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4 桟原香織①

ー/ー



 最近、ふとした瞬間に昔した会話を思い出すことが増えた気がする。
「ねえ……私たちっていつまでこうしていられると思う?」
 あの事故から一週間くらい前、そんなことを訊いてみた。相手は彰だ。今日は村で夏祭りが催されるということもあってか、村全体が珍しく落ち着きのないように感じる。集まって遊びに行こうと約束していたが、集合時間までまだ時間があるため他のみんなはまだ秘密基地に来ていない。
「さあ?誰かが来るまでじゃない?」
「そういうことじゃなくて……」
「急にどうかした?物思いにふけるなんてらしくないよ」
 少し離れた場所でラケットを使ってシャトルを高く打ち上げていた彰は、それを止めると木の下で座っている私の方に近づきながら言った。
「そうかな。むしろ私らしいと思うけど……でも、そう見えてるとしたらもうすぐ小学生も終わるからじゃない?」
「なるほど。それのせいってことね」
 質問をした理由としては半分正解で半分間違い。だけど、あえて説明するのも面倒だったから首を縦に振った。
「半年もあるんだから心配することないのに」
「小学校はね。それに、みんな同じ中学に行くんだからあんまり心配はしてない」
「じゃあなにを心配してるの?」
「……自分でもよく分からない。ただ、この関係がずっと続いてほしいって、そう思ってるだけ」
「それは僕も思うよ」
「本当に?」
「嘘言ってどうするのさ」
「その割には距離とってるじゃん」
「好きだからこそだよ」
 彰はそう言うと笑って続けた。
「香織だってそう思ってるからそう思ったんだろ?」
「まあね」
 少しの間、蝉の合唱だけが響く空間が私たちを包み込んだ。隣で木にもたれかかっていた彰が座り込む。その際に生じた風は熱を伴っていたはずなのに、木陰で涼んでいた私には心地よく感じた。
 どうしてこんなことを思い出したのだろう。たしか、あの後すぐに恵太が来て、そこで話は終わってしまったんだった。あれ以来二人きりで話し合いをしたというのはなかった。もっと色々話したいこととかあったのだが、過ぎてしまったことは仕方ない。
 最近では恵太ともあまり話すことがなくなった。正確には、話しかけても突き放されてしまうから話せないという方が正しいかもしれない。それでも、あんな姿を見せられては心配するなという方が難しい。だが、あんなことがあった後ともなればどう接したらいいか分からない。康介や結衣・綾奈らとよく集まって相談しているが、結局どうすることもできずに時間が過ぎていくだけでもどかしさが募るばかりだった。
 もうすぐ中学校での生活が始まる。一人欠けた中学生活。もう誰も欠けないでほしい。


 中一の夏、もうすぐあれから一年が経つ。隣町での学校生活にも慣れてきたところで、新しい友人もそれなりに出来たと思う。肝心の私たちはというと、相変わらず学校内では一緒にいることは少ない。決して話しかけにくいとかそういうわけではない。話すときは仲良く話すし、本当ならずっと一緒にいたいくらいだ。実際、中学が始まって最初の頃はクラスが違う中、休み時間によく集まったりした。ただ、新しい環境に馴染むにはそれぞれ時間が必要で、馴染んだころには会いに行く余裕がなくなっていたというだけの話だ。
 強いて言えば恵太だけには声をかけていた。彼だけは同じクラスだったということもあるが、それよりも人と関わろうとしていないことが心配だった。自分を罰するかのようにそうやって過ごしている姿は、事情を知るだけに痛々しく思えた。余計なお世話だと言われればそうかもしれない。実際に新しくできた友達にもそう言われた。それでも、私は関わりを切るつもりはなかった。向き合うことが必要だと思ったから。
 そういうわけで、学校内では関わることが減ってきていた私たちだったがまったく関わることがなくなったかと言えばそうでもなかった。帰り道は毎日校門で待ち合わせて一緒に帰っていた。誰かが言い出したからとかそういうわけでもない。自然と集まってあたりまえのように帰る。みんなも同じような気持ちなんだと感じて嬉しかった。
「ねえ、康介くん」
 校門で綾奈や結衣を待っているときのことだ。ふと康介に訊いてみたくなった。
 康介はここ数年で随分と大人になった気がする。昔の暴れん坊具合を知っていれば誰しもがそう思うだろう。それを一番知っているのは恵太ではないだろうか。
「なんだ?」
 二人で並んで校門脇の壁に寄り掛かっている。たくさんの生徒が好き勝手喋りながら校門を通り過ぎていくのを眺めていた。
「あの子知ってる?」
 校舎から出てきた三人組の女の子たちに向かって目立たないように指をさした。
「どれ?」
「ほら!あのポニーテールの」
「ああ……久留宮か」
 康介が知っているのも当然だ。久留宮と呼ばれた女の子は私たちと同じ倉石小学校の卒業生で同級生だったのだから。
「それがどうした」
 康介が訊いた。
「私、久留宮さんと同じクラスなんだけど、やっぱり同じ小学校だったってこともあって結構話したりするんだよね。元々小学生の時からたまに話したりとかもしてたんだけどさ」
「はあ……」
 一体何が言いたいのか分からないといった様子だ。そんな康介を無視して話を続けた。
「久留宮さんって将棋が好きなの知ってた?」
「渋いな」
「そうだよね。盤上に駒を指した時の音が好きだったんだって」
「へえ……」
「この間、家を掃除してたら将棋盤を見つけたんだ。脚付きのやつ。多分おじいちゃんが趣味で買ったやつなんだけど。それで、去年に久留宮さんが綺麗な着物着てタイトル戦みたいにいつか対局してみたいって話してたのを思い出して。訊いてみたんだよね。うちに着物もあるしどう?って」
「是非とも観戦してみたい気もするが、お前の家に行くとなると少し面倒だ。物だけ持って行って久留宮の家とかで出来ないのか?」
「それいいね!それでいろんな人とか呼んでみたらもっと楽しそう!」
「そうだろう?だが、それだと若干狭い気もするよな……俺の家だったらちょうど良い場所があるんだけ」
「それだと私が気まずいよ」
「要検討ってことだな」
 向こうから久留宮さんたちがやってきて、私たちの横をスッと通り過ぎていく。きっと中学で新しく出来た友人たちとこれからこの町で遊んだりするのだろう。周りの世界など全く見えていないかのように自分たちの世界に夢中といった感じだ。
「でもその必要はないかも」
「なんで?もうどこかでやってきたのか?」
「違うよ。もう興味ないんだってさ」
「それは……残念だな」
「まあね。でも、それとは違うショックの方が大きかったかも」
「興味がないって言われたことにか?」
「……そう。あんなに楽しそうに毎日してたのに。それでもやめちゃうんだもんね」
「毎日!?」
「ほんと人に興味ないんだね。なんで同じ教室にいて気付かないかなあ」
 呆れて思わずため息が出る。だというのに、そんなことと気にも留める様子もなく康介は言った。
「じゃあその相手の奴はどうしたんだ?同じ中学だろう?」
「郡宮さん……は流石に分かるよね?康介くんのクラスにいるから」
「ああ。たしか将棋部に入ってたな」
「そっか……」
 言葉にしにくい寂しさに混じった灰色の感情が心臓をキュッと握っているように苦しかった。そんな私の気持ちを察してか、はたまた自分にも思うところがあったのか、康介が口を開いたのは十数秒経ってからだった。
「まあ……仕方ないことだ。時間が経てば人は変わる」
「絶対に?」
「絶対だ。変わってしまうということだけは変えられない。俺もいつかは変わっていくし、香織だって変わる。結衣や綾奈、恵太もな」
「そうだよね……」
「でも、変わらない部分だってあるはずだ。そういう部分を大事にしたいって俺は思うよ」
 顔を上げて康介の方を見ると目が合って、彼はその瞬間に口角を上げた。去年の今頃は同じくらいの背だったのに、いつの間にか少し見上げないと目が合わない。それでもまだ子供っぽさが残るその雰囲気になんだか安心する。
 ふと康介につられて自分が笑っていることに気付いた。なんだか照れくさくて顔を背ける。「どうかしたか?」などとわざとらしく訊いてくるのがムカついて、康介の脇腹を肘で突いた。グッと小さく呻いて康介が身をよじっていると、向こうから結衣と綾奈がそろってやってくるのが見える。
 あと数か月もしたら康介と話すことがほとんどなくなるなんて、このときは夢にも思わなかった。


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「ねえ……私たちっていつまでこうしていられると思う?」
 あの事故から一週間くらい前、そんなことを訊いてみた。相手は彰だ。今日は村で夏祭りが催されるということもあってか、村全体が珍しく落ち着きのないように感じる。集まって遊びに行こうと約束していたが、集合時間までまだ時間があるため他のみんなはまだ秘密基地に来ていない。
「さあ?誰かが来るまでじゃない?」
「そういうことじゃなくて……」
「急にどうかした?物思いにふけるなんてらしくないよ」
 少し離れた場所でラケットを使ってシャトルを高く打ち上げていた彰は、それを止めると木の下で座っている私の方に近づきながら言った。
「そうかな。むしろ私らしいと思うけど……でも、そう見えてるとしたらもうすぐ小学生も終わるからじゃない?」
「なるほど。それのせいってことね」
 質問をした理由としては半分正解で半分間違い。だけど、あえて説明するのも面倒だったから首を縦に振った。
「半年もあるんだから心配することないのに」
「小学校はね。それに、みんな同じ中学に行くんだからあんまり心配はしてない」
「じゃあなにを心配してるの?」
「……自分でもよく分からない。ただ、この関係がずっと続いてほしいって、そう思ってるだけ」
「それは僕も思うよ」
「本当に?」
「嘘言ってどうするのさ」
「その割には距離とってるじゃん」
「好きだからこそだよ」
 彰はそう言うと笑って続けた。
「香織だってそう思ってるからそう思ったんだろ?」
「まあね」
 少しの間、蝉の合唱だけが響く空間が私たちを包み込んだ。隣で木にもたれかかっていた彰が座り込む。その際に生じた風は熱を伴っていたはずなのに、木陰で涼んでいた私には心地よく感じた。
 どうしてこんなことを思い出したのだろう。たしか、あの後すぐに恵太が来て、そこで話は終わってしまったんだった。あれ以来二人きりで話し合いをしたというのはなかった。もっと色々話したいこととかあったのだが、過ぎてしまったことは仕方ない。
 最近では恵太ともあまり話すことがなくなった。正確には、話しかけても突き放されてしまうから話せないという方が正しいかもしれない。それでも、あんな姿を見せられては心配するなという方が難しい。だが、あんなことがあった後ともなればどう接したらいいか分からない。康介や結衣・綾奈らとよく集まって相談しているが、結局どうすることもできずに時間が過ぎていくだけでもどかしさが募るばかりだった。
 もうすぐ中学校での生活が始まる。一人欠けた中学生活。もう誰も欠けないでほしい。
 中一の夏、もうすぐあれから一年が経つ。隣町での学校生活にも慣れてきたところで、新しい友人もそれなりに出来たと思う。肝心の私たちはというと、相変わらず学校内では一緒にいることは少ない。決して話しかけにくいとかそういうわけではない。話すときは仲良く話すし、本当ならずっと一緒にいたいくらいだ。実際、中学が始まって最初の頃はクラスが違う中、休み時間によく集まったりした。ただ、新しい環境に馴染むにはそれぞれ時間が必要で、馴染んだころには会いに行く余裕がなくなっていたというだけの話だ。
 強いて言えば恵太だけには声をかけていた。彼だけは同じクラスだったということもあるが、それよりも人と関わろうとしていないことが心配だった。自分を罰するかのようにそうやって過ごしている姿は、事情を知るだけに痛々しく思えた。余計なお世話だと言われればそうかもしれない。実際に新しくできた友達にもそう言われた。それでも、私は関わりを切るつもりはなかった。向き合うことが必要だと思ったから。
 そういうわけで、学校内では関わることが減ってきていた私たちだったがまったく関わることがなくなったかと言えばそうでもなかった。帰り道は毎日校門で待ち合わせて一緒に帰っていた。誰かが言い出したからとかそういうわけでもない。自然と集まってあたりまえのように帰る。みんなも同じような気持ちなんだと感じて嬉しかった。
「ねえ、康介くん」
 校門で綾奈や結衣を待っているときのことだ。ふと康介に訊いてみたくなった。
 康介はここ数年で随分と大人になった気がする。昔の暴れん坊具合を知っていれば誰しもがそう思うだろう。それを一番知っているのは恵太ではないだろうか。
「なんだ?」
 二人で並んで校門脇の壁に寄り掛かっている。たくさんの生徒が好き勝手喋りながら校門を通り過ぎていくのを眺めていた。
「あの子知ってる?」
 校舎から出てきた三人組の女の子たちに向かって目立たないように指をさした。
「どれ?」
「ほら!あのポニーテールの」
「ああ……久留宮か」
 康介が知っているのも当然だ。久留宮と呼ばれた女の子は私たちと同じ倉石小学校の卒業生で同級生だったのだから。
「それがどうした」
 康介が訊いた。
「私、久留宮さんと同じクラスなんだけど、やっぱり同じ小学校だったってこともあって結構話したりするんだよね。元々小学生の時からたまに話したりとかもしてたんだけどさ」
「はあ……」
 一体何が言いたいのか分からないといった様子だ。そんな康介を無視して話を続けた。
「久留宮さんって将棋が好きなの知ってた?」
「渋いな」
「そうだよね。盤上に駒を指した時の音が好きだったんだって」
「へえ……」
「この間、家を掃除してたら将棋盤を見つけたんだ。脚付きのやつ。多分おじいちゃんが趣味で買ったやつなんだけど。それで、去年に久留宮さんが綺麗な着物着てタイトル戦みたいにいつか対局してみたいって話してたのを思い出して。訊いてみたんだよね。うちに着物もあるしどう?って」
「是非とも観戦してみたい気もするが、お前の家に行くとなると少し面倒だ。物だけ持って行って久留宮の家とかで出来ないのか?」
「それいいね!それでいろんな人とか呼んでみたらもっと楽しそう!」
「そうだろう?だが、それだと若干狭い気もするよな……俺の家だったらちょうど良い場所があるんだけ」
「それだと私が気まずいよ」
「要検討ってことだな」
 向こうから久留宮さんたちがやってきて、私たちの横をスッと通り過ぎていく。きっと中学で新しく出来た友人たちとこれからこの町で遊んだりするのだろう。周りの世界など全く見えていないかのように自分たちの世界に夢中といった感じだ。
「でもその必要はないかも」
「なんで?もうどこかでやってきたのか?」
「違うよ。もう興味ないんだってさ」
「それは……残念だな」
「まあね。でも、それとは違うショックの方が大きかったかも」
「興味がないって言われたことにか?」
「……そう。あんなに楽しそうに毎日してたのに。それでもやめちゃうんだもんね」
「毎日!?」
「ほんと人に興味ないんだね。なんで同じ教室にいて気付かないかなあ」
 呆れて思わずため息が出る。だというのに、そんなことと気にも留める様子もなく康介は言った。
「じゃあその相手の奴はどうしたんだ?同じ中学だろう?」
「郡宮さん……は流石に分かるよね?康介くんのクラスにいるから」
「ああ。たしか将棋部に入ってたな」
「そっか……」
 言葉にしにくい寂しさに混じった灰色の感情が心臓をキュッと握っているように苦しかった。そんな私の気持ちを察してか、はたまた自分にも思うところがあったのか、康介が口を開いたのは十数秒経ってからだった。
「まあ……仕方ないことだ。時間が経てば人は変わる」
「絶対に?」
「絶対だ。変わってしまうということだけは変えられない。俺もいつかは変わっていくし、香織だって変わる。結衣や綾奈、恵太もな」
「そうだよね……」
「でも、変わらない部分だってあるはずだ。そういう部分を大事にしたいって俺は思うよ」
 顔を上げて康介の方を見ると目が合って、彼はその瞬間に口角を上げた。去年の今頃は同じくらいの背だったのに、いつの間にか少し見上げないと目が合わない。それでもまだ子供っぽさが残るその雰囲気になんだか安心する。
 ふと康介につられて自分が笑っていることに気付いた。なんだか照れくさくて顔を背ける。「どうかしたか?」などとわざとらしく訊いてくるのがムカついて、康介の脇腹を肘で突いた。グッと小さく呻いて康介が身をよじっていると、向こうから結衣と綾奈がそろってやってくるのが見える。
 あと数か月もしたら康介と話すことがほとんどなくなるなんて、このときは夢にも思わなかった。