って来ていた。
「エヴァちゃん、私たち有名人っぽいね」
「それはそうでしょう! 我々かなりの騒ぎになっていた案件を、大勢の衆目に晒された中解決したのですから!」
 しかし、礼安は何とも言えない表情であった。それは、有名であることに興味を抱いていない、そう思える態度であった。
「――礼安さん、なぜ有名であることを誇らないんです? 結構この英雄と言う立場自体、有名であることを誇る方が圧倒的多数ですが……」
 アイススプーンを鼻下で挟み込んで、天井を見つめる礼安。
「……私、英雄として有名であることに、あまり意味は無いと思うんだ。だって英雄は困っている人を助ける存在じゃあない? 私は有名人になりたくて、お金稼ぎたくて英雄になりたいわけじゃあないんだもん。肩で風切って、力をひけらかしていばって歩く人になりたくないなぁ」
 自己犠牲、滅私奉公の極みに位置する存在、それこそが礼安。そこに金や名誉など、介入する余地はないのだ。どれだけ自分を高めようと、それはまだ見ぬ『誰か』のため。こんな綺麗ごと、礼安でないとそうでないし、例え誰かが仮に語ったとしても「嘘だ」として鼻で笑われるものである。
 しかし、礼安はそのただの絵空事を、人によってはもっとも利の出ない自己犠牲を、自分の歩む道として提示したのだ。
「――失礼しました、貴女はそう言う方ですよね。何だか……安心しました」
「??」
 分かっていない様子の礼安に、悟ったエヴァ。常人とは何ステップも違った世界に存在する彼女に、常人の感覚など理解できないのだ。金銭目的や、名誉目的で動く常人とは永遠に相いれない、まるで人間を愛玩する上位存在かのよう。
 いつか、この礼安の崇高な考えも、第三者の手によって、これからの人生の内どこかでねじ曲がってしまうのではないか、そんな危機感すら孕んでしまうほどの絵空事でありながら。しかし、エヴァはそんな礼安の異常性に多少惹かれている節があるのだ。
 エヴァもまた、そう言った気があるためである。
「――なんか真剣な話しちゃった、ごめんね! 私あまり甘いものが得意じゃあなくて……甘さ控えめの奴頼んだんだ、結構おいしかったしエヴァちゃんも食べてみる? ほら!」
 先ほどの多少重たい空気を振り払うかのように差し出された、礼安のアイススプーンに乗せられた小納言あずき。それ即ち、恋人同士でない限り少し恥ずかしがる間接的なキスを意味している。
 そんな超次元なこと、今のエヴァには反動がきつすぎる。
(そそそそそんな多少真剣な話の後にまさかのらららら礼安さんからのかかかっかかかかあかっか間接Kiss!? オーマイゴッド、そんなアルティメットご褒美を!? 鼻血出るでアカンて!! 今まで生きられて有難う! こんなご褒美を用意してくださるなんて神は最強かマジで!! エヴァ・クリストフ、こんな幸せ続くなら一生ついていきます神様ァ!!)
 もはやどこの国籍の人か分からなくなるほど、心の中で独白(という名の限界オタクの叫び)を繰り広げながら、何とか口にするエヴァ。その表情は脂汗を多量に掻き、目玉もひん剥いた元の美貌が帳消しになるほどの残念フェイス。
 急な無自覚間接キスは、限界オタクをダメにする。これは礼安らを除いた、唐突な百合現場に遭遇してしまい、エヴァ同様鼻血が出てしまう一般市民全員が抱いた教訓である。