Sacrifice
ー/ー-それはまるで、壊死を食い止めるための切断の如く-
やがて、ゆっくりとシュナイゼル……いや、シュナイゼルと名乗っていた男は、まるで諦めたかのように、ゆっくりと立ち上がり、その素顔をリリアの前にさらした。
はっきりとそれを見たリリアが、自分が見たものが偽りや幻ではなく、事実であったことに、茫然と言葉を失う。
「……久しぶり……と言うべき、なのかな。……リリア」
それは、リリアがもっとも敬愛する――――それこそこの戦いですら彼のためと言っても過言ではない――――はずの。
「……マス……ター……」
彼女のマスター……ニコラ・ディッキンソンだった。
「なぜ……なぜなのですか!? なぜマスターがここに……いえ、それより、そのような姿で、ソドムに……っ」
はっきりとそれを見たリリアが、自分が見たものが偽りや幻ではなく、事実であったことに、茫然と言葉を失う。
「……久しぶり……と言うべき、なのかな。……リリア」
それは、リリアがもっとも敬愛する――――それこそこの戦いですら彼のためと言っても過言ではない――――はずの。
「……マス……ター……」
彼女のマスター……ニコラ・ディッキンソンだった。
「なぜ……なぜなのですか!? なぜマスターがここに……いえ、それより、そのような姿で、ソドムに……っ」
押さえきれぬ慟哭のまま、リリアは叫ぶ。それを悲しげに見ていたシュナイゼル――――いや、マスター・ニコラは、ふと、困ったように笑った。そしてそれは、リリアが彼と初めて会ったあの日――――彼をマスターとしていいかと問うた彼女に見せた、あの笑みと何一つ変わってはいなかった。
「……そうだね。こうなった以上は……君には、すべてを話さなければならないだろうな」
ニコラは静かに、しかしどこかその心根を示すかのように重い動きで、ゆっくりとうつむいた。
「おそらく君の、私に関するメモリーは、私がオートマトンと人間が共存する道を模索するため、旅だった時のものだろう。その時から長い間ずっと……私は、二つの種族がともに生きる道を探し続けた」
その声は、先ほどまで――――リリアと武器を交えていた、横柄で不遜であるはずの男のそれとは、まるで違っているように思えた。
「……そうだね。こうなった以上は……君には、すべてを話さなければならないだろうな」
ニコラは静かに、しかしどこかその心根を示すかのように重い動きで、ゆっくりとうつむいた。
「おそらく君の、私に関するメモリーは、私がオートマトンと人間が共存する道を模索するため、旅だった時のものだろう。その時から長い間ずっと……私は、二つの種族がともに生きる道を探し続けた」
その声は、先ほどまで――――リリアと武器を交えていた、横柄で不遜であるはずの男のそれとは、まるで違っているように思えた。
「だが――――どこへ行こうと、どんなに発展した街を見つけようと、人と機械の関係は変わらなかった。人がオートマトンを支配しているか、あるいは人格システムを搭載したオートマトンが人を支配しているかの二通りしかなかった。私は……それを見るたびに、絶望に心を打たれた」
とうとうと話す彼の声は、どこか虚無の色を以って、その絶望を伝えていた。
「なぜなら――――人とオートマトンが争う原因を作ったのは……この私、だからだ」
「……え……?」
ニコラが話す言葉に、リリアは当惑することしかできない。シュナイゼルの正体が彼であったことすら受け入れがたい事実なのに、彼の言う言葉はさらに彼女の心に深く杭を打ち込むように亀裂を刻んでいく。
「私が生まれたころ――――かつては、疑似人格システムを搭載したオートマトンは、存在しなかった。そのシステムは当時まだロストテクノジーであり、オートマトンは言葉通り、人間の命令を聞くだけの自動人形に過ぎなかった」
とうとうと話す彼の声は、どこか虚無の色を以って、その絶望を伝えていた。
「なぜなら――――人とオートマトンが争う原因を作ったのは……この私、だからだ」
「……え……?」
ニコラが話す言葉に、リリアは当惑することしかできない。シュナイゼルの正体が彼であったことすら受け入れがたい事実なのに、彼の言う言葉はさらに彼女の心に深く杭を打ち込むように亀裂を刻んでいく。
「私が生まれたころ――――かつては、疑似人格システムを搭載したオートマトンは、存在しなかった。そのシステムは当時まだロストテクノジーであり、オートマトンは言葉通り、人間の命令を聞くだけの自動人形に過ぎなかった」
深いため息とともに、ニコラは続ける。
「中には、まだ戦時中のプログラムを残しているものもいた。それらはそのシステムの指示に従い、破壊行為を行うものもあった。それゆえに、人々はオートマトンを恐れた」
「…………」
「だが私は、それを愁いていた。殺しあうだけでは、大戦と変わりない。歩み寄らねば、平和はないと。だから……そのために、私はロストテクノロジーである、疑似人格システムを、過去の技術より再構築した」
リリアの瞳が、またも困惑に染まる。
「マスターが……疑似人格システムを……?」
「中には、まだ戦時中のプログラムを残しているものもいた。それらはそのシステムの指示に従い、破壊行為を行うものもあった。それゆえに、人々はオートマトンを恐れた」
「…………」
「だが私は、それを愁いていた。殺しあうだけでは、大戦と変わりない。歩み寄らねば、平和はないと。だから……そのために、私はロストテクノロジーである、疑似人格システムを、過去の技術より再構築した」
リリアの瞳が、またも困惑に染まる。
「マスターが……疑似人格システムを……?」
「……意思があるもの……人格があるものとであれば、人もわかりあえると思ったのだ。だがそれは……違った」
その悔恨を示すかのように、その視線が床に落ち、その声がより深く淀みと重みを形成していく。
「人は……オートマトンが人格を持つことで、今までの報復を行うことを恐れた。人間にとって、戦闘プログラムを持つオートマトンは、排斥対象だったのだ。ゆえに、今まで行ってきた行為に対する報復を恐れ……攻撃した」
「……それが、この戦いの始まりだった、と……?」
今まで知らなかった事実の応酬に、リリアはただ、聞き返すことしかできない。
「そうだ。当時ソドムの研究所所長であった私は、それを悔いて、ソドムを去った。そしてその悲しみを紛らわすために、廃棄されたオートマトンたちの修理を始めた」
うつむいたまま顔を上げることのないニコラの姿は、まるで引き立てられてきた罪人の如く。
その悔恨を示すかのように、その視線が床に落ち、その声がより深く淀みと重みを形成していく。
「人は……オートマトンが人格を持つことで、今までの報復を行うことを恐れた。人間にとって、戦闘プログラムを持つオートマトンは、排斥対象だったのだ。ゆえに、今まで行ってきた行為に対する報復を恐れ……攻撃した」
「……それが、この戦いの始まりだった、と……?」
今まで知らなかった事実の応酬に、リリアはただ、聞き返すことしかできない。
「そうだ。当時ソドムの研究所所長であった私は、それを悔いて、ソドムを去った。そしてその悲しみを紛らわすために、廃棄されたオートマトンたちの修理を始めた」
うつむいたまま顔を上げることのないニコラの姿は、まるで引き立てられてきた罪人の如く。
「はじめは……家族のようなものがほしかっただけだった。だが、私が愚かだった。それを、人間たちが見逃すはずがなかった。オートマトンを用いて国家転覆を狙っていると疑いをかけられ、私たちの、まだ小さな村のようなものだったスクラップドギアに、彼らは宣戦布告した。私たちは、自衛のために、さらにオートマトンを回収し、規模を拡大せざるを得なかった」
「そして、その戦いを終わらせようと、その手だてを求めて、あなたは……」
リリアのかすかに震える声に、ニコラはゆっくりとうなずく。
「だが、結果は先ほど言った通り。どこもかしこも争いだけのこの世界で、種族の違うもの同士が平和に暮らす手段は見つからなかった。私は失意の中、一度、スクラップドギアに戻ることにした。そんな時……」
不意に、ニコラがその顔を両手で覆う。まるでその嘆きを、自ら体現しようとするかのように。
「そして、その戦いを終わらせようと、その手だてを求めて、あなたは……」
リリアのかすかに震える声に、ニコラはゆっくりとうなずく。
「だが、結果は先ほど言った通り。どこもかしこも争いだけのこの世界で、種族の違うもの同士が平和に暮らす手段は見つからなかった。私は失意の中、一度、スクラップドギアに戻ることにした。そんな時……」
不意に、ニコラがその顔を両手で覆う。まるでその嘆きを、自ら体現しようとするかのように。
「偶然、ソドムが軍事作戦を展開していた現場に、私は遭遇した。ことは済んだ後のようで、周囲は凄惨な有様だった。私は、誘い込まれるように、その焼野原を歩いた。そして、ソドム側陣営で見つけたのだ……本物の、シュナイゼルの、遺体を」
「シュナイゼルの……!? ならば、本物の彼はもう、死んでいると……?」
「その通りだ。そして……私は、決断してしまった。もはや人間とオートマトンが分かりあう手段は……これしかない、と」
ゆっくりと……マスター・ニコラは、かろうじて残っていたその頭に巻かれた包帯を、解いた。
そこにあったのは、不可思議な形をした機械だった。まるで割られた仮面のように彼の顔の半分を隠し、瞳のそれは人外であることの証明のように赤く輝いている。幾何学的な文様の描かれたそれは、まるで古代の民族のマスクのようだった。
「……………ッ!」
「シュナイゼルの……!? ならば、本物の彼はもう、死んでいると……?」
「その通りだ。そして……私は、決断してしまった。もはや人間とオートマトンが分かりあう手段は……これしかない、と」
ゆっくりと……マスター・ニコラは、かろうじて残っていたその頭に巻かれた包帯を、解いた。
そこにあったのは、不可思議な形をした機械だった。まるで割られた仮面のように彼の顔の半分を隠し、瞳のそれは人外であることの証明のように赤く輝いている。幾何学的な文様の描かれたそれは、まるで古代の民族のマスクのようだった。
「……………ッ!」
その異様な風体に、リリアが思わず後ずさる。だがそれは、ニコラを恐れてのことではなかった。真に恐ろしかったのは……恐らく彼が出したであろう――――そして選んでしまったであろう、手段。
「私は……シュナイゼルに似せた疑似人格システムを開発し、自らに装着した。ソドム内部に入り込み、内側から、この戦いを終わらせるために」
語りつかれたかのように、ニコラは大きく息を吐く。
「顔を隠しただけでは、すぐに偽物と看破されてしまう。そこで私は火傷と偽って全身に包帯を巻き、システムを装着して、ソドムに潜入した。彼の人格システムを作ることができたのは、彼が学生時代から研究所に至るまで……級友だったからだ。いつも彼は、自分が私に次ぐ次点であることにコンプレックスを抱いていた」
「ではなぜ、クーデターなど……っ! マスターは、そんな手で我を通そうとするような人ではないはずです!」
「私は……シュナイゼルに似せた疑似人格システムを開発し、自らに装着した。ソドム内部に入り込み、内側から、この戦いを終わらせるために」
語りつかれたかのように、ニコラは大きく息を吐く。
「顔を隠しただけでは、すぐに偽物と看破されてしまう。そこで私は火傷と偽って全身に包帯を巻き、システムを装着して、ソドムに潜入した。彼の人格システムを作ることができたのは、彼が学生時代から研究所に至るまで……級友だったからだ。いつも彼は、自分が私に次ぐ次点であることにコンプレックスを抱いていた」
「ではなぜ、クーデターなど……っ! マスターは、そんな手で我を通そうとするような人ではないはずです!」
もしも彼女が人間だったら――――おそらく、その頬には涙が浮かんでいたのだろう。だが、鋼鉄の彼女の身体は、涙で悲しみを表すことすら許さなかった。
「……一つは、ゴルダによる独裁体制を終わらせるには、それしかなかった。そして……もう一つ。それは……」
もしも彼が機械であったなら、その先をよどみなく言えたのかもしれない。しかし人の身である彼の心は、悲しみを押し殺すことができなかった。
「……物語が、必要だった」
しばらくの沈黙の後、ニコラが呟くように言う。
「……人間と、オートマトンが共に戦い、巨悪に勝利するという、物語が。大きな敵とともに戦ったという事実があれば、両者の関係は修復とまではいかなくとも、改善されることは確かだ。だから、私は……」
「……一つは、ゴルダによる独裁体制を終わらせるには、それしかなかった。そして……もう一つ。それは……」
もしも彼が機械であったなら、その先をよどみなく言えたのかもしれない。しかし人の身である彼の心は、悲しみを押し殺すことができなかった。
「……物語が、必要だった」
しばらくの沈黙の後、ニコラが呟くように言う。
「……人間と、オートマトンが共に戦い、巨悪に勝利するという、物語が。大きな敵とともに戦ったという事実があれば、両者の関係は修復とまではいかなくとも、改善されることは確かだ。だから、私は……」
ニコラは、もう堪えきれぬように、言う。
「『シュナイゼル』という名の男が、己の野心を満たすために人間、オートマトン、双方を脅かすが、結託した両者に倒される……という物語を描き、演じたのだ。いや……その物語は、今もまだ、紡がれている最中だ……っ!」
リリアが、その言葉に戦慄する。
「まさか――――」
「さあ……リリア! 私を……殺してくれ! それで、たとえ小さな一歩でも――――人と機械は、歩み寄ることができるのだ!」
その頃、セトミとシルバは研究所エリアを駆けていた。シラミネから聞き出したことが事実であれどうあれ、こうなった以上は急ぐよりほかはない。
「それにしても、どうなってるわけ? 敵の一人も見かけないじゃない。やっぱ、まだなんか裏があるのかもね」
周囲を視線だけを動かして探りながら走るセトミの言葉に、シルバが複雑な表情になる。その裏に、シラミネが関わっていなければ、と願っているのだろうか。
「……かもしれん。だが、今我々にできるのは、地下へ急行することだけだ」
「そうね。人間、できることとできないことがあるからね」
現実的な言葉に似つかわしくない、どこか過去を振り返るような声色で、セトミはうつむく。だが、すぐにその顔を上げ、己の進む先を鋭くにらんだ。
その先にあるのは、リリアが乗っていったエレベーターだ。二人はそのままエレベーターの操作パネルまでたどり着くと、周囲を警戒しながら中へと乗り込む。
「『シュナイゼル』という名の男が、己の野心を満たすために人間、オートマトン、双方を脅かすが、結託した両者に倒される……という物語を描き、演じたのだ。いや……その物語は、今もまだ、紡がれている最中だ……っ!」
リリアが、その言葉に戦慄する。
「まさか――――」
「さあ……リリア! 私を……殺してくれ! それで、たとえ小さな一歩でも――――人と機械は、歩み寄ることができるのだ!」
その頃、セトミとシルバは研究所エリアを駆けていた。シラミネから聞き出したことが事実であれどうあれ、こうなった以上は急ぐよりほかはない。
「それにしても、どうなってるわけ? 敵の一人も見かけないじゃない。やっぱ、まだなんか裏があるのかもね」
周囲を視線だけを動かして探りながら走るセトミの言葉に、シルバが複雑な表情になる。その裏に、シラミネが関わっていなければ、と願っているのだろうか。
「……かもしれん。だが、今我々にできるのは、地下へ急行することだけだ」
「そうね。人間、できることとできないことがあるからね」
現実的な言葉に似つかわしくない、どこか過去を振り返るような声色で、セトミはうつむく。だが、すぐにその顔を上げ、己の進む先を鋭くにらんだ。
その先にあるのは、リリアが乗っていったエレベーターだ。二人はそのままエレベーターの操作パネルまでたどり着くと、周囲を警戒しながら中へと乗り込む。
じれったくなるような速さでドアが閉まると、やはりゆっくりとエレベーターは地下へと下っていく。決戦を前にざわつく心を静めようとするかのように、セトミはAOWを肩に担ぎ、シルバは壁に背を預ける。
「おい、こちらドッグ。セトミ、聞こえるか?」
不意に、ショウの通信がデヴァイスに届いた。セトミは左腕のデヴァイスを顔に近づけ、モニターをのぞき込む。
「はいはい、今度は一体なに? 火星人でも攻めてきたって、もう驚かないわ」
事態が急変することばかりなのを皮肉るセトミに、ショウの表情が苦々しく変わる。
「火星人は攻めちゃ来てないが、ゴーストなら現れたかもな。先に地下の様子をレーダーで探ってたんだが……ちょっとばかり、様子が変だぜ」
「おい、こちらドッグ。セトミ、聞こえるか?」
不意に、ショウの通信がデヴァイスに届いた。セトミは左腕のデヴァイスを顔に近づけ、モニターをのぞき込む。
「はいはい、今度は一体なに? 火星人でも攻めてきたって、もう驚かないわ」
事態が急変することばかりなのを皮肉るセトミに、ショウの表情が苦々しく変わる。
「火星人は攻めちゃ来てないが、ゴーストなら現れたかもな。先に地下の様子をレーダーで探ってたんだが……ちょっとばかり、様子が変だぜ」
紫煙を吐き出しながら、ショウが端末を操作する。その視線は鋭く、あまり良い連絡ではないことは容易に見て取れた。
「ゴースト? どういうことよ?」
それに比例して真剣な顔になるセトミの言葉に、ショウがどこか言いよどむような口調で答えた。
「詳しい状況はわからねえんだが……さっきレーダーを確認したときに比べて、そこにいるものの反応が増えてやがる。一つはリリアの嬢ちゃん、一つはシュナイゼル、えらく巨大なオートマトンの反応はアンビションとかいうやつだろう。それに……もう二つ」
「二つ……?」
胡乱げに聞き返すセトミの表情が、先ほどよりも険しくなる。場合によっては、リリアが多数の敵に囲まれている状態でないとも限らない。だとすれば、彼女に危険が迫っていることもあり得る。
「ゴースト? どういうことよ?」
それに比例して真剣な顔になるセトミの言葉に、ショウがどこか言いよどむような口調で答えた。
「詳しい状況はわからねえんだが……さっきレーダーを確認したときに比べて、そこにいるものの反応が増えてやがる。一つはリリアの嬢ちゃん、一つはシュナイゼル、えらく巨大なオートマトンの反応はアンビションとかいうやつだろう。それに……もう二つ」
「二つ……?」
胡乱げに聞き返すセトミの表情が、先ほどよりも険しくなる。場合によっては、リリアが多数の敵に囲まれている状態でないとも限らない。だとすれば、彼女に危険が迫っていることもあり得る。
「ああ。それらの反応は、一つはオートマトン。もう一つが、ヒューマンだ。その反応自体はおかしくはないんだが……一つおかしいのは、そのうちのヒューマンの反応が、シュナイゼルの反応とほぼ重なるような位置に、ずっとくっついてるんだ」
「……なるほど、それでゴーストってわけね」
言葉では合点がいったという意を示したが、確かにそれはセトミにも奇妙に思えた。まるでそれは……一つの身体に二つの人間が存在しているようだ、
「それで? もう一つの、オートマトンの反応っていうのは?」
「こいつもな、ちっと妙だ。他の反応から少しばかり離れたところで、じっとしたまま動かねえ。どうにも、他の連中の動きを見張ってるようにも見える。気を付けろ。胡散臭いこの件のことだ。なにかしら、野郎の罠があってもおかしくはねえ」
「……なるほど、それでゴーストってわけね」
言葉では合点がいったという意を示したが、確かにそれはセトミにも奇妙に思えた。まるでそれは……一つの身体に二つの人間が存在しているようだ、
「それで? もう一つの、オートマトンの反応っていうのは?」
「こいつもな、ちっと妙だ。他の反応から少しばかり離れたところで、じっとしたまま動かねえ。どうにも、他の連中の動きを見張ってるようにも見える。気を付けろ。胡散臭いこの件のことだ。なにかしら、野郎の罠があってもおかしくはねえ」
セトミの表情が、不意に険しくなる。もう一波乱ありそうな予感に、彼女は無意識のうちにAOWの感触を確かめていた。
やがてエレベーターは、最奥部と思われる階へとたどり着く。デヴァイスのレーダーを確認すると、リリアらがいるのはすぐ目の前だ。すでに戦闘が始まっている場合に備え、セトミはAOWを構える。
まるで舞台の幕が開くかのように、エレベーターの扉がゆっくりと開く。
果たして、そこに現れた光景は、奇妙なものだった。まず目を引いたのはその場所の奥に鎮座した、巨大なオートマトン。恐らく、それがアンビションだろう。
だが本当に奇妙だったのは、その手前に広がる光景。巨大なオートマトンの前に存在する、二つの人影だった。
――――リリアと、シュナイゼルと思われる、黒服の男。両者が、互いに見合ったまま、呆然と立ち尽くしている。
やがてエレベーターは、最奥部と思われる階へとたどり着く。デヴァイスのレーダーを確認すると、リリアらがいるのはすぐ目の前だ。すでに戦闘が始まっている場合に備え、セトミはAOWを構える。
まるで舞台の幕が開くかのように、エレベーターの扉がゆっくりと開く。
果たして、そこに現れた光景は、奇妙なものだった。まず目を引いたのはその場所の奥に鎮座した、巨大なオートマトン。恐らく、それがアンビションだろう。
だが本当に奇妙だったのは、その手前に広がる光景。巨大なオートマトンの前に存在する、二つの人影だった。
――――リリアと、シュナイゼルと思われる、黒服の男。両者が、互いに見合ったまま、呆然と立ち尽くしている。
「――――リリアッ!」
思わず、セトミは駆けだす。AOWを構え、リリアに呼びかけながら、トリガーに指を駆けたその時――――その光景以上に、信じがたいことが起きた。
「――――やめてッ!」
どこか諦めたようにこちらを見るだけだった男の前に、まるで庇うように両手を広げ、リリアが躍り出たの出たのだ。
「ちょっ、何してんの!? そいつがシュナイゼルなんでしょ!? そいつを止めなきゃ……!」
「違います!」
セトミの言葉を、絶叫のような叫びで、リリアが遮る。
思わず、セトミは駆けだす。AOWを構え、リリアに呼びかけながら、トリガーに指を駆けたその時――――その光景以上に、信じがたいことが起きた。
「――――やめてッ!」
どこか諦めたようにこちらを見るだけだった男の前に、まるで庇うように両手を広げ、リリアが躍り出たの出たのだ。
「ちょっ、何してんの!? そいつがシュナイゼルなんでしょ!? そいつを止めなきゃ……!」
「違います!」
セトミの言葉を、絶叫のような叫びで、リリアが遮る。
「この人は……この人は、シュナイゼルではありません! 私の……私のマスターです!」
「……え?」
その言葉に、思わずセトミの指がトリガーから離れた。
「な……なに言ってんのよ! その服……議会とやらの制服でしょ! それを着た人間がここにいるってことは、そいつが黒幕だってことでしょうが!」
そう怒鳴り返しながらも、セトミの指はトリガーに戻らず、その表情には迷いが浮かんでいる。
――――それは、その男が、あまりにも悲しげな顔をしていたから。
――――リリアの声が、あまりにも必死だったから。
「……リリア」
不意に、男がひどく静かに、言った。
「……え?」
その言葉に、思わずセトミの指がトリガーから離れた。
「な……なに言ってんのよ! その服……議会とやらの制服でしょ! それを着た人間がここにいるってことは、そいつが黒幕だってことでしょうが!」
そう怒鳴り返しながらも、セトミの指はトリガーに戻らず、その表情には迷いが浮かんでいる。
――――それは、その男が、あまりにも悲しげな顔をしていたから。
――――リリアの声が、あまりにも必死だったから。
「……リリア」
不意に、男がひどく静かに、言った。
「いいんだ。もう……終わりにしよう。そうすべき時が来たんだよ。そのために……私はここまで来たんだ。それでやっと……私は、罪を償い、君たちに報いることができる。私を……楽にさせてくれ」
「……………ッ! マスター、私は……私は……」
今まで見せたこともないような表情で歯を食いしばるリリアに、セトミは銃を向けることをためらう。
「……それに、もう、私は引き返せない。あと一度でも、発作が起これば……」
「……え?」
男……マスター・ニコラが何かを思い出したかのように顔を上げた、その時。
「……………ッ! マスター、私は……私は……」
今まで見せたこともないような表情で歯を食いしばるリリアに、セトミは銃を向けることをためらう。
「……それに、もう、私は引き返せない。あと一度でも、発作が起これば……」
「……え?」
男……マスター・ニコラが何かを思い出したかのように顔を上げた、その時。
「……ぐっ!」
どくん、と。
ひどく重く、それは悪夢の鼓動の如く、周囲に響き渡った。それと同時に、ニコラが額を押さえ、よろめきながらうずくまる。
「マスター!?」
「近づくなっ!」
思わず駆け寄ろうとしたリリアを、押しとどめるように片手を突き出し、ニコラが叫ぶ。
「……それより、言ったはずだ。早く私を、殺せと。急がなければ……すべて、手遅れに、なる……ッ」
「マスター、一体、何を言って……」
どくん、と。
ひどく重く、それは悪夢の鼓動の如く、周囲に響き渡った。それと同時に、ニコラが額を押さえ、よろめきながらうずくまる。
「マスター!?」
「近づくなっ!」
思わず駆け寄ろうとしたリリアを、押しとどめるように片手を突き出し、ニコラが叫ぶ。
「……それより、言ったはずだ。早く私を、殺せと。急がなければ……すべて、手遅れに、なる……ッ」
「マスター、一体、何を言って……」
その叫び声に反射的に歩を止めたリリアが、いっそう困惑した様子でニコラを見る。その額には脂汗が浮かび、突き出した手はぶるぶると震えている。一見して、その様が尋常でないのはわかる。
「人間に……人格プログラムを埋め込むのは……やはり、リスクがあった。それがまさか、こんな形で現れるとは……私も予想外だったが……。リリア、よく聞いてくれ。私の意識は……すでに、プログラムに飲まれかけている」
まるで最期の力を振り絞ろうとするかのような二コラの表情とその言葉に、その場の誰もが最悪の予感を抱かざるを得なかった。人格プログラムに飲み込まれる――――。それが意味するのは――――。
「シュナイゼルの人格プログラムが……私の身体を乗っ取ろうとしている。もうそれは……止めることは、できない」
「……そんな……そんな、マスター……」
「人間に……人格プログラムを埋め込むのは……やはり、リスクがあった。それがまさか、こんな形で現れるとは……私も予想外だったが……。リリア、よく聞いてくれ。私の意識は……すでに、プログラムに飲まれかけている」
まるで最期の力を振り絞ろうとするかのような二コラの表情とその言葉に、その場の誰もが最悪の予感を抱かざるを得なかった。人格プログラムに飲み込まれる――――。それが意味するのは――――。
「シュナイゼルの人格プログラムが……私の身体を乗っ取ろうとしている。もうそれは……止めることは、できない」
「……そんな……そんな、マスター……」
予想されれうるうちの中の最悪の答えに、リリアががくりと膝をつく。
「だから今のうちに……私を、殺すんだ。それで……すべてが終わる。終わらせてくれ、君の手で……!」
「そんな……できません! 私には……私には、マスターを殺すなんて……」
子供がいやいやをするように首を振るリリアを、しかしニコラはしかりつけるように叫ぶ。
「リリア・アイアンメイデンッ! これは……マスターとしての命令だッ! 早く私を……殺せッ!」
それは、最初で最後の、彼の行動だった。マスターとして、命令を出すこと。それは、人とオートマトンの上下関係を嫌う彼が、今まで一度としてしなかったことだった。
だが……それでも、リリアが立ち上がることは、できなかった。
迷いながらも、その様子に思わずセトミがAOWの狙いをニコラにつけた、その時。
「だから今のうちに……私を、殺すんだ。それで……すべてが終わる。終わらせてくれ、君の手で……!」
「そんな……できません! 私には……私には、マスターを殺すなんて……」
子供がいやいやをするように首を振るリリアを、しかしニコラはしかりつけるように叫ぶ。
「リリア・アイアンメイデンッ! これは……マスターとしての命令だッ! 早く私を……殺せッ!」
それは、最初で最後の、彼の行動だった。マスターとして、命令を出すこと。それは、人とオートマトンの上下関係を嫌う彼が、今まで一度としてしなかったことだった。
だが……それでも、リリアが立ち上がることは、できなかった。
迷いながらも、その様子に思わずセトミがAOWの狙いをニコラにつけた、その時。
「……もう、遅い」
それは、ニコラの悔恨の声であったか。あるいは――――シュナイゼルの、歓喜の声であったか。
不意に、セトミとシュナイゼルの射線上に立ちはだかるようにして、赤い影がその場に舞い降りた。その正体を見極め、セトミが苦々しく舌打ちする。
「――――あんた、ヘヴンリーッ!」
「……不思議なものだな。つい先日交戦したばかりだというのに、こんなにも久しく感じる。貴様らに味わわされた屈辱……これほど返すことを待ちわびたものもないのだからな」
それは、先日スクラップド・ギアに攻め込んできた、リリアの後継機――――ヘヴンリーだった。
それは、ニコラの悔恨の声であったか。あるいは――――シュナイゼルの、歓喜の声であったか。
不意に、セトミとシュナイゼルの射線上に立ちはだかるようにして、赤い影がその場に舞い降りた。その正体を見極め、セトミが苦々しく舌打ちする。
「――――あんた、ヘヴンリーッ!」
「……不思議なものだな。つい先日交戦したばかりだというのに、こんなにも久しく感じる。貴様らに味わわされた屈辱……これほど返すことを待ちわびたものもないのだからな」
それは、先日スクラップド・ギアに攻め込んできた、リリアの後継機――――ヘヴンリーだった。
ヘヴンリーは、デスサイズをリリアに突き付けるようにして構えると、背後のニコラを横目で一瞥する。
「さあ――――、時間だ。……マスター・シュナイゼル」
額を押さえ、うつむくニコラに、朗々と、刑を申しわたす裁判官のように、ヘヴンリーが語り掛ける。
その顔が再びリリアに向けられた時……そこにあった表情は、彼女が今まで見たこともないような、彼女のマスターだったものの、邪悪な顔だった。
「――――やれやれ、危ないところだった。もう少しでこの男と心中するところだったよ。しかしながら、あまりにもツメが甘かったな。どちらも情にほだされて、最重要たる目的を見失うとは、いやはや、喜劇にしても失笑ものだ」
芝居がかった口調と動作で、先ほどまでニコラだったものが身体をくねらせ、声を出さずに笑う。
「さあ――――、時間だ。……マスター・シュナイゼル」
額を押さえ、うつむくニコラに、朗々と、刑を申しわたす裁判官のように、ヘヴンリーが語り掛ける。
その顔が再びリリアに向けられた時……そこにあった表情は、彼女が今まで見たこともないような、彼女のマスターだったものの、邪悪な顔だった。
「――――やれやれ、危ないところだった。もう少しでこの男と心中するところだったよ。しかしながら、あまりにもツメが甘かったな。どちらも情にほだされて、最重要たる目的を見失うとは、いやはや、喜劇にしても失笑ものだ」
芝居がかった口調と動作で、先ほどまでニコラだったものが身体をくねらせ、声を出さずに笑う。
「――――チッ!」
ほとんど反射的にAOWを構えなおすセトミに、しかしシュナイゼルもヘヴンリーも動じる気配はない。
「やめておきたまえ。無駄だということは、よくわかっているはずだ」
シュナイゼルの手にあるバリア発生装置が、その存在を主張するかのように、その輝きを増す。瞬時に、シュナイゼルとヘヴンリーの姿を青い閃光が包み込む。
「――――くそっ!」
歯噛みするセトミをせせら笑うかのように見やると、シュナイゼルはゆっくりとアンビションへと歩み寄っていく。その足が向かう先には、操縦席らしい、人が一人はいれるほどのスペースがある。
ほとんど反射的にAOWを構えなおすセトミに、しかしシュナイゼルもヘヴンリーも動じる気配はない。
「やめておきたまえ。無駄だということは、よくわかっているはずだ」
シュナイゼルの手にあるバリア発生装置が、その存在を主張するかのように、その輝きを増す。瞬時に、シュナイゼルとヘヴンリーの姿を青い閃光が包み込む。
「――――くそっ!」
歯噛みするセトミをせせら笑うかのように見やると、シュナイゼルはゆっくりとアンビションへと歩み寄っていく。その足が向かう先には、操縦席らしい、人が一人はいれるほどのスペースがある。
何か止める手立ては――――とセトミは思考を巡らせるが、それが答えにたどり着くことはない。たとえここからAOWを撃っても、あの防御装置は突破できない。たとえ突破できたとしても、その手前にいるヘヴンリーがそれを見逃すとは思えない。
何も手だてが浮かばないまま、シュナイゼルがアンビションの元へとたどり着く。その側にある操作パネルを作動させると、その操縦席が怪物のいななきのごとく甲高い音とともに、開いた。
何の躊躇もなく、シュナイゼルはそこへ乗り込む。それぞれより数メートル高い場所から一同を見下ろし、彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「さあ――――、ついにこの時がやってきた。私はこれより、ヒューマンも、オートマトンも破壊しつくし、すべてが滅んだ荒野に君臨しよう。すべての者どもを地に這いつくばらせ、私に楯突いたことを後悔させてやろう。すべてを無に! すべてに、滅びを!」
「あんた――――、頭狂っちゃったわけ? あんたの目的は、支配することだったんじゃないの? 全部ぶっ壊して、ゴミ山の王様になるのがお望みだっての?」
何も手だてが浮かばないまま、シュナイゼルがアンビションの元へとたどり着く。その側にある操作パネルを作動させると、その操縦席が怪物のいななきのごとく甲高い音とともに、開いた。
何の躊躇もなく、シュナイゼルはそこへ乗り込む。それぞれより数メートル高い場所から一同を見下ろし、彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「さあ――――、ついにこの時がやってきた。私はこれより、ヒューマンも、オートマトンも破壊しつくし、すべてが滅んだ荒野に君臨しよう。すべての者どもを地に這いつくばらせ、私に楯突いたことを後悔させてやろう。すべてを無に! すべてに、滅びを!」
「あんた――――、頭狂っちゃったわけ? あんたの目的は、支配することだったんじゃないの? 全部ぶっ壊して、ゴミ山の王様になるのがお望みだっての?」
皮肉っぽく言い放ったセトミに、しかしシュナイゼルはその笑みを崩さない。
「――――そうだ」
「なっ……」
「もはや、支配などどうでもいい。私はただ、私がもっともすぐれた存在であることを証明できればそれでいいのだ。ずっと、このニコラの次点とされてきた私が、私こそが、真に優れた存在であることさえ証明できれば、それでいいのだ! ……クッ、ククククク……そのために、一番わかりやすい方法……それはなんだ?」
演説するかのように両腕を広げ、熱っぽく、シュナイゼルは語る。
「……答えは至極簡単。何もかも、滅ぼすことだ。たとえゴミ山の王とて、王であることには違いあるまい?」
「――――そうだ」
「なっ……」
「もはや、支配などどうでもいい。私はただ、私がもっともすぐれた存在であることを証明できればそれでいいのだ。ずっと、このニコラの次点とされてきた私が、私こそが、真に優れた存在であることさえ証明できれば、それでいいのだ! ……クッ、ククククク……そのために、一番わかりやすい方法……それはなんだ?」
演説するかのように両腕を広げ、熱っぽく、シュナイゼルは語る。
「……答えは至極簡単。何もかも、滅ぼすことだ。たとえゴミ山の王とて、王であることには違いあるまい?」
「……狂ってる」
吐き捨てるようなセトミのつぶやきに、シュナイゼルが突然激昂した。
「貴様ら愚民どもにはわかるまい! この私こそが、頂点に立つべきものだということが!」
目を血走らせ、ぶるぶると拳を握るその様は、先ほどまで自らを殺してくれと嘆願していた男のそれと同じ顔とは思えないほど、醜く歪んでいるように見えた。
「……フフフ、私としたことが無知蒙昧なものの言葉に激高するとは。……ヘヴンリー!」
「――――ああ、了解した」
不意に、シュナイゼルがヘヴンリーを呼びつける。彼女はアンビションの操作パネルらしきものの側まで歩み寄ると、そこに設置されたレバーを倒した。
同時に、周囲に警告と思われる赤いランプの光と、警告音が鳴り響く。
吐き捨てるようなセトミのつぶやきに、シュナイゼルが突然激昂した。
「貴様ら愚民どもにはわかるまい! この私こそが、頂点に立つべきものだということが!」
目を血走らせ、ぶるぶると拳を握るその様は、先ほどまで自らを殺してくれと嘆願していた男のそれと同じ顔とは思えないほど、醜く歪んでいるように見えた。
「……フフフ、私としたことが無知蒙昧なものの言葉に激高するとは。……ヘヴンリー!」
「――――ああ、了解した」
不意に、シュナイゼルがヘヴンリーを呼びつける。彼女はアンビションの操作パネルらしきものの側まで歩み寄ると、そこに設置されたレバーを倒した。
同時に、周囲に警告と思われる赤いランプの光と、警告音が鳴り響く。
『アンビション、射出準備完了。搭乗者は衝撃に備えてください。繰り返します。アンビション、射出準備完了……』
「――――っ! このっ!」
思わずセトミがAOWを発射するが、それは空しくアンビションのバリアに阻まれる。
「ククククク、無駄だ、無駄だ! さて、これから私はすべてを滅ぼしに行く。せめてもの情けとして、君たちは最後の最後に殺してやろう。それまでせいぜい、人生最後の時を楽しむがいい! ふはははははは!」
ヘヴンリーがその肩の部分に飛び乗るのと同時に、アンビションの上部を覆っていたドームのような外壁が開いていく。その向こうには、ソドムが戦火に燃えるのを映すかのように赤い空が広がっている。
「――――それでは、さよならだ、諸君」
「――――っ! このっ!」
思わずセトミがAOWを発射するが、それは空しくアンビションのバリアに阻まれる。
「ククククク、無駄だ、無駄だ! さて、これから私はすべてを滅ぼしに行く。せめてもの情けとして、君たちは最後の最後に殺してやろう。それまでせいぜい、人生最後の時を楽しむがいい! ふはははははは!」
ヘヴンリーがその肩の部分に飛び乗るのと同時に、アンビションの上部を覆っていたドームのような外壁が開いていく。その向こうには、ソドムが戦火に燃えるのを映すかのように赤い空が広がっている。
「――――それでは、さよならだ、諸君」
シュナイゼルのその言葉を残し、アンビションはその場から飛び去った。
「……くそっ!」
「セトミさん!」
急ぎエレベーターへ駆けだしたセトミの足を、リリアの声が止める。
「私は……私は、どうしたらいいのでしょう……」
その声だけで、セトミは理解した。彼女は、まだ迷っているのだ。自分を救ってくれた、マスターの身体を持つあの男を、殺すことを。それは当然ながら、マスターを殺すことに他ならないのだから。
しかし、その問いに答えるセトミの声は、聞きようによっては突き放すような冷たさをはらんでいた。
「……くそっ!」
「セトミさん!」
急ぎエレベーターへ駆けだしたセトミの足を、リリアの声が止める。
「私は……私は、どうしたらいいのでしょう……」
その声だけで、セトミは理解した。彼女は、まだ迷っているのだ。自分を救ってくれた、マスターの身体を持つあの男を、殺すことを。それは当然ながら、マスターを殺すことに他ならないのだから。
しかし、その問いに答えるセトミの声は、聞きようによっては突き放すような冷たさをはらんでいた。
「……知らない。私はあなたじゃないし、マスターとやらも、さっき少しだけ見ただけだから。どうするのかは、自分で決めなきゃいけないのよ」
その言葉に、リリアが息を飲むのが、背を向けたままでも感じられた。
「自分の生き方を自由に決められるっていうのは、いいことなのかもしれない。でも、生き方を決めるということは好きに生きていいってことじゃない。つらい決断をしなければいけない時もある。後悔すると分かっていて、やらなければいけないこともある」
その淡々とした声色が、普段のセトミの快活な話し方とのギャップを生み、それが、どこかその言葉を重くしていた。そしてその重さが、それが彼女の本当の心根なのだということを、幾百の言葉よりも雄弁に語っていた。
「セトミさん……」
セトミの背にかけられるリリアの声は、まるで迷い子のようだ。
その言葉に、リリアが息を飲むのが、背を向けたままでも感じられた。
「自分の生き方を自由に決められるっていうのは、いいことなのかもしれない。でも、生き方を決めるということは好きに生きていいってことじゃない。つらい決断をしなければいけない時もある。後悔すると分かっていて、やらなければいけないこともある」
その淡々とした声色が、普段のセトミの快活な話し方とのギャップを生み、それが、どこかその言葉を重くしていた。そしてその重さが、それが彼女の本当の心根なのだということを、幾百の言葉よりも雄弁に語っていた。
「セトミさん……」
セトミの背にかけられるリリアの声は、まるで迷い子のようだ。
「ならば……あなたは、なぜ戦うのです? 何のために、どういった意思を持って、死ぬかもしれない戦いに、身を投じるのですか? 正義のためですか? それとも、己の信条のためですか?」
その迷い子のような声の儚さに、セトミが鋭い視線のまま、半身で振り返る。
「……この世界は、間違いなくくそったれの世界よ。弱い奴から食われていき、その弱い奴を守ろうとした優しい人間が傷ついて、強者がそれをせせら笑う、最っ高にくそったれの世界」
その心の底で、自らの過去を噛みしめながら、セトミは淡々と言う。
「私、生憎とそれが大っ嫌いでね。だから、頭にくんのよ、全部ぶっ壊すのなんのってやり方。で、私、猫だからさ。正しいも間違いも関係ない。気に入った奴にはすり寄って、気に入らない奴はひっかいてやるの」
その言葉の意味するところを感じ取り、リリアの表情が暗く沈む。
その迷い子のような声の儚さに、セトミが鋭い視線のまま、半身で振り返る。
「……この世界は、間違いなくくそったれの世界よ。弱い奴から食われていき、その弱い奴を守ろうとした優しい人間が傷ついて、強者がそれをせせら笑う、最っ高にくそったれの世界」
その心の底で、自らの過去を噛みしめながら、セトミは淡々と言う。
「私、生憎とそれが大っ嫌いでね。だから、頭にくんのよ、全部ぶっ壊すのなんのってやり方。で、私、猫だからさ。正しいも間違いも関係ない。気に入った奴にはすり寄って、気に入らない奴はひっかいてやるの」
その言葉の意味するところを感じ取り、リリアの表情が暗く沈む。
「あんたに無理に付き合えとは言わないわ。あんたはあんたのやりたいようにやればいい。ただ、私が言えることがあるとすれば……」
そこで再び、セトミはリリアに背を向ける。その言葉の響きは、どこか突き放すように冷たく、しかし同時に、どこか慈しむように優しかった。
「……どんな選択をしたって、完全に後悔も、未練もない終わりなんて、ない。なにか意思を持って、武器をとって戦うという選択をした時点で、たとえ戦いが終わっても後悔を背負う覚悟を決めなきゃいけないのよ」
「……私は……」
その言葉に、リリアは返す言葉を失う。
「私は、あいつを止めに行くわ。あいつが全部ぶっ壊すつもりなら、ミナやドッグにそんなことをさせるわけにはいかない。それに、私も死にたくないしね。あんたは……自分がどうするのか、自分で考えて」
その言葉を最後に、話は終わりとばかりにセトミは走り出す。後にはただ、言葉を失ったまま、突然夜の海に放り出されたように、答えという陸を求めて揺蕩う、リリアだけが残された。
そこで再び、セトミはリリアに背を向ける。その言葉の響きは、どこか突き放すように冷たく、しかし同時に、どこか慈しむように優しかった。
「……どんな選択をしたって、完全に後悔も、未練もない終わりなんて、ない。なにか意思を持って、武器をとって戦うという選択をした時点で、たとえ戦いが終わっても後悔を背負う覚悟を決めなきゃいけないのよ」
「……私は……」
その言葉に、リリアは返す言葉を失う。
「私は、あいつを止めに行くわ。あいつが全部ぶっ壊すつもりなら、ミナやドッグにそんなことをさせるわけにはいかない。それに、私も死にたくないしね。あんたは……自分がどうするのか、自分で考えて」
その言葉を最後に、話は終わりとばかりにセトミは走り出す。後にはただ、言葉を失ったまま、突然夜の海に放り出されたように、答えという陸を求めて揺蕩う、リリアだけが残された。
作品を応援する
-それはまるで、壊死を食い止めるための切断の如く-
やがて、ゆっくりとシュナイゼル……いや、シュナイゼルと名乗っていた男は、まるで諦めたかのように、ゆっくりと立ち上がり、その素顔をリリアの前にさらした。
はっきりとそれを見たリリアが、自分が見たものが偽りや幻ではなく、事実であったことに、茫然と言葉を失う。
「……久しぶり……と言うべき、なのかな。……リリア」
それは、リリアがもっとも敬愛する――――それこそこの戦いですら彼のためと言っても過言ではない――――はずの。
「……マス……ター……」
彼女のマスター……ニコラ・ディッキンソンだった。
「なぜ……なぜなのですか!? なぜマスターがここに……いえ、それより、そのような姿で、ソドムに……っ」
押さえきれぬ慟哭のまま、リリアは叫ぶ。それを悲しげに見ていたシュナイゼル――――いや、マスター・ニコラは、ふと、困ったように笑った。そしてそれは、リリアが彼と初めて会ったあの日――――彼をマスターとしていいかと問うた彼女に見せた、あの笑みと何一つ変わってはいなかった。
「……そうだね。こうなった以上は……君には、すべてを話さなければならないだろうな」
ニコラは静かに、しかしどこかその心根を示すかのように重い動きで、ゆっくりとうつむいた。
「おそらく君の、私に関するメモリーは、私がオートマトンと人間が共存する道を模索するため、旅だった時のものだろう。その時から長い間ずっと……私は、二つの種族がともに生きる道を探し続けた」
その声は、先ほどまで――――リリアと武器を交えていた、横柄で不遜であるはずの男のそれとは、まるで違っているように思えた。
「だが――――どこへ行こうと、どんなに発展した街を見つけようと、人と機械の関係は変わらなかった。人がオートマトンを支配しているか、あるいは人格システムを搭載したオートマトンが人を支配しているかの二通りしかなかった。私は……それを見るたびに、絶望に心を打たれた」
とうとうと話す彼の声は、どこか虚無の色を以って、その絶望を伝えていた。
「なぜなら――――人とオートマトンが争う原因を作ったのは……この私、だからだ」
「……え……?」
ニコラが話す言葉に、リリアは当惑することしかできない。シュナイゼルの正体が彼であったことすら受け入れがたい事実なのに、彼の言う言葉はさらに彼女の心に深く杭を打ち込むように亀裂を刻んでいく。
「私が生まれたころ――――かつては、疑似人格システムを搭載したオートマトンは、存在しなかった。そのシステムは当時まだロストテクノジーであり、オートマトンは言葉通り、人間の命令を聞くだけの自動人形に過ぎなかった」
深いため息とともに、ニコラは続ける。
「中には、まだ戦時中のプログラムを残しているものもいた。それらはそのシステムの指示に従い、破壊行為を行うものもあった。それゆえに、人々はオートマトンを恐れた」
「…………」
「だが私は、それを愁いていた。殺しあうだけでは、大戦と変わりない。歩み寄らねば、平和はないと。だから……そのために、私はロストテクノロジーである、疑似人格システムを、過去の技術より再構築した」
リリアの瞳が、またも困惑に染まる。
「マスターが……疑似人格システムを……?」
「……意思があるもの……人格があるものとであれば、人もわかりあえると思ったのだ。だがそれは……違った」
その悔恨を示すかのように、その視線が床に落ち、その声がより深く淀みと重みを形成していく。
「人は……オートマトンが人格を持つことで、今までの報復を行うことを恐れた。人間にとって、戦闘プログラムを持つオートマトンは、排斥対象だったのだ。ゆえに、今まで行ってきた行為に対する報復を恐れ……攻撃した」
「……それが、この戦いの始まりだった、と……?」
今まで知らなかった事実の応酬に、リリアはただ、聞き返すことしかできない。
「そうだ。当時ソドムの研究所所長であった私は、それを悔いて、ソドムを去った。そしてその悲しみを紛らわすために、廃棄されたオートマトンたちの修理を始めた」
うつむいたまま顔を上げることのないニコラの姿は、まるで引き立てられてきた罪人の如く。
「はじめは……家族のようなものがほしかっただけだった。だが、私が愚かだった。それを、人間たちが見逃すはずがなかった。オートマトンを用いて国家転覆を狙っていると疑いをかけられ、私たちの、まだ小さな村のようなものだったスクラップドギアに、彼らは宣戦布告した。私たちは、自衛のために、さらにオートマトンを回収し、規模を拡大せざるを得なかった」
「そして、その戦いを終わらせようと、その手だてを求めて、あなたは……」
リリアのかすかに震える声に、ニコラはゆっくりとうなずく。
「だが、結果は先ほど言った通り。どこもかしこも争いだけのこの世界で、種族の違うもの同士が平和に暮らす手段は見つからなかった。私は失意の中、一度、スクラップドギアに戻ることにした。そんな時……」
不意に、ニコラがその顔を両手で覆う。まるでその嘆きを、自ら体現しようとするかのように。
「偶然、ソドムが軍事作戦を展開していた現場に、私は遭遇した。ことは済んだ後のようで、周囲は凄惨な有様だった。私は、誘い込まれるように、その焼野原を歩いた。そして、ソドム側陣営で見つけたのだ……本物の、シュナイゼルの、遺体を」
「シュナイゼルの……!? ならば、本物の彼はもう、死んでいると……?」
「その通りだ。そして……私は、決断してしまった。もはや人間とオートマトンが分かりあう手段は……これしかない、と」
ゆっくりと……マスター・ニコラは、かろうじて残っていたその頭に巻かれた包帯を、解いた。
そこにあったのは、不可思議な形をした機械だった。まるで割られた仮面のように彼の顔の半分を隠し、瞳のそれは人外であることの証明のように赤く輝いている。幾何学的な文様の描かれたそれは、まるで古代の民族のマスクのようだった。
「……………ッ!」
その異様な風体に、リリアが思わず後ずさる。だがそれは、ニコラを恐れてのことではなかった。真に恐ろしかったのは……恐らく彼が出したであろう――――そして選んでしまったであろう、手段。
「私は……シュナイゼルに似せた疑似人格システムを開発し、自らに装着した。ソドム内部に入り込み、内側から、この戦いを終わらせるために」
語りつかれたかのように、ニコラは大きく息を吐く。
「顔を隠しただけでは、すぐに偽物と看破されてしまう。そこで私は火傷と偽って全身に包帯を巻き、システムを装着して、ソドムに潜入した。彼の人格システムを作ることができたのは、彼が学生時代から研究所に至るまで……級友だったからだ。いつも彼は、自分が私に次ぐ次点であることにコンプレックスを抱いていた」
「ではなぜ、クーデターなど……っ! マスターは、そんな手で我を通そうとするような人ではないはずです!」
もしも彼女が人間だったら――――おそらく、その頬には涙が浮かんでいたのだろう。だが、鋼鉄の彼女の身体は、涙で悲しみを表すことすら許さなかった。
「……一つは、ゴルダによる独裁体制を終わらせるには、それしかなかった。そして……もう一つ。それは……」
もしも彼が機械であったなら、その先をよどみなく言えたのかもしれない。しかし人の身である彼の心は、悲しみを押し殺すことができなかった。
「……物語が、必要だった」
しばらくの沈黙の後、ニコラが呟くように言う。
「……人間と、オートマトンが共に戦い、巨悪に勝利するという、物語が。大きな敵とともに戦ったという事実があれば、両者の関係は修復とまではいかなくとも、改善されることは確かだ。だから、私は……」
ニコラは、もう堪えきれぬように、言う。
「『シュナイゼル』という名の男が、己の野心を満たすために人間、オートマトン、双方を脅かすが、結託した両者に倒される……という物語を描き、演じたのだ。いや……その物語は、今もまだ、紡がれている最中だ……っ!」
リリアが、その言葉に戦慄する。
「まさか――――」
「さあ……リリア! 私を……殺してくれ! それで、たとえ小さな一歩でも――――人と機械は、歩み寄ることができるのだ!」
その頃、セトミとシルバは研究所エリアを駆けていた。シラミネから聞き出したことが事実であれどうあれ、こうなった以上は急ぐよりほかはない。
「それにしても、どうなってるわけ? 敵の一人も見かけないじゃない。やっぱ、まだなんか裏があるのかもね」
周囲を視線だけを動かして探りながら走るセトミの言葉に、シルバが複雑な表情になる。その裏に、シラミネが関わっていなければ、と願っているのだろうか。
「……かもしれん。だが、今我々にできるのは、地下へ急行することだけだ」
「そうね。人間、できることとできないことがあるからね」
現実的な言葉に似つかわしくない、どこか過去を振り返るような声色で、セトミはうつむく。だが、すぐにその顔を上げ、己の進む先を鋭くにらんだ。
その先にあるのは、リリアが乗っていったエレベーターだ。二人はそのままエレベーターの操作パネルまでたどり着くと、周囲を警戒しながら中へと乗り込む。
じれったくなるような速さでドアが閉まると、やはりゆっくりとエレベーターは地下へと下っていく。決戦を前にざわつく心を静めようとするかのように、セトミはAOWを肩に担ぎ、シルバは壁に背を預ける。
「おい、こちらドッグ。セトミ、聞こえるか?」
不意に、ショウの通信がデヴァイスに届いた。セトミは左腕のデヴァイスを顔に近づけ、モニターをのぞき込む。
「はいはい、今度は一体なに? 火星人でも攻めてきたって、もう驚かないわ」
事態が急変することばかりなのを皮肉るセトミに、ショウの表情が苦々しく変わる。
「火星人は攻めちゃ来てないが、ゴーストなら現れたかもな。先に地下の様子をレーダーで探ってたんだが……ちょっとばかり、様子が変だぜ」
紫煙を吐き出しながら、ショウが端末を操作する。その視線は鋭く、あまり良い連絡ではないことは容易に見て取れた。
「ゴースト? どういうことよ?」
それに比例して真剣な顔になるセトミの言葉に、ショウがどこか言いよどむような口調で答えた。
「詳しい状況はわからねえんだが……さっきレーダーを確認したときに比べて、そこにいるものの反応が増えてやがる。一つはリリアの嬢ちゃん、一つはシュナイゼル、えらく巨大なオートマトンの反応はアンビションとかいうやつだろう。それに……もう二つ」
「二つ……?」
胡乱げに聞き返すセトミの表情が、先ほどよりも険しくなる。場合によっては、リリアが多数の敵に囲まれている状態でないとも限らない。だとすれば、彼女に危険が迫っていることもあり得る。
「ああ。それらの反応は、一つはオートマトン。もう一つが、ヒューマンだ。その反応自体はおかしくはないんだが……一つおかしいのは、そのうちのヒューマンの反応が、シュナイゼルの反応とほぼ重なるような位置に、ずっとくっついてるんだ」
「……なるほど、それでゴーストってわけね」
言葉では合点がいったという意を示したが、確かにそれはセトミにも奇妙に思えた。まるでそれは……一つの身体に二つの人間が存在しているようだ、
「それで? もう一つの、オートマトンの反応っていうのは?」
「こいつもな、ちっと妙だ。他の反応から少しばかり離れたところで、じっとしたまま動かねえ。どうにも、他の連中の動きを見張ってるようにも見える。気を付けろ。胡散臭いこの件のことだ。なにかしら、野郎の罠があってもおかしくはねえ」
セトミの表情が、不意に険しくなる。もう一波乱ありそうな予感に、彼女は無意識のうちにAOWの感触を確かめていた。
やがてエレベーターは、最奥部と思われる階へとたどり着く。デヴァイスのレーダーを確認すると、リリアらがいるのはすぐ目の前だ。すでに戦闘が始まっている場合に備え、セトミはAOWを構える。
まるで舞台の幕が開くかのように、エレベーターの扉がゆっくりと開く。
果たして、そこに現れた光景は、奇妙なものだった。まず目を引いたのはその場所の奥に鎮座した、巨大なオートマトン。恐らく、それがアンビションだろう。
だが本当に奇妙だったのは、その手前に広がる光景。巨大なオートマトンの前に存在する、二つの人影だった。
――――リリアと、シュナイゼルと思われる、黒服の男。両者が、互いに見合ったまま、呆然と立ち尽くしている。
「――――リリアッ!」
思わず、セトミは駆けだす。AOWを構え、リリアに呼びかけながら、トリガーに指を駆けたその時――――その光景以上に、信じがたいことが起きた。
「――――やめてッ!」
どこか諦めたようにこちらを見るだけだった男の前に、まるで庇うように両手を広げ、リリアが躍り出たの出たのだ。
「ちょっ、何してんの!? そいつがシュナイゼルなんでしょ!? そいつを止めなきゃ……!」
「違います!」
セトミの言葉を、絶叫のような叫びで、リリアが遮る。
「この人は……この人は、シュナイゼルではありません! 私の……私のマスターです!」
「……え?」
その言葉に、思わずセトミの指がトリガーから離れた。
「な……なに言ってんのよ! その服……議会とやらの制服でしょ! それを着た人間がここにいるってことは、そいつが黒幕だってことでしょうが!」
そう怒鳴り返しながらも、セトミの指はトリガーに戻らず、その表情には迷いが浮かんでいる。
――――それは、その男が、あまりにも悲しげな顔をしていたから。
――――リリアの声が、あまりにも必死だったから。
「……リリア」
不意に、男がひどく静かに、言った。
「いいんだ。もう……終わりにしよう。そうすべき時が来たんだよ。そのために……私はここまで来たんだ。それでやっと……私は、罪を償い、君たちに報いることができる。私を……楽にさせてくれ」
「……………ッ! マスター、私は……私は……」
今まで見せたこともないような表情で歯を食いしばるリリアに、セトミは銃を向けることをためらう。
「……それに、もう、私は引き返せない。あと一度でも、発作が起これば……」
「……え?」
男……マスター・ニコラが何かを思い出したかのように顔を上げた、その時。
「……ぐっ!」
どくん、と。
ひどく重く、それは悪夢の鼓動の如く、周囲に響き渡った。それと同時に、ニコラが額を押さえ、よろめきながらうずくまる。
「マスター!?」
「近づくなっ!」
思わず駆け寄ろうとしたリリアを、押しとどめるように片手を突き出し、ニコラが叫ぶ。
「……それより、言ったはずだ。早く私を、殺せと。急がなければ……すべて、手遅れに、なる……ッ」
「マスター、一体、何を言って……」
その叫び声に反射的に歩を止めたリリアが、いっそう困惑した様子でニコラを見る。その額には脂汗が浮かび、突き出した手はぶるぶると震えている。一見して、その様が尋常でないのはわかる。
「人間に……人格プログラムを埋め込むのは……やはり、リスクがあった。それがまさか、こんな形で現れるとは……私も予想外だったが……。リリア、よく聞いてくれ。私の意識は……すでに、プログラムに飲まれかけている」
まるで最期の力を振り絞ろうとするかのような二コラの表情とその言葉に、その場の誰もが最悪の予感を抱かざるを得なかった。人格プログラムに飲み込まれる――――。それが意味するのは――――。
「シュナイゼルの人格プログラムが……私の身体を乗っ取ろうとしている。もうそれは……止めることは、できない」
「……そんな……そんな、マスター……」
予想されれうるうちの中の最悪の答えに、リリアががくりと膝をつく。
「だから今のうちに……私を、殺すんだ。それで……すべてが終わる。終わらせてくれ、君の手で……!」
「そんな……できません! 私には……私には、マスターを殺すなんて……」
子供がいやいやをするように首を振るリリアを、しかしニコラはしかりつけるように叫ぶ。
「リリア・アイアンメイデンッ! これは……マスターとしての命令だッ! 早く私を……殺せッ!」
それは、最初で最後の、彼の行動だった。マスターとして、命令を出すこと。それは、人とオートマトンの上下関係を嫌う彼が、今まで一度としてしなかったことだった。
だが……それでも、リリアが立ち上がることは、できなかった。
迷いながらも、その様子に思わずセトミがAOWの狙いをニコラにつけた、その時。
「……もう、遅い」
それは、ニコラの悔恨の声であったか。あるいは――――シュナイゼルの、歓喜の声であったか。
不意に、セトミとシュナイゼルの射線上に立ちはだかるようにして、赤い影がその場に舞い降りた。その正体を見極め、セトミが苦々しく舌打ちする。
「――――あんた、ヘヴンリーッ!」
「……不思議なものだな。つい先日交戦したばかりだというのに、こんなにも久しく感じる。貴様らに味わわされた屈辱……これほど返すことを待ちわびたものもないのだからな」
それは、先日スクラップド・ギアに攻め込んできた、リリアの後継機――――ヘヴンリーだった。
ヘヴンリーは、デスサイズをリリアに突き付けるようにして構えると、背後のニコラを横目で一瞥する。
「さあ――――、時間だ。……マスター・シュナイゼル」
額を押さえ、うつむくニコラに、朗々と、刑を申しわたす裁判官のように、ヘヴンリーが語り掛ける。
その顔が再びリリアに向けられた時……そこにあった表情は、彼女が今まで見たこともないような、彼女のマスターだったものの、邪悪な顔だった。
「――――やれやれ、危ないところだった。もう少しでこの男と心中するところだったよ。しかしながら、あまりにもツメが甘かったな。どちらも情にほだされて、最重要たる目的を見失うとは、いやはや、喜劇にしても失笑ものだ」
芝居がかった口調と動作で、先ほどまでニコラだったものが身体をくねらせ、声を出さずに笑う。
「――――チッ!」
ほとんど反射的にAOWを構えなおすセトミに、しかしシュナイゼルもヘヴンリーも動じる気配はない。
「やめておきたまえ。無駄だということは、よくわかっているはずだ」
シュナイゼルの手にあるバリア発生装置が、その存在を主張するかのように、その輝きを増す。瞬時に、シュナイゼルとヘヴンリーの姿を青い閃光が包み込む。
「――――くそっ!」
歯噛みするセトミをせせら笑うかのように見やると、シュナイゼルはゆっくりとアンビションへと歩み寄っていく。その足が向かう先には、操縦席らしい、人が一人はいれるほどのスペースがある。
何か止める手立ては――――とセトミは思考を巡らせるが、それが答えにたどり着くことはない。たとえここからAOWを撃っても、あの防御装置は突破できない。たとえ突破できたとしても、その手前にいるヘヴンリーがそれを見逃すとは思えない。
何も手だてが浮かばないまま、シュナイゼルがアンビションの元へとたどり着く。その側にある操作パネルを作動させると、その操縦席が怪物のいななきのごとく甲高い音とともに、開いた。
何の躊躇もなく、シュナイゼルはそこへ乗り込む。それぞれより数メートル高い場所から一同を見下ろし、彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「さあ――――、ついにこの時がやってきた。私はこれより、ヒューマンも、オートマトンも破壊しつくし、すべてが滅んだ荒野に君臨しよう。すべての者どもを地に這いつくばらせ、私に楯突いたことを後悔させてやろう。すべてを無に! すべてに、滅びを!」
「あんた――――、頭狂っちゃったわけ? あんたの目的は、支配することだったんじゃないの? 全部ぶっ壊して、ゴミ山の王様になるのがお望みだっての?」
皮肉っぽく言い放ったセトミに、しかしシュナイゼルはその笑みを崩さない。
「――――そうだ」
「なっ……」
「もはや、支配などどうでもいい。私はただ、私がもっともすぐれた存在であることを証明できればそれでいいのだ。ずっと、このニコラの次点とされてきた私が、私こそが、真に優れた存在であることさえ証明できれば、それでいいのだ! ……クッ、ククククク……そのために、一番わかりやすい方法……それはなんだ?」
演説するかのように両腕を広げ、熱っぽく、シュナイゼルは語る。
「……答えは至極簡単。何もかも、滅ぼすことだ。たとえゴミ山の王とて、王であることには違いあるまい?」
「……狂ってる」
吐き捨てるようなセトミのつぶやきに、シュナイゼルが突然激昂した。
「貴様ら愚民どもにはわかるまい! この私こそが、頂点に立つべきものだということが!」
目を血走らせ、ぶるぶると拳を握るその様は、先ほどまで自らを殺してくれと嘆願していた男のそれと同じ顔とは思えないほど、醜く歪んでいるように見えた。
「……フフフ、私としたことが無知蒙昧なものの言葉に激高するとは。……ヘヴンリー!」
「――――ああ、了解した」
不意に、シュナイゼルがヘヴンリーを呼びつける。彼女はアンビションの操作パネルらしきものの側まで歩み寄ると、そこに設置されたレバーを倒した。
同時に、周囲に警告と思われる赤いランプの光と、警告音が鳴り響く。
『アンビション、射出準備完了。搭乗者は衝撃に備えてください。繰り返します。アンビション、射出準備完了……』
「――――っ! このっ!」
思わずセトミがAOWを発射するが、それは空しくアンビションのバリアに阻まれる。
「ククククク、無駄だ、無駄だ! さて、これから私はすべてを滅ぼしに行く。せめてもの情けとして、君たちは最後の最後に殺してやろう。それまでせいぜい、人生最後の時を楽しむがいい! ふはははははは!」
ヘヴンリーがその肩の部分に飛び乗るのと同時に、アンビションの上部を覆っていたドームのような外壁が開いていく。その向こうには、ソドムが戦火に燃えるのを映すかのように赤い空が広がっている。
「――――それでは、さよならだ、諸君」
シュナイゼルのその言葉を残し、アンビションはその場から飛び去った。
「……くそっ!」
「セトミさん!」
急ぎエレベーターへ駆けだしたセトミの足を、リリアの声が止める。
「私は……私は、どうしたらいいのでしょう……」
その声だけで、セトミは理解した。彼女は、まだ迷っているのだ。自分を救ってくれた、マスターの身体を持つあの男を、殺すことを。それは当然ながら、マスターを殺すことに他ならないのだから。
しかし、その問いに答えるセトミの声は、聞きようによっては突き放すような冷たさをはらんでいた。
「……知らない。私はあなたじゃないし、マスターとやらも、さっき少しだけ見ただけだから。どうするのかは、自分で決めなきゃいけないのよ」
その言葉に、リリアが息を飲むのが、背を向けたままでも感じられた。
「自分の生き方を自由に決められるっていうのは、いいことなのかもしれない。でも、生き方を決めるということは好きに生きていいってことじゃない。つらい決断をしなければいけない時もある。後悔すると分かっていて、やらなければいけないこともある」
その淡々とした声色が、普段のセトミの快活な話し方とのギャップを生み、それが、どこかその言葉を重くしていた。そしてその重さが、それが彼女の本当の心根なのだということを、幾百の言葉よりも雄弁に語っていた。
「セトミさん……」
セトミの背にかけられるリリアの声は、まるで迷い子のようだ。
「ならば……あなたは、なぜ戦うのです? 何のために、どういった意思を持って、死ぬかもしれない戦いに、身を投じるのですか? 正義のためですか? それとも、己の信条のためですか?」
その迷い子のような声の儚さに、セトミが鋭い視線のまま、半身で振り返る。
「……この世界は、間違いなくくそったれの世界よ。弱い奴から食われていき、その弱い奴を守ろうとした優しい人間が傷ついて、強者がそれをせせら笑う、最っ高にくそったれの世界」
その心の底で、自らの過去を噛みしめながら、セトミは淡々と言う。
「私、生憎とそれが大っ嫌いでね。だから、頭にくんのよ、全部ぶっ壊すのなんのってやり方。で、私、猫だからさ。正しいも間違いも関係ない。気に入った奴にはすり寄って、気に入らない奴はひっかいてやるの」
その言葉の意味するところを感じ取り、リリアの表情が暗く沈む。
「あんたに無理に付き合えとは言わないわ。あんたはあんたのやりたいようにやればいい。ただ、私が言えることがあるとすれば……」
そこで再び、セトミはリリアに背を向ける。その言葉の響きは、どこか突き放すように冷たく、しかし同時に、どこか慈しむように優しかった。
「……どんな選択をしたって、完全に後悔も、未練もない終わりなんて、ない。なにか意思を持って、武器をとって戦うという選択をした時点で、たとえ戦いが終わっても後悔を背負う覚悟を決めなきゃいけないのよ」
「……私は……」
その言葉に、リリアは返す言葉を失う。
「私は、あいつを止めに行くわ。あいつが全部ぶっ壊すつもりなら、ミナやドッグにそんなことをさせるわけにはいかない。それに、私も死にたくないしね。あんたは……自分がどうするのか、自分で考えて」
その言葉を最後に、話は終わりとばかりにセトミは走り出す。後にはただ、言葉を失ったまま、突然夜の海に放り出されたように、答えという陸を求めて揺蕩う、リリアだけが残された。
その言葉を最後に、話は終わりとばかりにセトミは走り出す。後にはただ、言葉を失ったまま、突然夜の海に放り出されたように、答えという陸を求めて揺蕩う、リリアだけが残された。
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