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2minutes to midnight

ー/ー



-真夜中――――それはすべての人が眠りに着く頃-

 同時刻、中央管理局、シドウ・シラミネの自室。

 薄暗い部屋の中、彼は窓から外を見ていた。

 空はどんよりと低く曇天が広がり、今にも泣き出しそうな空模様だ。それを映したかのような灰色の街はあちこちで銃声や炎が上がり、嫌が応にも、今ここが戦場であるということを感じさせる。

「……賽は、投げられたか」

 その街の様子を見降ろし、シドウ・シラミネは重々しくつぶやいた。その手も足も、今は拘束されておらず、見る限り、ケガもないようだ。いくら車椅子の老人とは言え、とても捕らわれの身であるようには見えない。

「――――奴め。この機に乗じてバカなことを考えなければよいが」

 シラミネは、そこで一旦言葉を切る。それはまるで、口にしてしまったら、その出来事が起こってしまいそうで、それを恐れているかのようだった。

「もしも、あと何度か『発作』が起これば――――」

 その言葉を遮るように、不意に彼の懐の通信機が音を立てた。

 ――――周波数は、あの男のもの。しかし、どちらだ? 奴ということはほぼないはずだが、油断はできない。言葉一つでも間違えれば、危険だ。

 じわり、と額に汗がにじむ。一瞬で見抜かなければならない。そして、対応を間違えてはならない。彼のその手が、かすかに震えながら、通信機に伸びる。

「――――私だ」

 その緊張を押し殺した声で、シラミネが言う。相手の返事が返ってくるまでの時間が、異常に長く感じる。

「私です。シュナイゼルです」

 ――――あの男では、なかったか。

 その理知的な声に、シラミネは思わず大きく息をついた。安堵のあまり、彼は車椅子の背もたれに寄りかかる。

「ふむ。首尾はどうかね?」

「順調です。彼女らはほぼ、予想通りに動いてくれています。彼らさえこのままミッションをこなしてくれれば、恐らく、この作戦はうまくいくでしょう」

 淡々と告げるシュナイゼルに、シラミネは瞳を閉じる。こうして目を閉じると、昔――――遥か昔からの記憶が、瞼の裏に去来する。

 ――――だが、それももう少しで終わる。

 ともすればあふれだしそうになる記憶に蓋をするように、シラミネは再びその瞳を開いた。今、それらを想うことは、やはり彼にとって、辛すぎることだった。

「……そうか。となれば、あとの問題は――――『アンビション』か」

 シラミネの発したその単語に、通信機の向こうの男がかすかに息を飲む気配を感じた。

「――――あれの完成までの速さいかんによっては、この計画に大きな支障が出る。なにがしかの対策を講じなければならないだろう」

「……私が、なんとかいたしましょう」

 通信機の向こうの男の声は、静かで丁寧な口調ながら、有無を言わせぬ、得体の知れない圧力感に満ちていた。いや、静かであるからこそ、その言葉は力を以ってシラミネを黙らせたのかも知れなかった。

「……そうするしかない……か」

「はい。もう、後戻りはできないのです」

 終焉を告げるかのようなその声を最後に、彼からの通信は途絶えた。それは、まるでそれ自体がカウントダウンの始まりであったかのように、シラミネの心の底にわだかまった。

 彼は車椅子にもたれかかったまま、せめてそれが晴れることを望むかのような、悲しげな表情で、その曇天を見上げた。

「真実は大抵、人を裏切る――――、と言ったのは、誰だったか……」

 一人ごちるその様は、どこか去りゆく老兵のような。

「だが、真実が人を裏切るのは、先に人が真実を裏切るからなのではないか……?」

 あるいは、もはや憂うことしかできぬ隠者めいた空気を纏い、そこにあった。

「あれは……『彼女』らが予想通りに動けば、と言っていたが……」

 一つ、嘆息。

「リリア君……君は、果たして、予想通りに動くことを『選ぶ』のか……?」

 その言葉の終わりとともに、シラミネは曇天が晴れることを諦めたかのように、目を閉じた。

 十分後――――セトミとシルバは、建物の一階へ潜入。シラミネの自室を目指していた。

「ドッグ、ほんとに目的地はそこでいいわけ? やっぱ自室で監禁なんて、妙なんじゃない?」

「だから、この件は妙なことだらけだって言ったろ? その辺も合わせて、とっつぁんに確かめなきゃな」

 デヴァイスの向こうで腕を組むショウに、シルバは苦い顔を崩さない。それはそうだ。自分の親にも等しい人物が、クーデターを起こした者たちとつながりがあるかどうか、自分で確かめなければならないのだから。

「さて……とっつぁんの部屋へのルートだが、やはり厳重に警戒態勢が敷かれてる。下手に忍び込むと、敵陣の真ん中で四面楚歌ってこともありうる。そこで、だ。ここは突破しちまおう。どっちにしろ、とっつぁんを救出するなら、エリアの安全は確保しなきゃならんしな」

デヴァイスの向こうで端末を操作し、メディカルシステムの準備をするショウを横目に、にやりと野性的な笑みを浮かべ、セトミはアンセムとカタナを抜く。

「オーケー、要するに強襲作戦ってことね」

 その横でシルバがライフルをしまい、こちらもカタナを抜く。セトミのそれよりもわずかに細く、短いその刃は、わずかに銀色を帯び、その華奢な外観に似合わず、どこかどっしりとした重量感を醸し出している。

「……高純度のクロムを使ったカタナ……。メッキでなく、内部までクロムを使用することにより、曲がったり、折れたりすることのないように工夫されてる……。へえ、いいツメ持ってんじゃない、あんた」

 珍しくセトミが感心したようにシルバのカタナを上から下までしげしげと見つめる。銃もそうだが、彼女は少し刀剣マニアの気もあり、珍しいカタナを見るとつい解説を始めるクセがある。

「俺の抜刀術は刀身にかける負担が大きくてな。元より強度に欠ける日本刀では、すぐにだめになってしまうんだ。そのため、特注で作らせた」

 対するシルバもどうやら似たような趣味があるらしく、珍しくこちらもどこか自慢げな様子である。

「しかし、そちらの強化セラミックのカタナもなかなかではないか。セラミックという素材を使うことで、しなやかでありながら、やはり弱点の強度を補っている。なおかつ重量も通常より軽く、素早い斬撃が……」

「……おい」

 白熱しだしたカタナマニアたちの会話にすっかりあきれ顔のショウが、冷たい声で二人に水を差す。

「もうとっとと行こうぜ。おんなじカタナなんだ、戦術面でそうそう違いがあるわけでも……」

「そんなことないわ」

「そんなことはない」

 げんなりと先に進むことを提言したショウの言葉が、今日、この二人の一番のコンビネーションで切り裂かれた。

「同じカタナと言っても、私のこれとシルバのじゃ、戦術的に大きな差があるんだから。……ま、こういうカタナの組み合わせなら、作戦は大体決まってくるけど……ね?」

 ショウに説教をたれながら、セトミが意味ありげにシルバにウィンクをしてみせる。

「ああ。これならば、作戦はわかりやすい。敵は銃を使うものが多い。カタナで切り込むことを得意とする相手の動きは予測がつきにくかろう」

 したり顔で頷き返すシルバに、ショウがすでに諦めた顔でタバコを灰皿に押し付けた。

「……パッと見で作戦決まるくらいなら、わざわざ解説しなくたっていいじゃねえか……。ほら、今度こそ行くぞ。このまま話してたら、夜が明けちまわ」

 ショウのあきれ顔に一つ、二人は頷いて見せる。

「……よし、端末によるハッキングを開始する。目標地点補足。そこから北東へ、約300メートル地点。多数の敵反応あり。予測される装備は主にガンマレイ・ハンティングライフル。以上だ」

「それじゃあ、行きますか」

「……ああ」

 まるで友人との待ち合わせにでも向かうかのように、二人はリラックスした動きで歩き出す。その表情には、軽く笑みすら浮かんでいる。

 ――――と、セトミの姿がその場から掻き消えるように加速した。デヴァイスの反応を確認しながら、前方の曲がり角を見る。あの陰にいる。その確信とともに、音もなく、風の如く角から飛び出す様は、まさに狩人の猫――――チェイサーキャット。

「んなっ!?」

 完全に弛緩しきっていたらしい、あの防毒マスクの兵士が突如現れた少女に驚愕――――している間には、すでに終わっていた。

 斬、斬、斬。

 三発の斬撃を一瞬の間に叩き込むと、セトミは自分の役割は終わりとばかりに退場する役者のごとく、兵の脇をすり抜けていく。

 その背後にいたのは、抜刀の姿勢に入った、シルバ。

「――――終わりだ」

 その銀色の一閃は、セトミが切り裂いた、兵士の防弾ベストの破損部を的確に駆け抜けた。

「ぐあッ!」

 胴を斬り裂かれ、盛大な血しぶきとともに兵が倒れる。

「なんだ、どうした!?」

 その悲鳴に振り返った兵士は二名。まっすぐ伸びる通路に、10メートルほどの距離。その奥には左へ曲がる曲がり角。

 その10メートルを、すでにセトミが駆け抜けていた。手前の兵の防具に斬撃を二発、切り裂いたところに至近距離からのアンセムの容赦ない銃撃。

「ぐっ!」

「くそ! 敵襲だ!」

 もんどりうって倒れる兵に、もう一方の兵士がライフルを抜き――――その違和感に呆けた。

 ライフルは、まるで捌かれた魚のように、きれいに真っ二つになっていた。茫然と視線を前に戻す彼の目に映ったのは、ニタニタ笑う少女。そしてその姿がまさしくチェシャ猫のごとく彼の視界から消えた刹那――――。

「……一閃!」

 シルバの居合が、彼の胴を薙いだ。同時に、声を上げる間もなく、その兵士は倒れる。

「軽くて手数の多い、私の刃で敵の動きを攪乱し――――」

「断つ力の強い俺の居合でとどめを刺す。どうだ? カタナでの戦いも戦略というものがあろう」

 互いにカタナについた血を振り払いながら、セトミとシルバがデヴァイスのショウを見る。

「わかったわかった。お前らがサムライ染みてるのはよくわかったから、次行くぞ。その角を曲がったら30メートル先に十字路。そこに敵反応多数。動きからして、すでにこちらに気づいてる」

「なるほどなるほど、十字路を利用して迎え撃つつもりね。ちゃちゃっと突破してやろうじゃないの」

 デヴァイスで敵の動きを追っていたセトミの目が、笑う。

「シルバ、あんたはハンティングライフルで援護して。スコープ、付いてるでしょ? 私は能力を使って突っ込んんだ後、攪乱するから、さっきの要領でよろしく!」

「了解した」

 短く答えると、シルバがライフルを構え、先の十字路をスコープで調べる。確かに距離は約30メートル。ここから見える限りでは、右に人影が二つ。左に三つ。計五人が待ち伏せているように見える。

 あちらもライフルを構え、こちらの様子をうかがっていることからして、こちらが動くのを待っているのは間違いない。

 あちらもライフルを構え、こちらの様子をうかがっていることからして、こちらが動くのを待っているのは間違いない。

「左の三人に速射で威嚇射撃を仕掛ける。恐らく奴らは一度頭をひっこめる。それと同時に走れ。右からの銃撃に備えろ。その後の流れは任せる」

 シルバの指示に、セトミが無言でうなずく。

「よし……仕掛けるぞ。3……2……1……GO!」

 シルバの鋭い声と同時に、精密性などない、威嚇射撃が通路左に隠れた兵たちの側の壁をえぐる。シルバの予想通り、兵たちはそろって頭を一度、奥へと隠した。

 それが起きた時には、すでにセトミは駆けだしていた。左手に持ったアンセムに、器用に腕一本でアタッチメントを取り付ける。一度トリガーを引くだけで、三発の弾丸を発射する、バースト射撃を可能にする、バースト・アタッチメントだ。

 セトミのその動きを察知し、じっくりと狙いを定めていた通路右の二人の兵がライフルをこちらに向けた。もとよりそれを待っていたのだろう、その照準は正確だ。

 セトミはその瞳を紅く染め、二人の兵士を射抜くように見る。まず撃ってきたのは奥の兵士。その飛ぶガンマレイ弾の一瞬先が、彼女の視界に映る。それは的確に、アンセムを手にした左手へ向かって飛んでいた。

 セトミはそれをかわすことなく、アンセムのバースト射撃で迎え撃つ。発射された三発のうち、一発目が兵の放った閃光とぶつかり、相殺する。二発目が兵の右腕に、三発目が兵の胴に当たって、彼は倒れる。

 前にいたもう一人の兵士が思わず後ろに気を取られたそれは、常人からしてみれば、スキともいえぬ一瞬だった。だが――――。

 この少女の瞳の前では、それは致命的な一瞬であった。

 その兵が再び射撃体勢に入った時には、彼の防具に三発のガンマレイ弾が撃ち込まれていた。

「ぐっ!」

「ぎゃあっ!」

 あまりに一瞬だったそれは、普通の人間からしてみれば、同時に着弾したようにしか見えなかった。

「くっ、くそォ!」

 背後――――もう一方の通路にいた兵たちが、ようやく起こった事態に気づく。と同時に、先頭の兵士がグレネードのピンを抜いた。

 投擲されたそれは、着弾するとともに、煙幕を吹き出す。どうやら煙幕弾だったようだ。恐らく、あの防毒マスクには、この煙の中でも視界を確保できるような技術が施されているのだろう。

 しかし、辺りに充満した煙の中、セトミはつまらなそうな顔でくんくんと鼻をひくつかせるのみだ。

彼女が振り返った時、兵士は戦慄した。この煙幕の中――――常人ならば相手を捕捉するどころか、目を開けていることさえ困難なはず。なのにその少女は、紅い瞳をぎらつかせ、嗤っていた。

――――確実に、彼のその姿を捉えて。

「――――ひっ!」

 思わず焦燥のままに、兵士はライフルを乱射する。混乱のさなか放たれたそれは、それでも数発はセトミに向かって飛ぶ。

 カタナの一振りだった。彼女に向かって飛んだ数発のガンマレイを、セトミは瞬きひとつせず、切り裂いていた。

 ぴったり中央からきれいに両断されたガンマレイは、標的であったセトミからはずれ、宙にて霧散する。

 その消滅を確認し、セトミの瞳がいよいよもって深く笑みを作る。煙幕の中に見え隠れするその皮肉めいた笑みは、まさに消えていくチェシャ猫の笑み。

「……あんま、舐めないでくれる? 私らはバケモンだよ? こんなチャチなおもちゃで――――」

「惑わせられると、思わぬことだッ!」

 不意に、セトミの背後に隠れていたシルバが飛び出し、瞬く間に三人の兵を斬り伏せた。

 やがて、ここでの戦いが終わったことを告げるかのように、煙幕の煙が晴れていく。どうやらこの付近の兵士はこれで全部のようだ。

「……ちょうど、先生の部屋の前か。どうやら、やはりこいつら、ここを守っていたようだな」

 シルバの言うとおり、そこはシラミネの私室の眼前だった。

「ドッグ、中に人の反応は?」

「……一人。それも、ほとんど動かねえ」

 セトミとシルバが視線だけで確認しあう。恐らく、中にいるのはシドウ・シラミネその人。

「……あんた、心の準備はできてる?」

「……ああ。どのような答えを聞かされようと、やることは決まっている」

 その言葉の終わりを待たず、シルバがシラミネの部屋のドアをゆっくりと開けていく。

 中は電気が点けられておらず、薄暗かった。明かりと言えるものは、カーテンの隙間から差す、曇天の月明かりと、テーブルに乗せられたランプの明かりだけ。

 そのランプに、ぼんやりと照らし出されるように、その初老の男性――――シドウ・シラミネは、そこにいた。

「……先生」

「……なんと、そこにいるのはシルバか?」

 思いシルバの声に、シラミネの意外そうな声が響く。

「……ふむ。来るとは思っていたが、ずいぶん早い到着だったな」

 淡々としたシラミネの声に、セトミはどこか違和感を感じる。どこか余裕のない、不気味な違和感――――。そう、例えるなら、重いケガを負っているかのような。

「メトロを使ったのよ。それでここまで直行ってわけ」

「そうか……その手が、あったか……。君たちが今、ここにいるのなら……まだ、希望は……残っているのかも、しれぬ……」

 その重々しい物言いに、セトミが思わず部屋の電気を灯した。

……途端、シルバの表情が驚愕に染まる。

「先生っ!」

 シラミネの元に駆け寄るシルバに、セトミもつられるようにして視線を送る。

「……先生……なぜ、こんなことに……ッ!」

 そこにいるシラミネの姿は、以前、セトミが見た彼の姿とは違っていた。それは、服装や顔つきといったところからでなく、もっと根幹――――人体のシルエットとしての姿から、変わってしまっていた。

「おじさま……腕が……!」

 そう。シラミネの義手である右腕は、二の腕から先が無残に破壊されてしまっていた。

「なに……元より己の腕ではなかったものだ。痛みはない。名残惜しくは……あるがな。シュナイゼルがここに来た時に、つい気が高ぶってな……。詰め寄って拳骨でも食らわせてやろうかと思ったらこの様よ。思った以上にこのシラミネ、耄碌したようだ」

 皮肉めいた、あるいは自虐めいた笑いを浮かべるシラミネの表情は、しかしきつく唇を噛んでいる。

「おのれ……。しかし、それならば、先生はやはり、やつらとつながってはいないのですね!?」

 怒りと安堵がないまぜになった複雑な表情で、シルバがシラミネに詰め寄る。

 だが、その先にいるシラミネは視線を逸らし、にわかに考えるようにあごに無事な方の手をやった。

「ふむ……。やはり私が、怪しいと睨まれていたか。どうやら、そちらにはなかなか頭の回転が速いものがいると見える」

「先生……?」

 その威圧感を増した瞳が、再び自分の視線とぶつかるのを感じ、シルバが気圧されたかのように、一歩後ろへ下がった。

「すまぬが、それは言えん。ここで言うわけにはいかん。それを言ってしまっては、『奴』の思うつぼだ」

「……おじさま、どういうこと? わけわかんないんだけど。その『奴』ってのが黒幕なわけ? それを言うわけにはいかないってどうしてよ?」

 矢継ぎ早に質問を投げつけるセトミの目には、すでに剣呑な色が混ざっている。シラミネの煮え切らないような、あるいは拷問に屈することを拒む頑健な兵士のような佇まいは、まだこの事件になにか隠れていることを思わせる、不吉な予感だった。

「言ったろう。言えば、奴の狙い通りだ。今、私が私の立場に関して言えるのは――――私は、私の子供たちの味方だということだけだ。無条件で信じてもらえるとは思ってはいないが」

 そう言って腕を組むシラミネの言葉に、嘘はないように思える。実際、シルバや実子のタリア、それにリリアのマスターだというニコラという人物も、彼に育てられたのだ。そこに嘘はないように思える。

「それよりも、時間がない。シュナイゼルの計画は、すでに最終段階に入っている。地上のオートマトン部隊も、基地の部隊も、ウロボロスでさえも、すべては囮だ」

「……どういうこと?」

 油断なくシラミネをにらんだまま言うセトミに、彼も鋭いままの視線を返す。

「この基地の地下には、人類史上、最悪のオートマトンが眠っている。ビルほどもの背丈のある、恐ろしく巨大なオートマトン――――『アンビション』が」

「……アンビション?」

 眉間にしわを寄せてその言葉をつぶやくセトミに、シラミネは険しい表情で頷く。

「ああ。この基地が、この地域における、戦前の対ヴィクティム基地としてもっとも重要な場所だったということを、知っているか?」

「……確か、対ヴィクティム兵を訓練するための、陸軍士官学校だった……と聞いていますが……」

 不可解気に眉をひそめるシルバに、シラミネはため息とともに首を横に振る。

「表向きはな。実際のところは、士官学校を隠れ蓑にした、巨大軍需工場だった。それも、一体のオートマトンを製造するためだけに造られた、な」

「それが……アンビション」

「そうだ。身体の至る部分にガンマレイによる兵器を搭載し、ヴィクティムを駆逐するために造られた、巨大兵器。それを――――シュナイゼルは目覚めさせようとしている」

 うめくように低い声で、シラミネはうつむく。その額には脂汗が浮かび、どこか苦しげだ。

「奴は……ウロボロスでできる限りのオートマトンをコントロール下に置き、アンビションを自らのものとすることで、エデンをもその手中に収めようとしている。それはつまり……ヒューマン、オートマトン、ヴィクティム、すべてのものを奴が支配することを意味する」

「それが……奴の本当の狙い……」

 カタナの柄を力強く握りながら、シルバがシラミネを見る。その視線に答えるように、シラミネは再び顔を上げた。

「……急げ。奴は、この基地の研究所エリアの奥深く……最奥部にて、アンビションの最終調整を行うはずだ。奴があれを起動させる前に、なんとしても止めろ。できなければ……奴の野望は達成される」

「……ロボ子たちに連絡しましょ。ウロボロスに向かってるあの子らの方が、問題の場所に近いはず」

 言いながら、セトミは手元のデヴァイスを操作する。すぐに、モニターにリリアの姿が映る。

「こちらリリア。どうかいたしましたか? セトミさん」

 セトミは今シラミネから聞き出したことをかいつまんでリリアに説明する。アンビションのこと、シュナイゼルの計画、彼が今向かっている場所――――。

「つまり、目標をウロボロスから変更。アンビションを止めるために行動すればよろしいのですね?」

「そういうこと。私たちもすぐに向かうわ。どうも、ずいぶんド派手なやつを相手にしなきゃいけないみたいだからね」

 通信を終えると、セトミはシラミネに向き直る。

「おじさまがどういうわけで言えないことがあるのかはわからないけど……ま、私は信じとくわ。今はそれ以外、なさそうだしね」

「……すまない。恩に着る」

 その言葉に片手で答え、セトミはシルバとともに歩き出す。アンビション――――野望という名の、巨人の眠る地下へ向かって。

 その手のモニターの中で、一人、ショウだけが疑問を胸に秘めていた。

 ――――拳骨でも食らわせてやろうと思ったが――――

「……まるで、子を叱る父親みたいだな」

 ――――私は、私の子どもたちの味方だ――――

「……まさか、な」
 嫌な予感を振り払うように、ショウは大きく紫煙を吐き出した。
 リリアら三人は、セトミの連絡を受け、地下研究所エリアをさらに下へと向かっていた。

 先頭を駆けるリリアの瞳が、レンズが収縮するかのごとく、音をたてて周囲を警戒する。だが、その瞳には、どこかいぶかしげな、不穏な色が宿っている。

「――――妙ですね」

「……だね」

 リリアのささやきに、シェイも頬を掻きながら同意する。戦闘プログラムのない彼でもわかる、その奇妙な点――――それは、誰もいない、ということだった。

 セトミの話では、地上部分には研究部の兵士たちがおり、数度の交戦を経て、シラミネの元にたどり着いたということだった。当然、こちらのルートもある程度の戦闘が予想されたのだが――――。
「研究所エリアに入ってから、兵士どころか何者にも遭遇しません。いえ、それどころか、私のレーダーに反応するのは、たった二つの反応だけ――――」

 そう。更なる地下にある、二つの反応。

 それは、恐ろしいほどに巨大なオートマトンの反応と、そのすぐそばで微動だにしない、一人のヒューマンの反応。

「……シラミネの言うことが本当なら、それはなおさら変だ。もしシュナイゼルの計画がアンビションを使ってすべての種族を屈服させるということなら、ここは最大の武器のある場所であると同時に、最後の砦でもあるはず。一人の警備もつけていないということは、あり得ない」

「……確かに、その通りです。しかし、ここは考えるよりも急ぐべきかと」

 考え込むシェイに、リリアは冷静に言い放つ。

「あ、ちょっと待ってくれ」
「なに? しぇい」

 一人難しい話がわからず黙っていたミナが、小首をかしげて立ち止まる。

「アンビションが最優先なのは間違いない。だけど、もしもの時に備えて、ウロボロスも停止しておくべきだと思う。そうすれば、タリアたちも身動きが取れる」

「なるほど、確かに、その通りです」

 珍しく、リリアが感心したようにシェイを見る。

「それに、どうにも僕じゃ戦闘の足を引っ張りそうだ。でも、相手がコンピューターの端末となれば話は違う。そうだろ?」

「わかりました。シェイはウロボロスの停止を。私はアンビションの起動を阻止に向かいます。……ミナさんは……」
 的確に指示を出していたリリアの表情が、不意に曇った。ミナはファースト・ワンであり、戦える存在だ。だが、やはり小さな子供をより危険な場に連れていくのは抵抗があった。

「ミナ、しぇいと一緒にいく」

 どうすべきか悩んでいたリリアに、ミナが自ら言う。

「しぇい、戦うの、へた。たよりない。ミナ、しぇい、守ってあげる」

 あっけにとられたようにミナを見ていたリリアが、くすっと、口元を押さえて笑った。

「そうですね。シェイだけでは頼りないので、ミナさんはシェイを守ってあげてください」

「うん、がんばる」

 ぐっと拳を握りしめるミナに、シェイが苦笑しながら頭を掻いた。

「では、また。作戦が終了したころにお会いしましょう」

 リリアの言葉に互いにうなずき合うと、二人はウロボロスの存在する部屋へと向かって駆けていく。

 一つ息を吐き、リリアは彼らが行った方とは反対の通路に向き直った。以前、ウロボロスの停止のためにここへ潜入したときに取得したマップデータは、今も彼女のメモリーに残っている。

 最奥部へと直通するエレベーターがあることに気づき、リリアはその場所へと向かう。念のため、敵の存在を警戒しながら進むも、やはり何者にも遭遇することはなかった。

 あるいは、これは罠なのかもしれない。そもそも、最奥部にいるらしい人間が、本当にシュナイゼルであるのかも確証がない。

 しかし、たとえ罠であったとしても、自分は進まねばならない。マスターの作ってくれた町を、蹂躙など、させるわけにはいかない。

 その強い決意のこもった瞳が、目的のエレベーターを捉えた。ロックされていることを予想し、ハッキングを仕掛けるも、そのエレベーターには簡単なロックさえかけられていなかった。

 エレベーターの開閉ボタンを押すと、まるでおびき寄せた獲物を待ちかねた怪物が口を開くように、ゆっくりとドアが開く。

 迷うことなく、リリアはパネルを操作し、最奥部へと向かう。

 いよいよ、今回の事件を仕組んだ男と、直接対峙することになる。だが、リリアの胸には、なにか払拭できないわだかまりが残っていた。だが、それがなんなのか、気づく前に、無情にもエレベーターは最奥部に到着した。

 そこは、ひどくだだっ広い空間だった。ただ単に四角い巨大な空間を一つのフロアとしたような……いわば、倉庫のような空間。

 その真ん中に、その鉄の巨人は横たわっていた。

 どことなく、鎧で身を固めた中世の騎士を思わせる、武骨なフォルム。その反応を探れば、そこかしこにガンマレイによる兵器が装着されていることがすぐにわかる。その外観と、予想されるエネルギーの巨大さは、今は動くことがなくとも、その威圧感を十二分に発していた。

「……かわいそうな子だ。……そうは思わないか」

 それを見下ろすことができるような位置――――リリアから10メートルも離れていない場所に、その男はいた。

 片目を残し、顔を包帯でぐるぐる巻きにした、黒い、議会の制服を纏った男。その男のその声は、リリアの想像とは裏腹に静かで、しかし想像以上に、重かった。

「見ろ。彼は全身が武器だ。そして、防具だ。戦うため以外に使用する機関など、どこにもない。人格プログラムもな。ただ人に使われ、敵を殺し、破壊させられるだけの兵器――――」

「意外ですね。それを使って覇権を得ようとしているあなたが、そんなことを言うとは」

 リリアに背を向けたまま微動だにしないシュナイゼルに、彼女は槍――――メイデン・トゥルーパーを発動し、構える。

 だが、それと同時にシュナイゼルは背を向けたまま、クーデターが勃発した際にも使った防御システムを起動する。青い閃光の盾が彼を守るように取り巻くのが、それを告げていた。

「意外……? ククク、勘違いするな。私がかわいそうだと言ったのは、それだけの武装を持ちながら、自分の好きなように破壊活動ができないからだ。……そう、彼の存在理由はただ破壊すること――――。その一点なのだから、それを遂行できないのは、かわいそうだろう?」

 ゆっくりと、シュナイゼルが振り返る。包帯の間からのぞくその片目が、じわり、と思い質感を持つかのようにリリアを見た。

「……それは、賛同できかねます。己の存在理由は、自分の意思で決めること。強制されたり、先天的に持っているものではありません。それがたとえ人間だろうと、オートマトンであろうと」

 鋭く、強く、はっきりとその意思を込め、リリアの瞳がシュナイゼルを貫く。だがその様を見ても――――いや、その様を見てなおのこと狂おしく、身体をくねらせて哄笑した。

「ククク……ハハ、アハハハハハ! 実によくできたお人形様だな! それは貴様らに自由意思があるということかね? 人ですらこの世界に縛られて生きているというのに……」

 ひとしきり笑った後、突然、シュナイゼルの表情が完全に消えた。その豹変ぶりは、彼の中にある、なにか異物めいたものを感じさせる。不気味な変わり様。

「おもしろい。貴様らに自由意思を持つ権利があるというのなら……」

 呼吸すらしていないかのような、無機質な佇まいのまま、シュナイゼルはハンドガンを構える。それは、あのゴルダ執政長官から奪い取った大型口径のリボルヴァー……彼の言う『ジュリエット』だった。

「奪い取って見せろ。この、私を殺してなァッ!」

 その慟哭とともに、シュナイゼルがジュリエットを発砲する。細い体型の彼ではあるが、弾丸の反動にぶれることもない。

 それとほぼ同時にリリアの瞳がレンズの如く収縮し、飛来する弾丸を捉えた。即座に左手でガンマレイによるバリアを展開、その射撃を無力化する。

 弾丸の霧散を感知した瞬間、リリアは駆ける。今は両手でメイデン・トゥルーパーを構え、まさにその名の如く――――乙女の騎兵のように突撃する。

「フ、無駄なことをッ!」

 だがその切っ先を、シュナイゼルの持つ『絶対的な壁』が阻んだ。

「くっ!」

 攻撃が防がれたと見るや、リリアは槍を引く。その目に、再びジュリエットを構える黒い影が映った。

「……シールドッ!」

 またもリリアは左手のシールドを展開させ、弾丸を防ぐ。だが、これではキリがない。両者どちらとも、相手の武器に対して有利な防具を装備している。これではどちらがどちらに仕掛けようとも、徒労に終わるだけだ。

 シュナイゼルもこの状況に考えを巡らせているのか、追撃はせず、ただシールドを展開させるのみだ。

 その姿を見、しかし、とリリアは思う。

 ――――しかし、なぜ奴はあの武器を使っているのだろうか?

 こちらには、実弾銃に対する耐性を持つ装甲や、対実弾銃バリアを搭載していることは知られているはず。そうでなくとも、オートマトンはどんな種類のものであろうと、実弾へのある程度の抵抗力は持っている。金属の身体を持っているのだから、当然と言えば当然だが。

 それを最もよく理解しているはずの研究所のトップが、大口径とは言え、ハンドガンで挑んでくるのは、なぜなのか。

 ――――そしてそれは、己の命綱ともいえる、『絶対的な壁』……いや、『絶対的であったはずの壁』に、風穴を明けていることに、本当に奴は気づいていないのだろうか?

 ――――試してみますか。

 思考するリリアは、不意に左手のシールドを解除、再び槍を掲げ突撃する。

「……フッ、それだけがパターンなのかね?」

 対するシュナイゼルはそのまま壁で槍を受け止めると、再び銃を抜く。

 今度は、リリアは背中の飛行ユニットを一瞬だけ稼働させると、大きく上空へ舞い、それを避ける。

 ――――やはり、気づいていない……?

 半信半疑ながら、リリアはその可能性が高まるのを感じる。ならば結局、それに賭けるしか決着をつける術はなさそうだ。

 着地したと同時に、リリアは再び駆ける。今までよりも早く、その神速を以ってシュナイゼルの元へ。

「そのパターンは、見飽きたぞッ!」

 だが、今度は先ほどまでと一つ違う点があった。それは、今、リリアが手にしている武器――――それは、槍ではなく、剣『レイザーブレイド・サイ』であった。

「――――行きます」

 両手で大きく振りかぶったそれを、大上段から叩きつける。だが、それはまたしても『壁』に阻まれた。それを見たリリアは剣を引き、距離を取る――――素振りを見せた。

 次の瞬間、シュナイゼルがジュリエットを構える。そして、その射撃のため、『壁』を解除した。

 だが。

 リリアは引かなかった。

 至近距離からの射撃はリリアの頬をかすめて外れ、背後の虚空をむなしく飛翔した。

 ――――刹那。

 リリアが大きく踏み込み、今度は先ほどとは比べ物にならないほど高速の斬撃を繰り出す。下から大きく切り上げられたその攻撃に、驚愕に瞳を見開きながら、反射的にシュナイゼルが上半身を引いた。

「――――しま……ッ!」

 それは、偶然と呼ぶには趣味が悪かった。

 ――――素早さを重視した分、リリアの踏み込みはほんのわずかに浅く。

 それは、必然だとしてもそう呼ぶには重すぎた。

 ――――反射的に上体を逸らしたシュナイゼルの、本来の目標を外れ。

 そしてそれは、運命と呼ぶには、悲しすぎた。

 ――――顔の包帯のみを斬り裂き。

 もっともそれは、そう呼ぶのが真実に一番近かったのだろうが。

 その素顔を、あらわにした。

「……………ッ!」

 シュナイゼルがそれを見せるまいとするかのように手で覆い、片膝をついてしゃがみ込む。だが無情にも、切り裂かれた包帯はすでに彼の顔を覆うことはできず、死した白い蜻蛉のように、地へと落ちた。

「……そ、んな……なぜ……? そんなことがあるはずが……ありません。あり得ません……っ!」

 そしてリリアから放たれたその悲鳴のような言葉が、その彼の素顔が誰のものだったかを、皮肉にももっとも如実に語っていた。




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-真夜中――――それはすべての人が眠りに着く頃-
 同時刻、中央管理局、シドウ・シラミネの自室。
 薄暗い部屋の中、彼は窓から外を見ていた。
 空はどんよりと低く曇天が広がり、今にも泣き出しそうな空模様だ。それを映したかのような灰色の街はあちこちで銃声や炎が上がり、嫌が応にも、今ここが戦場であるということを感じさせる。
「……賽は、投げられたか」
 その街の様子を見降ろし、シドウ・シラミネは重々しくつぶやいた。その手も足も、今は拘束されておらず、見る限り、ケガもないようだ。いくら車椅子の老人とは言え、とても捕らわれの身であるようには見えない。
「――――奴め。この機に乗じてバカなことを考えなければよいが」
 シラミネは、そこで一旦言葉を切る。それはまるで、口にしてしまったら、その出来事が起こってしまいそうで、それを恐れているかのようだった。
「もしも、あと何度か『発作』が起これば――――」
 その言葉を遮るように、不意に彼の懐の通信機が音を立てた。
 ――――周波数は、あの男のもの。しかし、どちらだ? 奴ということはほぼないはずだが、油断はできない。言葉一つでも間違えれば、危険だ。
 じわり、と額に汗がにじむ。一瞬で見抜かなければならない。そして、対応を間違えてはならない。彼のその手が、かすかに震えながら、通信機に伸びる。
「――――私だ」
 その緊張を押し殺した声で、シラミネが言う。相手の返事が返ってくるまでの時間が、異常に長く感じる。
「私です。シュナイゼルです」
 ――――あの男では、なかったか。
 その理知的な声に、シラミネは思わず大きく息をついた。安堵のあまり、彼は車椅子の背もたれに寄りかかる。
「ふむ。首尾はどうかね?」
「順調です。彼女らはほぼ、予想通りに動いてくれています。彼らさえこのままミッションをこなしてくれれば、恐らく、この作戦はうまくいくでしょう」
 淡々と告げるシュナイゼルに、シラミネは瞳を閉じる。こうして目を閉じると、昔――――遥か昔からの記憶が、瞼の裏に去来する。
 ――――だが、それももう少しで終わる。
 ともすればあふれだしそうになる記憶に蓋をするように、シラミネは再びその瞳を開いた。今、それらを想うことは、やはり彼にとって、辛すぎることだった。
「……そうか。となれば、あとの問題は――――『アンビション』か」
 シラミネの発したその単語に、通信機の向こうの男がかすかに息を飲む気配を感じた。
「――――あれの完成までの速さいかんによっては、この計画に大きな支障が出る。なにがしかの対策を講じなければならないだろう」
「……私が、なんとかいたしましょう」
 通信機の向こうの男の声は、静かで丁寧な口調ながら、有無を言わせぬ、得体の知れない圧力感に満ちていた。いや、静かであるからこそ、その言葉は力を以ってシラミネを黙らせたのかも知れなかった。
「……そうするしかない……か」
「はい。もう、後戻りはできないのです」
 終焉を告げるかのようなその声を最後に、彼からの通信は途絶えた。それは、まるでそれ自体がカウントダウンの始まりであったかのように、シラミネの心の底にわだかまった。
 彼は車椅子にもたれかかったまま、せめてそれが晴れることを望むかのような、悲しげな表情で、その曇天を見上げた。
「真実は大抵、人を裏切る――――、と言ったのは、誰だったか……」
 一人ごちるその様は、どこか去りゆく老兵のような。
「だが、真実が人を裏切るのは、先に人が真実を裏切るからなのではないか……?」
 あるいは、もはや憂うことしかできぬ隠者めいた空気を纏い、そこにあった。
「あれは……『彼女』らが予想通りに動けば、と言っていたが……」
 一つ、嘆息。
「リリア君……君は、果たして、予想通りに動くことを『選ぶ』のか……?」
 その言葉の終わりとともに、シラミネは曇天が晴れることを諦めたかのように、目を閉じた。
 十分後――――セトミとシルバは、建物の一階へ潜入。シラミネの自室を目指していた。
「ドッグ、ほんとに目的地はそこでいいわけ? やっぱ自室で監禁なんて、妙なんじゃない?」
「だから、この件は妙なことだらけだって言ったろ? その辺も合わせて、とっつぁんに確かめなきゃな」
 デヴァイスの向こうで腕を組むショウに、シルバは苦い顔を崩さない。それはそうだ。自分の親にも等しい人物が、クーデターを起こした者たちとつながりがあるかどうか、自分で確かめなければならないのだから。
「さて……とっつぁんの部屋へのルートだが、やはり厳重に警戒態勢が敷かれてる。下手に忍び込むと、敵陣の真ん中で四面楚歌ってこともありうる。そこで、だ。ここは突破しちまおう。どっちにしろ、とっつぁんを救出するなら、エリアの安全は確保しなきゃならんしな」
デヴァイスの向こうで端末を操作し、メディカルシステムの準備をするショウを横目に、にやりと野性的な笑みを浮かべ、セトミはアンセムとカタナを抜く。
「オーケー、要するに強襲作戦ってことね」
 その横でシルバがライフルをしまい、こちらもカタナを抜く。セトミのそれよりもわずかに細く、短いその刃は、わずかに銀色を帯び、その華奢な外観に似合わず、どこかどっしりとした重量感を醸し出している。
「……高純度のクロムを使ったカタナ……。メッキでなく、内部までクロムを使用することにより、曲がったり、折れたりすることのないように工夫されてる……。へえ、いいツメ持ってんじゃない、あんた」
 珍しくセトミが感心したようにシルバのカタナを上から下までしげしげと見つめる。銃もそうだが、彼女は少し刀剣マニアの気もあり、珍しいカタナを見るとつい解説を始めるクセがある。
「俺の抜刀術は刀身にかける負担が大きくてな。元より強度に欠ける日本刀では、すぐにだめになってしまうんだ。そのため、特注で作らせた」
 対するシルバもどうやら似たような趣味があるらしく、珍しくこちらもどこか自慢げな様子である。
「しかし、そちらの強化セラミックのカタナもなかなかではないか。セラミックという素材を使うことで、しなやかでありながら、やはり弱点の強度を補っている。なおかつ重量も通常より軽く、素早い斬撃が……」
「……おい」
 白熱しだしたカタナマニアたちの会話にすっかりあきれ顔のショウが、冷たい声で二人に水を差す。
「もうとっとと行こうぜ。おんなじカタナなんだ、戦術面でそうそう違いがあるわけでも……」
「そんなことないわ」
「そんなことはない」
 げんなりと先に進むことを提言したショウの言葉が、今日、この二人の一番のコンビネーションで切り裂かれた。
「同じカタナと言っても、私のこれとシルバのじゃ、戦術的に大きな差があるんだから。……ま、こういうカタナの組み合わせなら、作戦は大体決まってくるけど……ね?」
 ショウに説教をたれながら、セトミが意味ありげにシルバにウィンクをしてみせる。
「ああ。これならば、作戦はわかりやすい。敵は銃を使うものが多い。カタナで切り込むことを得意とする相手の動きは予測がつきにくかろう」
 したり顔で頷き返すシルバに、ショウがすでに諦めた顔でタバコを灰皿に押し付けた。
「……パッと見で作戦決まるくらいなら、わざわざ解説しなくたっていいじゃねえか……。ほら、今度こそ行くぞ。このまま話してたら、夜が明けちまわ」
 ショウのあきれ顔に一つ、二人は頷いて見せる。
「……よし、端末によるハッキングを開始する。目標地点補足。そこから北東へ、約300メートル地点。多数の敵反応あり。予測される装備は主にガンマレイ・ハンティングライフル。以上だ」
「それじゃあ、行きますか」
「……ああ」
 まるで友人との待ち合わせにでも向かうかのように、二人はリラックスした動きで歩き出す。その表情には、軽く笑みすら浮かんでいる。
 ――――と、セトミの姿がその場から掻き消えるように加速した。デヴァイスの反応を確認しながら、前方の曲がり角を見る。あの陰にいる。その確信とともに、音もなく、風の如く角から飛び出す様は、まさに狩人の猫――――チェイサーキャット。
「んなっ!?」
 完全に弛緩しきっていたらしい、あの防毒マスクの兵士が突如現れた少女に驚愕――――している間には、すでに終わっていた。
 斬、斬、斬。
 三発の斬撃を一瞬の間に叩き込むと、セトミは自分の役割は終わりとばかりに退場する役者のごとく、兵の脇をすり抜けていく。
 その背後にいたのは、抜刀の姿勢に入った、シルバ。
「――――終わりだ」
 その銀色の一閃は、セトミが切り裂いた、兵士の防弾ベストの破損部を的確に駆け抜けた。
「ぐあッ!」
 胴を斬り裂かれ、盛大な血しぶきとともに兵が倒れる。
「なんだ、どうした!?」
 その悲鳴に振り返った兵士は二名。まっすぐ伸びる通路に、10メートルほどの距離。その奥には左へ曲がる曲がり角。
 その10メートルを、すでにセトミが駆け抜けていた。手前の兵の防具に斬撃を二発、切り裂いたところに至近距離からのアンセムの容赦ない銃撃。
「ぐっ!」
「くそ! 敵襲だ!」
 もんどりうって倒れる兵に、もう一方の兵士がライフルを抜き――――その違和感に呆けた。
 ライフルは、まるで捌かれた魚のように、きれいに真っ二つになっていた。茫然と視線を前に戻す彼の目に映ったのは、ニタニタ笑う少女。そしてその姿がまさしくチェシャ猫のごとく彼の視界から消えた刹那――――。
「……一閃!」
 シルバの居合が、彼の胴を薙いだ。同時に、声を上げる間もなく、その兵士は倒れる。
「軽くて手数の多い、私の刃で敵の動きを攪乱し――――」
「断つ力の強い俺の居合でとどめを刺す。どうだ? カタナでの戦いも戦略というものがあろう」
 互いにカタナについた血を振り払いながら、セトミとシルバがデヴァイスのショウを見る。
「わかったわかった。お前らがサムライ染みてるのはよくわかったから、次行くぞ。その角を曲がったら30メートル先に十字路。そこに敵反応多数。動きからして、すでにこちらに気づいてる」
「なるほどなるほど、十字路を利用して迎え撃つつもりね。ちゃちゃっと突破してやろうじゃないの」
 デヴァイスで敵の動きを追っていたセトミの目が、笑う。
「シルバ、あんたはハンティングライフルで援護して。スコープ、付いてるでしょ? 私は能力を使って突っ込んんだ後、攪乱するから、さっきの要領でよろしく!」
「了解した」
 短く答えると、シルバがライフルを構え、先の十字路をスコープで調べる。確かに距離は約30メートル。ここから見える限りでは、右に人影が二つ。左に三つ。計五人が待ち伏せているように見える。
 あちらもライフルを構え、こちらの様子をうかがっていることからして、こちらが動くのを待っているのは間違いない。
 あちらもライフルを構え、こちらの様子をうかがっていることからして、こちらが動くのを待っているのは間違いない。
「左の三人に速射で威嚇射撃を仕掛ける。恐らく奴らは一度頭をひっこめる。それと同時に走れ。右からの銃撃に備えろ。その後の流れは任せる」
 シルバの指示に、セトミが無言でうなずく。
「よし……仕掛けるぞ。3……2……1……GO!」
 シルバの鋭い声と同時に、精密性などない、威嚇射撃が通路左に隠れた兵たちの側の壁をえぐる。シルバの予想通り、兵たちはそろって頭を一度、奥へと隠した。
 それが起きた時には、すでにセトミは駆けだしていた。左手に持ったアンセムに、器用に腕一本でアタッチメントを取り付ける。一度トリガーを引くだけで、三発の弾丸を発射する、バースト射撃を可能にする、バースト・アタッチメントだ。
 セトミのその動きを察知し、じっくりと狙いを定めていた通路右の二人の兵がライフルをこちらに向けた。もとよりそれを待っていたのだろう、その照準は正確だ。
 セトミはその瞳を紅く染め、二人の兵士を射抜くように見る。まず撃ってきたのは奥の兵士。その飛ぶガンマレイ弾の一瞬先が、彼女の視界に映る。それは的確に、アンセムを手にした左手へ向かって飛んでいた。
 セトミはそれをかわすことなく、アンセムのバースト射撃で迎え撃つ。発射された三発のうち、一発目が兵の放った閃光とぶつかり、相殺する。二発目が兵の右腕に、三発目が兵の胴に当たって、彼は倒れる。
 前にいたもう一人の兵士が思わず後ろに気を取られたそれは、常人からしてみれば、スキともいえぬ一瞬だった。だが――――。
 この少女の瞳の前では、それは致命的な一瞬であった。
 その兵が再び射撃体勢に入った時には、彼の防具に三発のガンマレイ弾が撃ち込まれていた。
「ぐっ!」
「ぎゃあっ!」
 あまりに一瞬だったそれは、普通の人間からしてみれば、同時に着弾したようにしか見えなかった。
「くっ、くそォ!」
 背後――――もう一方の通路にいた兵たちが、ようやく起こった事態に気づく。と同時に、先頭の兵士がグレネードのピンを抜いた。
 投擲されたそれは、着弾するとともに、煙幕を吹き出す。どうやら煙幕弾だったようだ。恐らく、あの防毒マスクには、この煙の中でも視界を確保できるような技術が施されているのだろう。
 しかし、辺りに充満した煙の中、セトミはつまらなそうな顔でくんくんと鼻をひくつかせるのみだ。
彼女が振り返った時、兵士は戦慄した。この煙幕の中――――常人ならば相手を捕捉するどころか、目を開けていることさえ困難なはず。なのにその少女は、紅い瞳をぎらつかせ、嗤っていた。
――――確実に、彼のその姿を捉えて。
「――――ひっ!」
 思わず焦燥のままに、兵士はライフルを乱射する。混乱のさなか放たれたそれは、それでも数発はセトミに向かって飛ぶ。
 カタナの一振りだった。彼女に向かって飛んだ数発のガンマレイを、セトミは瞬きひとつせず、切り裂いていた。
 ぴったり中央からきれいに両断されたガンマレイは、標的であったセトミからはずれ、宙にて霧散する。
 その消滅を確認し、セトミの瞳がいよいよもって深く笑みを作る。煙幕の中に見え隠れするその皮肉めいた笑みは、まさに消えていくチェシャ猫の笑み。
「……あんま、舐めないでくれる? 私らはバケモンだよ? こんなチャチなおもちゃで――――」
「惑わせられると、思わぬことだッ!」
 不意に、セトミの背後に隠れていたシルバが飛び出し、瞬く間に三人の兵を斬り伏せた。
 やがて、ここでの戦いが終わったことを告げるかのように、煙幕の煙が晴れていく。どうやらこの付近の兵士はこれで全部のようだ。
「……ちょうど、先生の部屋の前か。どうやら、やはりこいつら、ここを守っていたようだな」
 シルバの言うとおり、そこはシラミネの私室の眼前だった。
「ドッグ、中に人の反応は?」
「……一人。それも、ほとんど動かねえ」
 セトミとシルバが視線だけで確認しあう。恐らく、中にいるのはシドウ・シラミネその人。
「……あんた、心の準備はできてる?」
「……ああ。どのような答えを聞かされようと、やることは決まっている」
 その言葉の終わりを待たず、シルバがシラミネの部屋のドアをゆっくりと開けていく。
 中は電気が点けられておらず、薄暗かった。明かりと言えるものは、カーテンの隙間から差す、曇天の月明かりと、テーブルに乗せられたランプの明かりだけ。
 そのランプに、ぼんやりと照らし出されるように、その初老の男性――――シドウ・シラミネは、そこにいた。
「……先生」
「……なんと、そこにいるのはシルバか?」
 思いシルバの声に、シラミネの意外そうな声が響く。
「……ふむ。来るとは思っていたが、ずいぶん早い到着だったな」
 淡々としたシラミネの声に、セトミはどこか違和感を感じる。どこか余裕のない、不気味な違和感――――。そう、例えるなら、重いケガを負っているかのような。
「メトロを使ったのよ。それでここまで直行ってわけ」
「そうか……その手が、あったか……。君たちが今、ここにいるのなら……まだ、希望は……残っているのかも、しれぬ……」
 その重々しい物言いに、セトミが思わず部屋の電気を灯した。
……途端、シルバの表情が驚愕に染まる。
「先生っ!」
 シラミネの元に駆け寄るシルバに、セトミもつられるようにして視線を送る。
「……先生……なぜ、こんなことに……ッ!」
 そこにいるシラミネの姿は、以前、セトミが見た彼の姿とは違っていた。それは、服装や顔つきといったところからでなく、もっと根幹――――人体のシルエットとしての姿から、変わってしまっていた。
「おじさま……腕が……!」
 そう。シラミネの義手である右腕は、二の腕から先が無残に破壊されてしまっていた。
「なに……元より己の腕ではなかったものだ。痛みはない。名残惜しくは……あるがな。シュナイゼルがここに来た時に、つい気が高ぶってな……。詰め寄って拳骨でも食らわせてやろうかと思ったらこの様よ。思った以上にこのシラミネ、耄碌したようだ」
 皮肉めいた、あるいは自虐めいた笑いを浮かべるシラミネの表情は、しかしきつく唇を噛んでいる。
「おのれ……。しかし、それならば、先生はやはり、やつらとつながってはいないのですね!?」
 怒りと安堵がないまぜになった複雑な表情で、シルバがシラミネに詰め寄る。
 だが、その先にいるシラミネは視線を逸らし、にわかに考えるようにあごに無事な方の手をやった。
「ふむ……。やはり私が、怪しいと睨まれていたか。どうやら、そちらにはなかなか頭の回転が速いものがいると見える」
「先生……?」
 その威圧感を増した瞳が、再び自分の視線とぶつかるのを感じ、シルバが気圧されたかのように、一歩後ろへ下がった。
「すまぬが、それは言えん。ここで言うわけにはいかん。それを言ってしまっては、『奴』の思うつぼだ」
「……おじさま、どういうこと? わけわかんないんだけど。その『奴』ってのが黒幕なわけ? それを言うわけにはいかないってどうしてよ?」
 矢継ぎ早に質問を投げつけるセトミの目には、すでに剣呑な色が混ざっている。シラミネの煮え切らないような、あるいは拷問に屈することを拒む頑健な兵士のような佇まいは、まだこの事件になにか隠れていることを思わせる、不吉な予感だった。
「言ったろう。言えば、奴の狙い通りだ。今、私が私の立場に関して言えるのは――――私は、私の子供たちの味方だということだけだ。無条件で信じてもらえるとは思ってはいないが」
 そう言って腕を組むシラミネの言葉に、嘘はないように思える。実際、シルバや実子のタリア、それにリリアのマスターだというニコラという人物も、彼に育てられたのだ。そこに嘘はないように思える。
「それよりも、時間がない。シュナイゼルの計画は、すでに最終段階に入っている。地上のオートマトン部隊も、基地の部隊も、ウロボロスでさえも、すべては囮だ」
「……どういうこと?」
 油断なくシラミネをにらんだまま言うセトミに、彼も鋭いままの視線を返す。
「この基地の地下には、人類史上、最悪のオートマトンが眠っている。ビルほどもの背丈のある、恐ろしく巨大なオートマトン――――『アンビション』が」
「……アンビション?」
 眉間にしわを寄せてその言葉をつぶやくセトミに、シラミネは険しい表情で頷く。
「ああ。この基地が、この地域における、戦前の対ヴィクティム基地としてもっとも重要な場所だったということを、知っているか?」
「……確か、対ヴィクティム兵を訓練するための、陸軍士官学校だった……と聞いていますが……」
 不可解気に眉をひそめるシルバに、シラミネはため息とともに首を横に振る。
「表向きはな。実際のところは、士官学校を隠れ蓑にした、巨大軍需工場だった。それも、一体のオートマトンを製造するためだけに造られた、な」
「それが……アンビション」
「そうだ。身体の至る部分にガンマレイによる兵器を搭載し、ヴィクティムを駆逐するために造られた、巨大兵器。それを――――シュナイゼルは目覚めさせようとしている」
 うめくように低い声で、シラミネはうつむく。その額には脂汗が浮かび、どこか苦しげだ。
「奴は……ウロボロスでできる限りのオートマトンをコントロール下に置き、アンビションを自らのものとすることで、エデンをもその手中に収めようとしている。それはつまり……ヒューマン、オートマトン、ヴィクティム、すべてのものを奴が支配することを意味する」
「それが……奴の本当の狙い……」
 カタナの柄を力強く握りながら、シルバがシラミネを見る。その視線に答えるように、シラミネは再び顔を上げた。
「……急げ。奴は、この基地の研究所エリアの奥深く……最奥部にて、アンビションの最終調整を行うはずだ。奴があれを起動させる前に、なんとしても止めろ。できなければ……奴の野望は達成される」
「……ロボ子たちに連絡しましょ。ウロボロスに向かってるあの子らの方が、問題の場所に近いはず」
 言いながら、セトミは手元のデヴァイスを操作する。すぐに、モニターにリリアの姿が映る。
「こちらリリア。どうかいたしましたか? セトミさん」
 セトミは今シラミネから聞き出したことをかいつまんでリリアに説明する。アンビションのこと、シュナイゼルの計画、彼が今向かっている場所――――。
「つまり、目標をウロボロスから変更。アンビションを止めるために行動すればよろしいのですね?」
「そういうこと。私たちもすぐに向かうわ。どうも、ずいぶんド派手なやつを相手にしなきゃいけないみたいだからね」
 通信を終えると、セトミはシラミネに向き直る。
「おじさまがどういうわけで言えないことがあるのかはわからないけど……ま、私は信じとくわ。今はそれ以外、なさそうだしね」
「……すまない。恩に着る」
 その言葉に片手で答え、セトミはシルバとともに歩き出す。アンビション――――野望という名の、巨人の眠る地下へ向かって。
 その手のモニターの中で、一人、ショウだけが疑問を胸に秘めていた。
 ――――拳骨でも食らわせてやろうと思ったが――――
「……まるで、子を叱る父親みたいだな」
 ――――私は、私の子どもたちの味方だ――――
「……まさか、な」
 嫌な予感を振り払うように、ショウは大きく紫煙を吐き出した。
 リリアら三人は、セトミの連絡を受け、地下研究所エリアをさらに下へと向かっていた。
 先頭を駆けるリリアの瞳が、レンズが収縮するかのごとく、音をたてて周囲を警戒する。だが、その瞳には、どこかいぶかしげな、不穏な色が宿っている。
「――――妙ですね」
「……だね」
 リリアのささやきに、シェイも頬を掻きながら同意する。戦闘プログラムのない彼でもわかる、その奇妙な点――――それは、誰もいない、ということだった。
 セトミの話では、地上部分には研究部の兵士たちがおり、数度の交戦を経て、シラミネの元にたどり着いたということだった。当然、こちらのルートもある程度の戦闘が予想されたのだが――――。
「研究所エリアに入ってから、兵士どころか何者にも遭遇しません。いえ、それどころか、私のレーダーに反応するのは、たった二つの反応だけ――――」
 そう。更なる地下にある、二つの反応。
 それは、恐ろしいほどに巨大なオートマトンの反応と、そのすぐそばで微動だにしない、一人のヒューマンの反応。
「……シラミネの言うことが本当なら、それはなおさら変だ。もしシュナイゼルの計画がアンビションを使ってすべての種族を屈服させるということなら、ここは最大の武器のある場所であると同時に、最後の砦でもあるはず。一人の警備もつけていないということは、あり得ない」
「……確かに、その通りです。しかし、ここは考えるよりも急ぐべきかと」
 考え込むシェイに、リリアは冷静に言い放つ。
「あ、ちょっと待ってくれ」
「なに? しぇい」
 一人難しい話がわからず黙っていたミナが、小首をかしげて立ち止まる。
「アンビションが最優先なのは間違いない。だけど、もしもの時に備えて、ウロボロスも停止しておくべきだと思う。そうすれば、タリアたちも身動きが取れる」
「なるほど、確かに、その通りです」
 珍しく、リリアが感心したようにシェイを見る。
「それに、どうにも僕じゃ戦闘の足を引っ張りそうだ。でも、相手がコンピューターの端末となれば話は違う。そうだろ?」
「わかりました。シェイはウロボロスの停止を。私はアンビションの起動を阻止に向かいます。……ミナさんは……」
 的確に指示を出していたリリアの表情が、不意に曇った。ミナはファースト・ワンであり、戦える存在だ。だが、やはり小さな子供をより危険な場に連れていくのは抵抗があった。
「ミナ、しぇいと一緒にいく」
 どうすべきか悩んでいたリリアに、ミナが自ら言う。
「しぇい、戦うの、へた。たよりない。ミナ、しぇい、守ってあげる」
 あっけにとられたようにミナを見ていたリリアが、くすっと、口元を押さえて笑った。
「そうですね。シェイだけでは頼りないので、ミナさんはシェイを守ってあげてください」
「うん、がんばる」
 ぐっと拳を握りしめるミナに、シェイが苦笑しながら頭を掻いた。
「では、また。作戦が終了したころにお会いしましょう」
 リリアの言葉に互いにうなずき合うと、二人はウロボロスの存在する部屋へと向かって駆けていく。
 一つ息を吐き、リリアは彼らが行った方とは反対の通路に向き直った。以前、ウロボロスの停止のためにここへ潜入したときに取得したマップデータは、今も彼女のメモリーに残っている。
 最奥部へと直通するエレベーターがあることに気づき、リリアはその場所へと向かう。念のため、敵の存在を警戒しながら進むも、やはり何者にも遭遇することはなかった。
 あるいは、これは罠なのかもしれない。そもそも、最奥部にいるらしい人間が、本当にシュナイゼルであるのかも確証がない。
 しかし、たとえ罠であったとしても、自分は進まねばならない。マスターの作ってくれた町を、蹂躙など、させるわけにはいかない。
 その強い決意のこもった瞳が、目的のエレベーターを捉えた。ロックされていることを予想し、ハッキングを仕掛けるも、そのエレベーターには簡単なロックさえかけられていなかった。
 エレベーターの開閉ボタンを押すと、まるでおびき寄せた獲物を待ちかねた怪物が口を開くように、ゆっくりとドアが開く。
 迷うことなく、リリアはパネルを操作し、最奥部へと向かう。
 いよいよ、今回の事件を仕組んだ男と、直接対峙することになる。だが、リリアの胸には、なにか払拭できないわだかまりが残っていた。だが、それがなんなのか、気づく前に、無情にもエレベーターは最奥部に到着した。
 そこは、ひどくだだっ広い空間だった。ただ単に四角い巨大な空間を一つのフロアとしたような……いわば、倉庫のような空間。
 その真ん中に、その鉄の巨人は横たわっていた。
 どことなく、鎧で身を固めた中世の騎士を思わせる、武骨なフォルム。その反応を探れば、そこかしこにガンマレイによる兵器が装着されていることがすぐにわかる。その外観と、予想されるエネルギーの巨大さは、今は動くことがなくとも、その威圧感を十二分に発していた。
「……かわいそうな子だ。……そうは思わないか」
 それを見下ろすことができるような位置――――リリアから10メートルも離れていない場所に、その男はいた。
 片目を残し、顔を包帯でぐるぐる巻きにした、黒い、議会の制服を纏った男。その男のその声は、リリアの想像とは裏腹に静かで、しかし想像以上に、重かった。
「見ろ。彼は全身が武器だ。そして、防具だ。戦うため以外に使用する機関など、どこにもない。人格プログラムもな。ただ人に使われ、敵を殺し、破壊させられるだけの兵器――――」
「意外ですね。それを使って覇権を得ようとしているあなたが、そんなことを言うとは」
 リリアに背を向けたまま微動だにしないシュナイゼルに、彼女は槍――――メイデン・トゥルーパーを発動し、構える。
 だが、それと同時にシュナイゼルは背を向けたまま、クーデターが勃発した際にも使った防御システムを起動する。青い閃光の盾が彼を守るように取り巻くのが、それを告げていた。
「意外……? ククク、勘違いするな。私がかわいそうだと言ったのは、それだけの武装を持ちながら、自分の好きなように破壊活動ができないからだ。……そう、彼の存在理由はただ破壊すること――――。その一点なのだから、それを遂行できないのは、かわいそうだろう?」
 ゆっくりと、シュナイゼルが振り返る。包帯の間からのぞくその片目が、じわり、と思い質感を持つかのようにリリアを見た。
「……それは、賛同できかねます。己の存在理由は、自分の意思で決めること。強制されたり、先天的に持っているものではありません。それがたとえ人間だろうと、オートマトンであろうと」
 鋭く、強く、はっきりとその意思を込め、リリアの瞳がシュナイゼルを貫く。だがその様を見ても――――いや、その様を見てなおのこと狂おしく、身体をくねらせて哄笑した。
「ククク……ハハ、アハハハハハ! 実によくできたお人形様だな! それは貴様らに自由意思があるということかね? 人ですらこの世界に縛られて生きているというのに……」
 ひとしきり笑った後、突然、シュナイゼルの表情が完全に消えた。その豹変ぶりは、彼の中にある、なにか異物めいたものを感じさせる。不気味な変わり様。
「おもしろい。貴様らに自由意思を持つ権利があるというのなら……」
 呼吸すらしていないかのような、無機質な佇まいのまま、シュナイゼルはハンドガンを構える。それは、あのゴルダ執政長官から奪い取った大型口径のリボルヴァー……彼の言う『ジュリエット』だった。
「奪い取って見せろ。この、私を殺してなァッ!」
 その慟哭とともに、シュナイゼルがジュリエットを発砲する。細い体型の彼ではあるが、弾丸の反動にぶれることもない。
 それとほぼ同時にリリアの瞳がレンズの如く収縮し、飛来する弾丸を捉えた。即座に左手でガンマレイによるバリアを展開、その射撃を無力化する。
 弾丸の霧散を感知した瞬間、リリアは駆ける。今は両手でメイデン・トゥルーパーを構え、まさにその名の如く――――乙女の騎兵のように突撃する。
「フ、無駄なことをッ!」
 だがその切っ先を、シュナイゼルの持つ『絶対的な壁』が阻んだ。
「くっ!」
 攻撃が防がれたと見るや、リリアは槍を引く。その目に、再びジュリエットを構える黒い影が映った。
「……シールドッ!」
 またもリリアは左手のシールドを展開させ、弾丸を防ぐ。だが、これではキリがない。両者どちらとも、相手の武器に対して有利な防具を装備している。これではどちらがどちらに仕掛けようとも、徒労に終わるだけだ。
 シュナイゼルもこの状況に考えを巡らせているのか、追撃はせず、ただシールドを展開させるのみだ。
 その姿を見、しかし、とリリアは思う。
 ――――しかし、なぜ奴はあの武器を使っているのだろうか?
 こちらには、実弾銃に対する耐性を持つ装甲や、対実弾銃バリアを搭載していることは知られているはず。そうでなくとも、オートマトンはどんな種類のものであろうと、実弾へのある程度の抵抗力は持っている。金属の身体を持っているのだから、当然と言えば当然だが。
 それを最もよく理解しているはずの研究所のトップが、大口径とは言え、ハンドガンで挑んでくるのは、なぜなのか。
 ――――そしてそれは、己の命綱ともいえる、『絶対的な壁』……いや、『絶対的であったはずの壁』に、風穴を明けていることに、本当に奴は気づいていないのだろうか?
 ――――試してみますか。
 思考するリリアは、不意に左手のシールドを解除、再び槍を掲げ突撃する。
「……フッ、それだけがパターンなのかね?」
 対するシュナイゼルはそのまま壁で槍を受け止めると、再び銃を抜く。
 今度は、リリアは背中の飛行ユニットを一瞬だけ稼働させると、大きく上空へ舞い、それを避ける。
 ――――やはり、気づいていない……?
 半信半疑ながら、リリアはその可能性が高まるのを感じる。ならば結局、それに賭けるしか決着をつける術はなさそうだ。
 着地したと同時に、リリアは再び駆ける。今までよりも早く、その神速を以ってシュナイゼルの元へ。
「そのパターンは、見飽きたぞッ!」
 だが、今度は先ほどまでと一つ違う点があった。それは、今、リリアが手にしている武器――――それは、槍ではなく、剣『レイザーブレイド・サイ』であった。
「――――行きます」
 両手で大きく振りかぶったそれを、大上段から叩きつける。だが、それはまたしても『壁』に阻まれた。それを見たリリアは剣を引き、距離を取る――――素振りを見せた。
 次の瞬間、シュナイゼルがジュリエットを構える。そして、その射撃のため、『壁』を解除した。
 だが。
 リリアは引かなかった。
 至近距離からの射撃はリリアの頬をかすめて外れ、背後の虚空をむなしく飛翔した。
 ――――刹那。
 リリアが大きく踏み込み、今度は先ほどとは比べ物にならないほど高速の斬撃を繰り出す。下から大きく切り上げられたその攻撃に、驚愕に瞳を見開きながら、反射的にシュナイゼルが上半身を引いた。
「――――しま……ッ!」
 それは、偶然と呼ぶには趣味が悪かった。
 ――――素早さを重視した分、リリアの踏み込みはほんのわずかに浅く。
 それは、必然だとしてもそう呼ぶには重すぎた。
 ――――反射的に上体を逸らしたシュナイゼルの、本来の目標を外れ。
 そしてそれは、運命と呼ぶには、悲しすぎた。
 ――――顔の包帯のみを斬り裂き。
 もっともそれは、そう呼ぶのが真実に一番近かったのだろうが。
 その素顔を、あらわにした。
「……………ッ!」
 シュナイゼルがそれを見せるまいとするかのように手で覆い、片膝をついてしゃがみ込む。だが無情にも、切り裂かれた包帯はすでに彼の顔を覆うことはできず、死した白い蜻蛉のように、地へと落ちた。
「……そ、んな……なぜ……? そんなことがあるはずが……ありません。あり得ません……っ!」
 そしてリリアから放たれたその悲鳴のような言葉が、その彼の素顔が誰のものだったかを、皮肉にももっとも如実に語っていた。