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第三十八話

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 その後、エヴァと礼安はサインや握手などを複数人から求められ、もみくちゃになりながらもショッピングモールを後にした。緊急サイン・握手会を行っていた影響で、気づけばもう夕方六時にまでなっていたのだ。
 あまりにサービス熱心な礼安たちの影響で、そのアイスショップや服飾屋の売り上げが鰻上りだったらしく、店主や店員に偉く感謝されたのだった。連絡先すら渡されるほど感謝されたのは初めてのことであった。
 すっかり夜の帳が降り始める中、二人は帰りの電車に揺られる。
 そんな中、礼安は口を開いた。その内容は、旅館を出る前に胸中にあったもやもやそのもの、つまるところチーティングドライバーが煽り立てる『復讐心』についてだった。
「――エヴァちゃん、『復讐』って何も生まないはずなのに……何で人は『復讐』したがるんだろう」
 その実に無邪気な問いに、エヴァは黙ってしまった。
 その理由は、答えられるほどに人生経験がないから、と言うのもあるが、礼安に語ってそれが十割伝わるとは思えなかったためである。通常の人間よりもより異常|《イレギュラー》な考えを持つ礼安に、通常育っていく中ほぼすべての人間が持ち合わせる『普通』のひとつである誰かを恨み憎む心が、理解できるとは思えなかったのだ。
「……なぜ、急にそんな問いを?」
「いやね、あの救護班の人が……チーティングドライバーを持つ人は『復讐心』に支配されている、って言うんだ。もし理解できるなら……私はその人たちもしっかり救いたい。ただ倒して終わり、なんて乱暴なことしたくないんだ」
 あの時も。礼安がフォルニカを下した際、必殺技で攻撃したのは彼の核たる『罪の意識』。当人の怪我より、自分が負った怪我の方が圧倒的に多かった中、結果的に礼安はフォルニカを倒したのだ。
 その以前に、フォルニカがもつ悪意の裏に隠された真意を暴くために、礼安の第六感を使用したが、それ以外に礼安はこれと言ったアクションを行っていない。
「――私が思うに、誰かよりも上の立場になりたい、そう言った欲こそ、誰かを憎む、誰かを妬むどろどろとした負の感情が生まれる要因だと思います。人間、礼安さんのように出来た人ばかりではないので……結果的に『復讐』を縁|《よすが》とするんだと思いますよ」
 そのエヴァの答えに何か異を唱えるでもなく、電車の窓から見える夜景をぼう、と眺める礼安。
 この問いに、正解は無い。復讐がなにも生まないという綺麗ごと自体それは正解だろうし、その後の達成感を求めるが故に復讐する、それもまた正解である。
 結局のところ、人間が生存し続ける限り、復讐はどこにでも存在する、ありふれた人間の感情のひとつであるし、永遠に拭い去ることのできない、人体に一定数常に存在し続けるがん細胞そのものなのである。
「――一番近しい正の感情は……恐らく『憧れ』。それからより深い依存度まで行くと『憧憬』。これ以上話すと私でもよく分からなくなる、深く難しい話にはなりますが……表裏一体なんです、正の感情と負の感情というものは。どちらにでもなる可能性はいくらでもある、実に難儀な物なんです」
「『憧れ』、かぁ――」
「なにかになりたい、なにかを成したい。それは礼安さんの中にも確かに渦巻いている、どんな人にでもある健全な感情です。礼安さんは英雄になりたい、私はそんな礼安さんたちのような英雄を支えたい、結局はそんなものなんです」
 感情が向く方向がプラスかマイナスか。礼安はプラス方面へ振りきれた、ある種いかれている存在。透は礼安に諭されるまで、マイナス方面へ傾きつつあった。そしてフォルニカはマイナスに振りきれた、その確たる例。凄絶ないじめによって精神がすり減った結果、大量殺人、その後『教会』に仇名す存在の掃除人|《スイーパー》と言う罪を犯した。
「――なんか、少しだけ分かった気がするよ、エヴァちゃん」
「……それなら、何よりです礼安さん」
 その二人の哲学に似た問答は、目的地に到着したことで終了する。難しいことは深く理解することすらできないものの、ほんの少しだけ断片に触れられたような気がする礼安であった。

 その晩。旅館では子供たちの復調祝いとして、飛び切り豪勢な食事が振舞われた。旅館の女将や料理長も、英雄側に全面協力しているため、こういった採算度外視の料理を振舞ったり部屋を提供したりすることに一切の異論がないのだ。
 礼安は「ようやくお肉が食べられるー!!」とあからさまに喜びを露わにしていた。アイスショップではそんな反応なかった、と改めて『お肉』の偉大さを認識するエヴァ。そしてそんな二人をたしなめる院の、黄金比率を満たすいつものやり取りが繰り広げられていた。
 今まで治療に専念して最低限の食事で済ませていた救護班の面子も、今晩ばかりは、と旅館側の厚意を受け入れざるを得なかった。透が何とか連れ帰ったこと含め、自分たちによる手柄を喜ばない、と言う選択肢はなかったのだ。
 しかし、礼安だけは「肉だ」と喜んでいたのにも拘らず、その食事自体に何かしらの違和感を覚えていた。
(何だろう、お肉大量で嬉しいはずなのに……お料理に変な『靄』を感じるというか……気のせいかな??)
 礼安の第六感が働く理由が分からないまま、三人は明日に帰郷する準備を整え、その日は早めに就寝した。
 いや、就寝せざるを得なかった、と言った方が正しかった。不可解なほど、睡魔が襲い掛かる。その異常性に院が気付いたものの、時すでに遅く。救護班含め、礼安たちは早々に眠りについたのだった。

 しばらく時間が経過し、数時間経過。未だ朝日が顔を出さない午前三時ごろ。院は重い体を何とか起こす。食事の不可解な点に眠ってしまう寸前に気付いたために、この状況を重く捉えていた。礼安、エヴァを揺り起こし、何とかデバイスを手に持ちながら戸を開ける。
 深夜帯、と言うこともあり、廊下は不気味なほどに暗く静寂に包まれている。しかし、その静寂を打ち壊すかのように、なにかを切り裂く音が断続的に遠くから聞こえている。
 体の各機能が全く持って働かない中、礼安は理解してしまった。それと同時に駆り立てられるように即席救護室の方へ向かっていく。
 それと同時に、院とエヴァも、礼安の血の気のひいた表情が見えてしまったがためにともに走るしかなかった。脳内に過ぎる、まさかの可能性をすぐに払しょくしたいがために。
 しかし、現実は非常である。思ったようにいかないことの方が圧倒的に多い。平穏というものは、案外すぐに壊れてしまうものである。
 礼安たちの目の前に立つ存在が、寝ぼけていた礼安たちを覚醒させる。
 まだ六歳ほどの透の家族の一人が、救護班の死体の中心にたたずんでいたのだ。部屋中に多量の血が付着し、もはや二度と人に貸すことのできないほどに血肉の臭いが染みついてしまいそうであった。それほどまでに、紅の世界であった。
 そうして、明らかに巻き込まれた結果そこにいた、のではなく、当人がそうしたとしか思えない。本人の返り血や、歪んだ笑みが全てを物語っていたのだ。
「何、で――??」
 チーティングドライバーを装着した子供は、礼安たちの目の前でけたけたと笑う。声は、どこかで聞き覚えのある人を嘲笑するような低い声であった。
「えー、お久しぶりでございます英雄方と武器の匠。埼玉でのつかの間の平穏、お楽しみいただけたでしょうか。そろそろ……絶望の時間と相成りました」
 その子供の肉体をしたグラトニーは、チーティングドライバーを再起動。
「準備、なさった方がよろしいのでは? 次は……我が身かもしれませんよ??」
『Crunch The Story――――Game Start』
 子供を包み込む禍々しい魔力。瞬時に霧散し、そこに現れたのはあの校庭で見たグラトニーの怪人体。礼安たちは理解が追い付かなかったのだ。
 それでも、体は動いていた。
 瞬時に礼安はドライバーを装着し、『アーサー王』のライセンスを認証、装填する。
「変身!!」
 無から装甲が生まれ、礼安を一瞬で包み込む。それと同時にエクスカリバーを顕現、怪人体に斬りかかる。
 しかし、怪人体の寸前で攻撃は固い何かにぶつかったように止まってしまう。そこには確かに存在しないはずの『何か』が、礼安の攻撃を許さない状態にあった。
「何で……何で!?」
「これくらいで理解できなくなったのなら……それは幸せ者ですねえ」
 声のみのグラトニーは礼安をそう嘲ると、辺りから何かが動く音が聞こえた。その音の方向は、間違いなく旅館内部の方であった。そう勘付いた瞬間、院たちは血の気が引いていた。
 あれだけ、笑顔で応対してくれていた旅館の人間が礼安たちに包丁などの凶器を手に逃げ場を無くしていた。目は血走り、息遣いは酷く荒い。正気など一切感じさせない、まさに意志無きゾンビのよう。
 何とか脳をフル回転させ、院は一つの結論に辿り着く。
「礼安!! 逃げますわよ!!」
 絶望の淵に立たされた礼安は院の声で何とか正気を保ち、エヴァと院の先導で自室で荷物を抱え、旅館天井を派手に破壊。礼安はエヴァを抱え瞬時にその場を去るのだった。
 礼安たちは理解などできないまま、出来る限り距離を離すこと以外にできることは無かった。

 変身を解除する子供、それと同時にライセンスが灰となり消える。
「――やはり、使い捨てのものだと耐久性に難がありますね。何でもインスタントなものに頼るとこうなる、悪い見本としていい例でしょう」
 女将を始めとした旅館の人間ら全員は分かりやすくゴマをすり、あまたの死体の上に座る子供に薄気味悪い笑みを向けていた。
「いやはや……邪魔者を排除したら言い値をそのままポンと支払ってくださる約束なんて……そう簡単にできる契約ではありませんよ、グラトニー様」
 子供の肉体を借りたグラトニーは、死体の山にて足を組み変える。それと同時に、未だ病床で意識回復まで時間のかかる、他の六人の子供たちを見やる。
「――まあ、計画はハナから順調です。最近どうも勤務態度に難のあったあの二人にも合法的に『クビ』にさせてもらいましたし……一石二鳥という奴ですよ」
 旅館の人間から差し出されたのは、今まで提供されなかった如何にも高級そうなワイン。グラス一杯まで注ぎ、それを一息で飲み干す。子供の肉体ながら、アルコールによるふらつき等は一切ない。
「――やはり、チーティングドライバーは素晴らしい。こういったアルコールの分解速度など、あらゆる能力が異次元なほどに高められるので……貧弱な子供の肉体でも余裕でスピリタスのラッパ飲みすらできますよ」
 不思議と巨大に感じる満月。それが子供の肉体を借りたグラトニーを照らす。その表情は、とても恍惚に歪んでいたのだった。



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 その後、エヴァと礼安はサインや握手などを複数人から求められ、もみくちゃになりながらもショッピングモールを後にした。緊急サイン・握手会を行っていた影響で、気づけばもう夕方六時にまでなっていたのだ。
 あまりにサービス熱心な礼安たちの影響で、そのアイスショップや服飾屋の売り上げが鰻上りだったらしく、店主や店員に偉く感謝されたのだった。連絡先すら渡されるほど感謝されたのは初めてのことであった。
 すっかり夜の帳が降り始める中、二人は帰りの電車に揺られる。
 そんな中、礼安は口を開いた。その内容は、旅館を出る前に胸中にあったもやもやそのもの、つまるところチーティングドライバーが煽り立てる『復讐心』についてだった。
「――エヴァちゃん、『復讐』って何も生まないはずなのに……何で人は『復讐』したがるんだろう」
 その実に無邪気な問いに、エヴァは黙ってしまった。
 その理由は、答えられるほどに人生経験がないから、と言うのもあるが、礼安に語ってそれが十割伝わるとは思えなかったためである。通常の人間よりもより異常|《イレギュラー》な考えを持つ礼安に、通常育っていく中ほぼすべての人間が持ち合わせる『普通』のひとつである誰かを恨み憎む心が、理解できるとは思えなかったのだ。
「……なぜ、急にそんな問いを?」
「いやね、あの救護班の人が……チーティングドライバーを持つ人は『復讐心』に支配されている、って言うんだ。もし理解できるなら……私はその人たちもしっかり救いたい。ただ倒して終わり、なんて乱暴なことしたくないんだ」
 あの時も。礼安がフォルニカを下した際、必殺技で攻撃したのは彼の核たる『罪の意識』。当人の怪我より、自分が負った怪我の方が圧倒的に多かった中、結果的に礼安はフォルニカを倒したのだ。
 その以前に、フォルニカがもつ悪意の裏に隠された真意を暴くために、礼安の第六感を使用したが、それ以外に礼安はこれと言ったアクションを行っていない。
「――私が思うに、誰かよりも上の立場になりたい、そう言った欲こそ、誰かを憎む、誰かを妬むどろどろとした負の感情が生まれる要因だと思います。人間、礼安さんのように出来た人ばかりではないので……結果的に『復讐』を縁|《よすが》とするんだと思いますよ」
 そのエヴァの答えに何か異を唱えるでもなく、電車の窓から見える夜景をぼう、と眺める礼安。
 この問いに、正解は無い。復讐がなにも生まないという綺麗ごと自体それは正解だろうし、その後の達成感を求めるが故に復讐する、それもまた正解である。
 結局のところ、人間が生存し続ける限り、復讐はどこにでも存在する、ありふれた人間の感情のひとつであるし、永遠に拭い去ることのできない、人体に一定数常に存在し続けるがん細胞そのものなのである。
「――一番近しい正の感情は……恐らく『憧れ』。それからより深い依存度まで行くと『憧憬』。これ以上話すと私でもよく分からなくなる、深く難しい話にはなりますが……表裏一体なんです、正の感情と負の感情というものは。どちらにでもなる可能性はいくらでもある、実に難儀な物なんです」
「『憧れ』、かぁ――」
「なにかになりたい、なにかを成したい。それは礼安さんの中にも確かに渦巻いている、どんな人にでもある健全な感情です。礼安さんは英雄になりたい、私はそんな礼安さんたちのような英雄を支えたい、結局はそんなものなんです」
 感情が向く方向がプラスかマイナスか。礼安はプラス方面へ振りきれた、ある種いかれている存在。透は礼安に諭されるまで、マイナス方面へ傾きつつあった。そしてフォルニカはマイナスに振りきれた、その確たる例。凄絶ないじめによって精神がすり減った結果、大量殺人、その後『教会』に仇名す存在の掃除人|《スイーパー》と言う罪を犯した。
「――なんか、少しだけ分かった気がするよ、エヴァちゃん」
「……それなら、何よりです礼安さん」
 その二人の哲学に似た問答は、目的地に到着したことで終了する。難しいことは深く理解することすらできないものの、ほんの少しだけ断片に触れられたような気がする礼安であった。
 その晩。旅館では子供たちの復調祝いとして、飛び切り豪勢な食事が振舞われた。旅館の女将や料理長も、英雄側に全面協力しているため、こういった採算度外視の料理を振舞ったり部屋を提供したりすることに一切の異論がないのだ。
 礼安は「ようやくお肉が食べられるー!!」とあからさまに喜びを露わにしていた。アイスショップではそんな反応なかった、と改めて『お肉』の偉大さを認識するエヴァ。そしてそんな二人をたしなめる院の、黄金比率を満たすいつものやり取りが繰り広げられていた。
 今まで治療に専念して最低限の食事で済ませていた救護班の面子も、今晩ばかりは、と旅館側の厚意を受け入れざるを得なかった。透が何とか連れ帰ったこと含め、自分たちによる手柄を喜ばない、と言う選択肢はなかったのだ。
 しかし、礼安だけは「肉だ」と喜んでいたのにも拘らず、その食事自体に何かしらの違和感を覚えていた。
(何だろう、お肉大量で嬉しいはずなのに……お料理に変な『靄』を感じるというか……気のせいかな??)
 礼安の第六感が働く理由が分からないまま、三人は明日に帰郷する準備を整え、その日は早めに就寝した。
 いや、就寝せざるを得なかった、と言った方が正しかった。不可解なほど、睡魔が襲い掛かる。その異常性に院が気付いたものの、時すでに遅く。救護班含め、礼安たちは早々に眠りについたのだった。
 しばらく時間が経過し、数時間経過。未だ朝日が顔を出さない午前三時ごろ。院は重い体を何とか起こす。食事の不可解な点に眠ってしまう寸前に気付いたために、この状況を重く捉えていた。礼安、エヴァを揺り起こし、何とかデバイスを手に持ちながら戸を開ける。
 深夜帯、と言うこともあり、廊下は不気味なほどに暗く静寂に包まれている。しかし、その静寂を打ち壊すかのように、なにかを切り裂く音が断続的に遠くから聞こえている。
 体の各機能が全く持って働かない中、礼安は理解してしまった。それと同時に駆り立てられるように即席救護室の方へ向かっていく。
 それと同時に、院とエヴァも、礼安の血の気のひいた表情が見えてしまったがためにともに走るしかなかった。脳内に過ぎる、まさかの可能性をすぐに払しょくしたいがために。
 しかし、現実は非常である。思ったようにいかないことの方が圧倒的に多い。平穏というものは、案外すぐに壊れてしまうものである。
 礼安たちの目の前に立つ存在が、寝ぼけていた礼安たちを覚醒させる。
 まだ六歳ほどの透の家族の一人が、救護班の死体の中心にたたずんでいたのだ。部屋中に多量の血が付着し、もはや二度と人に貸すことのできないほどに血肉の臭いが染みついてしまいそうであった。それほどまでに、紅の世界であった。
 そうして、明らかに巻き込まれた結果そこにいた、のではなく、当人がそうしたとしか思えない。本人の返り血や、歪んだ笑みが全てを物語っていたのだ。
「何、で――??」
 チーティングドライバーを装着した子供は、礼安たちの目の前でけたけたと笑う。声は、どこかで聞き覚えのある人を嘲笑するような低い声であった。
「えー、お久しぶりでございます英雄方と武器の匠。埼玉でのつかの間の平穏、お楽しみいただけたでしょうか。そろそろ……絶望の時間と相成りました」
 その子供の肉体をしたグラトニーは、チーティングドライバーを再起動。
「準備、なさった方がよろしいのでは? 次は……我が身かもしれませんよ??」
『Crunch The Story――――Game Start』
 子供を包み込む禍々しい魔力。瞬時に霧散し、そこに現れたのはあの校庭で見たグラトニーの怪人体。礼安たちは理解が追い付かなかったのだ。
 それでも、体は動いていた。
 瞬時に礼安はドライバーを装着し、『アーサー王』のライセンスを認証、装填する。
「変身!!」
 無から装甲が生まれ、礼安を一瞬で包み込む。それと同時にエクスカリバーを顕現、怪人体に斬りかかる。
 しかし、怪人体の寸前で攻撃は固い何かにぶつかったように止まってしまう。そこには確かに存在しないはずの『何か』が、礼安の攻撃を許さない状態にあった。
「何で……何で!?」
「これくらいで理解できなくなったのなら……それは幸せ者ですねえ」
 声のみのグラトニーは礼安をそう嘲ると、辺りから何かが動く音が聞こえた。その音の方向は、間違いなく旅館内部の方であった。そう勘付いた瞬間、院たちは血の気が引いていた。
 あれだけ、笑顔で応対してくれていた旅館の人間が礼安たちに包丁などの凶器を手に逃げ場を無くしていた。目は血走り、息遣いは酷く荒い。正気など一切感じさせない、まさに意志無きゾンビのよう。
 何とか脳をフル回転させ、院は一つの結論に辿り着く。
「礼安!! 逃げますわよ!!」
 絶望の淵に立たされた礼安は院の声で何とか正気を保ち、エヴァと院の先導で自室で荷物を抱え、旅館天井を派手に破壊。礼安はエヴァを抱え瞬時にその場を去るのだった。
 礼安たちは理解などできないまま、出来る限り距離を離すこと以外にできることは無かった。
 変身を解除する子供、それと同時にライセンスが灰となり消える。
「――やはり、使い捨てのものだと耐久性に難がありますね。何でもインスタントなものに頼るとこうなる、悪い見本としていい例でしょう」
 女将を始めとした旅館の人間ら全員は分かりやすくゴマをすり、あまたの死体の上に座る子供に薄気味悪い笑みを向けていた。
「いやはや……邪魔者を排除したら言い値をそのままポンと支払ってくださる約束なんて……そう簡単にできる契約ではありませんよ、グラトニー様」
 子供の肉体を借りたグラトニーは、死体の山にて足を組み変える。それと同時に、未だ病床で意識回復まで時間のかかる、他の六人の子供たちを見やる。
「――まあ、計画はハナから順調です。最近どうも勤務態度に難のあったあの二人にも合法的に『クビ』にさせてもらいましたし……一石二鳥という奴ですよ」
 旅館の人間から差し出されたのは、今まで提供されなかった如何にも高級そうなワイン。グラス一杯まで注ぎ、それを一息で飲み干す。子供の肉体ながら、アルコールによるふらつき等は一切ない。
「――やはり、チーティングドライバーは素晴らしい。こういったアルコールの分解速度など、あらゆる能力が異次元なほどに高められるので……貧弱な子供の肉体でも余裕でスピリタスのラッパ飲みすらできますよ」
 不思議と巨大に感じる満月。それが子供の肉体を借りたグラトニーを照らす。その表情は、とても恍惚に歪んでいたのだった。