力尽き変身解除した山田と、現状の力を出し切り変身解除する透。それと同時に解除される、乱気流と如意棒のドーム。
「――ああ……出世街道が……」
そうとだけ言い残し、山田は意識を失う。それと同時に彼のチーティングドライバーは儚くも砕け散り、使用不可能となった。
「……お前、結局は金目当てで、誰かを踏みにじることで自分を成り立たせていたってことかよ。クソ野郎だな、どいつもこいつも」
結局は、金目当ての輩。打ち倒すのに情け容赦なくやれる、そう直感した透は、戦いの中でふと忘れていたことをたった一言で呼び起こすこととなる。
「――ねえねえダーヤマさ、こいつらどうした方が良い?? ……ってダーヤマやられてんじゃん。草」
視線の先には、傷だらけの剣崎と橘、そして対して大きな手傷を負う事無く、手鏡で自分の髪型を確認しているダイヤ。
(クソッ、やっぱりなり立てだとこうなるかよ!)
即座に変身しようと、その場から一歩踏み出すも、透の肉体は途端に脱力してしまう。
「バーカ、ダーヤマからの情報はバッチリなの。あーしがアンタの明確なパワーアップに気付いてないとか考えてんの、まぢウケるんですけど」
そう語るダイヤの表情は、実に冷淡そのもの。ギャルのような風貌でありながら、仕事は全うする。外見詐欺もいいところである。
「ダーヤマは単純なフィジカル、そしてあーしは能力での搦め手がメインなんだ。ざっとネタバラシするなら――『一定エリアに踏み込ませた瞬間、自分がいま体内に入れてる薬の効果を全部おっかぶせる』の。だから――」
ダイヤの手に握られていたのは、ひらがなで『弛緩剤』と書かれている注射器。それを適応させ、相手を弛緩しているうちに殺害する。実に理にかなっている。
「あーしが何でこの能力公表したか分かる?」
「知るかよ……クソアマがよ」
精一杯口汚く罵るも、ダイヤによって透の顔面は、サッカーボールを遠くへ蹴り飛ばすかのような気軽さで、容赦なく蹴り飛ばされる。防御できないため、ある程度の非力でも透たちを易々傷つけられるのだろう。
「あーしが……あのブーデーのリーダーから多額の報奨金をふんだくるた・め。あーしにはイケメンの彼氏がいるので、そちらに貢ぎたいのです」
スマホの画面に映る存在は、どう見ても有名男性アイドル。要するにダイヤは害悪ドルオタであり、独り身街道を驀進していたのだ。
「――金さえ落とせば誰だって愛なく『姫』とか宣う奴が彼氏か? 頭大丈夫かよ」
その透の正論と言える指摘にダイヤは怒りを露わにする。ヒールの鋭利な部分を扱って徹底的に透をなぶる。自分の妄信する存在を馬鹿にされた怒りは、そうそう収まるようなものでは無い。
「『さーちん』を馬鹿にすんな!! この間だって、テレビの撮影時あーしを見てくれた!! あーしの王子様なんだ、あーしはファンなんてちっぽけな存在じゃあないんだ!! あーしがさーちんに料理持って行った時も、すべて平らげてくれたって言ってた!! 中に入ってたあーしの一部も何もかも全部食べてくれたんだ!!」
自身をストーカーとすら考えられない精神異常者、そして究極の厄介ドルオタ、それこそがダイヤであった。自己認識は『世の中から異常者だと罵られる、実に哀れなお姫様』。誰もが愛想を尽かして、彼女に指摘することはしない。むやみやたらにテリトリーに踏み込んだら最後、彼女のヒステリーに付き合わされるのだ。
そんな精神異常者を目の当たりにして、その時剣崎と橘は理解してしまった。透は満身創痍でありながらも、二人が少しでも回復し助けを呼んでほしいからこそ、自分たちから遠ざけたのだと。その影響か、弛緩剤が適用されるエリアから何とか脱出している。
剣崎と橘が動こうとしたその時、その場に予想外の人物が現れたのだ。
燃え盛る炎の中から、一切の火傷なく現れる、中までワイシャツを着用し、漆黒のスーツに身を包んだ人物。
「『姫』が呼んだのは――――『私』じゃあないかな」
ダイヤが透に恨みがましく向けていた顔を上げると、そこにいたのは『さーちん』こと有名男性アイドルグループの一人、サマス。
眉目秀麗を極めており、アイドルになるべくして生まれた美貌の持ち主。女性ファンに喜ばれるよう、常にスーツの下は何も着用しないストロングスタイル。ライブの時は惜しげもなく肉体美を披露し、大いにファンを沸かせている。通称は『さーちん』や『王子』。
今この場にいる人物はまさにそれであった。
「「「はァ!?」」」
三人が予想外のゲストに驚愕する中、今まで憎しみの表情を向けていたダイヤが涙を流しながら、サマスから遠ざかる。しかし、徐々に至近距離にまで迫るサマスを拒むことは出来なかった。
「そ、そんな『さーちん』……何で……?」
「何でって――それは『姫』である君に……」
唐突に、ノーモーションでダイヤの顔面を殴り飛ばすサマス。
透ですら、その拳が頬に届く瞬間すら見えなかった。しかもその直後にかなりの衝撃波|《ソニックブーム》が届くほどの速度であった、まさに音速の拳。
一切の理解など許すはずもなく、ダイヤは完全に沈黙。と言うより、たった一撃で物言わぬ状態にするほどの致命傷を与えていた。
「こうして……私の学園に在籍する『大切な生徒』を情け容赦なく傷つけようとする害悪ド畜生ドルオタがいる、それをある情報筋から聞いてね。こうして馳せ参じた訳さ」
顔面の変装マスクを乱暴に剥がし、あっけらかんとした笑みを浮かべる男性。それは、透たちにとっては願っても無い助け舟そのものであった。
「「「が、学園長!?」」」
「やあ、来ちゃった☆」
「――うん、しっかり無事。力調整したし……この程度で死んだってなったら私埼玉支部に直訴しに行こうかな? オタクの部下|《ヲタク》弱すぎませんか、ってね」
助け舟を出した、と言うよりは迎えに来た学園長。たった一撃で相手をノックダウンした、鼬の最後っ屁すらさせない、それほどの強靭さに透たちは驚愕していた。
「――――あ、アンタ何モンだよ」
その透の問いに、おどけつつ真面目に答える学園長。
「無論、只の『原初の英雄』さ」
只の、と片付けるには強すぎた。何せ、能力適用範囲内であり透たちすべてを戦闘不能状態に追い込んだ、ほぼ無傷のダイヤが、変身もしていない学園長の一撃で意識が飛び事切れたのだから。しかもその衝撃を何とか受け止めた高速道路の高い壁は完全にひしゃげて壁としての機能を果たしていない。
向こう側に広がる東京の夜景。一見事の事情を知らない存在が風景だけ見るならば暢気出来るのだが、少し視点を下げるだけで怪人だった存在の成れの果てがそこにある。それらが全て物語っていたのだ。
怪人の中身が女だろうと関係ない、一切の情け容赦のない一撃を見て、透は確信していたのだ。自分の『したい事』を成すためには、この人物でないといけない、そうでないと短い間には成長など夢のまた夢である。
実際問題、礼安と院が入学したての一年次でありながら、下手な二年次、三年次よりも強くなった理由は短期間にそれなりの経験をしたから。命がかかっているのなら、人間は案外すぐに成長できるものである。
透たち三人は、信一郎に対し土下座をする。特に透は深い土下座であった。しかし、それに対してグラトニーに抱くようなストレスを感じることは無い、むしろこれが在るべき形であると実感していたのだ。
「――学園長。入学前から事情を知ったうえである程度便宜を図ってくれたこと、感謝する。お陰で俺は家族を食わせられた。けど……相手は想像以上のクソだった。真の意味で家族を救うために……俺は、俺たちは強くなりたい!!」
「――――へェ、私にそんなことできるかなあ?」
「出来る、『原初の英雄』であるアンタなら、今の『最強』の名を欲しいままにしているアンタなら」
あえて緊張感をほぐすように道化を演じてみせる信一郎。次に彼女たちから発せられるであろう『言葉』を待ちわびながら。
内心、信一郎は喜びに打ち震えていた。あれだけ反逆精神の塊、とも言えるような彼女の、根っこに宿る願いを聞けたことが、『原初の英雄』として、指導者として心の底から嬉しくてたまらなかったのだ。それに至る訳なんてどうでもいい、英雄としての心構えを理解しているのなら、利用されるでも何にしてもそれでよかったのだ。
「俺に……俺たちに、五日間稽古をつけてくれないか。アイツらの……礼安たちの支えになれるほどの強さを、ノウハウを……俺たちに教えてくれないか」
透たちの、魂の懇願。現状の自分たちのままだと、礼安たちが効率的に動くためには足手まとい。これ以降も礼安たちはより力をつけていくであろう、そして死地に飛び込んでいくのだろう。そこに助けを求める人がいるかぎり、無限にあの少女は強くなれるのだ。
だからこそ、せめて並び立ちたかったのだ。
特に、今回の一件では透の家族を付け狙う非道の輩が相手。家族、ひいては弱者を守りながら戦えなければ、それは戦士としては赤点以下。今の地位に常に満足しない、今の透だからこそ考え付いた最適解|《ベストアンサー》であった。
その透の言葉に、泣いて喜ぶ信一郎。その反応は予想外であったために、透らは慌ててしまう。涙を乱暴に拭って、三人のことを大きく手を広げ、迎える信一郎。何を求められているのかわからなかった透たちは一歩引くと、信一郎は深く肩を落とす。
「何でよ!? 熱血教師ものだったら生徒たちがガバーッと来るところでしょう!? んで私がバターッっと倒れて皆で笑い合うもんでしょ!? 私秘かにそういった場面|《シーン》に憧れて教師に近しいものになったのに!!」
「いや鍛えてくれとはいったがセクハラを認めた訳じゃあねえからな俺は」
「今これセクハラなの!?」
何とも気の抜けるやり取りであったが、それは信一郎の心遣い。予想外の敵襲から自分の身を守り切った彼女たちへの、せめてもの手向けであった。
「じゃあ行こうか……ハァ……夢にまで見た熱血教師像……」
「露骨に肩を落とすなよセクハラ予備軍学園長」
「……学園長、助けてくれたお礼として、せめてウチら二人だけでも抱き着きますか?」
「やらんでいいわバカタレ二人」
そうして学園長が運転する高級車に乗り込む三人。しかし、信一郎は車に乗り運転を始める寸前、「これからコンビニでも寄る?」と言わんばかりの軽さでとんでもないことを口走った。
「あ、そうそう。『生きて帰れるかどうか』は、私も分からないよ?」
それを聞いた三人は少々、修行の件を取り下げたいと過ぎってしまったのは、内緒の話である。